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今日はアミューズメントパークでのバイト。
俺たちは乗り物券なしの入場券で入って、カップル半日5000円で仕事を受けている。
「あ、あそこ!○ッキーだよ!ほら」
悠香が遠くを通りかかったキャラクターを見て興奮している。
ただ並んで、乗り物に乗ることもなく、時間直前にやってくる依頼主と入れ変わるだけの仕事なのに、悠香はいつでも楽しそうにしている。
俺が金も資格もない、小説家を夢見る貧乏フリーターで、休日もこうして小銭稼ぎのバイトでもしないとなかなか生活の出来ない情けない男なのに、一緒にいれればいい、と付き合ってくれ、楽しそうにしてくれる彼女を見ているとちょっと涙が出そうになる。
本当はこんないい女はもっとできるやつと釣り合うのに、どうして俺といてくれるのか。ともかく感謝して、しかし甘えてこうやって便利に扱ってしまう。
「悠香、悪いな」
「何よ、急に」
「いや。なんでもない。まあさ、ここにきてむしろ金が稼げるって、超いいよな、終わったらさ、なんか食い行こうぜ、なんでもいいからさ」
「えー、どうしたの急に。なんでもいいの?」
「ああ、たまにはな」
悠香が俺の顔をじっとみて、そして顔をふにゃりと潰して笑う。
「じゃあさ、岡田屋行こうよ、あそこでホッピー飲もう!」
「え?いつもの居酒屋じゃん、なんだよそれ」
「いいの」
悠香が腕を絡ませてくる。
「そこがいいの。いつものところで、一緒に気軽に飲みたいの」
うう。なんか泣きそうだ。
「ああ、悪い悪い」
二人の世界に入って幸せなところに急に野太い声がかけられて、俺はどきりと振り返る。そこには依頼主の男が立っていた。
ジムで鍛えているのだろうガッチリした体型を誇示するようにぴっちりした皮のジャケットを着たツーブロックの男だが、妙に不機嫌そうだ。そして、一人だ。
「まだ早いですよ、後40分はかかります」
俺は男に答える。
「いや。あいつ帰っちゃったから。あのさ、キャンセルできない?」
そうだったのか。半日の予定で入れて、こんなに早く相手が帰ってしまったのではどこかに文句も言いたくなるだろう。しかしこっちも商売だ。
「え?いやー、流石にもう仕事始めちゃったんで、今日の分はもらわないと」
「まあ、そうだよな。わかった」
「この後はどうします?」
金持ち喧嘩せず、で意外とこういう連中は金で揉めることを避ける。俺が伺うようにいうと、男は「いや、もういいかな…」と言いかけて、じっとこちらを、というか悠香を見て目を止めた。
「ちょっとまって。あのさ、俺の依頼って、並んでもらうことだよな」
「はあ。まあ」
「じゃあさ、俺と一緒に並んでよ、その子が」
「え?」
俺は突然の話についていけず、キョトンとしてしまった。悠香は意味がわかったようで、俺のジャンパーの裾を握ってくる。
「いや、いいでしょ、同じ仕事だし。結局並ぶんだからさ。別に乗り物は乗らなくていいからさ、俺と一緒にならんでよ、君」
「あの、そういうのは」
「いや、イレギュラーなのはわかるからさ、じゃあ、倍だすよ。ね、仕事は変わらないんだから、いいじゃん」
「え、倍?」
一万円はものすごく魅力的だ。しかも半日で。
悠香が首をふって、俺の方を訴えかけるようの見ているのは目の端に映っていたが、俺は金にくらんでしまった。
「じゃあ、いいっすよ」
「よっしゃ。じゃあ、あんたはさ、どっかで時間潰しててよ。俺、彼女と二人でこれから並ぶから。じゃあ、終わるころまた」
男が俺の代わりに列に入り、俺は列からぬけ離れてゆく。
振り返ると、悠香の隣にたった男が、近すぎる距離で、自信満々の笑みを浮かべて、楽しそうに悠香に話しかけている。悠香は俺を、なんとも言えない顔で見送っていたが、やがて男の方をむくと笑顔を向けた。
いつもの優しい笑顔で。
そう、悠香は誰にでも優しい女なのだ、だから俺のような人間でも付き合ってくれる。
胸にささるような痛みを覚えたが、それに気づかないふりをして、人混みに俺は混じっていった。