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「うっわ、超ならんでる」
「ここのラーメンめちゃくちゃ美味しいからな」
「流石に寒いな」
「楽しみ楽しみ」
「何食べようかな〜」
ここは都心のラーメン屋、週末には常に1時間以上の列ができる超人気店だ。友人同士やカップルたちが、小声でしゃべりながら時間を潰している。
「いやー、しかし寒いな」
「はい、これ」
俺のつぶやきに、隣にいる悠香がポケットから出した何かを差し出してきた。
「お、ホッカイロじゃん、気が利くな」
「えへへ、ほめてほめて」
ややぽっちゃりしたたぬきのような可愛い顔を、クシャッと潰して悠香が笑う。俺は頭を撫でてやる。気さくで、可愛くて、気の利くこんな女の子と付き合っている俺は幸せ者だ。
「ピロン」
臆面もなく人前でいちゃついていると、アプリに着信がきた。
『今つきました、茶色のダウン男と白いダッフルコート女です』
俺は顔をあげ、並んでいる列の後ろの方を見やる。そこにはサングラスをかけた短髪の男と、金髪の長い髪のスタイルのいい女性がいて、キョロキョロと周りを見ている。
「ああ、こっちこっち」
俺が手を振ると二人がやってきた。
「迷いませんでした?」
「ええ。大丈夫」
「後、10分くらいで中入れると思いますよ」
「助かります」
俺は列の後ろの人に手で謝って、連れなんで、とその二人を自分の前に並ばせる。
「じゃあ、さっそく」
男が最新式のアイフォンを取り出して、携帯を操作すると、ピロン、と再び俺のアプリに通知だ。
『入金確認:2000円』
「はい、どうも」
周りの人には聞こえないように、ダウンの男にお礼を言う。ツヤツヤの高級そうな生地、高そうなスニーカー、女性の方も手入れの行き届いた流れるような髪に真っ白でいかにも肌触りの良さそうなコートを着ている。
俺は頃合いをはかって声を上げる。
「あ、しまった、俺用事思い出した。行かないと」
「え?何?もう少しなのに」
「いや、ごめん、ちょっとまずい」
「もう」
男に手で挨拶して列から離れて足早に歩きだした俺を、悠香が文句を言いながら追ってくる。
しばらく歩いて俺たちは角をまがり、人がいないことを確認して笑い合う。
「よし、バイト完了!」
「ねえねえ、ラーメンは飽きたからさ、今度はどっか違う店に並んで、そこでランチしようよ」
「そうだなあ、ちょっとまって」
俺はアプリを開いて確認する。
これは最近できた新サービスで、『代理並び人』の仕事なのだ。
今の時代、ネットでバズった店にみんな行きたがる。
そういう店にいくことが一つのステータスで、あそこで食べた、と言いたいためにみんな話題に乗り遅れないように押し寄せることになる。そうすると今度は集まりすぎてなかなか入れないという状態になってしまう。
そこで生まれたのが、この、行列に代わりに並ぶサービスの提供だ。
1時間で大体1000円が相場だ。俺たちは大体カップルの依頼を狙って二人で並ぶから二千円。
昔だったら考えられないけれど、最近は小金を持っている若い人は、時間のためならお金を使うことを厭わない。ウーバーイーツという宅配サービスが、手軽さをお金に置き換えたことがきっかけとなって、こういう様々な、隙間バイトが生まれたのだ。
「お、ここから1駅の場所のパスタ屋、昼帯1時間半待ちだ。えーと、依頼は、と」
「いいね、パスタ!」
「あ、ちょうど2時間後の13時にあるな。じゃあここ受けよう。受領完了、と」
「よし、じゃあまた並ぼ!康太となら、どこに並んでても楽しいもん」
「このー。俺もだよ!」
馬鹿みたいにじゃれあいながら、俺たちは次のバイトに向かった。