【01】判決は国外追放。身に覚えがありません。
全15話の恋愛+魔法と精霊が出て来るファンタジーです!
「聖女様、ご機嫌うるわしゅう!」
「聖女様、今年最初の野菜です! ぜひご賞味を!」
聖女様、聖女様、聖女さま――
「あ、ありがとう! とっても嬉しいよ」
次々と寄越される沢山の貢ぎ物を受け止めるのは、聖女と呼ばれて一週間、まだまだ扱われ方に慣れられないイミルである。
(まいったな、どうにもうまく笑えない…… それにこの贈り物も)
信者たちがにこやかに寄越してくる、一歩も歩けないほどに両手に満載となった花や籠や作物。
それらをどうしようか困っていると、背後から伸びて来た大きな手に助けられた。半分を軽々とで抱え、にこりと笑うのは神官のフェダだ。短い金髪を円柱形の帽子にきっちり収めた彼は、見た目のままの穏やかな声でイミルに言う。
「まだ違和感がおありですか、ロクサーナ」
聖女ロクサーナ。
そう呼ばれると、苦笑がますます深くなる。
「ごめん、うまくできなくて。 ……正直その名前もしっくりこないよ」
「ではここではイミルさん、と。ですがあなたは我らの中心。精霊の加護を受けた者、星屑蝶の粉を宿した聖なる娘」
微笑みを絶やさないまま、フェダは続ける。
「どうか健やかにお過ごし下さい。皆、歓迎しているのです」
そんな風に諭されても、イミルは頼りなく誤魔化し笑いをするほかなかった。
(まさか魔女と呼ばれた自分が、聖女様なんて崇められる日が来るとは)
人生、何が起こるかわからないものだ。
今は遠い場所、二十五年間生きた祖国での出来事を思い出して、イミルは空を見上げた――
●
イミルの祖国、ヴェンガムドは魔法国家だ。
血統第一主義の貴族制であり、魔法を使える者は貴く、そうでない者は平民として隔たれている。
イミルは名門サルエルム家の娘として生を受け、幼い頃から魔法の勉強に勤しんだ。
辛くはなかった。魔法自体を好んでいたし、体系やしくみを学んでいると、時間があっという間にすぎていた。
周りはイミルを、優秀だけれど真面目過ぎるだとか、面白みがないだとか評した。事実そうなので気にはしないし、そもそも人の輪に加わることにさほど興味がない。苦手なのではなく、それよりも自分の研究に没頭する方が大事だった。
そんなイミルの人生のうち、不運であったことはふたつ。
ひとつは、成人してすぐに所属した王立魔法研究所が、相当な激務であったこと。
もうひとつは、魔法の血の他に、変わった特性を持っていたこと――
「イミル・エル・サルエルム。君が異端の魔女であると通報を受けた。出頭願おう」
ある日。
明け方までひとり研究を続け、報告書をまとめているぼさぼさ頭のイミルを取り囲んだのは、ヴェンガムド魔法騎士団だった。
「異端の魔女……? なんですか、それは」
覚えのない罪状に、イミルは首を傾げる。分厚い眼鏡がずるっと落ちた。
(いったい何なの、このものものしい恰好の方々は。こっちは忙しいんだから変なことに巻き込まないで欲しいなあ)
と、心の底から思うが、さすがに口出しはしない。髪を直しながら眉を下げる。
「どなたかと間違えておいででは? 私はしがない研究員ですよ」
「いいや、確かに届出があった。君は悪魔の声を聴く異端者であると。その力を利用し、純にして粋なる魔法と悪魔の技を掛け合わせ、恐ろしい呪いを生み出そうとしているのだと」
「確かに幻聴に悩まされていますが、それは心労からくるやつです。悪魔なんて信じてません」
ぐったりとイミルは手を振った。覚えのないことを突然言われても、熱っぽくてうまく処理できない。その上睡眠不足で頭が痛い。
だがその腕を、騎士団員のひとりががっしと掴んだ。
「言い訳は無用。立て」
魔法金属で鍛えられた、棘のついた手甲の冷たさにびく、となる。
痛みで意識が鮮明になった。
騎士団員は本気だ。イミルを捕らえて連行しようとしている。
ここでやっと、遅い警報が頭の中に響き渡った。
自分の身にとんでもないことが起きている――
「と、とにかく、私は何もしてませんから!」
慌てて立ち上がると、ますます騎士団は気色ばんだ。剣を抜き放ち、切っ先をイミルに向ける。鋭い先端に息を飲んだ。自分に向けられる刃の恐ろしさを初めて知った。
「ヴェンガムドは魔法と律の国。悪魔を信奉する魔女を野放しになど出来ん。さあ来い!」
「ちょっと、ひっぱらないで下さい! 一体どういうことなの!?」
叫びがむなしくこだまする。
その後――三日間の王宮裁判で魔女の烙印を押され、国外追放という罪状を与えられるまで、一回も、誰も、イミルの言い分を聞く者はいなかった。
近く結婚する予定だった、同じ魔法研究者にして若き施設長であるディルムにさえ、
「今までよくも騙してくれたな、この汚らわしい売女め! 悪魔に魂を売った冒涜者! さっさと国から出て行け、野垂れ死んでしまえ!」
と、とんでもない暴言を投げつけられたほどだ。
いくら潔白を訴えても受け取られないまま、結果の決まった裁判は終わった。判決は追放。二十五年間生きたヴェンガムドを、冤罪で叩き出された。
(追放、とか。ないわ……)
読んで下さってありがとうございます!!最後までお付き合い下さったらとても嬉しいです。
次話もぜひ読んでやって下さい。