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【10】必ず、先ほどの答えをお聞かせ下さいね

「っ……!」


 泣き出しそうになりながら、イミルは何も言えなかった。

 その表情を見て、騎士は舌打ちと共に吐き捨てる。なんて冷たい女だ、と。


「魔法の恩恵を受けておきながら、恥知らずめ! まさに魔女、悪魔に魂を売るとはこのことだな! 貴様のような――」


 と、さらに暴言を吐こうとしたところで、ざわめきが階下から上がってきた。騎士は背後を確認し、再び舌を打つ。衛士が援軍を連れて戻ってきたのだ。

 事態を荒げれば争いになる。分の悪さを察した騎士は柄から手を放すと、イミルを指さして言った。


「このままにはしておかんぞ。貴様には戻ってもらう。我が国の為に働くのだ、いいな!」


 怒鳴り散らし、それから大股で部屋を出て行く。鉢合わせた援軍にええいどけ、何もしておらんわ! などと言いながら一時撤退してゆくさまを、イミルは拳を握って見つめていた。


 フェダが、衛士たちにここは良いから彼を見張りなさいと指示を出す。そして、さっとイミルの前に膝をついた。俯く顔を覗き込み、両手を握る。


「イミルさん、気を確かに。あなたは何も悪くない」

「ちが、違う、フェダさん、わたし、私」


 優しさと心配の二色で染まった瞳を向けられると、涙腺が緩む。耐え切れずにぱた、と零れた涙は、フェダの頬に落ちた。一滴が二滴に、そうなってしまえばもう、止めどない。


(こわかったんじゃない、腹が立ったんじゃない、それで泣いてるんじゃない)


 震える唇で、イミルは声を絞り出した。


「なんで、わたし…… 何も、言えなくて」



 ――即答、できなかった。



「嫌だって、誰が戻るもんかって、そう思っていたのに」


 自分をあんな風に追い出しておいて虫が良すぎると。

 言えばよかったのに、出来なかった。


 もうこりごりだと心から思っている。聖女として迎えられたトル・パティカの生活は穏やかで平和で、フェダと一緒に過ごす時間は楽しい。魔法の研究だって細々とではあるが再開できた。幸せなのだ。

 だからもう、ヴェンガムドには関わることも、戻ることもないと思っていた。


 それなのに。

 拒絶するだけの理由も心も、ちゃんとあるのに――


「未練、おありですか」


 泣き出したイミルの頬をそっと拭って、フェダは沈痛な面差しを向けた。


「あなたの祖国に。恋人に。まだお心を向けておいでですか」

「ちがう、そういうんじゃない、でも」


 ひどい目にあってきた。辛い記憶ばかりだ。それでも。


「……ともだちも、居たんだ」


 周囲と馴染まない自分と、仲良くしてくれた人も。

 一緒に研究を進めて、成功に喜び失敗に泣き、苦楽をわかちあった人も。


 少ないけれど、決して沢山ではないけけれど、そういう人も確かにいた。


「今の私を作ったのは、あそこでの生活があったから。だから、ほっとけないよ」


人を助けるのに、やっぱり、理由なんかいらない。

しゃくりあげるのを堪えて訴えた言葉を、フェダは芯まで察していた。


「ごめん、ばかかな、私、ばかなことしてるって思う?」


 無言でフェダは首を振る。表情は苦笑。あなたという人は、と言いたくて言わないでくれた。きっと呆れもあっただろう。蹴り飛ばして良いだけの理由がある場所にさえ情けを向けるなんてと。


 けれど、彼の瞳は語っていた。

 そういうあなたが素敵だと、確かにフェダは、思ってくれていた。


「お供致しましょう。ただし約束を」

「やく、そく」


 立ち上がったフェダが襟を正す。遠くを見る目――ヴェンガムドの方角を、彼は睨み見据えている。


「かの国に参るのならば、魔法研究者のイミル・エル・サルエルム嬢としてではなく、ロクサーナとしてお出向き下さい。我らが聖女、星屑蝶の娘として。二度と搾取され、利用されることのなきように。

 そして、必ずわたくしと共にトル・パティカへ戻ると」

「っ、わかった」


 ぐっと喉を締めて泣き声を飲み、イミルは大きく頷いた。もとよりそのつもりだ。帰る場所はここしかない。ここに居たい。聖女であってもなくても、ただのイミルとしても、トル・パティカが大好きだ。

 フェダはゆっくりと頷き、それから少しだけ、悪戯めいた笑いを見せた。


「あともう一つ。

 戻ったら必ず、先ほどの答えをお聞かせ下さいね」





 騎士が使っていた魔法の飛行船を最大船速で飛ばし、再び踏んだヴェンガムドの地。

 そこは聞いていたとおり、見る影もなく荒廃していた。


「何、これ……」


 聖女としての礼装に身を包んだイミルは、口元に手を当てて絶句する。

 建物が壊れているだとか、そういった荒廃ではない。むしろ街並みは以前のままに整った、鉄と石で作りあげた、見慣れたヴェンガムドの景色だ。


 だが、人が居ない。


 数少ない街路樹さえもしおれ、あたりがどんよりと沈んでいる。

 人が居ないのは皆、家や病院で伏せっているからだろう。賑やかだった商店街はどこも看板を下ろし、まるで廃棄された町のようだ。


「あとは頼んだぞ、魔女! 私はことの次第を報告しに行くからな!」


 無礼極まりない騎士はそう言って、さっさと城に向けて去っていった。

 フェダと二人取り残されたイミルは、辺りを見回して首を傾げる。


 何が原因で、こんな状況になってしまったのか――


読んで下さってありがとうございます!! 次話、ヴェンガムド救済のため頑張る二人です。




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