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第七話 鞘織チュートリアル

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

「いえ、あの、もう大丈夫です。すみませんでした突然」

「いいのよ────お友達、心配だわね。どこかで難儀してなきゃいいけど」

「はい…………無事を祈るばかりです…………」

「とりま話を聞く限り、コンテの手掛かりは無さそうだわね」

 無論、誠太郎視点やミヤジ視点は鞘織の知るところではないので語られていない。

 故にコンテは自分の正体を未だ知らない────

「単に面識がないだけで、同じ世界の出身だと俺は睨んでいるぞ」

「にしても修学旅行かぁ、アカデミー時代を思い出すわね~。行き先は昼腋(ひたち)でさ────」

 しばし他愛のない会話が続く。

「ごちそうさまでした」

 全長1メートル強ほどもあったハムマンはきれいさっぱり、ペロリと平らげられた。

「いい食いっぷりではないか、見かけによらず健啖家だな」

「自分でも驚いてます。私はもともと消化器系や甲状腺疾患の影響でとても食が細くて、それこそおばあちゃんにも友達にもいつも心配されるほど……いま、生まれて初めて健康を実感しています」

「噛み締めてるって感じね────実際、喜びもひとしおでしょう」

「本当に、何から何まで備限様のおかげです」

 指圧マスターとして開業医になるのも悪くないな、もちろん患者は若くて可愛い女の子限定だ、ぐふふ。

「なんか顔がいやらしいわよ」

「おほん、いいか鞘織よ、我がパーティでは働かざる者食うべからずだ。無論貴様も俺様の役に立ってもらうぞ」

「はい! なんなりとお申し付けください」

「何が得意なんだ?」

「ひと通りの家事は一応…………といってもお洗濯はコンテさんに(かな)いませんし、となると料理でしょうか……家の食事は夜ご飯はいつも私が作っていたんです」

「ほう、ナイスではないか。異界の料理は素直に楽しみだ」

「こちらの食材で再現できるかな…………でも、頑張ります!」


「ねえねえ────」

「なんだネリスケ────」

「鞘閃道をかじってるなら、その空っぽの鞘持たせたら? いざってときの護身にもなるし、丸腰よりは安心でしょ」

「え? 待ってください、鞘閃道って…………鞘閃道ですか? こっちの世界にも鞘閃道があるんですか!?」

「あるも何も、俺のおふくろは鞘閃道離刀結鞘流の免許皆伝だ────だがしかし確かに妙だな……ただの偶然か、それとも何か因果関係が……」

「流派まで一致してるんだから偶然とは考えにくいわね。でもその考察はあとにして、さおりんに持たせてみてよ、()()()()()()()()がするのよ!」

「なんじゃそりゃ。そうしたいのはやまやまなんだが────」

「何よ、まさかママ離れできないーー、なんて言わないわよね」

「ちがわい。実は今の今まで失念していた設定があったのだ。活魂刀は俺の身体を離れると急激に重くなる。その重量、実に1024貫だ!! キロ換算だと3840kgだ」

「ああ、確かに。いつだったが盗もうとした盗賊が腕折って手を潰して大ケガしたことがあったわね、あたしも忘れてたわ────うーん、それじゃあ無理かあ」

「だがネリスケと同じく俺も予感を感じている。一度試してみようではないか、この岩に立て掛けておくから持ち上げてみろ────」

「はい」

 先刻、3840kgと聞いていたこともあり、鞘織は緊張しつつ鞘に手をかけると目いっぱい上へ力を入れた。

「えっ? わ、軽────」

 なんと! 鞘は鞘織の手をすっぽ抜けて上空へ飛んで行ったではないか!

「なにいいいいい!?」

 鞘はそのまま4(トン)トラック級の重量と落下スピードでズシィィンと地面に激突し、僅かに大地を揺らし砂埃をあげた。

「くそ、俺としたことが不覚にも面食らって母上を保護できなかった」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 私が誠心誠意磨かせていただきます」

 鞘織はすぐに駆け寄ってひょいと軽々拾い上げるとパッパッと砂を払う。

「驚いたわね、あんた健康になっただけじゃなく、怪力も身につけたわけ?」

「そんなはずは……だってほら、私のザックを持ち上げてみると……やっぱりしっかり重いです」

「となると────考えられるのは一つね」

「な、なんでしょう」

()()()()()()()()()のがさおりんに与えられたハクライなんだわ!」

「な、なるほどです」

「ちょっと確認したいからそこの木に何か技を撃ってみて────」

「わ、わかりました。じゃあ……すぅぅ…………シュッ」

 鞘織は呼吸を整えて集中すると、指定された木に水平閃を打ち込んだ。

 メキメキメキ…………!!

 なんと! バターめいて大木の中心近くまで鞘がめり込んだ!

「え? ええ? 私には軽いままなのにどうして────」

 鞘織的には鞘に傷がつかないようにと、小突くくらいの軽い振りだった。

「どういう原理かわからないけど、さおりん個人にだけ作用して実際は1024貫のまま、軽くなったわけじゃないんだわ」

「そそそれより、大事な鞘に傷が……度々すいません、すいません……!」

「雑な扱いをしたわけじゃないなら良い。それに、この姿になって初めてまともに振るってもらえて心なしか母上も嬉しそうだ────なにしろ戦場(いくさば)では人が変わったように好戦的だったらしいからな」

「それにしても、ただの横払いが必殺の威力ではないか」

 言いながら備限は倒れかけで危険な状態の大木をしっかり始末する。

「はじめはネタ要素強めのハズレハクライかと思ったけど、活魂刀に限ってはこの上なく相性抜群だわね」

「うむ。超ヘヴィー級の衝撃も、本人には無反動なら手首を痛める心配もない」

「例え全身フルプレートの重装兵が相手でも、鎧の上から一方的にボコれるわよ」

「生身なら防御の上から骨をへし折れるだろう」

「武器破壊だって簡単よ────」

(なんだかとても物騒な話をしている…………怪物と戦う覚悟はあるけど、人間と殺し合うのはちょっと流石に……)

『そうよね────』

「うひゃあ!?」

 突然、脳内に直接何者かの声が響いて驚いた

『驚かせてごめんなさい、私は吉備鞘歌。あなたが今持っている鞘よ』

「ど、どうしたのよ!?」

「え、あ、いや、鞘が────」

『息子には言わないで! 内緒にしてちょうだい!』

「鞘が?」

「あ、ええと…………今まで修練用のチープな鞘しか扱ってこなかったので、こんな立派な鞘を持てて光栄です。それで興奮してつい、どっひゃあーって、えへへ」

「そうかそうか、そんじょそこらの鞘とは格が違う業物(わざもの)だからなー、がはは!」

(ホッ…………)

『ありがとう。これからよろしくね、鞘織ちゃん』

『あっはい、よろしくお願いします。えっと、鞘歌さん』



「じゃあぼちぼち出発するぞ」

「まじ? いくらなんでもさおりんはまだ病み上がりなのよ」

「ゆうてまだ昼前だしな、俺はもともと今日中に帰宅するつもりだったのだ」

「あの、私なら平気です、っていうかむしろ元気が有り余ってるくらいです」

 下着が入ってるので蔵渦に預かってもらうのは流石に遠慮したザックを背負い、鞘を胸の前で大切に抱え、支度はバッチリだ。

「まあ本人が大丈夫って言うならいっか────」

「よーし、遅れをとるなよ────」

「はい! 備限様」


 道中でいい感じの棒めいた枝を拾った。

「これは良い枝だ」

「あんたいくつよ」

 呆れるネリネ。ロマンを解さないやつは無視だ無視。

「おい鞘織────俺様がかっこいい構えを伝授してやる────」

 言うと備限は左肩と腰を下げた独特な構え、活力状態のポーズをとった。

「活力状態! ほれ、やってみろ────」

「こ、こうですか」

 備限に(なら)って構える鞘織。

「こら、セリフもしっかり言わんか。活力状態! 元気よくさんはい!」

「か、活力状態! …………うぅ、恥ずかしい」

「恥ずかしくない! これは古代エルメド人である伝説の鞘騎士(シースナイト)"エさん"が考案した由緒ある構えなのだ」

「はう、恥ずかしいのは己の不勉強さでした」

「うむ、わかれば良いのだ」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


「お前~なら────行けるさ備限♪ 誰よ~りも~遠くへ────♪」

 先頭を意気揚々と歩く備限は理想的な枝を振りながら上機嫌に歌っていた。

「早速教わった歌を替え歌にしているわ」

 活力状態のお返しに鞘織からトムソーヤのOP"誰よりも遠くへ"を伝授されたのだ。

「よかったです、気に入っていただけて────」

「コンテとさおりんを従えて、パーティ感とか冒険()が増したのも手伝って、テンションがアガっているんだわ」

「じーゆーうーなー、けーものーみたーいに、はーしーろうおぜ~♪」

 突然、自由な獣めいて走り出す備限。

「あっ! ちょっと────」

「……………………」

 しかしすぐに停止してしまった。

「急に落ち着いたわね」

「な、何かあったんでしょうか…………」

「くさい」

曲者(くせもの)の気配ってやつ!?」

「違う。この枝がやたらくさいのだ!」

「樹木には詳しくないからよく分からないけど、なんかの香木(こうぼく)の類なのかしら」

「握ってるうちに持ち手の部分が温められて匂いが強くなったんですかね」

 風上で匂いの届いてない二人が冷静に分析している。

「冷静に分析しくさりおって、貴様らも嗅げ! この異臭を共有しろッ────」

 強引に嗅がせました

「くっっっさ!! このフローラル・アロマなネリネちゃん様になんつーもんを嗅がせてくれてんのよ!!」

「め、目に染みて……うぅ……涙が…………」

「外だから耐えられたけど、室内だったらきっと耐えられなかったわ。ゴブリンには致死量レベルよ────」

「言っておくが、ぶたに育てられたおかげでぶた並みに鼻が利く俺様の苦しみはお前らの比ではない」

 ぶたの嗅覚は犬にも匹敵するのである。

「何を張り合ってんの!? いいから早くどこか遠くに捨ててらっしゃい、鼻がおかしくなりそうよ。クサいセリフ然り、ゴブリンに臭いものは御法度なんだから」

 備限は渋々、やたらくさい棒を蔵渦へと放り込んだ

「保管するんだ」

「形状は最高だからな。それに催涙兵器として活用できるかもしれん」

「他のアイテムに匂いがうつらなきゃいいけどね」

「密接に保管されている訳ではなく、それぞれ光年単位で隔離してあるので大丈夫ですよ」

「つくづくバランスブレイカーだわね」

 その後コンテに頼んで手を洗浄してもらった────


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 視界の前方に既視感のある光景を捉えた。

 ダサイの群れに取り囲まれ何者かが襲われている。

「なんかやたらダサイ多くない? 二年の間に大繁殖したのかしら────」

 言うが早いか────()()()()()()()()を狙わんと再びフードを目深に被り直し、颯爽と駆け出す備限。

 鞘織の時と同様に一連の流れを再現し、ダサフィラキシーショックに苦しむ女の前でおもむろにフードを脱ぎ去ると、熱く視線を送る。

「?? あの、すみませんが、そこに落ちている私の巾着を…………拾ってくれませんか…………」

 チアノーゼめいた症状と共に息も絶え絶えで地面を指差す先には小洒落た巾着バッグが落ちていた。

「……………………」

 目を点にしつつも言われるがまま素直に巾着を拾い、彼女に差し出す────

 女は緊急めいて備限の手から乱暴に巾着をふんだくって中身を漁り、一枚のブロマイドを取り出して凝視する。

 現在、昼腋を拠点に活動する人気絶頂の三人組アイドルユニット"ヤマとタケルとミコト"のメンバー、タケルのブロマイドだ。

「はぁ、はぁ……た、タケルきゅん」

 すると、みるみるうちに顔色が良くなりダサフィラキシーショックの発作は鎮まった。

 回復した女は碌に礼も言わず、すたこらさっさと何事もなかったかのようにその場を去る。

「……………………」

 その場には、取り残され呆気(あっけ)にとられぽつりと佇む備限。その足元を哀愁めいた風と共にタンブルウィードがカサカサと転がっていった…………。

 ※タンブルウィードとは、回転草ともいう球状の枯れ草


 一部始終を見ていたネリネが抱腹絶倒めいて大爆笑したのは言うまでもない。

「…………鞘織」

「はい備限様」

「どうだ、今の俺は……」

「立派だと思います。だって、ダサイから女性を助けたじゃないですか」

「……つまり?」

「あ。か、カッコイイです!」

 鞘織にダサフィラキシーショックの発作は見られない。

 それが噓偽りの無い、鞘織の本心であるという何よりの証明である。

「その通りだ! 引き続きカッコイイ俺様を見ていろ!」※迫真

「はい!」

「下心見え見えの不純な動機だったうえに結果あのザマで、よく幻滅しなかったわね」

「ど、動機はどうあれ女性の命を救ったのは事実ですし……」

「そうだぞ、アンチのお前と一緒にするな」

「別にアンチじゃないわよっ、あたしはあくまで中立の立場で客観的意見を────」

「バカ笑いしておいてよく言うわ」

「健全な反応でしょうが! 盲目的に信奉する方が不健全なんだからっ」

「…………不健全…………」

「あ、いや、今のは失言だったわ、ごめんね、ちょっと言い過ぎたわね」

「いえ、確かに備限様は私にとって命の恩人ですが、盲目的に信奉しているわけじゃ……それに命惜しさの保身のために慕ってるわけでもないです……私はちゃんと自然体です」

「そりゃあ疑ってないけどさ。ダサフィラキシーショックの判定は超がつくほどシビアだっていうし。でもそれこそ命が懸かってるんだからさー、予備っていうか、例えばさっきの娘みたいにアイドルブロマイドとか、別のカッコイイ対象も模索してさ、万が一の保険のために用意しときたくない? ご覧の通り、さおりんの事は一切顧みない男よコイツは」

「嫌、私は────」

「そんなもんは断じて許さん。鞘織よ、俺から気持ちが離れたそのときは さぱっと死せい」

「はい。さぱっと死にます」

「がはは! いい覚悟(こたえ)だ!」

「ちょっと、あたしが居るのに二人の世界を作らないでよね────クサいクサい」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 小高い丘から臨む、一行の眼前には深山幽谷(しんざんゆうこく)めいた深い霧に覆われた樹海が広がっている。

 切り立った断崖の峡谷や急流、沼めいた湿地、奥には()()()()()()()()()の影も見える。その険しい地形はまさに天然自然の要塞と言えよう。

「この先はいよいよ李埣(すもぞね)よ」

「ふわぁぁ────仙人でも住んでいそうな幽玄な自然って感じで、溜め息の出るほど美しい風景ですね」

「素敵な感想だけどさおりん、足元をしっかり確認して歩かないと危ないから気を付けて。底無し沼やらなんやら、自然由来の即死トラップが至る所に潜んでいるわよ」

「ひえええ、ね、ネリネちゃん、足が(すく)むようなこと言わないでください」

「だって事実なんだもの。墾田永年私財法からの大開墾時代を経てもなぜこの李埣が未開拓のまま放置されているのかが分かるでしょう? さらに李埣固有の危険な魔物や植物も生息してるのよ────」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 ────備限たちが李埣に到着する数刻前に時は(さかのぼ)

 男女二人組の冒険者が李埣を攻略すべく足を踏み入れていた────


「ザッくん、やっぱり引き返そう。ここは私たちの実力じゃまだ早い気が──」

「確かにそうかもしれない。だけどな民乃…………先日俺たちはついにゴールドランクに到達しただろう? ここから次のランク、プラチナ帯に昇格するには今までのように適正レベルよりも低い安全圏のクエストで茶を濁していては一生辿り着けないのだ。ある程度の修羅場を乗り越えなくては────」


 ザツ・弐袋丞(にたいじょう):29歳。ゴールドランク冒険者。クラス・侍。

 ハイ()流剣術の使い手で、持ち前の剣技で前衛火力を(にな)う。

 ハイ棄流は一切の雑念を廃棄し、テンションをハイにし、全身全霊を込めて太刀を振るう、決死の背水めいた鬼気迫る捨て身の一撃必殺を信条、理念とした流派だ。


 民乃(たみの)・ニジハヤ:28歳。ゴールドランク冒険者。クラス・プリースト。

 猪武者めいた戦闘スタイルであるザツの回復と補助を担う。


「ゴールドランクといえば多くの冒険者における引退後最終ランク。言わばボリューム層だよ。十分立派じゃない」

「俗に言うゴールドゴールか。だが俺はゴールドで満足する男ではない! 自分の剣がどこまで通用するのか試してみたいんだ。大丈夫、ヒーラーを背に据えたハイ棄流は鬼に金棒……! 水を得た魚……! 名付けて、肉を切らせて骨を断つ戦法。まさに必勝のコンビネーション……!」

 熱のこもったザツとは対照的に冷め気味の民乃

「……はあ。ザッくん知ってるはずでしょう? 私がアカデミー時代、"早死にの民"とあだ名をつけられてさんざん揶揄(からか)われていたことを。だから生存重視の回復職を選んだし、ルーキーから地道にコツコツと安全なクエストだけをこなして、10年もかかったけどゴールドになれたんだ」

「民乃…………」

「私はゴールドで十分満足だよ。どうしても危ない橋を渡るつもりなら悪いけどコンビを解消させていただきますよ、命が惜しいんでね────」

「ちょちょ、ま、待ってくれ! 君が居なければ俺はこれまで幾度となく命を落としていた。民乃が居なければ成立しない、民乃様大前提の戦法なんだ。わかった、その意見を尊重するよ、引き揚げよう」

「わかってくれてよかった。突っぱねられるかと思ったよ」

「俺もそこまでの馬鹿じゃないさ。それに実を言うと……あー……このタイミングで言うのもなんだが、民乃とは所帯を持ちたいと思っているんだ」

「え、それって…………(トゥンク)」

夫婦(めおと)になろうと言っているのだ。だから、コンビ解消などと言ってくれるな」

「うん……」

「……返事を、聞かせてくれないか」

「その気が無かったら10年も一緒に居ないわよ。バーカ」

「フッ、それを聞いて安心した。帰ったら祝言(しゅうげん)を挙げよう」

「なんか死亡フラグっぽいけど……改めて、これからよろしく────」

「こう改まるのも気恥ずかしいな…………」

「ふふ、一生忘れられない思い出だね。きっとこの先何年経っても色褪せずに思い出せるよ、こんな事があったねって、今日のことを」

「余計に顔が熱くなったぞ…………やや! あすこの木に成っているのはスモモではないか!? 民乃よ、腹は減ってないか? 李埣のスモモはスモゾネという品種で、それはそれは絶品の味らしいぞ! いま俺が()いできてやろう」

 照れ隠しめいてまくし立てると、ザツはずんずんと歩き出す。

「あ、ちょっと────」

(危険エリアなんだから少しは警戒しなさいっての…………まぁ、果実の採取なら危険もないだろうし、大丈夫よね)

 ザツはするすると器用に木を登り、スモゾネをいくつか捥ぎ取ると振り返り、少し離れた位置に待機してるであろう民乃へ声をかける。

「こいつはよく熟れていて美味そうだぞ、ひょっとしたら今が旬なのかもしれないな。おーい民乃~~」

「……………………」

 返事が無い。所狭しと生い茂る木々の枝葉(えだは)が視界を遮り、ここからでは民乃の足元しか確認できないが、そこに居るのは間違いなかった。

(まったく野暮な枝葉どもだ。我が愛しの婚約者(フィアンセ)の可愛い顔が見えぬではないか)

 シュタっと華麗に着地する。

「さあ、一緒に食べようz────」

 顔を上げるとそこには────

 真っ先に飛び込んできた目を疑うような光景に、ザツは持っていたスモゾネをぼとぼとと全て地面に落としてしまう。

 なんと! 食人植物"マンイーター"によって民乃の頭部は(かじ)り取られ、失くなっていたのだ!

 それは不意打ちめいて、声をあげる間もない刹那の出来事だったのだろう。

 複雑に入り組んだ地形で目に頼った目視の索敵では不十分である。

 まして李埣のような危険エリアに於いて索敵スキルの有無は死活問題と言える。

 民乃の首無し死体はまるで、自身の死に未だ気付いていないかのように直立不動で立ち尽くしている。

 ランクアップの祝いにと奮発して買った、ちょっと良い杖を胸に抱えたまま…………

 ザツの脳裏にはほんの数分前の、在りし日の民乃とのやり取りと彼女の屈託(くったく)ない笑顔がフラッシュバックする。

「民乃おおおおおおおおおお!!!!」

 絶叫めいた慟哭(どうこく)が辺りに木霊する。

「あ゛あ゛ああああああああああッッ!!!!」

 次いで抜刀し、かつてない程強く、激しい怒りにまかせた渾身の一撃でもってマンイーターに袈裟斬りを見舞う!

 ギィンッ

 なんと! 植物にあるまじき硬度でザツの太刀は折れてしまった!

 マンイーターの討伐ならこの10年の間に何度か経験していた。

 しかし李埣産のマンイーターはその硬度もさることながら、一般的なマンイーターより圧倒的に巨大で、尚且つ俊敏であった。

 最早別種と言っても過言ではない程に桁違いの戦闘力を誇っていた。

「そ、そん、な…………ああ…………」

 腕の痺れを感じつつ、太刀と同様に心まで折れ、すっかり戦意喪失してしまう。

 立て続けの絶望めいた出来事を受け、ザツの正気度を示すSAN値は一気に底の底まで削られ恐慌状態に陥る。


 更に追い打ちをかけるように状況は悪化していく…………


 齧り取られた首の切断面から噴き出す鮮血の匂いに誘われ、マンイーター以外の獰猛(どうもう)な捕食者たちの気配が続々と集結めいて(つど)ってくるのを肌で感じる。

 当初あった愛する者の仇を討たんとする気概はすっかり消え失せていた。

 次の瞬間、ザツは震える足に喝を入れ(きびす)を返すと、ほうほうのていでその場を逃げ出していた。

 向かう先が出口かどうかなど考える余裕もなく、方向もわからず、李埣の険しい道なき道を()けつ(まろ)びつ兎に角ひた走る。

(民乃、民乃、民乃、民乃…………!!)

 表情も、感情も、ぐしゃぐしゃになりながら死にもの狂いで走った。

 我武者羅(がむしゃら)に走り続けた先で、前方に人影を捉えた。

「っはぁ……! はぁ……! た、たす、助けてください! 自分、李埣がこんなにやばいとこだって知らなくて……! ツレも殺され、て……あ、あわ、ああぁ…………」

 遠目からも大柄な人間だと感じていたが、間近で見るととんでもない。

 必死のあまりに気付かなかった……助けを(すが)った()()は人間ではなかった。

 身長175のザツが大きく見上げるほどの巨体。目算3メートル弱はあろうか。

 二足歩行の人型ではあるがれっきとした魔物。その怪物の名は"ベるセるク"

 備限とその一部関係者を除けば、李埣における食物連鎖の頂点に君臨する。

 ジャッポガルド全体で見ても生態系の上位に食い込むほどの脅威個体なのは言うまでもない。


「……………………」

 ベるセるクは無言でザツを一瞥すると煩わしそうに────

 縦にした握り拳を振り上げ、台パンめいて槌のように振り下ろす!

 頭上から迫りくる、死の香りを孕んだ脅威。直ちに緊急回避めいた行動をとるべき局面だが…………もう足はおろか全身が竦みあがってしまって、身動き不可能。

 できるのは歯をガチガチ鳴らし、走馬灯を上映することのみであった。

「ぴgy────────」

 断末魔をあげる間もなく、ザツの身体は頭のてっぺんから足の裏まで一気通貫にぐしゃりとアルミ缶めいてぺしゃんこに潰れ絶命した。

 ()くして────

 民乃ニジハヤ、ザツ弐袋丞の両名は雑に退場したのであった…………

 願わくば、あの世での再会が叶いますように────


 ────再び備限サイド────


「びびる必要は無い────ここは俺の地元────庭みたいなもんだ────」

 プロめいて頼もしい言葉だ────

「比較的歩きやすいルートで進む────しっかりついてこい────」

「は、はい、ついていきます」

 鞘織は迷惑をかけまいと懸命に備限の背中を追いかけるが、本格的な山道を歩くのは人生で初めての経験であった。やはりどうしても遅れをとってしまう。

「ちょっとちょっと! そんな痛風患者めいた牛歩戦術じゃあ日が暮れちゃうわよ!」

「はいぃ、すみません……(どうしてこんなに足が重いの……疲れてるわけじゃないのに────)」

 立ち入る前にネリネから受けた忠告のせいだろうか? 違う。その後の頼もしい備限の言葉で震えは治まったはずだ。不調の明確な原因がわからない。

「李埣の瘴気にあてられたか。どうもSAN値が減少傾向にあるようだな……」

 備限が鞘織の手をとる

「あ……」

「案の定、指先が冷えているな。適度な緊張感を持つ事は様々な場面で有効に働くが、必要以上に(おそ)れを(いだ)けば逆に足枷になる。肝に銘じておけ────」

「はいっ」

「よろしい。初回サービスだ、今回はこの俺が運んでやる」

「ええ? なんか甘くない?」

「日のある内に帰りたいだけだ────」

「ふーーん」

「ついでに触れ合いめいたスキンシップへの慣らしも兼ねている────今後に備えてな……(ぐふふのふ)」

「そっちが本命ね────」

「あの、運ぶというのは具体的にはどういう…………」

「む? 妥当なところでおんぶか、肩に担ぐか、肩車か。好きな運搬方法を選ぶがいい」


(担がれるのは物みたいだし、肩車は恥ずかしいなぁ…………)


 ────どうする?

  おんぶ

 ▶お姫様抱っこ


「じ、じゃあお言葉に甘えて……おお姫様抱っこで……!」

「!? ちょっとあんた! 調子に乗ってんじゃ────」

「がはは! よかろう。俺は好きなのを選べと言ったのだからな」

 男に二言は無いのだ。


 備限は照れもせずスマートに鞘織を抱きかかえる。

 鞘織の荷物も蔵渦へ預けることなく備限が背負った。

「お、重くないでしょうか」

「あほか、軽すぎだ」

(自分でお願いしておいてなんだけど、こんなの……頭がフットーしそうだよぉっっ)

 これが仮に、人で溢れる街中であったなら羞恥に耐えられなかっただろう。

「んでは出発する。(ほう)けていると舌を嚙むぞ────」

「は、はい!」

(そ、そうだ。これは(ケン)に集中できる絶好の機会……早くこの世界に慣れるためのチュートリアルの一環……浮かれている場合じゃない。備限様の目線で周囲をよく観察しよう。なんでも吸収するんだ)


「おっ」

「どうしたんですか?」

「まだ距離があるが、ベるセるクを捕捉した────」

「ベルセルク!?」

「いいか鞘織よ────俺が思うに、お前のSAN値が脆弱なのは魔物の存在しない平和な世界で安穏と暮らしていたために耐性が終わっているのだ!」

「平和ボケってやつね────」

「左様。良い機会だ、一度ハイランクモンスターとの戦闘を肌で感じておけ」

「わ、わかりました」

「ついでに肉を調達するぞ。ベるセるクのふくらはぎ肉は"ガッツ"といって極上の味わいなのだ」

「戦闘をするなら私は降りたほうがいいですよね」

「ばかもん、離れては荒療治にならんだろ。無論このままだ!!」

「でもそれじゃ備限様、両手が…………」

「まあ見てろ。特等席でな────」


 不意打ちであっけなく倒しては意味が無いので、備限はわざわざ正面に回り込んでベるセるクと対峙した────


 ベるセるクは血の匂いをたたえ漂わせていた。足元には血溜まりができている。

「も、もももしかして人を────」

狼狽(うろた)えるな。見学に集中しろ────」

 こちらに気付くや否や、ベるセるクは大気がビリビリと震撼するほどの咆哮をこちらに放つ。

「がはは、二年ほど留守にしていたが俺様の顔を覚えていたか────久しぶりに肉を貰いにきたぞ」

 問答無用とばかりに、その巨体に見合わぬ速度と体術で備限に襲い掛かる!

「やけにハッスルしているではないか、人間を殺害した余韻で荒ぶってるのか? 単純に俺様への憎悪か? はたまた両方か────」

 備限は人を抱きかかえているとは思えぬ身のこなしとフットワークでベるセるクの猛攻を涼しい顔で躱していく。

「いずれにせよ好戦的なのは都合が良い。序盤は遊ぶつもりだったからな────」

 余裕綽々(しゃくしゃく)めいた回避の合間に時折(ときおり)、エンタメめいて紙一重のきわどい回避も織り交ぜていく。

 轟音とともに巨大な拳が鼻先をかすめるような状況でも、鞘織は不思議と冷静に戦闘の行方を追えていた────

 それは備限が狙った思惑通りの結果であった。

 そもそも並みの冒険者なら最初の咆哮で戦々恐々、SAN値は消し飛んでいただろう。

 しかし備限から(かも)し出される安心感たるや、いつしか不安や恐怖はすっかり解消していた。

 高速めいたフットワークにより生じる強烈なGに見舞われることもなく、その逞しい腕にそぐわぬ優しいタッチのホールド感で、すこぶる快適である。


「備限様、見ていて気付いたんですが、あのふくらはぎ、凶悪な形をしてますよ」


 それはふくらはぎというにはあまりにも大きすぎた

 大きく

 ぶ厚く

 重く

 そして大雑把すぎた

 それは正に鉄塊だった。


「上出来だ────よく観察できているではないか。傍目八目(おかめはちもく)療法、うまくいったな」


 ※「傍目八目」は囲碁が由来の言葉で、対局している当事者よりも、傍らで見ている人のほうがたとえ力量は劣っていても、八目先まで見通せるほど良い手を発見することがあるという意味です。


 目的は果たした。そろそろ遊びは仕舞いにしよう────


「そう。()()は"ドラゴン殺し"の異名をもつ、あやつ最大の武器……その向こうに至高の食材ガッツが眠っているのだ」

「い、一体どうやって」

「いい質問だ! そもそも真っ向から普通にベるセるクをしばき倒してもガッツはドロップしない。ガッツをドロップさせるには────…………」

「させるには…………?」

「コイツにとって一番の自信を誇っているストロングポイントを完膚なきまでに打ち砕き、その自尊心もろとも文字通り破壊してやるのだーー!!」


 言い終える間もなく放った備限会心のカーフキックがドラゴン殺しの芯、急所を的確に捉えた────


 ※重点! 関連動画をご覧頂ければ分かる通り、カーフキックは撃ち所が悪ければ、蹴った側が自滅めいて大怪我をするリスクを孕んだ大変危険な技である。賢明な読者諸氏におかれては、くれぐれもマネしないように! 重点


「備限流には蹴り技が無い…………そんなふうに考えていた時期が私にもありました」※ネリネ談


 ベるセるクは白目を剥いて膝から崩れ落ちる最中(さなか)、闘争心の残滓めいて最後に拳を放った。ゴッドハンドと恐れられた右フックは見る影もなく弱々しく空を切り、緩やかな回転とともに斜めに倒れた。

「がははは!! 勝ーーーー利!」

 ふくらはぎを堅牢に守護していたドラゴン殺しは跡形もなく粉砕され、中に眠るブロック肉がぼろりときれいに剥がれ落ちドロップした────これぞガッツである。

(条件ドロップって、世界樹の迷宮みたいだなぁ…………)

「よーし鞘織よ、初仕事を与える。戦利品を回収するのだ! 完全にK・O(ノックアウト)したからびびる必要は無い」

「あっはい」

 鞘織はずっしりとしたガッツを拾い上げ、うんしょうんしょと蔵渦へと保管する。

「久方ぶりに薩日内のガッツ料理が食えるぞ」

「さっぴない?」

「ああ。育ての親であるぶたの名だ────もうじき会うことになるだろう」

「たしか、ぶたは豚と違って二足歩行で人語を解すんでしたっけ」

「そうだ。人当たりのいいぶただから身構える必要はないぞ」

(薩日内さんかぁ────ゆるキャラみたいな感じかな────)


 ジョボボボボ────


「わわ、何の音ですか」

「見ろ、急所を破壊された想像を絶する激痛でショックのあまりに失禁したのだ。時間差で助かったな。ガッツが汚染されずに済んだ」

 人間の倍量を凌駕する放尿であった。

(ひいい、気まずいけど、生物の授業と割り切って目を背けずに観察しよう…………)

 失禁の終わり(ぎわ)────

 なんと! ベるセるクの亀頭から、成人男性のこぶし大ほどの塊がぼろりとまろび出た!

「おわ! まじかよ…………」

 このシーン、備限軌道映像化の際には規制めいた工夫をする必要があるだろう。

「ななななんですかコレぇ!?」

「これはな…………尿路結石だ! どうやらこの野郎、俺という天敵が居なかったおかげで豪遊めいて食生活が乱れていたらしいな────二年でこんな立派なもんをこさえくさってからに。いや、二年でこの大きさは不自然か? ひょっとしたら十年、二十年モノか────」

「ちょ、ちょっと! ホントに尿路結石なの!?」

 汚物にドン引きするかと思いきや、ネリネは意外に興奮気味だ。

「俺もここまででかいのを拝んだのは初めてだが────状態からみて間違いない────」

 潔癖の()があるネリネをそのように(しか)らしむるのも当然と言えよう。

 なぜならベるセるクの尿路結石といえば────

「よく落ち着いていられるわね。ベるセるクの尿路結石と言ったらあんた、それはとどのつまり"ぐりヒス"ってことよ!?」

「ぐりヒス?」

「そうだな。美と不老の秘薬、"フェムト"に用いられるというレア素材、あのぐりヒスだ」

 不老といってもガチの不老ではなくアンチエイジングレベルである。


 とある文献に、ぐりヒスに(まつ)わるこんな逸話がある────

 栄華を極めた時の権力者が気まぐれに、世界中から村一番の醜女を集い秘薬フェムトを与えたところ、もれなく全員が見目麗しき絶世の美女へと変貌を遂げ、他に類を見ない究極のハーレムを作り上げたという。


 その体内生成される素材価値の高さから、ギルドでも保護運動めいてベるセるクの討伐クエストは出していない。

 ベるセるクは恐るべき戦闘力を誇る魔物ではあるのだが、李埣の空気でしか生きられない固有種のため、人里に下りて暴れるという心配はないのである。

 冒険者がベるセるクの縄張りに侵入した結果襲われ死亡したとして、それは自業自得でしかないのだ。

 ぐりヒスの採取クエストはあるが、縄張り内に点在する小便ポイントめいた茂みなどに僅かに残った砂粒ほどのぐりヒスを求め、一攫千金を狙った冒険者が辿る末路はお察しであろう。ダイヤ帯でも生還率の低い高難度クエストである。


「ぐりヒスはその効能と希少性から莫大な金額で取引されるのよ。億万長者よ億万長者!! キャーキャーキャー!! え? まって。この大きさでしょ…………仮に百分割にしてバラ売りしたら…………百億万長者!? ウヒヒヒヒィィ↑↑」

 もはやネリネの瞳は(ドル)と化している。現金な女だ────


「ばかもん、このでかさは過去最大級だぞ。コレクションするのだ!」

「ええええええええ↓↓」

「えーじゃない。ほれ鞘織、さっさと回収せんか」

「やっぱりですかぁ……ひんひん……」

 ぐりヒスは依然としてその体高の三分の一ほどが尿溜まりに浸かっており、新鮮めいたぬくもりを帯びていた。

「あとで手を洗えば大丈夫だ」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 ほどなくして李埣の中心に辿り着くと徐々に霧が晴れて視界が明瞭になる。

 そこは台風の目めいて穏やかな世界が(ひら)けていた────

 唯一開拓がなされている、ハヤゾメ家の敷地に入ったのだ。

「ちょっとさおりん、ここからはもういいでしょ、降りなさいよ」

 速度重視のために再びお姫様抱っこで運ばれていた。

「はい。ありがとうございました備限様、勉強させていただきました」

「うむ」


 少し歩くと、門前を掃き掃除するぶたの姿が見えてきた。

 こちらに気付くと、手にしていた竹箒をほっぽりだして駆け寄ってきた。

「坊ちゃ~~~~ん」

 割れたケツアゴに無精髭(ぶしょうひげ)をたくわえた、中年ぶただ。

「おお薩日内、今帰ったぞ。息災だったか?」

「ああ坊ちゃん……おかえりなさいですだ……こっちは変わりないだす。坊ちゃんもお元気そうで、見違えるほど立派になられて、うっうっ…………」

「ええい泣くんじゃない。2~3日滞在したらまた旅立つからな」

「そ、そうなんだすか……ところでそちらのお嬢さんは────」

「まあ事情を話せば長くなる────立ち話もなんだ、積もる話は中でゆっくり話そう────」

「それもそうだすな、気が付きませんで、この薩日内一生の不覚だす。ささ、どうぞこちらへ」


 門をくぐると道場、そして併設された居宅、が、あるのだが────

 なんと! 空中戦艦めいた機動戦艦が斜めに突き刺さり、平屋建ての居宅が無惨にも半壊状態ではないか!

 遠目から見えていた謎の巨大な影の正体はこれだったのだ。

(……どうなってバランス保ってるんだろう)

 面食らう鞘織に反して備限たちは平然としている……ずいぶん以前からこの状態が日常なのであろうことが窺える。

 備限曰く────

「ん? ああアレか────昔いろいろあってここに墜落したのだ。機械いじりが好きな()()()()の知人が修理したいと言うので、そのまま残してある。おかげで道場を居住スペースへとリフォームせざるを得なくなった」

 ジオングとはこの世界におけるドワーフのような種族らしい。

 ちなみにエルメドはエルフ的な種族だ。

「時間を見つけては出張修理に来ているのだが、復旧はまだしばらくかかりそうだな」

(あんなに傾いてて、作業し辛いのでは……)

 と、鞘織が素朴な感想を浮かべていると

 艦の内部から溶接めいた音が聞こえる────

「丁度今日は来ているらしい。だが集中してるだろうからメシの時間にでも挨拶しよう────そうだ、メシといえば薩日内よ────道中でガッツを獲ってきたのだ、こいつを料理してくれ」

「坊ちゃん、いま一体ガッツをどこから……!?」

「フッフッフ、この二年で俺は魔法を身につけたのだ」

「ま、魔法だすか!?」

「そう。無限のストレージ、その名も蔵渦だ!!!!」

「くらうず……! ぶったまげただ、こんなに驚いたのは真備の旦那が庭に温泉を掘り当てた時以来だすよ」

 備限からガッツを受け取りながらも薩日内はしきりに感嘆している。

「────これはまた見事なガッツだすな。おらは早速調理にとりかかるだ。坊ちゃんたちは中でくつろいでいてくださいだ」

 薩日内は厨房へと消えていった。

「よーし、ついてこい────」

 勝手知ったる我が家だ。前述の通り、リフォームされた道場側の玄関から中に入る。


 玄関に上がる前に鞘織はあることに気付いた────

『鞘歌さん鞘歌さん』

『なぁに鞘織ちゃん』

『このまま上がったら重さで床が抜けちゃいませんかね』

『う~ん、そうかも?』

『了解です。一旦備限様にお返ししますね────』

『ああっ! ストップ鞘織ちゃん! この家ではずっと一緒にいてほしい理由があるの! わかったわ、頑張ってみるからちょっと待ってて…………んんんんんーーーー…………よし、これで大丈夫なはずよ!』

『なんだかお手数おかけしてすみません、ありがとうございます』

『はぁ……はぁ……い、いいのよ。気にしないで』


「久しぶりの我が家じゃーー!!」

「お、おじゃまします」

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 中に入ると綺麗な女性が出迎えてくれた。

「メイドさん?」

「紹介しよう。カラクリ人形の"はじめ"だ」

「ええ? 精巧すぎて人間と見分けがつきません」

「ありがとうございます」

「元の主人であるソシオパスめいたゴミ野郎が目に余る虐待に及んでいたので俺が成敗し我が家で引き取ったのだ」

 まあその辺りの詳細諸々はいずれ過去編、"備限・ザ・ビギニング"として発表しよう。

「開発元が推奨する本来の用途とは異なるが、現在はメイドとして留守中の家を手入れしてもらっている。どうだ、掃除が行き届いているだろう」

「はいっ、はじめさんはこの家の守り神なんですね」

「恐れ入ります」

 彼女のおかげで薩日内は野良仕事に専念できるようになり、実際助かっている。


 その後、鞘織とコンテの紹介も済ませる。

「登録完了しました。お部屋はどうなさいますか」

「コンテは場所を選ばんし、鞘織は書斎で寝泊まりさせるつもりだ。新たに部屋を用意する必要は無い────強いて言えば鞘織用の布団ぐらいか」

「かしこまりました」

「よし、書斎に案内しよう────」

 書斎に入ると既に寝具が一式用意されていた。

 なんというホスピタリティか、流石と言わざるを得ない。


「俺は明日1日かけてやることがある。その間、お前はここの蔵書を読んで時間を潰すと良い」

 元より読書が好きな鞘織は目を輝かせ、興味深そうに周囲を見渡している

「はい。こんなに沢山……読むのが楽しみです」

 鞘織は書棚から冊子を手に取ってみた。

「ロマンスは鞘の閃き……」

「何を隠そうそのロマ鞘は我が母、吉備鞘歌の創作物語! いわゆる同人誌だーー!」

 言われて奥付を確認すると、サークルきびだんご、主宰、吉備鞘歌と記されている。

「わ、ほんとだ」

「基本はラブロマンスだが、鞘閃道の奥義も登場するから色々と参考になるだろう」

「あとはこの、キャミソウルもおすすめだ」

「キャミソウル?」

「主人公、豚ばらのブヒィがひとつなぎの御馳走"ラフテー"を目指して仲間たちと旅をする、大河めいた大長編冒険活劇だ」

「それは面白そうですね(どこかで聞いたことあるような……)」

「ちなみに完結してるんですか?」

「してるぞ、ブヒィにちなんで全211巻だ」

「それは……1日で読破は無理そうですね」

「案ずるな、出発前に片っ端から蔵渦に保管していくからな」

「では心置きなく、ゆっくりじっくり読ませていただきますね────」


 そうこうしているうちにとっぷりと日も暮れて、夕餉の時間になった。

 本気の薩日内に普段の食卓では手狭だったので道場を食事会場とした。

 リフォームの影響で残ったスペースは心許ないが、まだかろうじて道場としての体裁を保てる広さは残っている。

 上座の上部、目立つ場所に"備即全身(びそくぜんしん)"と毛筆で書かれた掛け軸がででんと主張している。

 おそらくハヤゾメ流の理念めいたものだろう。

 隅には和太鼓もあり、ハヤゾメ流には演武のような型も存在することを物語っていた。

 当主備限は指定席めいて上座に腰を降ろすと、料理の配膳を座して待つのみだ。

「道場を指定するとは薩日内のやつめ、よほど気合いの入った料理を作ったと見える」

「私も配膳のお手伝いを────」

 鞘織が言いかけたところで料理が運ばれてきた────

 それは立体の、龍を模した大がかりなものであった。

「お待ちどおさまですだ」

「な、なによこれ────」

「すげぇのがきたなあ」

氷火焔(ビンフオヤン)風方(ファンファン)頭魚海亀(トウユウハイヴイ)ですだ」

 実際すげぇのがきた

「名前から察するにウミガメの肉と、このウロコに見立ててあるのは薄切りの甘鯛か?」

「流石の慧眼だすな坊ちゃん、まさしくウミガメと甘鯛だす」

「巨大な氷から削り出した龍の彫刻、その体表にウミガメと甘鯛の薄切りを張り付けてウロコに見立てたんだす」

「相当な仕事量ではないか」

「坊ちゃんの成長に感化されて、おらも気張っただすよ」

「なるほど、俺は果報者だな。しかし────確かに見映えは美しいが、肝心の味はどうかな」

 箸を伸ばすが薩日内が制止した

「おっと坊ちゃん、下味は付けてあるだども実はまだ完成じゃないだ。これから仕上げに入るだす────」

 そう言うと薩日内は熱々に熱されたごま油をお玉ですくい、氷火焔風方頭魚海亀へ満遍なく浴びせかけた!

 熱い油で急加熱された甘鯛のウロコはバリバリと逆立ち、ウミガメの肉もうねうねとのたうっている。

「ちょっと気味悪いけど面白いわね────」

「これは見事だな────龍に命が宿ったようだ」

「さささ、出来立てのうちにどうぞ召し上がってくださいだ」

「ではいただきます────」

 パリっとした食感のウロコごと豪快にかぶりつく

「……うっっま!! ウロコの香ばしさと歯触りがたまらん。味付けも絶妙だな」

「お口に合ってよかっただ────」

「ごくり……備限様、わ私もいただいてもいいですか」

「おう、食え食え」

「はい! いただきますっ……はふはふ、おいひいれふ。備限様、この酸味のあるドレッシングともよく合いますよ────」


 絶品料理に舌鼓を打っていると、はじめに案内されて小学生くらいの女の子が入場してきた。


「よー備限、元気そうじゃんか」

「来たか伊万里(いまり)先輩。先輩は相変わらずちみっちゃいな」

「開口一番がそれかよ────ったく、生意気な後輩だぜ」

「遅かったんで先に食ってたぞ」

「別に構わねえさ、オイルとかで汚れてたから風呂いただいてたんだ」

「湯上がりの先輩は何気に新鮮だな」

「お? なんだ、欲情したのか? しょうがねーなー……」

「脱ぐな脱ぐな」

「俺は見られながらでもいいぜ!」

「生憎俺はロリコンではない」

「だーっ! 俺は先輩だぞ! もう成人もしてる、こんなナリでも立派なオトナのジオングなんだーー!」

「紹介しよう。この合法ロリは伊万里・クノッソス。アカデミー時代に俺が所属していた部活の先輩だ。さっき軽く話した通り、現在は技師(エンジニア)を生業にしているジオングだ」

 ちなみに部名はギンヌンガガッ部。ギンヌンガガッ部の活動は"ギンヌンガガップ"と呼ばれる空虚な裂け目に侵入、不思議なダンジョンを探検し異次元のお宝を持ち帰るという、ハイリスクハイリターンな部活だ。

「んでこっちが────」

「聞いてるぜ、異邦人なんだろ? んでもってこちらさんは次元の超越者だって? なんだか部活を思い出すじゃねえか────」

「ああ。俺もコンテの能力を目の当たりにした時は部活を思い出した────」

「にしても……見聞を広めるとか息巻いて出ていった割に、蓋を開けりゃ()()()()()()の旅だったとは恐れ入ったぜ」

好傑漢(ナイスガイ)な俺様の元には自然とイイ女が集まってくるのだ」

「皮肉言われてんのよ。おめでたいわね────」


「で────先輩の方は調子どうなんだ?」

「それなんだけどな、抱えていた仕事が粗方(あらかた)片付いたんで本格的に本腰入れて修理しようと思って今日から此処に住み込みで作業することにしたんだ」

「ジオング領と行き来するのは骨だろうからな。引っ越し大変だったんじゃないか?」

「いや楽ちんだったぜ! 全部コニファー先生にやってもらったからな!」


 コニファー・ミュンヒハウゼン:備限在学中はアカデミーで教鞭を振るっていたが現在は退職し、エルメド領の発展に尽力しているエルメドの王女。

 (じゅ)使役(テイム)という能力で伊万里の引っ越しを手伝った。

 モーセの海割りめいて樹海を割り、美しい樹木のアーチでハヤゾメ家までの最短直通通路を作り、地面に敷かれた丸太がキャタピラのような無限軌道でスピーディな移動を実現する。

 それはさながら空港にある動く歩道か、もしくは曳家(ひきや)工法を彷彿とさせるものであった。

 そして彼女の使役(しえき)する二体のウッドゴーレム、ハルニレとガジュマルに伊万里の荷物を持たせる。

 ヘヴィー級の工具や装置を積まれたウッドゴーレムの姿は、さながらコミケ帰りのオタクを彷彿とさせるものであった。

 これらの能力を行使したリソースの消耗ぶりは計り知れないだろう。

 無論、事が済んだら李埣の樹海は元通りに復元したのは言うまでもない。


「なぬ、先生も来ていたのか」

「ああ。お疲れだろうに、引っ越しが済んだらすぐ帰っていったよ、昼くらいに」

「そうか。どうやら俺たちとは入れ違いだったようだな」

「有能な労働力としてウッドゴーレムを借りようとしたら冗談じゃないわっ! 引っ越しで借りはチャラよ! ってさ────」

「ははは、なにか貸しを作っていたのか?」

「ああ。先生の要望で俺が発明した装置、ペリドット3号を作ってやった貸しだ」

「それはどんな装置なんだ?」

「地下でも光合成できる装置さ」

「とんでもない発明なんじゃないか」

「そりゃあかなり苦労したからな────我ながら自分の天才ぶりが恐ろしいぜ。先生も目の色変えて大喜びしていたぞ、なんでもジオプラント計画とかいうのに着工するらしい」

「地下に領土拡大でもするつもりか。蟻人と揉めるだろうに」

「樹液や糖蜜で懐柔するんじゃないか?」


 ともあれ食事を再開する。


「薩日内よ、料理が足りんぞ、ガッツはどうした!」

「煮込みに時間がかかっていたんだす。もう頃合いだすよ坊ちゃん」

 薩日内はニコニコで鍋から料理をよそう。まるで料理をせがむ子どもと母親のようであった。

「うーむ、香りで既によだれが止まらん」

 鞘織の感想としては一見、タンシチューのような印象だった。

 あの肉々しいガッツが噛まずともほろほろと崩れるほど、よく煮込まれている。

 備限はうまいうまいと満足そうに、夢中でがっついている。

「薩日内さん、これはなんという料理なんですか?」

「そういえば考えたこともなかっただす。……そうだすな、坊ちゃんのためだけを思って作った料理だすから……"おんりーゆー"とでも命名するだ」

「おんりーゆー……」

 経緯を聞いて、鞘織はレシピを尋ねるのをやめた。

 薩日内とは別の、鞘織自身の考えるオリジナルなおんりーゆーを生み出さなくては意味が無いと感じたからだ。

(そしていつの日か備限様の胃袋をつかもう)

 食後のデザート、サッピネスを頬張りながら

 そう心に誓うのであった────


 ※サッピネスは、スモゾネをベースに薩日内が独自に品種改良し栽培している、薩日内らしさが詰まった逸品。

 シャクシャクとした食感で、硬い桃のような味わい。


 ──── to be continued


[戒晃こそこそ噂話]

鞘の重さは一律383グラムとなる。元の苗字、鞘闇に因んだ数字だ。

重すぎず軽すぎず、女性が片手で振り回すのに最適な重さである。


・キャミソウル

最終的にライバル共々、みんなで食卓を囲み大団円で物語の幕は閉じられる。

終盤ブヒィ自らが食材となりラフテーを完成させる様子は凄絶で、作中屈指の名シーンである。



伊万里クノッソス CV:久野美咲

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