4
それから一週間。悠香とはまったく連絡していない。ぐちゃぐちゃな頭がようやく整理できたので、俺は再び『代理並び人』のアプリを起動した。
「おまたせ」
俺がよく行くラーメン屋の長い行列に並んでいると、後ろから声がかけられた。俺は帽子をまぶかに被り、買ったばかりの黒いジャケットを着ていた。
「黒ジャケットに帽子、あ、あなたが依頼人ですか?」
明るい声で、俺に話しかけてくる。俺がうなづくと、相手が横に並んできた。
「今日はよろしくお願いします…」
言いかけた相手の言葉が止まる。俺は顔をあげ、相手を見る。
「康太!」
「おお、悠香」
「ちょっと、何?どういうこと?」
やや苛立ったような悠香に、俺も強めに言葉をかける。
「バイト、いつもやってんだろ?じゃあ俺とでもいいだろ?同じなんだから」
「だって、これじゃお金にならないじゃない」
「俺が払うよ!」
思わず声が大きくなる。金の方が、俺よりも大事だっていうのか。俺の様子に黙りこんだ悠香に、俺は続ける。
「こうでもしないと会ってくれないからさ。俺が嫌になったなら言えよ。確かに情けない男だからさ。愛想尽かされても仕方ないよ。でもさ、会ってくれもしないで、男とデートみたいなことしてさ、もう辛いんだよ」
「なんでそんなこというの?お金が必要なんでしょ?だから私も一生懸命バイトしてるのに」
「何もこんなことじゃなくてもいいだろ?」
「康太がやらせたんじゃない!」
今度は悠香が叫ぶようにいった。周りの人たちも思わず振り返る。
「康太が、私と一緒にいるより、お金を選んだんじゃない。だから、私だって辛いけど、別々にバイトしてお金稼いでるんだよ。何言ってるのよ」
「でもさ、こんな、男と並ぶなんてことする必要ないだろ!楽しそうに話てさ」
「楽しいわけないじゃない。康太にやらされて、それで他の男が私にそういう頼みをしてもいいって思って、で、私も康太がそうして欲しいんならと思ってやってるだけだよ、ひどいこと言わないで!」
「いや、この間、お前は気づかなかったろうけど、俺、みたんだぞ。楽しそうに、男と一緒にいたい、なんて言ってたろ!」
悠香が顔を覆う。そして、あげてこちらを見た目には、涙が溢れていた。
「気づいてたよ。康太に気づかないわけないじゃない。気づいてたから、言ったんだよ。私は一緒にいてくれる男の人が好きって。康太は、いつだって一緒にいてくれたのに。あの日、康太は私より、私と一緒にいることより、お金を選んだんじゃない」
悠香が走りだす。
俺はガーンと頭を打たれ、一瞬出遅れたがすぐに彼女を追った。
「ごめん、悪かった」
追いついた悠香の肩を掴んで立ち止まらせて、必死に謝る。
「俺が馬鹿だった。お前と並ぶのが楽しいのに、金なんてついでだったのに。いつの間にかそれを忘れて、金に目がくらんだ」
「それだけ?」
「え?」
悠香は俺を引き剥がすと歩きだす。俺はまた、追いかけて、彼女の目の前で頭を膝につくほど下げた。
「お願いします。これからは、僕とだけ並んでください。他の男と並ぶのはやめて、一生、僕と一緒に、僕とだけ一緒に並んでください。お願いします!」
結果的に、これがプロポーズになった。今でも、彼女と列に並ぶと、嬉しい。
それも長ければ長いほど。