第九話 潮秘狩り
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
────翌朝。
おそなは朝イチに超特急で充箱屋まで送り届けてきた。
店先で、別れを惜しむ熱い抱擁を交わしたのは言うまでもない。
だが最終的に憎まれ口を叩いてきやがった。
この俺よりイイ男を捕まえるだの、次は無いかもね、だと。
そんな野郎は存在しない。俺が最強だ。まったく、ツンデレのお手本のような女だ。
「ではまたしばらく旅に出る。留守は頼んだぞ」
「お任せくださいだす坊ちゃん」
「いってらっしゃいませご主人様。どうかお気を付けて」
「ゆうべは生殺しにしやがって、今度はオレも混ぜてくれよな────」
伊万里先輩は見学しながらそれをおかずに自慰に耽るだけだった。
「わかった。旅先で何か倫理の壁を突破するようなアイテムが手に入ったらその時は足腰たたんようになるぐらい抱いてやる」
「本当か!? 絶対だぞ!! ……けどそんなのが都合よく手に入る保証はねえしな────……こうなりゃ自分で発明するしかないか?」
「その意気だ伊万里先輩」
「おう! なんたってスケベに勝る原動力はねーからな!!」
「朝からそうゆう話しないでよ……」
「ほんとうです……」
「ムッツリどもめ、まだまだ修行が足りんな」
「わはは! ごめんな────オレは昔っからあけすけっつーかさ、性欲に正直なんだ。その方がココロもカラダも気持ちがイイからなっ」
赤裸々に自分語りをする伊万里
「お前らも伊万里先輩を見習うがいい」
「も、もう出発しましょう備限様」
「そうよ! さっさと行くわよ!」
李埣を抜け、街道をひた歩く。
「今度の目的地はどこなの?」
「本格的な旅を始める前に調達したい物がある」
「調達したい物────? ああわかった、じゃあ海岸に行くのね」
「流石察しがいいなネリスケ────」
「海岸で調達したい物……?」
「こいつだ────」
備限が蔵渦から取り出したのは閉じられた二枚貝だ。
「貝、ですか?」
「見ていろ────」
ちょろり飛び出ている水管めいた突起をカチッとノックすると、ホイポイカプセルめいて放り投げる。地面に接地すると同時にボワワンと煙に包まれ────
なんと! 二枚貝が簡素めいて慎ましやかな小屋へと変化した!
「わあっ、貝がお家になりましたよっ」
「これは冒険者御用達、ビバークの強い味方【住宅貝】だ!」
※ビバークとは、緊急避難的に野外で一夜を過ごすこと。野宿。露営。
「住宅貝!?」
「この壁の薄い、いかにもな掘っ立て小屋は住宅貝の中でもtier下位の【俺御殿】……アカデミー時代からの使い古しで、見ての通り一人用だ」
「パーティメンバーが増えてソロじゃなくなった今、オレパレスじゃ手狭になったってわけ。さおりん、海岸で何をするかわかった?」
「つまり……潮干狩り、ですか?」
「正解だ! 快適な旅にしたくば気合い入れてtier上位の豪邸を掘り当てろ!」
いざ豪邸を求め、海への道のりをひた歩く。
すると道中で────
「おや、あれは何かしら」
「んー? どうやら屋台だな」
「こんなとこで露店なんて珍しいわね────何を売ってるのかしら」
「のぼりには"新鮮枇杷"と書いてあるな」
「ビワ!? 何を隠そうあたしはビワには目が無いのよ! 是非買いましょう!」
などと話していると、普段備限から一歩下がって随伴する鞘織がただならぬ様子で一目散に駆けて行った!
「うお、どうしたんだあいつ」
「きっと我を忘れるほどビワが大好物なのよ。仕方ないわ、だってビワは美味しいもの」
活魂刀吉備鞘歌を肌身離さず持っている副次効果で鞘織の視力は常人より見通しが利く。
自分と同じ最旬館高校の制服、トレードマークのハンチング帽、見知った級友の姿と特徴が合致する人物に、何をおいても駆け出さずにはいられなかった。
「ちずれちゃん!!」
「おや、あなたは……ひょっとして羽織さん、ですか?」
「ひょっとしなくたって私だよ! 私はちずれちゃんの事すぐにわかったよ」
「すみません、ボクの知る印象と若干違っていたので……羽織さん、たくましくなったというか、健康的になりましたね」
「ああそっか、そうだよね、そうなんだ、私はこっちに来てすぐ死にかけて、本当に死ぬ寸前のところを助けてもらって、それから健康優良児になったんだ」
「のっぴきならない波乱に見舞われたようですね」
「うん……文字通りの絶体絶命だった……だからね、生まれ変わったつもりで名前を改名したんだよ。ここでは羽闇鞘織と名乗ってるよ」
「なるほど鞘織さんですか、何はともあれご無事でよかったです」
「お互いにね。ちずれちゃんはどうだったの?」
「ボクの方は────」
そこで備限たちも追いついてきた
「なになにさおりん、知り合いだったの────?」
「そういや同じ制服を着ているな────」
「はい、そうなんです。以前話しましたよね、彼女は修学旅行で私と同じ班の一人だった、多枇杷実ちずれちゃんです」
「あ~~確か測量マニアの────」
「いや、ボクッ娘の方ではなかったか?」
「どっちも合ってます合ってます、両方彼女の事です」
「ちずれちゃん、この人がさっき話した私の命を救ってくれた備限ハヤゾメさん。そしてこっちの妖精みたいな方がネリネちゃん。種族はなんだと思う? フェアリーかな? ピクシーかな?」
「ゴブリンでしょう」
「え!? 知ってたの?」
「そりゃあ、もうかれこれ此処での暮らしは三週間になりますから。里にあった図書館で最低限の知識は詰め込みました。あ、でも知識として知っていただけでゴブリンを見たのは実際今日が初めてなので、こう見えてドキドキしてます」
表情からは分かりづらいがドキドキしているらしい。
「まあ近年はすっかり認知されてるけど、基本人前には出てこない昔気質なゴブリンも多いからね────あたしはだいぶ人間慣れしてるエリートだから存分に拝んでいいわよ!」
威風堂々と誇らしげに胸を張るネリネ
「そんなことより────」
「そんなこととはなによ!」
「すみませんネリネちゃん、大事なことなので……そんなことよりちずれちゃん、此処での暮らしが三週間って? 私はまだ四日目なんだけど……」
「そうなんですか? それは妙ですね」
「実は昨日────」
鞘織は硬原軟野に覚えた違和感をちずれに共有した。
「……つまり藤乃さんと備明さんは、これからこの世界に飛ばされてくるかもしれないし、既にしわくちゃに年老いてる可能性もある、という事ですか。まぁこれは極端な例ですが」
「やっぱりそういう事だよね……」
「……気休めかもしれませんが、あの時ボクたちは向かい合わせの座席で一か所に固まっていました。なのでそこまで大きな開きは無いんじゃないかと推測します。希望的観測ですが」
「確かにそうかも……うん。結局のところ、あれこれ考えたって私たちがどうこうできる問題じゃないし、だったら都合よく解釈していた方が気が楽だ。ありがとうちずれちゃん」
「話は終わった? さっきからおあずけ状態で我慢の限界よ店主! あたしはビワをご所望なのよ!」
「これは大変失礼いたしました。確か────ネリネさんとおっしゃいましたね、どうでしょう、お詫びと、そしてお近づきの印にボクが御馳走しますよ。どうぞ好きなだけ召し上がってください」
「え! いいのっ? でも悪いわ、だってあなたもさおりんと同じ異邦人でしょ。何かと物入りなん────」
「そうだよちずれちゃん、三週間もの間どうやって生計を立てていたの」
またもや遮られるネリネ
「そういえばボクの話が中断されたままでしたね。鞘織さん、あのとき貴方に求められたハンドシェイクをお断りした本当の理由……ボクの秘密をお見せしましょう────」
そう言うとちずれはライダーめいた革製の指ぬきグローブを外す。
「確かあのときは────……多汗症だから遠慮しておきます。みたいに言われたっけ」
「ええ。この特異な体質で友人を失いたくはなかったので」
露わになった両の手の平には紋章が刻まれていた。
「これって……」
「これは"変わり多枇杷実"という我が家の家紋です。そして────」
ちずれは空のくだものかごに紋章をかざす
ボロロロロロン
なんと! 手の平からまろび出たビワの実でかごがいっぱいになった!
「どうなってんの!? 手品みたい!」
マジシャンが気持ち良くなりそうな好リアクションでネリネが食いつく
「タネも仕掛けもありません。これは多枇杷実の当主に代々受け継がれてきた異能でして、元の世界では別段なんの役にも立ちませんでしたが、こちらでは一転して大活躍です。こうやって生み出した元手ゼロの枇杷を売るという錬金術でこれまで生計を立てていた、というわけです」
「夢のような能力だわね」
「これがなかなか売れ行き好調でして、味も保証しますよ。ただみなさんの場合……出す様子を目の当たりにしたので抵抗があるかもしれませんが、良ければどうぞ。種なしですし皮ごと食べられますよ」
別に尻から出したとかでもないし
「平気よ! 言っておくけど、ことフルーツに関してあたしのジャッジは厳しいわよ────」
……………………
………………
…………
……
「うー、もう食べられないわ……」
腹ボテのネリネ
「あほう、冬眠でもする気か」
「美味しくてつい……」
「飛ばねぇゴブリンはただのゴブリンだ────」
「くっ……言わせておけば……」
「気持ちのいい食べっぷりでしたね。御馳走した甲斐があります」
「とってもデリシャスだったわ! このネリネちゃん様が太鼓判を押してあげましょう」
「ありがとうございます。エリートゴブリンであるネリネさんのお墨付きなら今後も自信をもって商売ができます」
「本当にすごい美味しかったよちずれちゃん。備限様は如何でしたか?」
「今まで食ったどのビワより旨いと言わざるを得ない────ちずれよ、これはただのビワとして売るのではなく、品種めいた名前を付けてブランド化した方がいいぞ」
一般的なビワの旬は春の終わりから初夏にかけてのほんのひと月だけである。それが時期を選ばず通年楽しめるのは大きな強みと言えよう。
「あたしも賛成よ! そして単価を上げるべきよ!」
「言われてみれば確かに……考えもしませんでした。しかしブランドといっても、どんな名前がいいのかボクには皆目……」
「まかせなさい、現時点で消費量単独首位であるこのあたしに良い案があるわ! ビワ界の王様ってことで【ビワオウ】よ!」
「安直な……」
失言めいて素直な感想を漏らす鞘織
「はあ!? そう言うからにはビワオウを超える案があるんでしょうね!」
「う、え~と、ん~と……あ! 錬金術からとって【錬金】はどうかなちずれちゃん。ホラ、ビワって金色に見えないこともないし────」
「錬金ですか……それは罪悪感がチラつくので、すみませんが却下とさせてください」
「しょぼーん……」
「当たり前でしょうが。それじゃビワオウで決定ね!」
「その前に、ハヤゾメさんはどうですか? もし案があれば聞いてみたいです」
「よかろう。ズバリ……【ちずれ十七歳】だ!」
「ちずれ十七歳!?」
「うむ。はっきり言ってこれしかありえん────無論、加齢とともに後半の年齢部分は毎年変遷してゆくのだ、ワインのようにな────」
「なるほどボク自身ですか、面白いですね。生成の過程や背景を踏まえたうえで、確かにそれ以外ありえないと思わせる説得力があります……決めました。ハヤゾメさんの案をいただいて、ちずれ十七歳にします」
(ちずれちゃん、淡白だなぁ。私だったら自分の名前なんて絶対恥ずかしいけど)
「悔しいけど負けを認めるわ────」
「本質を捉える洞察力が重要なのだ」
「ちずれちゃんはこれからどうするの?」
「ボクの目的は言わずもがな、この世界の地図を作製することです。幸いなことに荷物が全て無事だったので必要な道具は一通り揃ってますから────」
夢にまで見た異世界の地図を製作できるのだ。多枇杷実ちずれにとってこれほど心躍る状況は無い。モチベーション爆上がりであろう。
「でも測量中は無防備でしょう? 一人じゃ危ないよ」
「ご心配には及びません。相棒が居るので────ほら、自己紹介できますか?」
ちずれが屋台の骨組みをコンコンと軽くノックする。すると────
「ええい、気安く小突くんじゃない」
なんと! 屋台が喋ったではないか!
「まあまあ、そうつんけんせず。ここはボクの顔を立ててください」
「……まあよかろう。我が名は王貴人! 高貴なる玉石琵琶精である」
「仰々しいのでボクは親しみを込めて【ビワメス】と呼んでいます」
「どどどどうなってるのちずれちゃん」
「結論から言うと、ボクのハクライです」
「ハクライはよせ────ビワメスの方がまだマシだ」
ビワメスは発言と連動するようにヘッドライトが明滅する
「それは失礼しました。で────このビワメスには変形機能が備わっていて、今の状態がケータリングめいた屋台モードの"ビワハイジ"です。ボク一人なら十分寝泊まりもできます」
「あとは速さに秀でたモトサイクル形態の"ハヤヒデ"、そして武力に秀でたバトル形態"タケヒデ"と、以上三つのモードがあります。戦闘も経験済みですよ」
「更に燃料がビワ果汁なのでボクと相性抜群なのです。永久機関と言っても差し支えないでしょう────当初は高飛車なじゃじゃ馬でしたが、今ではすっかりちずれ十七歳のトリコです」
「よ、余計な事を言うんじゃない……我の威厳が損なわれるではないか」
二人のやり取りから良好な関係性が窺える。
「そっか……じゃあ寂しいけど、一旦お別れだね……せっかく会えたのに」
「元々ボクは修学旅行でも単独行動の予定でしたし、どうか気に病まないでください鞘織さん」
「ぐすん……地図、完成したら見せてね」
「はい。何年かかるか分かりませんが、必ず」
「! そうだ! ちずれちゃんカメラ持ってたよね!? 写真っ、写真撮ろうよ!」
「そうでした、是非ともゴブリンを撮りたいと思っていたのです。このまま別れたら後悔するところでした、思い出させてくれてありがとうございます。ネリネさん、よろしいでしょうか」
取り出したカメラを構えるとネリネへ向ける
「えぇ~やーよ、今はおなかが出ているもの」
「ではおなかが映らないようにします。バストアップで────」
「それじゃあまるで証明写真みたいじゃないの」
「ではグラビアっぽく、うつ伏せ腹ばいで頬杖をついて足をパタパタさせるポーズはいかがですか」
「そんなポーズをとったら圧迫されてリバースしちゃうわ!」
ああ言えばこう言う状態で撮影に難色を示すネリネに、鞘織が説得を試みる。
「ネリネちゃん、そのおなかも思い出じゃないですか。将来見返した時に、こんな背景があったと裏話に花が咲くのも写真の醍醐味ですよ」
「なるほど鉄板ネタとしてひと笑い誘うわけね────って冗談じゃないわ! あのね、本当はあたしだってちずれちゃんの希望は叶えてあげたいのよ。御馳走になったしね。だけどあたしの純な乙女心がベストコンディション以外は認めないと言っているの────」
「めんどくさいな、この指圧マスター備限様が瘦身エステを施してやる」
────備限のアキュレイト且つプレシジョンな施術でネリネはたちまちスリムになった。
※アキュレイト(accurate)は英語で「正確な、精密な」という意味。プレシジョン(precision)には、「精密」「正確」「的確」などの意味があります。
……………………
………………
…………
……
デジカメで撮った写真を画像で確認していると────
「がはは! コンテよ、お前はどう映っても心霊写真になるな!」
何故かカメラを通すと謎のフィルターがかかって像が判然としないコンテ
「しくしく……エクトプラズム……」
「鞘織は表情がカタいな」
「どうしても緊張しちゃって」
ネリスケは────流石の写真映えで非の打ち所がないな。間違いなく調子に乗るから絶対言わんが。
「あんた、さっきから批評家気取りで人のに茶々を入れてばかりで自分は一枚も映ってないじゃない」
「ああ俺はいい────写真は魂が抜かれるからな」
「そんなのは迷信ですよ」
「ぷぷぷ、おかわいいこと。あんたにも弱点があったのね────」
「聞き捨てならんな、俺に弱点など無い」
「だったら被写体になってもらおうじゃないの」
「よかろう。光栄に思うがいい、被写体マスター誕生の瞬間に立ち会えることを────」
「ほんとに面白い方ですね。ボクにお任せ下さいハヤゾメさん、ばっちり男前に撮ってみせますよ」
「そうだ鞘織よ、画角の外から扇いで送風しろ。マントをはためかせるのだ」
「わ、わかりました」
ジャポニ力学習帳でそよそよと扇ぐ
「全然弱いぞ! もっと気合い入れて扇がんか!」
「ひいぃぃぃぃん!」
ノートを三冊に増やし扇状に広げてばっさばっさと両手で力いっぱい扇ぐ鞘織
「よーしグッドだ!!」
「では撮りますね────」
(おや、逆光が……ストロボを発光させてフラッシュを焚きましょう)
逆光撮影時における日中シンクロというテクニックである。
パシャッ
刹那、太陽拳めいた眩い閃光が備限を襲う!
「────────!!!!」
流石の備限も光の速度には対処不能である
「ポマードポマードポマード!!」
警戒MAXの姿勢と迫真の表情で何かを唱える備限
「………………備限様? いったい……」
「知らんのか、魂が抜かれるのを防ぐおまじないだッッ」
以前に備明ちゃんから聞いたことがある……たしか、口裂け女を撃退する呪文────だったっけ……? うろ覚えだけど。ジャッポガルドだと違うのかな
などと鞘織が思考をめぐらせていると────
「突然フラッシュを焚いたので驚かせてしまったみたいですね。すみません」
「なん……だと……」
「……ぷっ! あひゃひゃひゃひゃwwww 最高よぉ~~被写体マスター! 特に、迫真の表情が……ケッサクだったわ……ぽ、ぽま~~ど(キリッ)ヒィヒィ、く、苦しい~~……あんたねぇ、あたしを笑い死にさせる気────?」
「……………………」
何事もなかったかのように平静を装い軽く咳払いをすると、備限はちずれに向かってツカツカと迫っていく。
そこはかとない圧めいた凄味を感じる……
「そういう意図はなかったのですが……恥をかかせてしまう結果になってしまい、申し訳ありません」
「……………………」
無言のまま、ちずれの至近距離で立ち止まる
「え、ええと……?」
備限の凄味に気圧されたのか、日頃から不感症めいて感情表現の乏しいちずれが珍しく困惑している
「お前にも相応の辱めを受けてもらう」
「ぇ────」
言うが早いか、カメラを持つちずれの手首を不意に掴むと自身の口元へと力強く引き寄せる
逆の手では肩も抱き寄せられ、ちずれは備限の胸板に身体を預ける形になる。
多枇杷実ちずれはその体質から、これまでの人生に於いて異性はもちろん女同士であっても物理的な接触は可能な限り避けて過ごしてきたのだ。
ちずれは否応なく、男性の腕力、逞しさを肌で感じ、頬が熱くなるような、その慎ましやかな胸の奥底から湧いてくる未知なる感情の芽生えに戸惑う。
そんな ときめきも束の間────
「ジュルッジュルルルルルルルルル!! ジュッジュボルルルルル!! グププ! ジュボジュルルルルル!! ジュルルッポ! ジュッジュボルルルルル!! ジュブルルル!! ジュボジュルルルルンルン!! ジュル!!」
なんと! ちずれの掌に刻まれた家紋に開いた風穴から直接、ジュレ状のちずれ十七歳を猛然とバキュームめいて吸い上げた!
「!! ────~~~~」
ちずれが声にならない嬌声を上げる。
何もかも理解が追いつかないといった心境だろう。
備限の情熱的な愛撫めいた吸技からもたらされる津波のような快感に、ちずれはガクン、ガクンと、断続的な痙攣とともに絶頂めいて激しくモイストした────
そしてへなへなとその場にへたり込んでしまう。
人知れずコンテもsatisfactionしていたのは言うまでもない。
「……ぷはーー! 甘露甘露」
「おいキサマ!! ちずれに何をした!!!!」
ビワメスが激昂している。
「おっと誤解するなよ? 俺はこう見えて退魔を生業とする凄腕霊媒師だ。彼女の背後に危険極まりない悪霊が憑りつかんと迫っていたので緊急で祓ったのだ。備限流秘奥義・アジャラカモクレンテケレッツのパーでな」※大嘘
それは平手打ちをぶちかましたあとで「蚊が止まっていたよ」と言うようなものである。
そんな備限の口八丁を受けビワメスは────
「なんと、そうであったか! いや取り乱してすまない。ちずれに代わって礼を言う────ありがとう」
素直か
「がはは! いいってことよ!」
「はぁ…はぁ…」
怒涛の荒波めいた濃厚接触から解放され、息も絶え絶えといった様子のちずれ。
ちずれの秘部から噴射された夥しい飛沫は地面のみにとどまらず、至るところに付着している。
「しかし派手にイッたな────ひょっとして性感帯だったか?」
「……ッ! し、知りません」
ちずれは頬を紅潮させ、そっぽを向いてしまう
「ところでこっちもビワ味なのか────」
ちずれの荷物に自然と点在する受け皿めいた窪みには水たまりが出来ている。
備限はその上澄みを指ですくいとる────
「あっ、ちょ────」
「わ、備限様、ばっちぃですよ」
(くっ……聞こえてますよ鞘織さん……)
「なにがばっちぃものか」
俺の知的好奇心は誰にも止められないのだ
「…………」
多枇杷実ちずれは察した……制止したところでこの男は止まらないだろう。
それより鞘織の放った中傷めいた雑言を即座に否定してくれた事が、何より嬉しかった。
それが羞恥に勝り、もうどうぞ好きにtastingしてくださいって感じだ。
ペロッ
「むむむ! こ、これは……」
「…………」
合格発表を控える受験生めいて緊迫した時間が流れる
「……スキーン腺とバルトリン腺の分泌液からなる混合液だな。いわゆる"潮"だ!」
突如始まる保健体育の授業
「特にビワの風味もまったく無い。正真正銘の潮だ」
事実を陳列したのち、更に備限は脳裏に浮かんだワードを口にした────
「これぞ潮干狩りならぬ、潮秘狩り……なんつって」
それは下品な下ネタめいたオヤジギャグであった
場が静まり返り、信じられないほど冷めた空気に包まれた
「ふ、ふふふあはは……アハハハハ」
静寂を破るようにちずれが笑いだす
羞恥が極まって壊れたのだろうか?
ともあれ、被害者である当人が笑っているので良しとしよう────
おかげでスベるのを回避できたぜ。
ちずれがふらつきつつ立ち上がる。
うーむ。内腿を伝う雫が実にエッチだ……
ちずれはぐしゅぐしゅの下着に不快感を覚えつつ身なりを整えると
「本当に面白い人ですねハヤゾメさん、あなたのような人は初めてです……いろんな意味で」
「当然だ。唯一無二の俺様は常人のものさしで測れはしないのだ」
「ええ。魅力的過ぎて、これ以上一緒に居たらボクの今後の活動に支障をきたしてしまいます……なので、この辺で失礼します」
これ以上深みに嵌るのは危ういと判断したのだろう。
そんなちずれの意を察し、ビワメスは"ハヤヒデ"へとフォームチェンジする。
「な……なんだその男心をくすぐる変形は……ロマンに満ち溢れているではないか」
ビワメスのメカニカルな変形が備限の琴線に触れた
「はい。これがハヤヒデです」
返答もそこそこに立ち去るべく、テキパキと撤収作業を進めるちずれ。
ハヤヒデに跨ろうとするも備限に呼び止められた
「待てちずれ、そのままではシートも濡れてしまうぞ」
「少しの辛抱です。替えの下着は持ってますし、あとでちゃんと履き替えますよ。今はこの場を離れたいのです」
「そうはいかん。おいコンテ!」
「はい主様。コンテランドリー、開店の時間でございますね」
「? なんの話で────……ふきゅぅんっ!?」
次元能力の応用だろうか、立ったまま足も上げていないちずれのパンツだけを瞬時にきれいに抜き取るコンテ。
「パンツだけではない、洗濯できそうなものは片っ端から全部だ!」
「御意」
結局全裸にひん剝かれ、肌の露出を隠すように小さくしゃがみ込むちずれの肩を、セイクリッドコート備限カスタムでそっと優しく包み込む備限
「悪いようにはしない────もうちょっとゆっくりしていけよ────な────?」
「よいではないかちずれ。我もシートを濡らされてはかなわん。洗濯してくれるというなら、厚意に甘えようではないか」
「相棒もこう言っているぞ」
「……わかりました」
そもそもこの格好では了承せざるを得ない……と、本来なら異議を申し立てるところだが────
コートからふわりと香る備限スメルに脳が支配され、どうでもよくなった。
ちずれは肺いっぱいに香気を取り込み、しめやかにモイストした────
「厚意の代わりと言っては何だが、俺の頼みを一つ聞いてくれ」
「なんでしょう」
「ハヤヒデに乗ってみたいのだ」
備限の興味はハヤヒデへと移っていた
「ボクは構いませんが……但しビワメスが良ければの話です」
「我も構わんぞ。其方には悪霊祓いの借りがあるからな。洗濯の件も然り、高貴なる我は受けた恩義は直ぐに返さねば気が済まぬ性分なのだ」
肯定の表れとしてドルンドルルンと鳴り響くエンジン音が、いっそう備限の心を躍らせた。
その後、備限は心ゆくまでビワハヤヒデを堪能した。
「やっとモーターのコイルがあったまってきたところだぜ」
人馬一体の如き傑出した騎乗スキルの才能がさりげなく開花していた。
……………………
………………
…………
……
「いやはや、貴殿の運転技術には感服したぞ。あのような一体感……未だかつて経験したことは無い。この我がよもや……人を背に乗せて斯様な昂揚を覚えるとは思わなんだ」
「なんのなんの。王貴人殿の生まれ持つ、やんごとなき性能あってこそよ。感服したのはこちらも同じく、誠素晴らしき名馬にござる」
しっかりと敬意を払う
「ふふふ、我を煽てても何も出ぬぞ?」
「事実を言ったまでだ。叶うなら俺の愛馬としたいほど気に入った」
「ははは! どこまでも真っ直ぐで気持ちの良い男よ。貴殿のような傑物に口説かれるのも悪くない────」
二人の意気投合ぶりを見てちずれは、双方から同時にNTRを受けたような、複雑な心境めいて二重にダメージを負うのであった。
「悪くない申し出だが────生憎、叶えてやれないな。我はちずれと共に征く」
「ああ、分かっているとも。承知の上で俺の気持ちを伝えたかったのだ。どうか彼女を傍で支えてやってくれ────俺はちずれも気に入っている」
「ふっ……正直なやつめ。安心しろ、この我がついている限りちずれが命を落とす事は無い」
「わ私からも、ちずれちゃんは大切なお友達なので、くれぐれもよろしくお願いします。ビワメスさん」
「まかせておけ────」
※ちずれのメンタルが若干回復した※
洗濯から戻ってきた衣服に袖を通しながらちずれは、かつての鞘織同様 その仕上がりに感動していたのは言うまでもない。
その後二人と別れた。
斯くして────潮干狩りの前哨戦として突発的に発生した潮秘狩りイベントによって、備限は豪邸発掘に向けた景気付けに成功したのであった────
──── to be continued
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。戒晃こそこそ噂話。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。
多枇杷実ちずれは現世で普通自動二輪免許を取得しているので運転に支障は無い。
ハヤヒデの排気量は大型めいて400ccをゆうに上回るが、異世界なのでセーフだ。
ビワメスにはちずれも知らない第四の形態、楽器の琵琶の形を模した巨大なカノン砲と化す砲撃モード【砲一】がある。
裸耳での使用は厳禁だ。何故なら、砲撃時に轟く爆音によって耳が無くなる(聴力喪失)ので、保護めいてイヤーマフの着用が不可欠である。
ちなみにタケヒデは、マクロスで言うところのガウォーク形態である。
備限様がビワメスさんを乗り回している間、ちずれちゃんと話をした。
ばっちぃと言ったことを撤回し、謝罪をした。
ちずれちゃんは「その言葉が聞けてよかった」と、私を許してくれた。
確執めいた軋轢を残したままお別れする形にならなくて本当に良かったと思う。
ひょっとして備限様は、私たちが和解する時間を作るために気を回してちずれちゃんを引き止めてくれたのかな?
……いや、あの様子では…………だけど、そんな少年のような無邪気さも、備限様の魅力のひとつだ。
※この日の鞘織の日記より、一部抜粋※