第五話 異邦人〈エトランゼ〉
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
────翌朝────
「うん。きれいになったわね────」
備限は自身が宿泊していた客室"幽玄ノ間"を掃除し終えた。
「立つ鳥跡を濁さずと言うからな────来た時よりも美しく、だ」
それは公共施設や宿泊施設を利用する際のマナーであり、心得るべき精神である。膝栗毛にもそう書かれている。
「あとは……裏山の始末をどうするか、ね────蔵渦に全部押し込むか、それともランドマークとしてこのまま此処に残して行くか……どうするの?」
※ランドマークとは、その地域を特徴づけ、目印となる物。シンボル。
実際テンニンカが迷わず辿り着けたのはこの目印があったからだ。
「路銀の足しにするにも、この量を押し売られては店側も大迷惑だろう。かと言って、少量では二束三文どころかボロ過ぎて値がつかん恐れが高い。それに景観が悪くてランドマークとしてもイマイチだ」
「そんじゃあどうするのよさ」
「才気煥発な俺様は第三の選択肢を選ぶのだ────! もれなく全部コンテへと返却するぞ」
「ええっ!? それって大丈夫なの? また闇属性のダークサイドに戻っちゃわない?」
「失った力を取り戻しパワーアップする可能性もあるだろ────大丈夫だ、どんな不測の事態が起こっても無敵の備限様が瞬時に対処してやる。かまわん、やれ」
余裕の腕組みスタイルをとる備限に促され、コンテがスッと手を翳すと────
なんと! 隆々と聳え立っていたアンシリーコートの山は一瞬にしてコンテの手中へと吸収された!
「…………」
「見た感じ、これといった変化は無さそうだわね…………」
「いや、俺には分かる。結果は後者だった様だな────」
「はい。固く施錠され、制限されていたアンシリーコートの生成能力がアンロックされて再び使用可能になった様です」
(スキルツリーみたいなシステムなのね…………)
「そいつは朗報だな────実を言うと、あのフード付きの外套には密かに憧れがあったのだ。ここはいっちょひとつ、俺に一着仕立ててくれぃ」
「かしこまりました────」
コンテはひとつ深呼吸をして集中力を高めると、巧みな手つきで瞬く間に仕立て上げた!
出来上がったそれは、ボロとは真逆のまさに天衣無縫。息を飲むほどの神々しさであった。なんというふつくしさよ。
「う、わぁぁ…………言葉が出ないわ……えぇぇ……すごすぎ」
あまりの出来映えに感嘆するネリネ。
この能力、アンシリーコートが一枚でも不足していては叶わぬ結果だったであろう。
過不足なく集約した、備限の文字通り完璧な仕事による賜物であった。
※ここで言及しているのはあくまで"無"から生成された分のみで、怨滅私家の場合は一家全員自前の衣服であるからして、実際除外される。
「ふっふっふ。我ながらこれ以上ないくらいの会心の出来です。アンシリーコート改め、セイクリッドコートとでも名付けましょうか」
コンテは人差し指の側面で鼻の下をこすりながら、得意満面といった表情だ。
「……………………」
しかしセイクリッドコートを手に、備限は神妙な面持ちだ。
「わかるわ────あまりの神々しさに、気安く袖を通すのも憚られるわよね」
備限は無言で踵を返すと、おもむろにこぶし大の石を拾い上げ────
なんと! ガシガシとセイクリッドコートを叩きはじめた!
更に地面にも擦り付け、みるみるうちにダメージ加工が施されていった。
特に裾の部分はボロければボロいほど良い、と言わんばかりに重点的に攻め立てた。
「ちょっ……あんた! なんてことすんの! あーあー……あんなに綺麗だったのに」
セイクリッドコートは見るも無残な姿へと成り果ててしまった。
「あ…………ぁ…………」
突然のご乱心めいた行動に絶句したコンテは、金魚めいて口をパクパクさせている。
「…………ふぅ。あとは────10回くらい洗濯を繰り返せば良い塩梅になるか」
「一人で満足してないで納得のいく説明しなさいよ! コンテが可哀想じゃない!」
ネリネが女子あるあるめいて備限を糾弾する。
「落ち着け────野球のグラブだって新品は硬すぎてそのままじゃ捕球し辛いのでハンマーでぶっ叩いたり、軟化オイルを塗り込んだり、湯揉みで型付けなどしてベランベランに慣らすもんだ。硬いままじゃ怪我にも繋がるからな」
実際、似たような話は運動部にありがちである。
例えばバスケ部で誰かがバッシュを新調すれば、新品の硬いバッシュを柔らかくすべく部員全員からボロクソに踏みつけられるといった洗礼めいた通過儀礼が存在するのだ。
「言葉足らずだったが────そもそも俺が憧れたのは歴戦の冒険者感のあるボロ外套の方なのだ。あんなパリッパリに糊の効きまくった"おべべ"じゃ新米臭があからさまではないか。七五三じゃあるまいしよォォ~~~~」
このような男の浪漫は往々にして異性からの共感は得られず、疎まれ、煙たがられがちである。
「……コンテちゃん、泣いてもいいのよ」
「主様の意を汲み取れずに御手を煩わせてしまうとは……ぐぐ……このコンテ一生の不覚ッ」
コンテの頬を痛恨の涙が伝う。
「そっちの涙!? ……どうやら愚問だったわ────」
残念ながら当然の結果だった。
「すべからく、主様の最善こそが私にとっても最善なのですから。それにしても────清浄の加護を突破し、ここまでの汚れを…………感服致しました」
「俺の辞書に不可能という文字は無いのだ」
「流石でございます。つきましては────どうかこのコンテめに汚名返上の機会をいただきたく存じます」
「よかろう。では仕上げの洗濯を貴様に一任する────できるか?」
「是非お任せください! 砂塵・暴風・激流・発泡・清流・日照の次元を駆使すればより主様のお好みに近づけるかと…………然程お時間も取らせません」
「うむ。よきにはからえ────」
「ボロがお好みなのに洗っちゃっていいわけ?」
「ばっちぃのとボロさ加減は別問題だ。俺は清潔を好む男なのだ」
程なくしてセイクリッドコート・備限カスタムが出来上がった────
「うおおおぉ…………これよこれ! かっちょいいではないか! 哀愁漂う流離いの歴戦感といい、この着古したような肌に馴染むフィット感も実にグッドだ!!」
理想的な仕上がりに備限はテンションマックス上機嫌だ。
「恐れ入ります」
平静を装いつつ喜びに打ち震え、コンテはしめやかにモイストした────
……………………
………………
…………
……
いよいよ別れの時がきた────
「これ、初めて会ったときに興味津々のご様子だったので、お土産のペナントです。お母さんが織ったのより不格好ですけど…………」
カエラから、不器用ながらも一生懸命さが窺える、自身の織ったペナントを受け取った。
「……………………」
ヌヒトも姉同様に丹精込めて彫り上げた通行手形を朴訥と差し出してきた。
姉に比べ、ハイクオリティであった。
「うむ。有難く頂戴しよう────あ!」
備限は何やら閃くとToDoリストを更新するべく膝栗毛を取り出し、全国踏破の横に"お土産蒐集"と追記した。
「これでよし、と」
「あたしも一個思い出したんだけど────」
「なんだネリスケ」
「この森全域に張った【一斉封備】の結界のことよ。消し忘れてない?」
「おっといかん、すっかり忘れていたわ。もうお役御免だからな────解除しよう」
二年間フル稼働。無休で張り続けていた大がかりな術式を解くと、備限及び活魂刀の基礎オーラ総量は倍増した。
「ただでさえ最強の俺様が更に無敵になってしまった…………」
結果としてこの上ない鍛錬、良き修行となったわけだ。
「ほんの先日まで悲観していたけどさ、終わってみれば有意義な二年間だったじゃない」
「さもありなん。終わり良ければすべて良しってな────だがこうして力をつけたこと以上に俺は思うのだ。気心の知れた仲間と出会い、新たな絆の芽生えを感じる。それこそがかけがえのない財産よ」
「至言だな備限殿。ちなみに終わり良ければすべて良しとは奇しくもゴブリンの誓い第四十八番にも当てはまっているのだ! ……今この瞬間にも彼岸コミュの絆が、より深まったぞ……♡」
彼岸は昨夜贈られたリースを大切に抱えながらもじもじしている。
(ちょろすぎて心配になるな────体格差が無ければ……せっかく美人なのに……無念)
打ち出の小槌めいたマジックアイテムの登場に期待せざるを得ない。
無論、不可逆では困るので元に戻す縮小アイテムも不可欠だ。
(度を超えた依存や執着は時に危険な思考へと反転しがちだが、彼岸ラジアータに限ってそんな心配は無いだろう。うん。きっと大丈夫だろう……)
「フフフ、もしもこの先俺が窮地に陥った時は絆を存分に利用して此処とお前らを大いに頼らせてもらうとしよう」
好意に漬け込んで、ちょいと邪悪さを醸し出してみる────
「その時は全力でお助けしますよっ! ていうか、窮地にならなくても、たまには顔見せに来てくださいよ……備限さんの窮地なんて、一体いつになるやら……」
邪気が通じないどころか、意図に反してカエラを泣かせてしまった。
「うぐっ……ホ、ホスピタリティを忘れるなよ若女将ッ! 言っただろう、満点の笑顔で送り出せ────」
「うぅ~。ずるいですよぅ……今日ばかりは、すぐには無理でずぅ……」
「そ、そうだ! お前も彼岸に負けじとスピンオフを出すのだ! タイトルはそうだな…………"若おかみは浮遊霊!?"でどうだッ」
「……ぷ、あはは、なんですか、それ……ふふ、まったくもう……」
焦ったが、どうにかカエラに笑顔が戻った。
「いつとは明言できないが────必ず再訪すると約束しよう」
カエラの頭を優しく撫ぜた。
「はい…………きっと必ずですよ」
カエラと指切りげんまんをする。
「そして────…………長男として家督として、しっかりと姉を支えてやるのだぞ。小僧────いや、ヌヒトよ」
初めて名前を呼ばれ、崇拝する備限に認められた気がして、ヌヒトは感極まって涙を零した。
次の瞬間、大慌てでヌヒトはぐしぐしと乱暴に涙を拭う。が、どうしようもなくとめどなく溢れる涙が止まらない。
「ははは、ヌヒト────ひとつ教えてやろう」
備限は一拍溜めてもったいつけると────
「……漢泣きはノーカウントじゃーー!! がははは!!」
ヌヒトの頭をわしわしと雑に撫ぜた。
その後しばらくヌヒトは声を殺して感涙にむせび泣いた。
かつて大声で泣きじゃくっていた甘ったれの坊やはもう居ない。
「フッ、あまり気負い過ぎるなよ。よく学び、よく遊ぶのだ。それが備限流の教えじゃ!」
元々カンストしていた備限への忠義めいた忠誠心は更に限界を突き破り天元突破したのは言うまでもない。
「わ、わわ私も撫でてもらおうかな……」
「ああ勿論だ。彼岸ラジアータ────こいつら姉弟は見ての通りまだまだ子供だ。君からよく学びを与えてやってほしい。よろしく頼んだぜ、ヒーロー」
彼岸の小さな頭を人差し指でポムポムと撫ぜた。
「じゃあ次はあたしね」
「なんだこの流れは────…………」
妙な流れができあがってしまった。
「いいからいいから。コメントも頂戴ね」
「ん……よし。ネリスケ────お前はゴブリンネットワークによる情報収集と、持ち前のかしましさでこれからもパーティを賑やかしてくれ────いつも助かっている────」
なでりなでり。
「では、次は私ですね」
「コンテ────はっきり言って、これから一番こき使う事になるだろう────覚悟しておいてくれ────」
なでりなでり。
「……はぁ、私はオチ担当ですか」
「うお、テンニンカお前もか。う~ん…………お前には特に言うことは無い────ノーコメントだ────達者で暮らせよ────」
なでりなでり。
「仕上げにあんたの頭はあたしが撫でたげるわ!」
ネリネは備限の頭頂部に腹ばいになると、全身でわしゃわしゃした!
「ぐあぁ! よさんかばかものーー! ハゲたらどうする!」
どさくさに、わっと皆一斉に備限に抱き着く。※テンニンカは除く
「アッハハ! あんたは目一杯冒険を楽しみなさい────タイトルは備限軌道よ!」
「言っとくが俺の物語はスピンオフではなく本編だ────」
騒々しくなったが、辛気臭く湿っぽい別れよりはよっぽど良い。
「では達者でな」
最後の挨拶を済ませ、二年間世話になった旅籠をあとにする。
すると背後からカン、カン、と音が鳴った。
カエラが火打石を打ち鳴らしたのだ。
振り返り確認するような野暮な真似はしない。
好傑漢な男、備限ハヤゾメはクールに去るのみよ。
(旅のご加護とご武運をお祈りしております。さようなら備限さん。また会う日まで────)
カエラ達は一行の背中が見えなくなるまで、満点の笑顔で見送った────
……………………
………………
…………
……
深い森を抜け、街道へ出たところでテンニンカと別れた。
「んーーー! 久方ぶりの娑婆の空気ねー!」
ネリネは大きく伸びをしつつ肺いっぱいに深呼吸をする。
「はぁ、でもやっぱり深緑の森の方が断然空気は美味しかったわね」
「それにしても、目的地があんたの実家じゃあまだ冒険感はないわね────」
「私物を収納するだけだ、長居するつもりは無い────」
「それがフラグにならなきゃいいけど────」
てくてくと歩を進めながら会話は続く。
「あとは────シャーデンフロイデの件ね」
「シャーデンフロイデ?」
「そう。あんたが記憶喪失だってんで確認しそびれていたけど、このワードに何もピンとこない?」
「えぇと確か……自身が手を汚すことなく生じた他者の不幸や苦しみに対して抱く愉悦の感情、みたいな意味ですよね。う~~ん……すみません。何もピンときません」
「そっかぁ。同名の闇の組織があって、魔王復活を目論んで暗躍してるらしくってさ────コンテはその構成員なんじゃないかって、容疑があるのよね実は」
「そうなんですね。でもやっぱり森以前の記憶は何も思い出せなくて、容疑に関して否定も肯定もできません……本当に、私は一体何者なんでしょうか…………」
「まっ、その組織は実在しない都市伝説って説もあるからね────」
「昔馴染みの顔見知りにでも出会えば記憶が蘇るかもしれん────が、差し当たって何者なのかを悩む必要はまったく無い。我が眷属として一意専心、従事するのだ」
「嗚呼、主様……刹那で悩みが晴れました」
コンテは不惜身命めいて決意を固くする。
「がはは! 迷える子羊を救ってやったわ」
「しかし"魔王"というフレーズにはなんというか、何かモヤモヤとした感覚が……うまく言語化できないですが」
「おっと、これはまさかの魔王様御本人って展開!? それはそれで拍子抜けなんだけど────」
「破滅のルイン。顔は知らないが、伝聞ではオスガキめいた少年の風貌だったと聞く。その線は無いだろう。それに次元間を自由に行き来できるチカラを持っていた────なんて聞いたこともないしな」
「実際、ルインという響きに何の感情も感慨も湧かないので私も違うと思います」
「じゃあなんでモヤモヤするのよさ────」
「それは…………わかりません…………ひょっとしたらここではない、どこか別の世界で魔王をやっていた、のかも…………」
「なるほど。異邦人ってことか」
異邦人と言っても人間とは限らない。人外の異邦人も居るのだ。
「えとらんぜ?」
「原理は未だ解明されていないけど、異世界から飛ばされて転移してきた漂流者のことよ。異邦人の存在はジャッポガルド各地の伝承や文献にも多く登場しているから、胡散臭い都市伝説よりはよっぽど信憑性が高いわね」
「記憶喪失になった原因は転移の影響か」
「異邦人は転移の際に"ハクライ"と呼ばれる特別なスキルないしはアイテムを授けられるというけど、記憶喪失じゃあ自身に元々備わっていた能力か、新たに授かった能力かもわかんないわよね」
※ハクライの由来は舶来品からきている。実際、今日のジャッポガルドに於ける文明レベルの高さは、過去の異邦人達からもたらされた異界の知識や技術力によるところが大きい。
「確かに。その、ハクライと断定できる要素があれば、私が異邦人である証明になりますね……」
「実際コンテの能力は人知を超えていてハクライとして申し分ないけれど、もしも本当に魔王をやっていたのなら自前の能力でも不思議じゃないし────判断が難しいところね。結局現時点で答えは出ず。語彙もしっかりしててそれなりの教養も覚えているのに、肝心の自分に関する事だけ局所的に喪失してる……まったく厄介だわね────やれやれ」
返す言葉もなくコンテはしょんぼりと肩を落としてしまう。
記憶喪失など、得てしてそんなもんだろうが────まず、その理屈だと異邦人なのは明らかではないか。何を言っとるのだこいつは……新人をチクチクと牽制する先住猫かよ。
「記憶と引き換えに強力なハクライを与えられたとも考えられるだろ。もうこの話は終わりだ────今ここで確信を持ってこの俺が断言してやる。コンテは次元に関する能力がハクライの異邦人だ! 超大当たりのハクライを引いたなー、がははは!!」
コンテにとってこれほど信頼できる言葉はない。
安堵の中、備限に肩をバシバシされながらコンテはしめやかにモイストした────
「そうね。あたしもそれが一番しっくりくる気がするわ────なんだか不安を煽るようなこと言っちゃってごめんね」
「お気になさらず。忌憚のない意見や物言いこそネリネさんの長所」
まだ出会って間もないというのに、ネリネの本質をよく見抜いている
「やー、照れちゃうわね」
「いや、短所の側面の方が強いぞ」
ネリネからツッコミめいて肘鉄を受ける備限
「それにしても────今は誰も居ないからいいけど、事情を知らない他人からしたら虚空に開いた異質な空間から生首が覗いてるようにしか見えなくない?」
「ご心配には及びません────この特製外套の認識阻害効果で、主様に匹敵する感知スキルや霊感の持ち主でなければ窓はもちろん私の姿も声も認知することはできません」
コンテは痴女めいて全裸にコートのスタイルであった。
ちなみにカエラヌヒト同様、大腿部から下肢が無い。
「ええーー? あたしってば霊感ゼロだと思ってたけど、知らない間に眠っていた才能が目覚めちゃったのかしら……」
「もうひとつ、私の帰属する主様が気を許した対象も認知できるのでご安心ください」
コンテがくすくすと笑いつつ言う。
それは、備限がネリネに対してちゃんと心を開いていることを茶化すような意味合いの笑いであったが……
「つまり、お前は無能のままだから安心しろとよ(笑)」
「ムキー!! そこまで言ってないでしょうがーー!!」
ネリネは魚雷めいて備限の頬に頭突きをかました!
議論に熱が入った喉を潤すため、備限は蔵渦から水を取り出し飲んだ。
「やっぱり便利ね────蔵渦」
「まったくだ────水といえば"冒険者に聞いた、運搬コストに頭を悩ませる荷物ランキング"でも毎回上位の常連だからな。殿堂入りと言っても過言ではない」
重量的な負担ゼロで手ぶらの旅ができるのは、実際あまりにも快適である。
「それが分かってるなら、もっと大量に水もらっとけばよかったじゃない。流石に井戸を干上がらせるほどとは言わないけどさ」
実際備限が怨滅私家の井戸から汲みあげたのは釣瓶桶一杯、ほんの4~5リットル程度であった。
「親しき仲にも礼儀はあるのだ。そんな図々しい真似は俺の美学に反する」
「そうは言うけど実際問題、水は重要よ。馴染みのない土地の、外国のお水を飲んだらお腹を壊したって話はしょっちゅう聞くもの。全国踏破するんでしょう?」
「確かに、腹を下して旅程が滞るなんざ真平御免だ。では馴染みある実家の水はプール一杯分くらい頂くとしよう────」
「ちょww 美学はどうしたのよ美学は────」
「主様、水でしたら私がご用意できます」
「そういえば洗濯を申し付けたときに言っていたな────清流の次元とか」
「いやいやいやいや、異次元産の水とか、それこそ得体が知れないわよ! 怪しさ満点MAXじゃない!」
「落ち着け────確かコンテは清浄の加護とも言っていたぞ。水の中に含まれる不純物を取り除けるのではないか?」
「あ、いえ……加護は生憎、衣類にしか……それもセイクリッドコート限定で」
「じゃあ却下ね。リスクが大き過ぎるわ」
「試したいことがあります。目の粗い粒子の次元から段階を踏んで徐々に徐々に、きめ細かな高密度の次元へと水を流し、次元の層を通して濾過するのです」
「そいつぁまたバカでかいスケールの濾過だな…………気に入った!! よきにはからえ────」
主のGOサインが出たので早速濾過に取り掛かる。
「できました。どうぞ主様、ディメンショナルウォーター・次元水です」
コップに注がれた次元水を受け取る
「待ちなさい! まだあたしは懐疑的に見ているわよ────濾過によって浄水されたのはまあ分かったわ。だけど純度100%混じりっ気なしの超純水って溶解性が強くて人体には悪影響。体内の栄養素を溶かしちゃうのよ!」
「お前って奴はどこまでも一言居士だな」
※一言居士とは、何にでも自分の意見を一つ言ってみなくては気のすまない人。
「論破するが、今こうして大気に触れているだけで刻一刻と純度は下がっているのだ。はららひれれの様にな……そして口内の常在菌によって不純物は更に増えていく。したがって、胃に到達するまで混じりっ気なしの超純水など存在しなーーい!」
言い終えると同時に備限は次元水をグビグビと一気に飲み干した!
「ああっ! 人の忠告を無視しくさって!」
「……………………」
「主様、お味はいかがでしょう」
備限は天を仰ぎ、しみじみと
「えも言えぬ美味……楽園の空気を吸うが如く、身体の隅々まで沁み渡り、力がみるみる満ちてくるのが分かる。まさに霊験あらたかな神仙の霞」
「(な、なんと勿体なきお言葉…………!!)それは宜しゅう御座いました。存分にお召し上がり下さいませ────たっぷりとご用意してあります……!」
「たまらぬ……この味を知ってしまっては、もう……他の水は飲めぬ……ではない……か」
(嗚呼、主様……もうこれ以上! 私を歓びの天空へといざなうのはおやめ下さい……もう……! あ!! あっあっ、あぁぁぁぁ────)
コンテは盛大にモイストした────
「うわ! なによ急に恍惚と身震いしちゃってさ────おしっこ漏らしたんじゃないでしょうね」
※窓の奥の下腹部はネリネからは見えてないので、おしっこ級のモイストはバレていない。
「失敬な、そのような粗相はしておりません。ただ主様に褒めて頂いた歓びを噛み締めていた、それだけのこと」
「ああそう」
「この次元水だが────」
途中でコンテが食い気味に被せる
「はい。もちろん温度調節も意のままにございます。冷水でも常温でも、ぬるま湯でも熱湯でも、お好きなタイミングでお好きな量をお好みの温度でお召し上がりいただけます」
「まるでウォーターサーバーだな」
「至れり尽くせりじゃないの。これで水問題も解決、無制限ストレージに続いて無制限ウォーターサーバーが手に入ったわね!」
「俺は生まれも育ちも陸奥は李埣、生粋のジャッポガル人だが────これほどまでハクライの恩恵を享受できるのは僥倖と言わざるを得ない」
僥倖の類語は、勿怪の幸い・棚から牡丹餅などがある。
「アマテラ様が異邦人保護法の御布令を敷くのも納得だわね」
「しかしこうも全てを解決されては、主人公としての立場がないぞ」
「何を今更。言ってたじゃない、一番こき使うって。最初からそのつもりだったんじゃないの? コンテだってすっかり懐いてる────ていうか心酔しちゃってるし、いいのよバンバンサポートしてもらえば。それにあたしもコンテも戦闘は専門外だからね。絶対的な腕っぷし担当としてあんたの立場が揺らぐことはないわよ」
「それもそうだな────」
「…………ひゃん!」
「なになになに────! 敵襲!?」
「……………………」
備限はまったく動じていない────
「ぁっ、ふぁ……ん、く……ぁ……主様……お戯れを……」
怪訝に思いよく見るとネリネからは死角、備限の右手は蔵渦の中へと突入していた。
なんと! 蔵渦を通じてコンテの乳房を揉みしだいていたのだ!
「むほほ、やわこいやわこい」
そのクロークの奥に隠されし双丘はGHOSTにちなんでGカップである。
蔵渦を最大限活用し、コンテのGカップを直に堪能する備限。
「くぉらーーーーーー!! 何をしくさってんのよ!!!!」
再びネリネの魚雷が炸裂する!
「ぶべー! キサマこそ何をするか! これはれっきとした給餌行動だぞッ!!」
「ぐぐぐ、確かにそうだったわ…………」
「それにな、こちとら二年ものあいだ女日照りの禁欲生活を余儀なくされていたのだ。このぐらいのムフフ要素は大目に見てもらわねばな────」
倫理に配慮すべきガキんちょの目も無くなった今、反動も手伝って迸る性衝動を開放せざるを得ない。
「本性を現したわね……!! はっ!! 一番コキ使うって、そういう意味!? うわぁ……あんた、最低よ、サイテー」
何よりこのラブリーチャーミーなヒロイン枠、ネリネちゃん様が傍らに居たというのに女日照りとぬかした事が許せない────
「ああ~? 聞き捨てならんなぁネリスケよ────お前はコンテが飢え死にしてもいいってのか? サイテーなのは一体どっちだろうなあ? なんなら討論会でもして白黒つけたっていいんだぜ俺は────もちろん審判はコンテだ。へっへっへ」
備限は下卑た笑いを浮かべて煽りつつ給餌行動を続ける。
「……くっ! そんなあんた有利のディベートは卑怯よ! あたしだってコンテのエネルギー事情は理解しているわ。ただ、せめて白昼堂々致すのはよしなさいって────」
「ネリネさん……古来より、英雄とは色を好むもの……私なら、か、かまいませんので……」
コンテは息も絶え絶えながらネリネを諭す。
「おうおう、このわからず屋にもっと強く言ってやってくれよ、ほれほれ」
「私 は 一 向 に か ま わ ん ッ ッ!!!!」
「がははー! それを聞きたかった! どうやら勝利の女神は俺に微笑んだようだな────」
「よくもぬけぬけと……勝負にもなっていない、あたしの不戦敗じゃないのよ!」
「そうカッカしなさんな。可愛い顔が台無しではないか」
「な、なによ急に。そんなんで誤魔化されるネリネちゃん様じゃないわよ────あたしの受けた屈辱は……っていうか台無しってなによ!」
「まあ聞け。俺も鬼ではない────ネリスケの意向も尊重しようと思うのだ」
「うん。気まずいから昼間はやめてね」
「それはできん(キッパリ)」
「は?」
「俺にはコンテの内に眠りし能力を全てアンロックし、完全体にするという重大な使命があるのだ」
備限は大志を抱きし少年めいた曇りなき眼で力説する。
「その使命とやら、特に急ぐ必要性を感じないのだけれど。あたしの一体どの意向を尊重してくれたって言うのよ、このドスケベ大魔人が!」
ドスケベ大魔人が堪えたのか、備限はシリアスモードに切り替える。
「……此度の一件、そもそも俺は最大限尊重してわざわざ死角を突き、蔵渦を通して内密に事を済まそうとしていたのだ。ところが迂闊にも声をあげネリスケに露見してしまったのはコンテ────貴様の失態だな?」
「は。申し開きのしようもございません」
「また抜き打ちでテストするからな、ネリスケに感づかれたら即失格だ。我がゴッドハンドによる給餌を、今後は澄まし顔で摂取するのだ」
「しょ……精進します」
「うむ。これで万事解決だな────」
「ど こ が よっ!! 例え不感症を演じようと、一度発覚したからにはもうこちとら意識せざるを得ないっつーのよ! 何も知らなかったあの頃には、もう戻れないのよ────」
「ぉ゛っ……ネリネさん、ソレ。イイです、とっても」
「……は? なんかキモいんですけど」
「(キモいって…………)あ、主様の上質で情熱的な波動は言わずもがな。ネリネさんの純朴で未通女い波動もまた格別、ということ」
そのとき、備限の頭上に閃きめいて電球が灯った。
「そうか! ネリスケも積極的に給餌に加われば効率倍増ではないか! おまけにコンテは声を我慢する必要もない、その方がより悶々とするだろうからな」
「じょ、冗談じゃないわよ! あたしが気まずいのは何も変わらないじゃないっ! 第一、そういうのって与え過ぎるのも体に毒なんじゃあないの?」
「私は何度でもイケる体質です」
「俺はな────なにもスケベ心だけで言っているのではない。普通の食事を摂れないコンテに、せめてコレだけはとびっきりのごちそうで満足させてやりたいというのが主としての本心。だからなネリスケ……二人で協力し、たらふく味わってもらおうぜ、必須アミノ酸ならぬ"必須スケベさん"をよぉ!!」
「後半で説得力が消し飛んだわね!? はぁ…………もういいわよわかったわよ、所詮あたしは敗北者よ。だけど勘違いしないでちょうだい、あたしが敗北したのはあんたでもコンテでもない…………アダルトコンテンツに負けたのよ!」
その後ネリネは譲れない条件として夜だけにするよう約束させた────
と同時に、今後備限と意見が衝突すれば必然的に2:1の構図になることを深刻めいて危惧するのであった。
※以降、夜のコマンドに【必須スケベさん】が新たに加わり、選択可能になりました。
「なんだかどっと疲れたわ────…………」
「まだ冒険初日だというのに、そんな体たらくでは先が思いやられるぞ」
「誰のせいよ誰の────…………ほら見なさいよ、もう怒る気力も湧かないじゃない。いったいどうしてくれんのよ」
「そうやさぐれるな。活魂刀にくっついて休むといい」
活魂刀には疲労回復効果もあるのだ。
普段から口やかましいとは思いつつも、いざ大人しくなるとそれはそれで寂しいものである。
「そうさせてもらうわ────」
ネリネは備限の腰に提げられた、現在は刀身の納刀されていない空っぽの鞘に馬乗りに跨ると、ぐで~っと身体を預けてだらけた。
「あ゛ぁ~~~ひんやりとして気持ちいい~。鞘全体を包むこの静謐なオーラのおかげかしら。もう元気がでてきた気がするわ」
程なくして、消耗していた活力はすっかり漲った。
「復活! ネリネちゃん様ふっかぁ~~~つ! ぶっちゃけ半信半疑だったけど、身をもって痛感したわ。チートレベルの癒し効果ね。っと、鞘歌さん、ありがとうございます」
しっかりと感謝の心を忘れない。
「心なしか視力も回復した気がするわよ。開花妖精のおかげで慢性的な眼精疲労に悩まされていたのよね────あら? あれは何かしら、なんか蠢くかたまりが────」
ネリネが遠目に何かを捉えた。
「どうやらダサイが群がってるようだな」
備限アイは千里眼なのだ。
「ダサイ?」
「コンテは初見か。この世界における生態系の最底辺、史上最弱のモンスターだが……詳しい説明はあとだ。取り囲まれた中央で誰か襲われている────直ちに救出するぞ!」
颯爽と駆け出す備限。
ある程度の間合いで高く跳躍すると、両手を大きく振りかぶり────
「景気よくハジけ飛べーーーーっっ【ビゲンダイナミック】!!」
蔵渦から活魂刀を抜刀しながら振り下ろし、ダサイの群れへと思いっきり叩きつけた!
ズガガガッ
爆発的な衝撃と共にダサイの群れは跡形もなく消し飛んだ。
クルクルと刀を回したのち蔵渦へと、無駄にスタイリッシュな納刀をする備限。
否、実は無駄ではない。
アンシリーコートのような無機物とは違い、今回はナマモノを斬ったのだ。
高速で回転させることによって刀身に付着したダサイの血や脂を払い落とすといった、パフォーマンスに魅せかけて活魂刀の保全を兼ねた行動なのだ。
しかし活魂刀とは読んで字の如く、魂の活きた刀だ。
父、真備ハヤゾメによるセルフメディケーション機能が当然ながら備わっており、実際メンテナンスフリーな刀剣なのだ。
結局のところとどのつまり、無駄にスタイリッシュな納刀なのは間違いなかった。
「────雑魚過ぎて経験値にもならんな」
ぬかりなく、望ノ太刀を併用したのでダイナミック且つド派手なエフェクトとは裏腹に襲われていた人物は無傷だ。
「さてと。大丈夫か────」
粉塵が晴れ、シルエットが明瞭になると其処にはJKめいた制服を身に纏った黒髪少女の姿があった。
「けほっ、げほっ、うぅ…………おぇ…………(※自主規制※)」
少女は盛大に吐瀉物を嘔吐した。
「ちょっと、大丈夫!? あんたが不必要に粉塵巻き上げたせいじゃないの?」
「俺を誰だと思っている────限りない備えの備限さんだぞ、万全を期してしっかりと風向きも計算したわ。これは所謂"召喚酔い"ってやつだ」
「え……それってつまり召喚されたてほやほやの……」
「ああ。異邦人だな。この制服も、完全無欠の制服マニアである俺のデータベースに存在しないデザインだ────疑う余地は無い」
「確信に至る根拠が…………まぁ今はそれどころじゃないから言及しないでおくわ」
「右も左もわからない異世界に飛ばされて、召喚酔いによる意識混濁、前後不覚のうちにダサイに襲われるなんて災難だったわね。だけどもう安心よ! ……って、何だか召喚酔いにしてはちょっと重篤すぎない?」
吐いて楽になるどころか顔面蒼白のまま、咳き込むたび加速度的に衰弱してゆくJKはとうとう自身の産み出した吐瀉物の海に倒れ伏してしまう。
「俺も気になっていたところだ────まさか…………(いや、まだ結論を出すのは早計だ)とりあえず診てみよう」
知覚過備を応用することで備限アイは人体に対して簡易的な健康チェックが可能になるのだ。
「ど、どうなの……?」
「これはひどい…………元から体が弱く、多くの持病を抱えていた様だな。喘息や不整脈などの慢性疾患が数え役満状態だぞ」
「か、活魂刀でどうにかならないの? 今にも死んじゃいそうよ…………」
「活魂刀はな、アレルギー反応・アレルギー性疾患に対しては無力なのだ」
「アレルギーってまさか…………」
おお神よ、なんと艱嶮たる試練を与えなさるのか。
宿痾に加え、すべてが悪い方へと条件が揃い過ぎていた。
少女の身体を蝕み命を刈り取らんとす元凶、その正体は────
「召喚酔いで著しく免疫力も低下していたところに、だからな…………そのまさかだぜ。ダサイアレルギーは超特急の即時型だ。こいつは既にダサフィラキシーショックを発症しちまっている……!」
ダサフィラキシーショックの症状は男女で異なる。
男性の場合、度し難い激痛と共に骨格ごと身体が収縮し、ダサイと化す。
※縮小に伴って余った皮膚により外見が老齢めいて見えるので元人間のダサイはエルダーダサイと呼称される。縮んだとはいえまだダサイより体格は大きい且つ、知能も備わり、たるんだ皺と相まってエルダーの判別は一目瞭然だ。
しかし女性はダサイ化しない。理由は諸説あるが────
そもそもダサイとは基本オスしか存在せず、ヒラムシめいてペニスフェンシングによって雌雄を決し、敗北した側がメスへと性転換する種族である。
※チン堕ちしメス化したダサイは体表が赤みがかり、ダサイベスと呼称される。多産であり、一度の出産で力尽き絶命する。父親も無責任めいて育児放棄するので成体までに相当数が淘汰されてしまうが故の多産だ。
その一方で本能がダサイ化を拒み、ダサイ化するぐらいならば死んだ方がマシと本能的に死を選択するという説もある。
それはダサさへの忌避感や嫌悪感が男性と比較しても女性の方がより強く敏感に働くためだ。
ダサいの対極に位置するカッコいいモノを視界に捉えればダサフィラキシーショックの症状が緩和する────という研究結果からも、実際後者の説の方が有力だ。
だが女心とは秋の空めいて有為転変。その都度"カッコいい"の対象は移ろいゆくもの。永遠不変の推しなど存在しないのである。
対して男の子は極めて単純だ。何歳になっても超合金ロボや特撮ヒーロー、戦闘機などの軍事兵器やミリタリーに心を躍らせ、熱くロマンを感じるのである。
「じ、じゃあもう助かr────むぐっ」
助からないの? と訊こうとしたネリネの口に指を立てて発言を制止する
「こっから先は滅多な事を言うもんじゃあねえぜネリスケ────"病は気から"というだろう。気が滅入るようなネガティブな発言はNGだ」
「言霊が宿るとかスピリチュアルな話ね、わかったわ」
「ああ。オカルトでもなんでも、やれることは全部試してみよう。絶望するのはそのあとだ────」
言いながらそっと彼女をお姫様抱っこし、街道脇の木陰へと運んだ。
その後────次元水を飲ませてみたり漫画で読みかじった我流の発勁やチャクラめいた気功を用いて秘孔を突いたり、自身が知り得る限りの回復にまつわるツボを手当たり次第に指圧しまくった。
ネリネは民間療法を検索したり、コンテと共にポジティブな言葉で勇気づけたり励ましたりした。
暗中模索、試行錯誤の甲斐あってか、数え役満状態であった慢性疾患の方は悉く快癒した。が────…………
駄目っ……! やはりダサフィラキシーショックの症状だけは寛解の気配すら無く悪化の一途を辿り、依然として猛威を振るっていた。
自分史上かつてない無力感が備限を襲う。
「くそ…………ッッ!!」
不意に備限は己への憤りに任せ、目深に被っていたフードをガバッと勢い良く脱いだ!
────JK視点────
走馬灯の上映も終幕目前の今際の際…………視界に飛び込んできた若白髪の男の顔は────
そう。突如見知らぬ世界に飛ばされて間もなく襲い掛かってきた醜悪なゴブリンの群れから自分を救い出し、汚物めいて吐瀉物まみれにも関わらず些かの躊躇いもなく、親身になって手を尽くしてくれたその男は…………
美しく、気高く、絶対的な者として私の目に映った。
身体中を
光の
速さで
駆け巡った
確かな予感────
瞬間。嵐のような苦しみは嘘のように消え去り、青ざめていた血色も、みるみるうちに健康的なツヤを取り戻してゆく。
奇跡めいた起死回生の立役者が、己の容姿によるものだと理解した備限は
「……オレ、なんかやっちゃいました?」
「しらじらしいわね。認めたくないけど、この子にとってあんたの顔面がドストライクだったってことでしょ────だけど発作が治まってくれて本っ……当~~によかったわ! あのまま死なれたら寝覚めが悪いどころじゃないわよ」
「…………すぅ……すぅ……」
峠を越えたとはいえ、体力を使い果たした少女は安らかな寝息を立てている。
……………………
………………
…………
……
『────ぃ…………────よ』
(なんだろう、誰かの声…………)
耳慣れない何者かの声に起こされ目を覚ました。
「ん……んぅ……あれ、ここは────」
横たわっていた少女は目をこすりながら身体を起こす。
「お目覚めね────気分はどう? ま、多少の混乱はあると思うけど。とりあえず今のところ命に別条はないわよ」
「よ、妖精さん?(ああ思い出した……やっぱり夢じゃなかったんだ……最初のゴブリンもそう。これは決して夢の続きなんかじゃない、まぎれもない現実……ここは、そう、ここはきっと異世界なんだ……)あ、えと……意識もはっきりしてますし、気分はすごく良いです。おかげさまで、このとお……り……?」
セイクリッドコート・備限カスタムに身を包んでいたJKが力こぶを作って見せようと腕を広げると────
なんと! 派手に全開したコートの下は全裸であった!
「……ふぇ? い、ぃいやああああぁ! うそうそうそうそ!? なんで私ハダカなんですか!?」
すぐさま前を閉じ、しゃがみ込んで肌を隠すと自身が眠っていた頭部を支えていた物が目に入った。
(あっ……替えの下着とか、ジャージが入ってる私のカバン……。枕に宛がわれていたんだ……)
「がははは、見事な絶景だったな────貴様の衣服はゲロまみれだっただろう。汗も相当吸っていたからな、洗濯するために脱がせたのだ。悪く思うな」
無論そのあとは蒸しタオルで全身くまなく拭いてやったのだが────敢えて言うまい。
(そ、そうだ……この男の人────命の恩人だ。うぅ……ゲボを見られた挙げ句にその後始末まで……更にはハダカまで見られるなんて汗顔の至り……恥ずかし過ぎて死んでしまいそう……いや、今はそんなことよりお礼を、沢山言いたい事はあるけれど、まずはお礼を言わなくちゃ)
「こ、この度はあの、醜悪なゴブリンから助けていただいたばかりか────」
「…………あ?」
耳を疑うような信じ難い言葉に、ネリネは思わずガラの悪いリアクションをとってしまう。
「え? ですからあの邪知暴虐な悪鬼外道、ゴブリンどもから────」
「 お い 」
ネリネの語調が更にドスの効いたものになる。
「よ、妖精さんどうしたんですか、こわいかお…………」
「ゴブリンはあたしのことよ! さっきから聞いてりゃ……喧嘩売ってんのかって!!」
「えぇっ!? 妖精さんはどう見てもフェアリーとかピクシーとか、ほら、お花が似合うような……そういった類の種族でしょう?」
(重戦機エ○ガイムのリ○ス・ファウみたいな────…………)
「その通りよ! それこそが本来のゴブリンだっつってんのよ!!」
「じ、じゃあ私に襲い掛かってきたゴ……あいつらはいったい…………」
「あいつらはダサイ。この世で最もダサい生物よ。ちなみにゴブリン領はオシャンティ諸島にあるの。名前から分かる通りゴブリンはとってもオシャンティよ。当然ダサイの事は蛇蝎の如く嫌っているわ」
「オシャン……な、なるほど。私はよりにもよってダサイを指してゴブリンと言ったせいで妖精さんの怒りを買ってしまったんですね……」
「まったく、相手があたしで良かったわね。本来ならぶち殺されても文句は言えないレベルの名誉毀損よ」
「ひぇっ……だってゴブリン以外に形容のしようがない、あからさまな見た目だったんです」
「あんたの世界のゴブリンがダサイそっくりの見た目だなんて気が狂いそうだわ。こっちじゃ常識だから二度と間違えるんじゃあないわよ────」
「り、留意します」
「がははは! 早速カルチャーショックの洗礼を浴びたな────異邦人ならではの実に面白い余興だったぞ」
「全然笑い事じゃないけど。これはゴブリンについてのイロハをみっちりと叩き込む必要があるわね」
「ゴブリンのイロハはさておき、無知から生じる誤解でぶち殺されてはかなわんだろう。最低限のチュートリアルは不可欠だな────」
その時、コンテが姿を現した
「お話し中失礼します主様。洗濯の方、乾燥までバッチリ完了致しました────」
「うむ、ご苦労────彼女に渡してやってくれ」
(今度は綺麗なディメンター…………! いやゴブリンの件もあるし、迂闊なことは口走らないようにしなくちゃ…………)
「あ、ありがとうございます」
受け取った下着と制服に着替え、カーディガンを羽織り、セイクリッドコート・備限カスタムを備限に返却した。
(……ていうか着心地良ッッ!! いったいどうしたらこんなフワフワな仕上がりになるの────? プロ以上にプロの仕事だ。替えの下着とジャージも頼めないかな……)
「さ、役者も揃ったところで自己紹介と洒落込みましょうか」
例によってこちらの軽い備考を付け加えた自己紹介をサクっと済ませ、JKのターンだ。
「私の名前は鞘闇 羽織といいます。歳は17歳、学生で……あ、こっちでは異邦人でしたっけ……種族はもちろん人間です。この度は、命の危機を救っていただいて本当に感謝してもしきれません────」
羽織と名乗る少女はぺこぺこと何遍もお辞儀をしながら感謝を述べる。
「誰かさんと違って記憶の混濁や喪失はなさそうね────」
「その話は終わりだと言った筈だが────蒸し返すなよ」
「このぐらいのジャブは御愛嬌じゃない────プロレスの一環ってやつよ」
「一方的なのはプロレスとは言わないからな。親睦を深めんと欲すその姿勢は買うが…………見ろ、コンテが押し黙ってしまったではないか。例え悪気は無くとも、ラインを見誤るような奴にプロレスを仕掛ける資格は無い! 当分は俺だけにしておけ」
釘を刺し、窘める備限。
「……はぁい」
(パーティの長として、締めるべきところはしっかり締めねばな────)
リーダーとしての甲斐性が問われる場面、メンバー間に生じた不和の種は速やかに取り除くのが肝要だ。鉄則と言っても過言ではない。膝栗毛にもそう書かれている。
「話が逸れてしまったが鞘闇羽織。貴様の現状についてだが────」
「はい。ダサフィラキシーショックは一時的に抑制されているだけで、アレルギーが治ったわけではない…………ですよね」
「左様。俺は専門家じゃないので推測の域を出ないが────おそらく俺への好意が薄れればたちまち発作が再発し、今度こそ死んでしまうだろう」
脳裏にあの時の嵐めいた苦しみがフラッシュバックし、羽織は制服の胸元をぎゅうぅっと強く握る
「異邦人保護法に従って施設に保護してもらうのが順当だけど、どうすんの?」
────どうする?
▶施設にぶち込む
召し抱える
「そうだな────共に居れば居るだけ蛙化現象めいて俺のちょっとした行動が鼻についたり、人間性に幻滅する可能性もあるだろう…………ならば金輪際関わらず美しい思い出のまま、より美化された俺を想い続け施設で安穏と暮らす方が無難ではある」
「ザッと調べた感じ、なんか詳細は不明だけど異邦人を元の世界に帰す世話もしてくれるらしいわよ。かなり胡散臭いけど────」
「ま、待ってください! 離れ離れになった方が再発します! 死にます! なななんの根拠もないけど、絶対的な予感が私の心にあるんです。それに、元の世界への未練も、あ、ありませんっ……だからどうかお傍に……その、全国踏破の冒険にお供させてくださいっ……!」
必死の思いでまくし立てたのち、縋るような瞳で懇願する
「ククク……初の経験だが……思ったより気持ちがいいな……! 他人の生殺与奪の権利を掌握するってのは……! ましてやそれが……嗜虐心をそそる手弱女とくれば更に格別っ……最高だっ……!!」
「ちょっと! 何いきなり人間性を疑うようなサイコ感出してんのよ! フラグが折れたらどうなるかわかってんでしょ!?」
「おうよ。言っとくがこいつがどうなろうと俺は俺の思うがまま望むがままに己が人生を謳歌するからな」
まっすぐ自分の言葉は曲げねェ、それが俺の備限軌道だからよ
「それでかまいません」
even betterと言わんばかりに強い決意の眼差しを感じる。発作の気配は無い。
「覚悟決まってるわね────。一蓮托生ってやつ?」
「そう! それです! 運命共同体みたいな────」
「ばかもの。それでは相互に依存している風に聞こえるではないか。俺は────」
「い、いずれ依存させてみせます……! 一蓮托生になれるよう、努力します……!」
「面白いではないか、いいだろう。長い付き合いとなるか短い付き合いに終わるか……どちらにせよ、精々最後の時までこのスペシャルかっこいい好傑漢、備限様を見ていろー! がははは!!」
その言葉を聞いて真剣な表情から一変し花が咲くような笑顔で
「はいっ! 備限様」
「はあ、ホントにこんなんでいいの?」
ネリネの問いに羽織はポエムで答える────
軽い出逢いは突然
運命めいたものになる
前から知ってるような
これから全てを共にするような
予感を感じていた
「ポエット!?」
※ポエットとは優れた詩人という意味
「うふふ、これは私のいた世界で流行した歌謡曲の一節を引用したもので、残念ながらポエットではありません。ちなみにSOUL LOVEという曲です」
「ちょっとやそっとで折れるフラグじゃないってことが伝わったわ」
「直訳すると魂の愛か────良い曲名だな」
「はい、名曲ですよ」
「名前といえばさ────羽織ってのは普通名詞と混同しちゃってややこしいと思うのよね。そのカーディガンだって羽織るものでもあるし、言わば羽織でしょう?」
「なんとなく呼び辛さを感じていた原因はそれか」
「確かに、元居た世界でも羽織と呼ぶのはおばあちゃんくらいで、友達からはニックネームで呼ばれていました」
「ニックネームと言わず、いっその事思い切って改名しちゃえば?」
「実際異世界で心機一転、改名する異邦人は多いと聞くからな」
「あ……それならひとつ自分の中に候補があります」
「なんだ乗り気ではないか。厨二くさい仰々しい名前や難読なキラキラネームは勘弁してくれよ────?」
「そ、その辺はたぶん大丈夫です。アナグラムめいて漢字の前後を入れ替えただけですから……では、鞘闇 羽織改めまして────この世界では、羽闇 鞘織として生きます」
(だ、大好きな声優さんの名前と同訓異字にしちゃったけど……異世界なら許される……よね)
「鞘織か────なかなかにセンスの光るネーミングではないか。特に鞘の"や"を発音しないところが憎い演出だぜ」
「あたしもとりわけそこにオシャを感じたわ────鞘織ちゃん、これからよろしくね」
「はい。ふつつk────」
ぐぅぅ~~、と派手に腹の虫が鳴る
「か、ものですが…………」
かぁ、と赤面する鞘織
「食欲があるのは良い事よ────」
「うむ、医食同源という言葉もあるからな。そこいらで山の幸を適当に調達してくる。その後食事にしよう────」
……………………
………………
…………
……
野営の焚き火の上で、塩コショウを振り串刺しにした"ハムマン"をクルクルと回しながら丸焼きに調理する
※ハムマンは同名の駆逐艦をそのまま縮小したような姿のモンスターで、全身がロースハムで出来ている。
小さいながらも砲門がしっかり備わっており、ダサイより強い。
二足歩行で、タンノくんめいて足が生えている。
雌雄同体で、ガーター付きニーソを履いているのだ。
いま調理されているのは柔らかい肉質が特徴のホワイトロースハムマンだ。
他にスモークハムマン、生ハムマンなど複数バリエーションが存在する。
「上手に焼けたわね────」
「ホワイトロースの厚切りステーキ、病み上がりにはちと重いか────」
切り分けた肉を皿に乗せ、湯搔いた山菜を付け合わせに盛り付けて鞘織に渡す。
最初こそ駆逐艦の姿とその足に面食らったが、切り分けられてしまえば厚切りステーキそのものだ。
「そんなことは……ありがとうございます何から何まで、ありがたくいただきます」
実を言うとさっきからよだれが止まらない状態だった。
「気にするな────ハムマンは冒険者御用達の食料、基本の基本だからな。これもチュートリアルの一環よ」
「美味しい……! すごく美味しいです……!」
何故かおばあちゃんが持たせてくれたカトラリーがこんなにも役立つなんて……!
※カトラリーとは食卓用のナイフ、フォーク、スプーンなどの総称。
空腹も手伝って殊更美味しく、胃が喜んでいるのが分かる。
「がはは! そうだろう、世にハムマン料理は数あれど、ホワイトロースに関してはシンプルな厚切りステーキを塩コショウで頂くのが一番なのだ」
「料理からっきしなくせにえらそーに食通ぶっちゃって────」
「お前こそからっきしではないか。ナッツやフルーツを丸のまんま出してくる原始的な食性のやつに言われたくないぞ、焼くと茹でるを扱える時点で俺の勝ちだ」
「物理的な体格差があるんだから当たり前じゃん────種族差別よ!」
この売り言葉に買い言葉こそが正しいプロレスの在り様よ
和気藹々と食事を摂りつつ、鞘織にも質問を投げかける。
「ねえねえ、どんな世界からどんな風にして飛ばされて来たの?」
「それは俺も興味深いな、是非とも経緯を聞かせてくれ────」
「はい、では今朝布団から起きたところからお話ししましょう────…………」
鞘織は追憶を辿りながら回想を語りはじめた────
~~戒晃こそこそ噂話~~
"ダサいことをするとダサイになる"というのは、親や大人が子供を躾けたり嗜めたりする際に於ける定番の常套句なんだ。
分類
界:魔物界
門:脊索魔物門
亜門:脊椎魔物亜門
綱:哺乳綱
目:ダサイ目
科:ダサイ科
属:ダサイ属
学名:ダサイ