第八話 鞘織チュートリアル② 泪海苔クエスト
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
────翌朝。
ジャーーーー
「ふぅ……」
用を足し終え、下ろしていたジャージのズボンをパンツと共に上げる鞘織。
便座を立ち上がると自動的に流れてくれる、近代的なトイレだ。
(歴史の授業で見たような廁だったらどうしようかと不安だったけど、文明的なおトイレでよかった……)
人生においてトイレの快適さはQOLを大きく左右するのだ。
(もし備明ちゃんが居たら、異世界っぽくないと嘆いていたかな)
こっちに来てから異世界ならではの文化が目白押しで目まぐるしい体験ばかりだけど、こうして時折JAPANGと共通する文明に触れると妙に落ち着く。
甘鯛なんかの食材に関しても共通する部分があるみたいで少し安心した。料理を振る舞う機会が今から楽しみですらある。
(ここに居る間は薩日内さんが全部用意するもんね。漫然と食事をとるんじゃなく、おふくろの味? をしっかり研究して盗むぞー)
一方的にライバル視しているので直接レシピを訊いたりはしない。
ちなみに今朝の朝食はワニ肉を使ったハンバーガー、"アリゲーターガー"だった。
(昨夜の食事会は楽しかったなあ……)
伊万里とネリネから、いろんな話が聞けた。
伊万里ちゃんは艦内に自室を設けて住み込むらしい。
艦を水平にしない理由は、接地面を最小限にして李埣の自然を保護するためなんだって。
あの異様なカオスめいた景観が備限の琴線に触れ、気に入っている────というのも理由の一つである。
備限様は修理が終わった後のことも考えていて、詳細は教えてくれなかったけど、安全に艦を発進させるアテもあると言っていた。
ネリネちゃんからはゴブリンのイロハを教えてもらった。
ここまでで私が持つ情報といえば……妖精のような可愛らしい見た目をしていてオシャンティで、ダサイを蛇蝎の如く嫌っている・おしゃべり好きの一言居士・くさいものが苦手。と、このくらいだろうか。
「ゴブリンは人間に寄り添い、平凡で退屈な日常にささやかなセレンディピティをお届けするのよ!」
「セレンディピティ?」
「素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することよ。何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに幸運をつかみ取ることかしら。例えば────失くしていた片っぽの靴下とか、小銭とかさ」
「へえ~素敵ですね、妖精然としていて」
「まあ、元々ゴブリンが隠したものだけどね」
「それじゃマッチポンプじゃないですかっ」
思わずこち亀の中川めいたツッコミを入れてしまう。
「あとドアノブにサラダ油を塗ったり、シンプルなイタズラもやるわ。災い転じて福が来たほうがドラマチックでしょう?」
「ひどい自作自演だ……」
「うるさいわね!」
ネリネの全身魚雷が頬に炸裂する
「ぶべーーッ」
その漫才めいたやり取りを見て備限が笑っている。
「まだ初日だというのに早くも諧謔を身につけるとは、やるではないか」
※諧謔とは、ユーモアの利いた洒落や冗談のこと
(褒められてる、のかなあ?)
普段から備限様は楽しそうによく笑うのでこちらも自然と笑顔になる。備限様の魅力の一つだ。
そのあとネリネちゃんはこう告げた
「あと"スタジオヅブリ"制作の映画、借りぐらしのゴブリッティを時間があるときにでも履修しておきなさい。ゴブリンへの解像度が更に高まるわ」
「わ、わかりました(なんかいろいろ危ういんだよなあ……)」
その流れで伊万里ちゃんもジオングの事を教えてくれた。
ジオング領は鉱物資源の豊富な鉱山地帯にある。そこで"ケイヴコロニー"と呼ばれる生活圏を形成し、洞窟内で暮らしている。
ジオングは成人しても平均身長は130台と小柄だが、そのぶん筋密度が高く、丈夫で頑丈な肉体が特徴だ。おまけに童顔である。
備限様より年上だとわかっていても、小学生にしか見えないので伊万里ちゃんと呼ぶことにした。
食べ物は硬いものしか受け付けず、釘が打てるほどカチカチに乾燥したバゲットを難なく齧る。
ぷるぷるのプリンを食べるのが夢らしいが、昔、事情を知らない備限に悪気無く食べさせられて死にかけたことがあるらしい。
それから伊万里ちゃんは性欲が旺盛で、コンテさんと意気投合していた。
…………それにしても────
(情報量が多すぎて頭がパンクしそうだよぉ~~……そうだ、日記だ、日記を書こう。余っているノートとかないか、あとで備限様に相談してみよう)
ともあれ今日は一人きりだ。昨日備限様に言われた通り、読書に明け暮れるとしよう。
……………………
………………
…………
……
────日没。
ぱたむ、と"ロマ鞘"最終巻の表紙を閉じる。
「はあぁぁぁぁ…………」
ロマ鞘……素晴らしい作品だった……笑いあり、涙あり、そして感動あり……何より作者本人によるオーディオコメンタリーめいた副音声によって、より深く物語を知ることができた……。
吉備鞘歌があれほど必死に鞘織に懇願した理由はこのためだったのだ。
「……………………」
鞘織は心地よい読了感に包まれている。
『お疲れ様、鞘織ちゃん』
『鞘歌さん、本当にありがとうございました。鞘閃道、これから極めてみたくなりました』
熱いバトルシーンも最高だった。
鞘織はおもむろに立ち上がると、意味もなく素振りを始める。
『うふふ、鞘織ちゃん、影響されやすいタイプね』
『あ、はは、そうみたいです……』
この居ても立っても居られない不思議な感覚……病弱だった頃では考えられないことだ。
「入るぞーー」
「きゃあ! びび備限様ッ、ノックもせず女性の部屋を開けるのはマナー違反ですよ」
「男はな、いつ何時であろうとそこにラッキースケベを期待しながら襖ないしは扉を開けるのだ! 鞘織よ、今キサマは大いに俺の期待を裏切った!!」
「ええぇっ!?」
「したがって罰を与える! くすぐりの刑じゃーー」
「あっ……ん、く……備限様……お戯れを……」
それはくすぐりに見せかけた、触診めいた健康診断であった。
「よし、こんなもんで許してやろう」
「はぁ……はぁ……」
「そもそもこんなことをしに来たのではない。こいつを渡しにきたのだ」
備限は一本のゲームカセットを取り出した。
「……独創大臣?」
「これはな、小難しいプログラミングが出来ずとも誰でも気軽にオリジナルのゲームを創作できるという、非常に画期的なソフトだ」
(RPGツクールかな)
「そしてこの中にはついさっき完成したてのゲームが入っている」
「あ、なるほど、今日はずっとゲーム制作に勤しんでらっしゃったんですね────って……もしかして私のために?」
「その通り。感謝するがいい、ロマ鞘に感化され浸り気味に素振りをしていたお前にドンピシャのゲームだぞ」
若さの発露めいた素振りをしっかり目撃されていた。
「うぅ、それはありがとうございます。なんてタイトルでどんなジャンルのゲームなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。その名も────ロマンシング・サヤ。略してロマサヤだ!」
「ロマサヤ!?」
「閃きシステムを採用し、鞘閃道に特化したRPGだ。これをプレイすれば貴様独自の奥義を閃き、編み出すことも可能となろう」
「私は果報者です……家宝にします」
「ばかもん、貸すだけだ。そのソフトにはまだ用がある────ロマサヤを作りながら思ったのだ。全国踏破の旅が終わったら、その集大成として国盗り戦略シミュレーションゲームを制作する!!」
備限には壮大な構想があるようだ。
蔵渦から膝栗毛を取り出し、ToDoリストに書き加える。
「そうだな、タイトルは"備限の野望"だ!」
鬼畜王ビゲンの誤りでは……と思ったが、鞘織は言葉を飲み込んだ。
(あ、ちょうどいいからノートの件を相談しよう)
「なるほど、俺様の輝かしい英雄譚を記録したいのだな」
「え……あの、自分の日記です」
「同じ事ではないか。結局内容のメインは俺が占めるに違いないのだ、がはは!」
(言われてみれば……否定はできないかも)
「ほれ、これを使うがいい」
「ジャポニカ学習帳……」
「ちがう。ジャポニ"力"学習帳だ!」
「ジャポニ力!?」
「左様。俺は幼少から既にこの家で高等レベルの座学は修めていたので、こういった初等教材は未使用のまま蔵の肥やしになっていたのだ」
備限様は当時必要なかったにも関わらず義務教育の圧力に屈し強制的に買わされたと愚痴っていた。
「一応ジャポニ力の成り立ちについて説明するとだな────」
このジャッポガルド、天地開闢の太古に"扶桑"という高名な仙人がいた。
扶桑仙人は整体を生業としており、種族を問わずあらゆる生物のキャリブレーションをしていた。
そんなある日気付いたのだ。生きとし生けるものには漏れなく、様々な属性が備わっているという事に────
その属性をまとめて体系化したのがジャポニ力だ。
(水のジャポニ力のおかげでトイレが水洗式になったんですね……!)
「そしてジャポニ力はその後、ジャッポガルドそれぞれの国々や種族の間で時代と共に先鋭化され、独自の能力が研究・確立されていったのだ」
(鬼滅の刃で呼吸が個人個人の適正によって派生していった、みたいな事かな)
「すごく分かり易かったです備限様。私にも何らかの属性が備わっているんでしょうか」
「そうだな、扶桑仙人が考案した【桑原式】という選別法がある」
「桑原式?」
「うむ。鍔も刀身も無いただの柄を握り、オーラめいたパワーを込めるのだ。その結果現れた事象によって属性が判別できる────」
「や、やってみたいです!」
(こういう時、ラノベ主人公なら前例のない結果が出たり、すべての属性が使いこなせたりするんだよね────)
……………………
………………
…………
……
「わ、柄が鞘に変化しました」
「つまりお前は鞘属性だ────名は体を表す、なんの意外性も無い結果だったな」
「む~ん……備限様は何属性なんですか?」
「明日は里に出向き、とあるクエストをこなす予定だ。そこでお披露目してやろう────」
────翌日。
初日のような無様を晒すことなく、鞘織は自分の足で李埣を突破した。
心にゆとりが生まれ、視野は広くなり、足取りは軽やかなものであった。
二日を経て、鞘織だけでなくコンテにも成長があった。
賢明な読者諸氏ならば理由はお気付きだろうが、二晩……すなわち二度に渡る【必須スケベさん】を経た結果、新たなスキルツリーがアンロックされたのだ。
規模縮小めいた制限付きの簡易版ではあるが、ネリネと鞘織も蔵渦を使用可能になった。
故に現在鞘織の背中に荷物は無く、所持品は胸に抱えた吉備鞘歌のみである。
「ここは備の里だ」
入口付近に居るNPCめいたおじさんがNPCっぽいことを言っている。
「つぶさ……」
「どうしたのさおりん?」
「あ、いえ、弟の名前と音が似ていたので……家族のことを思い出しちゃって」
鞘織は髪を留めている簪に手を添え、寂し気な表情をする。
「……………………」
「ああ! 空気を重くしちゃってすみません! 平気です全然! 気を取り直して行きましょう! わぁ~~、この世界に来て初めての人里だなあ────でも、里というには大分栄えて見えますね」
「その昔、国交断絶めいて鎖国していた隠れ里の名残で里を謳っちゃいるが、開国しかれこれ百年余り……今となっては世界有数の冒険者育成学校【有備館】を擁する、陸奥国最大の政令指定都市だ」
「さっと聞いただけでも興味深い歴史ですね」
「昔はひどいもんよ────諸外国に排他的なだけならまだしも、里から抜ける者にも【備捨者】の烙印を押して容赦なく断罪していたらしいわ────」
「世が世なら全国踏破を掲げるこの俺は立派な備捨者だったというわけだな」
「はぇ~……開国のきっかけは何だったんでしょう?」
「一人の異邦人が開国を唱え、凝り固まった思想の民衆と上層部の氷を少しずつ少しずつ、根気よく溶かしていったのよ────」
「その異邦人こそが現・備の里長であり陸奥の国主、【永備影】だ。ちなみに有備館の理事長も兼任している」
「現って、さっき開国百年余りって言ってましたよね? まだ現役……っていうか御存命なんですか!?」
「かなりのジジイだが、まったくくたばる気配が無い────おそらく妖怪に違いない」
「お子さんとか、後継者は?」
「家庭を持つ暇も無いほど国力増強に心血を注いだからこそ今日の陸奥があると言っても過言ではない」
「後継は────無難に究備の中から選ばれるでしょうね────」
「きゅうび?」
「永備影が就任と同時に発足した、備が誇る究極の備え……里の最高戦力兼最高評議会、それが通称【究備】だ」
もちろん究備のメンバーはこの百年の間に何度も顔ぶれは変わっている。
「そうこう話しているうちに着いたぞ────」
そこは充箱屋という店舗だった。
店の前の花壇には蘭めいた黄色い花がきれいに咲き誇っている。
「ここは……お弁当屋さん、ですか?」
充実した箱という意味が込められた屋号だ。
「左様。混みだす前のベストな時間に着けたな」
────入店。
「いらっしゃいませ────」
「おそな────弁当を買いにきたぞ」
「あんた……! ふ、ふん! 帰ってきてたのねっ」
「紹介しよう。このツンデレ女は備備ジュウバコ。弁当屋の一人娘で、俺の幼馴染でもある────」
「ど、どうも、羽闇鞘織と申します」
「……あんた百万石大名になるなんて息巻いて出て行った割に、蓋を開けてみれば実態はガールハントの旅だったのね……!!」
「好傑漢な俺様の元には自然とイイ女が集まってくるのだ」
デジャヴ
「あーそう。そうねあんたはそういう奴だったわ……」
だが俺は知っている。表の黄色い備幸蘭は未だ独り身で俺に好意を寄せているサインだということを────
「おそなこそ、その髪の花飾り────変わらず使っているのだな」
ガキの頃、一緒に行った縁日で俺がプレゼントしたものだ。
「う、うっさいわね、別にあたしの勝手でしょ! で────ご注文は?!」
「ククク、愛い奴よ。俺はもちろん大名弁当だ」
「えーと、私は……どれもこれも美味しそうです」
「ウチのお弁当はどれも絶品よ、迷うのも無理ないわ。ちなみに売れ筋はチキン南蛮と唐揚げが入って満足度の高いバンカラ弁当よ」
「あの、この【ド曜の辰の日】というのは────」
「そういえば今日はド曜日か。ド曜はドラゴン曜日。ジャッポガルドではド曜には竜田揚げを食べるのが習わしなのだ」
竜田揚げは大名弁当のおかずにも入ってるので問題ない。
「だったらこの、竜田揚げ弁当にします」
郷に入ってはなんとやら、である。
「バンカラ弁当へ更に竜田揚げと軟骨唐揚げをプラスして、白ご飯をかしわご飯に変更した【とり三昧弁当】もあるわよ────」
※とろり半熟煮卵付き
「じゅる……じ、じゃあとり三昧弁当で……お願いします!」
「はーい、大名一丁、とり三昧一丁入りました────」
調理の間、曜日についてのチュートリアルを受けた────
七日で一週間なのはJAPANGと共通しているのだが、各曜日に異なる点がいくつかあった。
日、月、火、水、木、筋、ド……
日月が休日な点。そして週末の筋曜日は筋トレをし、ド曜日には竜田揚げを食すのが習わしなのだそうだ。
竜田揚げは鶏に限らず、鯨でも豚でも、竜田揚げでさえあれば食材は問わないらしい。
火水木に関しては特に何もなく平日なのは同じだ。
そして各曜日にはそれぞれ担当の現人神が存在し、人々の信仰を集めているのだとか……。
ジャッポガルドを統べる天皇たるアマテラも現人神の一人、日曜の現人神である。
「おまちどおさま────」
会計を済ませる。
「ところで鞘織よ、この店で一番人気のメニューは何だと思う?」
「それは────備限様の注文した大名弁当……ですか?」
「不正解だ────仕方ない、代わりに答えてくれノリスケ────」
「誰がノリスケかーー! まあこのネリネちゃん様が答えて進ぜましょう────……ズバリ海苔弁よ!!」
「あ! 確かに、まだ昼前なのにもう売り切れていますね」
「売り切れているのではなく、正しくは終売めいて作れなくなった────だな。そうだろう? おそな」
「……その通りよ。お父ちゃんが足腰を悪くしてから、海苔の供給はあんたに依存していたからね」
「ひょっとして市販で手に入らないほど貴重なんですか海苔って」
(もしそうなら、トッピングに海苔を使うような料理は制限されちゃうな~)
「そうではない。市販の海苔とは比較にならんスペシャルな海苔を使用していたからこそ、充箱不動のナンバーワンたらしめていたのだ」
備限は言葉を続ける
「その名も泪海苔!」ドンッ!
「そうか……! その泪海苔を採取するのが今日の目的なんですね」
(てっきりギルドみたいな場所でクエストを受領するのかと思ったけど、まさかお弁当屋さんとは……)
「その通ーーり、弁当を食ったら早速泪海苔クエスト開始だ」
「すごい助かるけど、いいの? 正直そんなに報酬は……」
「大丈夫だ。カラダで払ってもらうからな、ぐふふ」
「んなっ……//// とっととイッちまえ、バーカ!」
備備ジュウバコはしめやかにモイストした────
────里の広場にて。
揉め事めいて何やら口論をしている若い母娘の姿があった。
「親子喧嘩でしょうか」
「ん────……そうね。どうやら娘さんの方が家督を継ぎたくないと駄々をこねてるようだわ」
「分かるんですかネリネちゃん」
「そういえばさおりんはまだ知らないんだっけ、あたしは周辺に暮らす無数のゴブリンたちから欲しい情報をピックアップできるのよ。備ほど大規模な政令指定都市なら手に入らない情報は無いと言っても過言ではないわ!」
「ええ! それってすごい情報網じゃないですか」
「そうよ! あたしの偉大さが分かった?」
「それはもう、めちゃくちゃ凄いですよ、なんせ"情報を制する者は戦いを制す"と言われるぐらいですから」
「オホホ、なかなか気分がいいわね。もう少しあの母娘の詳細を掘り下げてみましょうか」
「────え? まって、とんでもない事実が発覚したわよ!」
「一体なんだというのだ」
「母親の名は楯無イーヂス。そして旦那はなんとあの【帰兵隊】隊長、堅過 芯作よ」
「帰兵隊?」
「ジャッポガルド西南の端は終焉国という魔王のお膝元たる魔族領だ。そして隣国は殺魔国。魔族の侵攻を食い止める最前線だ。帰兵隊とは前線で戦う勇猛な殺魔の兵士を生かして帰すために組織された、防御特化の殿部隊だ」
「なんだか決死隊みたいな、壮絶なお仕事ですね……」
「魔王不在と言えど、強力なハクライを持った異邦人が魔に属することもままあるからな。地続きで同じ空の下でも東北に位置する陸奥ではゆったりと時間が流れ、片や終焉の国境では怒号飛び交う血みどろの戦争が今なお繰り広げられているのだ」
故に殺魔の民は、常に血走った眼で殺気を身に纏う、修羅めいて血気盛んな羅刹集団である。
余談だが、殺魔国はハイ棄流剣術の発祥としても知られている。
「ひええ、そ、想像もつきません……」
「なんとその帰兵隊の隊長が死んじゃったらしいのよ!!」
「そういえば家督がどうのと言っていたな────」
そのとき、娘の方が備限に声をかけてきた
「お侍さん、どうか私に剣を教えてくれませんか」
「なんだと」
「太刀持ちの側仕えを召し抱えているなんて、きっと高名なお侍様でしょう?」
「こいつの持ってる得物をよく見てみろ」
「え? あ……空っぽの、鞘だけ?」
「これ、盾子、これ以上お母さんを困らせないで頂戴。見ず知らずの御仁になんと不躾な……娘が失礼をしました、ほら、行きますよ」
「いーやーー、攻撃こそが最大の防御なんだよーー、防御術だけいくら学んでも、お母さんをアイツから守れない────」
「父親の弟をアイツ呼ばわりしないの。珍作叔父さんでしょう」
「だってお母さんを見る目がいやらしいんだもん。それに、お父さんが死んだのだって、アイツが卑劣な罠で間接的に殺したに違いないんだ」
おもしろそうなので事情を聞くことにした────
「私の実家は過威国で専守防衛館という、それなりに由緒ある道場を営んでいたのですが、如何せん、私には才覚が無く……看板を降ろす結果に。その後、半ば自棄になって志願した帰兵隊で芯作さんと出会いました。防御の才に優れ、帰兵隊としての職務を全うする彼の姿に心底惚れ込み、私は思い切って告白したのです。芯作さんは婿に入ることも厭わず一緒に道場を再興してくれることを約束してくれました。当時副長だった弟の珍作さんに後任を託し、二人で隊を抜け帰郷し、やがて子を授かり、しばらくは順調だったのですが……」
「ある日、珍作さんが訪問してきて、次第に戦況が劣勢に傾きはじめたので帰兵隊へ戻ってくれないかと打診され、芯作さんは私と娘を残し再び最前線へと復帰しました」
「地力の才に加えて、数年でイーヂス流防御術の免許皆伝まで極めていた芯作さんは指導者としてもかつてより大きく成長していて、戦線を押し戻すと同時に全体の底上げも並行し、歴代屈指と称されるほどの帰兵隊へと部隊を育てあげたのです」
「その功労ぶりから堅過芯作の名は教科書にも載るほど、かなり脚光を浴びたのよね」
「そのお父さんが単身赴任中に、アイツは帰兵隊そっちのけで家に顔を出すようになったんだよ」
「メスガキの言い分だと弟の方はろくでなしのようだな」
「メスガキじゃない! 盾子だよっ」
「ろくでなし……確かに、嫉妬めいて芯作さんに対する愚痴をよく漏らしますが、義理の弟でもあるので無下にはできず……」
「今はソイツの話より、守護職の最高峰たる男がどうして死に至ったかが知りたいぞ」
「そ、そうですね……。今年のお正月に激務の合間を縫って一時帰宅した際に芯作さんは言っていました……自分以上に才覚のある若者が居る、彼に引き継ぎをして春には引退すると」
「それを聞いて私は、また家族三人で暮らせると欣喜雀躍し喜んだものです。しかし……それが芯作さんと過ごした最期となったのです……」
「芯作さんを見送ったその一ヶ月後、珍作さんが悪夢のような訃報を届けにやって来たのです……芯作さんの遺品を持って……」
「死因は全身挫滅。次期隊長にと推していた"三途川"という隊士を庇い命を落としたと……」
その後、嗚咽めいて二の句が継げぬ楯無に代わって盾子が続けた
「アイツは、真偽不明の遺言を振りかざして以前にも増して家に入り浸るようになったんだよ」
「遺言っていうと……嫁と娘を頼んだぞ────みたいな感じかしら?」
「そう! 怪しいし、キモいし、このままじゃお母さんが危ないと思って、私は────…………」
二月のとある日。厳冬の強い寒波が明けた翌朝、イーヂス家の周辺地域は見事な銀世界が広がっていた────
大嫌いな叔父にお目付け役めいて引率されているとはいえ盾子は、初等学校入学前の年相応のはしゃぎ様で外を駆け回っていた。
「わーい!」
「盾子ちゃん、滑りやすいから気ぃつけや、こけるで────」
「わーい! ……わ! 大きいつららだ!」
「どぉれ、おじさんがとってやろう」
「わーい」
「ほぉら。舐めたらあかんで────乾燥しとるさかい、ベロが張り付くで。雑菌とかも────」
「わーい!」
(……聞いてんのか────? このじゃりン子)
「おじさん、おんぶして────」
「おぉ、おぉ、ええで」
珍作は背を向けてしゃがみ込んだ。
「……………………」
盾子の眼前には無防備な後頭部が晒されている────
目が据わり、じっと目標を定め、つららを握る手に力が入る。
次の瞬間────
「ッッ!!!!」
ヒュンッ
バキャッ!
薪割りめいて全力で振り下ろしたつららは見事標的へとクリーンヒットしたが、その衝撃で折れてしまった。
ちゃんと致命傷は与えられたか? 折れたせいで威力が不十分だろうか……?
「……………………」
珍作は雪の中に倒れ、動かない────
(死んだかな……死んだよね……? お願い、死んでて────)
ばくばくと、心臓の音がうるさいくらいに鼓動している
(もし生きていてもこのままなら凍死してくれるはず。お母さんには途中ではぐれたって言おう────)
盾子は珍作を残し帰路についた────
しかし憎まれっ子世に憚る。珍作は一命を取り止めていた。
盾子は仕損じたのだ。
だが病院送りにすることはできた。
入院中の間はしばし平穏な時間を過ごせたが────
「もうじき退院してくる……私を軽んじて隙を作るようなチャンスも、もうこないと思う……だから今度は真正面からアイツの脳天カチ割る力が欲しいんだよ、お侍さん!」
そのとき、頭に包帯を巻いた男が声をかけてきた。
「義姉さん、こんなとこに居はったんですか────」
「!! 珍作さん、どうして……」
「それはこっちのセリフでっせ────晴れて退院できたっちゅうのに二人とも家に居らんし、過威を離れてはるばる陸奥くんだりまで……観光でっか────?」
「いいえ……こんな状況なので、盾子の有備館への入学願書を取り下げに参ったのです」
「なるほど────それならそうと儂に一言、声かけてもらわな────心配したやないですか。なにしろ他でもない兄者からの遺言や……そうでしょう? 義姉さん」
「ッ! ……はい……黙って出てきて、すみませんでした」
(ファー、そのしおらしさ、たまらんのう楯無。相変わらず熟れた身体をしくさって……男所帯、女旱りの帰兵隊ん中でお前の存在はそう、掃き溜めに鶴……眩しいほどの、まさに紅一点やった。先に狙っていたのに兄者の奴が……儂を差し置いて……! そんな兄者の活躍で女性隊士も一応増えはしたが……どいつもこいつも醜女ばかりよ。まあ最も、それでもつまみ食いしたけどな────後背位ならブス顔見んで済むしのぉ)
「対人用の瞬間移動巻物はごっつ高級なんでっせ────」
「弁償します……」
(あ~~あ~~~~やめてや義姉さん、そんな表情すんの、反則……あ あ あ あ もうも我慢できね、犯るよ? 犯るよ? 犯るよ? これまで合意めいた和姦にこだわってまだるっこしい攻略をしてきたが、限界や。今から力尽くでコマす。青姦決定────)
「おいオッサン」
「あ? なんや若造。見てわかるやろ、お取込み中や────去ね去ね」
「そうはいかん。俺は辻斬りめいた通り魔だ。交通事故か天変地異に遭ったと思って諦めてくれ────」
「ああ!? 誰に舐めた口きいとんか分かっとんのか? 泣く子も黙る帰兵隊でも鬼神と恐れられた、堅過珍作やど!!」
※重要な戦局でも無責任めいて神出鬼没なことから蔑称の意味を込めて鬼神と呼ばれていた。
「それは都合が良い。一度帰兵隊の守備力がどれほどのものか、手合わせしてみたかった────」
ゴキボキと拳の関節を鳴らす備限
「芯作さんの遺言を果たす時がきましたね珍作さん。恐ろしい悪漢から、どうか私たち母娘をお守りくださいまし」
「かっこいいとこを見せてよおじさん!」
ネリネからこしょこしょと何やら耳打ちを受けたイーヂス母娘は、珍作に発破をかける。
(この母娘に儂の圧倒的頼もしさを知らしめる良い機会やな────100%惚れるでぇ)
「兄ちゃん、相手が悪かったな────通り魔稼業は今日で廃業や────」
「そりゃ楽しみだ────」
「よっしゃ、先に一発撃たせたるわ。冥途の土産や」
(見たところ格闘系クラス……カウンター合わせて一発KOや)
「じゃあ遠慮なく────」
備限は右拳を高く振り上げた
(おお? 小生意気に打ち下ろしか────?)
蔵渦からズズズと活魂刀を抜刀する
「なんじゃあああそりゃあああああああ!?」
(いや落ち着け……落ち着くんや珍作────面食らっとる場合やないで……し、白刃取りや。完璧な真剣白刃取りで華麗に捌いてくれるわ!)
「……備限アターーック!!」
ヒュパーン
珍作は反応できずシンメトリーに一刀両断された。
「よわっ! いや、俺様が強過ぎるのか」
一呼吸遅れてドシャリと死体が斃れる ※グロ注意
「はわ、はわわわわ」
その光景に盾子は腰を抜かしてしまう
「見ろ、この刀身を。一滴も血がついてないだろう? 我ながら完璧な一閃だった」
「それよりこの死体どうにかしないと騒ぎになるわよ」
「確かに、究備の連中にバレたら面倒だな────」
その少し前────
後方から、珍作を追って来たらしき三人の男が話をしながら近づいていた
「三途川くん、気が進まないのは分かるけど、もう殺るしかないよ────」
「そうだぜ、奴は帰兵隊の面汚し……癌と言ってもいい────」
「はい……大恩ある芯作さんの弟と言えど相次ぐ隊規違反に傍若無人な振る舞い、彼の排除は隊員の総意で決まったこと……ここまで来た以上覚悟はできています。それより、硬原さん、軟野さん、暗殺のような汚れ仕事に付き合わせてしまいすみません」
「三途川くん一人じゃあ野郎に言いくるめられちまう可能性があるからな」
万が一にも仕損じるわけにはいかないからこその最大戦力投入である。
「情状酌量の余地無しだぜ────そろそろ近くのはずだが────」
「!! オイオイオイ、もう死んでんぞアイツ」
早急に確認をとるべく、駆け足で接近する三名。
「すみません! 僕は殺終国境守備軍統括、防人守、帰兵隊隊長、三途川 舟渡と申します! この男は同僚の堅過珍作……ここで何があったか詳しく聞かせてもらえませんか」
……………………
………………
…………
……
「そうでしたか。どなたか存じませんが帰兵隊の不始末に、お手数をお掛けしたようで……どうぞ礼を言わせてください」
「礼などいらん。この生ゴミを持ち帰ってくれればそれで良い」
「それはもちろんです。硬原さん、軟野さん、お願いできますか?」
「こりゃまた見事な切り口だな────くっつけたら蘇生したりして」
「縁起でもないことを言うなよ硬原────どっこいせ、と」
死体を厚手の布で包み片割れずつ担ぎ上げる
「ったく、最期まで迷惑な野郎だな。差し詰め戒名は【過珍居士】ってところか────」
「おー流石は寺の息子ですな、是志貴くん────」
「くくく、ヤリチンのこいつにお似合いだろう?」
「その戒名とは何ですか?」
「俺と硬原が元居た世界で一般的な"仏教"の教えだよ────如何な罪人であれ死せば等しく仏様の弟子となる。戒名とはその証として与えられる名前さ」
「それじゃあ、芯作さんにも然るべき戒名が必要なのでは……軟野さん、お願いしてもいいですか」
「おっと、こりゃあ思いがけず責任重大な任務だな────」
「かっちょいいのを頼むよ是志貴くん」
「むむ……宿題とさせてくれ────」
「それでは、僕たちはこれで失礼します」
「やれやれ、せっかく陸奥まで来たのにとんぼ返りかい。対人用の瞬間移動巻物は高級品だってのに────」
「それに関しては不当に私腹を肥やしていた珍作さんの財産で補填する予定です」
「知ってるか三途川くん、備の里には守備力と敏捷性の基礎値を向上させてくれる【守備敏饅】ってすげぇ饅頭が売ってるんだって────」
「僕らは観光で来たわけでは……」
「それに序列TOP3たる我等が前線を長く離れるわけにもいくまいよ。帰ろう硬原────」
「ちぇー」
「いつか世界が平和になったらゆっくり観光に来ましょう。みんなで」
……………………
………………
…………
……
「慌ただしいやつらだったな────」
「そ、そうですね…………」
とても確認できる空気じゃなかったので静観するしかなかったが、鞘織には硬原、軟野という名前に聞き覚えがあった。
同級生……? 女子はともかく、男子のクラスメイトとなると自信はなかったが、彼等の会話の端々……特に、元居た世界というフレーズから確信に変わっていった。
しかし腑に落ちない点がある。こちらに飛ばされてまだ三日目の自分と比較して、二人は明らかに年齢を重ねているように見えた。
目測でおよそ24~25くらいだろうか。彼等は既にこのジャッポガルドで7~8年の歳月を過ごしている?
(今日も今日とて情報量が半端じゃなく多いよ、たしけてお祖母ちゃ~~ん泣)
「そんなことより! お侍さんはやっぱりお侍さんだったんじゃん! 私に剣を教えてよ!」
腰を抜かしていた盾子はいつの間にかSAN値ブレイクから回復していた。
「お前が力を欲した理由は俺が抹殺してやったではないか」
お望み通り、真正面から脳天カチ割ってな────
「だからだよ! 正直シビれた────同時に確信もした! やっぱり攻撃こそが最大の防御なんだってね!」
「ああ、盾子が理念に反する思想に……母は嘆かわしい思いです」
「いつか言及してやろうと思って機会を逃していたが、メスガキの背に背負ってるモノはなんだ?」
「これは【過硬盾】といって、芯作さんの形見の盾です。生前はイノウエと名前を付けるほど愛用していました」
「ええ! ありえないわよ! どう見てもキッズ用サイズじゃない! 大人が使うには守備範囲が狭すぎよ────」
「それが、不思議なんですが……娘が手を触れた瞬間に形状が変化して、このサイズに」
「活魂刀と一緒で意志を持った武具なのかしらね」
「よしメスガキよ、イノウエくんを頭上に掲げてみろ」
盾子は訂正するのを諦めた様子で溜め息をつきながら
「……もういいよメスガキで……こう??」
「備限あたたたーーーーっく!!」
ガキイイィィィィィッッ
「ひゃああああああ!!」
「がははは! どうだ、叔父を一刀両断に屠った俺の斬撃を軽く防いだ感想は!」
それはある種、叔父を超えたと言っても過言ではない。
「手~が~シ~ビ~れ~たあ~……ひどいよお侍さん」
「だが気持ち良かったのではないか?」
「……うん」
備限はネクストバッターズサークルで待機する次打者めいて片膝をつきしゃがみ込んで盾子の目線に合わせる
「その感覚を忘れるなよ────道場を放ったらかして好き勝手に旅をする俺が言うのもなんだが、お前は防御術を磨くべきだ! 天賦の才能がある! なにより、親孝行はできるうちにやっておくものだ……わかったか!」
盾子は大好きな母親の心配気な表情を見たのち、備限に向き直りはっきりと
「わかった!!」
「がはは! メスガキをわからせてやったわ!」
盾子の頭をわしわしと撫ぜる
「メスガキの新たな門出に俺から餞別をくれてやろう」
「なになに!」
「そんな、そこまでしていただくわけには……」
「良いのだ。ちょうどキッズの喜びそうな玩具がある────俺はもう玩具で遊ぶ歳じゃないからな」
備限は蔵渦から甲虫を取り出した
「わ! でっかいカブトムシだ!」
「こいつは【甲笠周防兜】。秘密箱めいた寄木細工でな、子供の知育にもってこいなのだ」
「さわってみたい!」
「ほれ。俺のおさがりですまんが今からお前の物だ、存分に遊べ────」
「おぉ……おぉ……」
盾子は早速カチャカチャと各部をスライドしている
「見事パズルを解き明かした暁には驚きの演出も用意されてるからな。メスガキの守備力向上にも一役買ってくれるだろう────せいぜい頑張れ」
「ありがとうお侍さん!」
「では俺らもそろそろ失礼する。込み入った家庭の事情に部外者が首を突っ込んですまんかったな」
「滅相もございません! 最初にちょっかいをかけたのは娘の方ですし、重ね重ねありがとうございました……お名前は、備限……さんでよろしかったかしら」
「何故俺の名を」
「あんたが技名叫んでたからでしょう」
「そうだったか、いかにも俺は備限様だ。女手一つで子育ては大変だろうが楯無さんならば心配あるまい」
「そう、ですね。ウフフ……備限様の名前を出せば娘はたちまち優等生になるでしょうから、今後手を焼くことは無さそうです。父を超える立派な守護職へと育て上げます」
出会った当初は薄幸めいた顔色だったが、今は憑き物がとれたように楯無の表情は晴れている。
「おさ────じゃない、備限さん! また会えるよね?」
「そうだな────お前が将来イイ女になったら俺の方から会いに行くよ────」
イーヂス母娘と固く握手を交わし別れた────
────酷道238号線
酷道とは舗装されていない悪路である。
通称238と呼ばれる238号線の終着点に、ズーカッチェの洞窟がある。
その最深部で泪海苔が採れるのだ。
「なぁみぃだぁ~海~~苔ぃクーエ~え~♪ 最高~海~~苔ぃクーエ~え~♪」
「備限様、その歌はいったい……」
「泪海苔大漁祈願ソングだ!!」
「意外とクセになる、ご機嫌なナンバーなのよね────」
みんなで合唱しながら洞窟を進んでいると、モンスターとエンカウントした!
「で、でで、出ましたね、なんでしょう……コウモリとブタのキメラみたいな」
「あれは【ギトギトラードの蝙蝠豚】よ! 飛行タイプだけど洞窟の天井はそんなに高くないし、動きもトロいからビギナー向けのモンスターよ」
「昨日宣言した通り、俺の属性を披露してやる」
備限は蔵渦から活魂刀を抜く
「まず備で発展したジャポニ力が【臨備能】」
臨備能を発現させると備限の白髪部分が紅く染まっていった
「刮目せよ!」
【備限流奥義・大暖焔】
ギトギトラードの蝙蝠豚は消し炭となった
「刀でやるのは初めてだったが、問題なく機能したな」
「備限様は炎属性だったんですね」
「炎は俺の数ある属性の一つに過ぎん」
「そうなんですか?」
「先天的に生まれ持っていたのは炎だが、有備館在学中のある出来事から冷気も使いこなせるようになった」
「炎と冷気なんて対極みたいな属性なのに……」
「俺は物理至上主義なんで属性に頼る機会はそうそう無いがな」
「今回の相手は油まみれの炎特攻だったからね────」
「そんなことより鞘織よ、俺の戦闘を見て何か閃いたのではないか?」
「ど、どうしてそれを……」
「丸わかりだ、頭上に電球が灯っているぞ。ゆうべしっかりロマサヤをプレイしたようだな」
「はい、面白くてのめり込んでしまいました。備限様、先程の大暖焔を私に向けて撃ってくれませんか? できれば本気で────」
「ちょ! 何言ってんのさおりん!? 死ぬわよ!?」
「いいだろう────」
「ももちろん手加減するのよね? ちょっとヤケドするくらいに────」
「下がっていろネリスケ────この俺に上等コイてくれたんだ────お望み通り出力を上げてやる。ベギラマからベギラゴンにな────」
「ありがとうございます」
【備限流奥義!! 大・暖・焔】
より勢いを増した炎が鞘織に襲い掛かる
鞘織は呼吸を整えゆったりと鞘を構える
【離刀結鞘流閃鞘術式・導火閃】
荒れ狂う炎は鞘織の巧みな鞘捌きによって悉く手玉にとられる。
その炎舞はさながら美しい演武のようで、傍で見ていたネリネとコンテも思わず見惚れてしまうほどであった。
その後……渦巻く業火は何倍にも威力を増し、ピッチャー返しめいて発動主たる備限の元へ帰っていく!
ああ────っと!! ピッチャー強襲────ッッ!!!!
(うおおおおっっ【備発泡肌】!)
咄嗟に属性バリアを張る備限
「ぐああああぁぁぁぁ!!」
……ぷすぷすぷす…………
それでも尚、セイクリッドコート備限カスタムがちょっぴり焦げた
「い、いかがでしょう」
「こ……」
「こ?」
「殺す気かあほーー!」
「どの口が言ってんのよ」
「だが俺でなければ死んでいたぞ」
常人ならば火葬めいて荼毘に付されていたか、いや、骨も残らなかっただろう。
「備限様だから全力でやれたんですよ」
「ふん、まぁお互い様ということにしといてやろう」
洞窟の最深部は広い空洞、そして水辺があり、そこは淡水と海水が合流する汽水域となっている。
「これが泪海苔、ですか」
「左様。のり弁に使うのは乾燥させたものだが、生海苔でも美味いぞ」
二人して生海苔をつまみ食いする。絶妙な塩加減だ
「もぐもぐ……でも、海苔って胞子がないとできないんじゃあ」
「よくお勉強しているな。見ろ、奥の壁が一部せり出てステージ状になっているだろう」
「はい」
「あれは【胞子玖珠のステージ】といってな、あすこから絶妙なバランスで泪海苔のタネとなる殻胞子が気流に乗り降り注いでいるのだ」
「なるほど────奇跡的に全てが嚙み合って循環していて、ここで全て完結して自動生成されているんですね」
「そうだ。二年ぶりに来たが、あまり知られていないのか増えまくっているな────」
「そりゃあ酷道の果ての辺境だもの」
「層が厚くなると味にバラつきが出てよろしくない。収穫収穫収穫じゃーー!!」
……………………
………………
…………
……
「ふー、こんなところか」
窮屈そうに生い茂っていたが、だいぶスッキリして若干淀んでいた空気も澄んだ気がする
「蔵渦さまさまね────」
「本当に、便利過ぎます」
「えへへへ」
コンテは照れながらも喜色満面の笑顔を浮かべている
「これで泪海苔クエスト、完了ですかね」
「気を抜くんじゃない。家に帰るまでがクエストだ────」
帰ろうぜあの街角へ────
heart break oh' my my my my ジュリア────
────納品。
「どどどどんだけ出てくんのよ!? ストップストーーップ!! ウチの保管庫も乾燥設備もキャパオーバーよ!!」
「がはは! 予想通りのリアクションで嬉しいぞ、おそなよ────心配するな、こっちでちゃんと乾燥もカットも済ませた泪海苔もある」
「え? え?? 本当じゃん……いったいどうやって」
「何を隠そうこのコンテは乾燥のプロでもあるのだ」
「パリッ……味も完璧、いや完璧以上だわ……」
「恐れ入ります」
「よし、ぼちぼち引き揚げるぞ。おそなも支度をしろ」
「へ?」
「無論、今日は俺の部屋に泊まるのだ。俗に言うお持ち帰りというやつだ! 安心しろ、支度してる間におばちゃんとおっちゃんには俺から話をつけておく」
「わ……わかったわ」
外泊の支度をしながら備備ジュウバコは二年ぶりの備限との夜伽と睦言を想像し、期待感とともにしめやかにモイストした────
こうして今宵もまた、備限は充実した夜を過ごしたのであった────
──── to be continued
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。戒晃こそこそ噂話。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。
独創大臣の中にはロマサヤの他に、【熱血硬派びげんくん】というアクションゲームも収録されていた。
硬原の肩書き:殺終国境守備軍、右近衛致司介、帰兵隊隊長補佐、硬原。
軟野の肩書き:殺終国境守備軍、左近衛是志貴介、帰兵隊隊長補佐、軟野。
副長の役職は珍作の一件以降、嫌忌され廃止された。