第四話 一坪の家にもゴブの魂
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
私はコンテ
次元の超越者
私は泣かない、何があっても
もしも私が鳴くならば、それは別れの時だろう────
……………………
………………
…………
……
「ア゛ア゛ア゛ア゛~~~~ツ」
拠点に戻るとコンテを一瞥するなりカエラは厳つい棒を手に、コンテを滅多打ちにシバきまわした。
(あ~あ~……やっぱり……あたしの予感が的中したわね────)
その手にしているのは"ストゥ"という、アイヌに伝わる制裁棒である。カエラのお手製だろうか……どうやら来る日に向け備えていたらしい。
コンテは悲痛な叫びをあげつつも抵抗はせず、サンドバッグになっていた。
怨滅私一家を手にかけた過失致死に対する贖罪なのだろう。
備限もそんなコンテの意を汲んでか静観している。
「はいだらァァーーーーっ!!」
それは正月の餅つきか、はたまた畑を耕す農夫の姿か。
我を忘れた様子で一心不乱に薪割りめいてストゥを振り下ろすカエラ。
普段の温厚な姿からは想像もつかない、初めて見る姉の阿修羅の如き形相に弟のヌヒトは腰を抜かしてガタガタと震えている。その時────
ガッッ!!
「ッッ!!!!」
なんと! 備限はカエラの正気を取り戻すため、敢えてストゥの一撃をもらうタイミングで間に割って入ったのだ!
初めこそ静観のスタイルだったが、なんせ疲れ知らずであるカエラだ。一部始終を見届けるには尺がかかり過ぎる。
「腰の入った良い一撃ではないか、ガハハ」
「はー……はー……備限さん、どうして…………そいつは父と母の仇。その上 亡骸に非人道的ブービートラップを仕掛けた、悪魔じみた畜生ですよ……ッ」
「……え? ブービートラップ……?」
仇はともかく、トラップに関してコンテには身に覚えのない冤罪であった。
「コンテよ、ややこしくなるから少し黙っててくれ────」
「アッハイ」
「…………コンテ? そいつの名前ですか? もしかして仲良くなったんですか、そいつと────」
カエラから、ヤンデレめいた凄味を感じる
「ああ、実は かくかくしかじかでな────」
備限は倫理に配慮し、R15な部分を濁しつつ事の経緯を語り聞かせた。
そして結びの言葉を こう締め括った────
「カエラ、そして小僧よ────お前たちに金言を授けよう。よく肝に銘じておくのだ。いいか? ──罪を憎んで人を憎まず──」
「罪を憎んで人を憎まず…………」
「人かどうかは要審議────ってね」
空気を読まずにネリネの悪い癖が出た
「おい。野暮を言うなよ────無粋なやっちゃな────」
「そうですよ、主様の見せ場に揚げ足取って楽しいですか?」
「ネリネさん……さすがにここは胸先三寸に納めるべき場面でしたね」
「差し詰め、お前に送る金言は"言わぬが花"といったところか────」
迂闊! 口は災いの元めいて総ツッコミを被る
「な、なによぅ……いたいけなゴブリンに、よってたかってー! 本来ならあんたに先んじて金言を阻止するとこだったんだから! これでも我慢したんだから!」
「わーかったわかった。目覚ましい成長を遂げたな、嬉しいぜ」
涙目のネリネを宥めて、脱線した軌道を修正する
「俺が言うのもなんだが、コンテを許してやってはくれないか。娘の手が血で染まるのを、天国の親御さんも良くは思わないだろう────」
「……仰る通り両親は復讐を望まないでしょう。それに正直自分でも……ストゥを振りかざしながら気付いたんです。怒ったり、誰かを憎んだりするの、向いてないって。手に伝わる感触も最低で……実際痛感したっていうか、ふふ、この体になって初めて疲れちゃいましたよ、特にこの────表情筋が…………」
カエラは自身のほっぺをむにむにしつつ苦笑しつつも幽霊ジョークをかませるほど落ち着いたようだ。
「フッ……そう言う割にはなかなか様になっていたぞ」
「からかわないでくださいよ、もう懲り懲りです」
「二年越しだが────双方スッキリ確執も無くなり、これで手打ちって事でいいな?」
「いえ、主様────私からまだちゃんと謝罪しておりません」
姉弟に対し、コンテは深々と頭を下げ陳謝を述べた。
「私の方こそ、出会い頭に問答無用で何度も叩いてごめんなさい……備限さんにも当てちゃって……」
「気にするな。俺様は鍛え方が違うからな────」
「私は自業自得なので叩かれて然るべきですから。カエラさん、どうか気に病まないでください」
互いの能力を一部共有可能になった二人。
備限が蔵渦を扱えるのと同様にコンテの方も備限の人並外れた活力を一部継承し、実際コンテの傷は既にほぼ癒えていた。
「この流れに便乗して俺からも二人に謝罪させてくれ」
非人道的ブービートラップの件を暴露めいて白状する備限。
謝罪の応酬、無限ループを断ち切るためだ。
「三者三様に過失があり、当事者全員が懺悔を終え納得もして晴れて示談成立だな! ハイハイハイ、友好の輪! これにてめでたく大団円じゃい!!」
備限は半ば強引に両者の手を掴んで自身も交えた三者で輪になり和解の握手で締め括った。
備限が間に入ったことで蟠りも解消し、より円満な和解となったのだ。
「一件落着したら腹が減ったな」
備限はさりげなく弁当箱を返却する
「すぐに支度しますね。うふふ、今日はごちそうですよ────」
受け取った弁当箱の軽さを感じ、カエラはヌヒトと共にウキウキと厨房へ消えて行った。
「ごちそうだって。昨日の今日でもう完成したのかしらね」
「ふむ。となると今宵は宴か。キャミソウルで章終わりに恒例の展開ではないか、テンションあがるな────」
※キャミソウルはこの世界におけるワンピースめいた漫画である。
略称はキャミ派と神魂派の二大派閥がある。
「ここでの最後の晩餐になるのよね────」
「もう留まる理由は無くなったからな────明日にも出立する」
「そっかあ。長いようであっという間な二年間だったわね────と、明日までに間に合うかしら…………」
「また何か注文したのか? 今後amunzenの配送先は変更しておけよ────」
「買い物じゃないわよ。結構前に別件でウチの実家に手配してた荷物があってさ────日数的にそろそろ到着だと思うんだけど……あの子たちへの秘密のサプライズにしたいから今は掘り下げないでちょうだい」
「フッ……俺はどっかの誰かと違い、野暮はせんのだ」
(顔を見る限り悪だくみの類じゃなさそうだしな────)
「助かるけどトゲのある言い方ねぇ。てか配送先の変更って言っても、次の目的地は何処なのよ?」
「おいおい決まってるだろ────コンテと蔵渦を得たからには当然、一旦実家へと帰るのだ。そして泣く泣く置いてきた我が私物を蔵渦へと片っ端から詰め込むのだッッ」
例えば神魂全巻などである
「はいはい李埣のハヤゾメ家ね────変更しとくわ」
「主様の御実家……失礼のないようにしなくちゃ……」
「留守を任せてある育ての親のぶたが一頭いるからな、是非挨拶してやってくれ」
「ぶたさん一頭でお留守番してるんですか」
「いや、あと何人か…………まあ着いてからのお楽しみで今詳細を語るのは伏せておこう────」
「初見のリアクションが楽しみね────」
「備限さん、もうしばらくお時間いただきますので先にこれを召し上がってて下さい」
カエラがおにぎりの乗った皿を持ってやってきた。
「昆布のリベンジか────いただこう」
ばくりと豪快にかじりついた
「ッッ!! こ、これは…………ジェロムレバン菜」
「ご存知でしたか、ご明察です」
「実家でよく出されたからな。懐かしい味だ」
※ジェロムレバン菜はタンパク質を豊富に含んだ漬け菜で、"畑のプロテイン"と称される。シャキシャキとした食感で、親子丼の味がする。
「ちょうど実家に帰る話をしていたからタイムリーで沁みたぞ」
「…………じゃあやっぱり…………」
「うむ。目的は果たしたからな。急ですまないが明朝此処を発つ。今日でお別れだ────」
惜別の念に流されまいとカエラ自身、昨日のうちから覚悟はしていたのだが直接備限の口から言及されると駄目だった。
その表情が悲しげに曇る…………
「それじゃプロとして失格だ────気持ち良く客を送り出してこそ一流のホスピタリティぞ」
「……そうですよね」
カエラは自身の両頬をペチペチしてメンタルを立て直す
「いい顔つきになったではないか」
「本当に備限さんはいつも大切な事を教えてくれます。……決めました! 此処をいつか必ず踏界導五十三次に名を連ねる立派な旅籠にしてみせます……!」
「そいつは良い考えだ。確か親父さんの夢だったな、応援するぞ若女将────」
────その時、玄関から来客を報せるチャイムが鳴った
「きたきたーー! まったくも~気を揉んだわよ! いや、まずは長旅お疲れ様よね。そしてよくぞ間に合ってくれたわ。明日には出立予定だったから、入れ違いにならなくて本当によかった────迷わずに来れた?」
訪れたのは二匹のゴブリンだった。
「それはもう。飛んで樹海の上からならば天高く積み上げられたお山が常に見えておりましたので」
「そっかそっか。で────ちゃんと連れてきてくれたわね~よしよし。ご苦労ご苦労」
「……本当に苦労しましたよ。道中ず~~……っとゴネられて大変だったんですから」
後ろに控えている項垂れたゴブリンが心底うらめしそうな視線を送るがネリネは意に介さず
「紹介するわね────侍女のテンニンカと、従姉の彼岸・ラジアータよ」
「侍女って、ネリネさんってお嬢様なんですね」
「まーね、実はそうなのよ。って言っても由緒ある根っからの貴族ってわけじゃなくてパパが一代で成り上がった、言わば叩き上げの地方豪族ってやつよ」
「根は庶民のままだから社交界に馴染めず実家を飛び出したんだよな」
「相も変わらず無礼な人間めが。おひいさまは何故このような与太者に付きまとうのか……このテンニンカ、未だに容赦しかねます。旦那様もひどく心配なさって────」
「あーもーー、今は好きにさせてちょうだいって。ネリネ・ダイヤモンドリリーは自立して立派に生活してるから心配無用だとパパには伝えておいてよ。溌剌と日々を謳歌しておりましたってね。あっ! それからお見合いとか縁談だとか余計なお世話だから二度と持ってこないでね! そんなことより今は────……って、あれ? ひー姉は?」
ちょっと目を離した隙に彼岸ラジアータは姿をくらませていた。
「ああっ、いつの間に!」
テンニンカが狼狽している
「…………」
ネリネは何かを憂うように物憂げな溜め息をつくと、くるりとカエラ備限の方に向き直り
「お察しの通り、従姉のひー姉はキアリィが可愛く見えるレベルのコミュ障でさ、数年ぶりだからもしかしたらって少し期待してたとこもあったんだけど……まぁ、ご覧の有り様よ」
(オイオイオイ────ここでまさかのかくれんぼ"おかわり"ってか? こちとらもう二年も掛ける気はサラサラないが。なんなら既に捕捉済みだが。ネリスケが語りたそうにしてるから黙っとこう────)
「ひー姉はさ…………今でこそ逃げ癖の染みついた引き籠りだけど、昔は違ったのよ。末は博士か大臣かと将来を嘱望される程の才媛で、明るくて、自然で優雅で、かっこよくて、友人からも慕われて、あたしにとって自慢の従姉で、まさに憧れのヒーローのような存在よ」
「斯くの如き才色兼備が一体全体どうして…………」
「もちろんトップロードから転げ落ちるに至る理由が当然あるわ。悲劇だし胸糞悪い展開だらけだけど────聞きたい?」
(語りたくてウズウズしてるくせによく言うぜ)
「ああ。聞かせてもらおう────」
備限は後方腕組みのスタイルで聴く態勢をとる
「ゴブリンは生後52ヵ月で元服を迎えるわ。その通過儀礼として"借りぐらしのゴブリッティ"という、人間の家に52週間のあいだ寄宿する試験があるの」
※52という数字はゴブの語呂合わせなのは言うまでもない。
「ゴブリッティの寄宿先は成績に応じたレベルで割り振られるの。ダントツの首席だったひー姉は難易度ナイトメア級の劣悪な環境に放り込まれたわ」
「そこは大きな屋敷で、家主のネガデスは超のつくほどのゴブリンマニアのド変態で有名だったわ。更に息子のスレイユァも昆虫標本よろしくゴブリン標本を作製、コレクションが趣味のヤベー奴よ」
「夥しい数の同族の標本に自身を重ねて背筋が凍る、並みのゴブリンならその時点で試験放棄して逃げだしているでしょう。そんな極限めいた緊張感の中でもひー姉は折れずに居残ったわ。屋敷のどこかにゴブリンが囚われている部屋があると考えたからよ」
彼岸ラジアータの目的が試験の合格から調査・状況次第で同族の救出という緊急クエストへと変わった瞬間である。
「結果として持ち前の正義感が徒となったわけだけど……」
「ある日、ネガデスの書斎で"橡ノ章"と題された一本のビデオテープを見つけたひー姉はその内容を観て戦慄したわ。映像の中でネガデスは"メタり力"という独自の能力を駆使してゴブリンの解体ショーを披露していたわ。メタり力は対ゴブリンのみに特化という制約と誓約を課す事によってより増強された言わばゴブリン特攻能力よ。ネガデスの前に連行されたゴブリンは為す術なく人知を超えた超常の力で大根の桂剥きめいて皮膚を剥かれ肉を削がれていったわ。頭部と肩甲骨付近の、羽を生成・制御する器官だけを残して魚のような骨身の活け造りにされても果たして飛べるのか? などと道楽めいた人体実験をやって見せたり、子供のミンチで作ったハンバーグをその親に食べさせたり……血縁や恋人といったゴブリン同士の関係値を肴に愉悦の酒を呑む観衆……目を背けたくなるような阿鼻叫喚の地獄絵図よ」
試しの練習台にと命を散らしたゴブリンも百や二百ではきかないだろう。
「うぅ……ひどすぎます……」
心優しいカエラには刺激が強過ぎる、あまりにもえげつない内容だった。
「ごめんね、だけどカエラちゃんにこそ聞いてほしい……そして知ってほしいのよ。彼岸ラジアータというゴブリンの生き様を────」
「わ、わかりました……続けてください」
「隠密スキルには自信があったけど、映像にショックを受けていたひー姉はスレイユァの接近に気付くのが遅れて咄嗟の身動きも上手くとれずに捕まってしまったわ。連れていかれた密室には一匹のゴブリンが囚われていたわ。彼女の名前はアンスリウム。ここに住む人間がどういう連中なのかを伝えたら、脅かす意図は無かったけれど当然ひどく怯えて恐慌状態に陥ったわ。そんな彼女に寄り添い"ゴブリンの誓い"を唱和して元気づけたりして宥めながらひー姉は自分がどうなろうとも彼女だけは救い出そうと誓ったわ」
「準備があると言って外していたスレイユァが戻ってきて、いよいよ例の惨劇現場まで連行されたわ。映像と違って無観客で閑散としていたわ。きっとひー姉を一見して有象無象のありふれたゴブリンとは格が違う上玉とみて個人的に愉しむつもりだったのね。スレイユァ一人相手ならどうとでもやり過ごせると思っていた矢先、運悪くネガデスが合流してきたわ。状況は絶望的よ。だけどアンスリウム、彼女を守り、助けたいという気持ちが勇気へと変わり正義の心が湧き上がる。彼女の存在が彼岸ラジアータをヒーローたらしめるのよ」
「ゴブリンのあらゆる行動にメタれるメタり力を相手に戦闘は論外、考えるべきは逃げの一手よ。アンスリウムに作戦と段取りを伝えたところで────流れが変わったわ。『……なるほど完璧な作戦っスね―――ッ 不可能だという点に目をつぶればよぉ~~~』突然アンスリウムが豹変したわ。か弱い囚われのゴブリンは油断させるための芝居で、橡ノ章の監督も彼女。実は黒幕だったのだと聞かされてひー姉は大混乱よ。平伏するネガデス達がより説得力を持たせたわ。それまでの信念に満ちて凛としていた表情が素っ頓狂なマヌケ面へと崩れゆく、その落差に愉悦の嘲笑よ。そして彼女の口から展開される、およそ理解の及ばない暴論めいた持論に眩暈がしたわ。茫然自失の放心状態に伸びる魔の手、いよいよ万事休すという時────玩具にしたいネガデスと是が非でも標本にしたいスレイユァの間で激しい対立が起きたわ。千載一遇の好機を前にどうにか我に返ったひー姉はその隙を突いて脱出に成功し、そのままほうほうのていでゴブリン領まで全力で逃げたわ。地元に着く頃にはその美しい赤髪の半分以上が白髪になっていたわ」
「奴らの内情を知り過ぎた自分は近いうちに消されるだろうと、心が折れ戦意喪失していたひー姉は震える日々を過ごしたわ。けれど刺客が差し向けられることは無かったわ。不審に思ったひー姉は冒険者ギルドへの依頼を一瞬考えるも甘えを振り払い、誰も巻き込めないと意を決して単身再び屋敷を訪れたわ。ところが屋敷は既に引き払われてもぬけの殻、証拠も全て抹消済み。唯一ひー姉にだけ分かる位置にアンスリウムからの手紙が残されていたわ。引っ越しとかの近況報告、そして彼岸ラジアータを讃える惜しみない称賛が綴られていたわ。もちろん移住先は伏せられていたけど、今もどこかでゴブリンを拉致ってるのは明白よ。実際謎の失踪を遂げる年間の行方不明者は未だに増え続けているもの……」
「何はともあれ日常が戻ってきたわ。試験に落ちたといえど、ゴブリッティは52時間のインターバルを空ければ再受験可能よ。だけど人間不信にゴブリン不信と多くのトラウマを抱えたひー姉は以前の優秀さは見る影もなく、立ち回りもおぼつかず幾度も不合格を繰り返したわ。何浪も重ねる内、次第に周囲から人は離れ挙句に後ろ指さされるようになり、ゴブリンローカルのワイドショーにも取り上げられたわ。かつて神童と持て囃された才華の凋落っぷりに大盛り上がりよ。事情を知らない連中が好き勝手にさぁ…………。誹謗中傷の心労から母親が寝込んでしまい、ひー姉は受験を諦めて介護に努めたわ」
そもそもゴブリンという種族は人一倍、ゴシップが大好物なのだ。
人間のそれとは比較にならない程の悪意に曝されたであろうことは想像に難くない…………
「更に追い打ちをかけるようにこんな詩も詠まれたわ……"花に十日の紅なし、権は十年久しからず"……ひー姉は才能を誇示して驕り高ぶることも、増長したことも、一度だって無いのに……しかもそれを謳った張本人が一番親しかったはずの親友という事実にひー姉はまたもや打ちのめされたわ」
「そしてとうとう床に臥せっていた母親が息を引き取った翌日、父親が首を吊って他界したわ。パパに引き取られてあたしの家へとやって来たひー姉の顔は筆舌に尽くし難いものだったわ。全ての援助を断り出て行こうとするひー姉をパパがやっとの思いで引き留めて、その後はウチの庭の片隅にテントを張って引き籠り、現在に至るわ。以上よ────お疲れ様」
ネリネの長い語りが終わり、辺りが静まり返った。
カエラは嗚咽めいてむせび泣いている────
「ぅぐっ……ひぐっ……ひがんざんっ…………うぅ゛っ」
「面白い、と言ったら語弊があるが────かなり聴き応えのある話だった────"花無十日紅"というタイトルでスピンオフ作品を出せるレベルだ。特に屋敷内での出来事はまるで実際見てきたかのような臨場感だったぞ」
その時────隠れていた彼岸ラジアータが自主的に姿を現した────
「そ、そうだぞネリー。キミはなぜそこまで詳らかな詳細を知っているんだ! だって私は誰にも話していないんだ、友人はおろか両親にも……誰にも相談できなかった……。元より全て墓までもっていくつもりだったんだ。それがどうだ、こわいくらい正確に語るじゃないか。それこそ当時の心理状態など私以外誰にも知り得ないはず────」
「それはあたしが当時のひー姉を追体験したからよ────」
「つ……追体験?」
「ええ。文字通り追体験よ。尋常ならざるひー姉の様子からひー姉の理解者になりたいという強い想いがあたしの能力を開花させたのよ。開花妖精システムと名付けたわ」
「察しの通り、開花妖精は対象の情報を共有できるの。ゴブリンにしか機能しないけどね。深く潜れば潜るほど解像度が上がって、より鮮明な追体験ができるわ。短時間に圧縮されて体験するから情報量の多さに脳への負荷が凄まじいのが難点ね。けど当時のあたしはお構いなしにリミットいっぱいまでひー姉にダイブしたわ。結果、脳への負荷から鼻血出ちゃったしあちこち痛いわで、謎に口の中も切れてたわ。内容のエグさに吐きまくったし数週間引きずって精神を病んだけど、あたしが望んだことだから微塵も後悔はしてないわよ」
ネリネは骨身をさらけ出したそのあとで、散文的に自嘲いながら言う。
「あの身の毛もよだつ出来事を共有した理解者が存在していたなんて……ネリー、どうして教えてくれなかったんだ?」
「全てを知ったからこそ余計にかける言葉が見つからなかったのよね……小娘が受け止めるにはあまりにもヘヴィー過ぎたわ……ごめんね」
「いや謝る必要はないさ、おかげで随分気が楽になったぞ、うん。すっかり世の中が厭になって悲観主義者と化していたが、憑き物がとれたような気分だ」
彼岸ラジアータが決意表明めいて言葉を続ける
「……そう。長すぎる呑気なモラトリアムは今、この瞬間を以ておしまいだ!!」
此処へ来た当初の、世捨て人のような人相とはうってかわって彼岸ラジアータの瞳に燦然とハイライトが灯った……!
「それを聞きたかった……あたしの憧れたヒーローがようやく帰ってきたわね!」
「フッ……"ただいま"と言っておこう────長らく心配をかけたなネリー。テンニンカも、叔父上にも気苦労をかけた」
「ところで────何か要請があって私を召喚したのだろう? 用件を聞かせてくれないか────」
「そうね、本題に入る前に────あんた挨拶しとく?」
「うむ。俺の名は備限ハヤゾメ。初対面だが俺はすでに君のことをめっぽう好ましく思っている────何と言っても若白髪な点が素晴らしいではないか、他人とは思えん。愛着が湧くな────」
「な、なな何を言い出すんだ唐突に。不躾な人間だな! わわわ私の配偶者になりたいのか!?」
コンプレックスをイジられるかと思いきや、逆に褒められ好意を向けられ動揺を隠せない彼岸
「落ち着いてひー姉、飛躍し過ぎよ! こいつのことは刹那で忘れちゃっていいわ! 本題はこの子よ────カエラちゃん、カエラちゃんはどう? ひー姉のこと好きになった?」
「もちろんですよっ。私も初対面ですが、すでに推しです!」
カエラは力強く答えた
「良かったわ~、熱弁の甲斐があったわね。どうよひー姉、こんなにファンが増えて。自己肯定感が更に高まったでしょう」
「まぁ、悪い気はしないが……ネリーの目的と何か関係があるのか……?」
「んもぅ! 察しが悪いわね────じゃあ今度はカエラちゃんの境遇とこの旅籠の状況を語り聞かせてあげるから心して聞くように────それが最大のヒント、最後の仕上げよ」
彼岸ラジアータにカエラヌヒト姉弟の境遇と旅籠の状況を伝えた────
……………………
………………
…………
……
「そういうことか────おかげで得心がいったよ」
「あ、あの……つまりどういうことなんですか……」
「カエラちゃん────こんな諺を聞いたことないかしら。"一坪の家にもゴブの魂"どんな小さな家にも座敷童めいたゴブリンが居て、その家に繁栄をもたらす……遠い昔、まだゴブリンが現代ほど広く認知されていなかった頃に人間が作り出した古い言い伝えよ。こーんな規模の家屋にゴブリンが不在なんて有り得ないんだから。この二年間はあたしが居たけど、明日からはもう居ないのよ」
※ちなみに"一坪の家にもゴブの魂"はゴブリンの誓い第一番にも採用されている。
「そこでこの私に白羽の矢が立ったわけだな」
「そーゆーことっ。話した通り、あたしにとってカエラちゃんたち姉弟はもう大切な家族のようなもの……安心して頼めるゴブリンはひー姉しかいないわ。それに、絶妙に人間と違うからひー姉のリハビリにも丁度いいでしょ────引き受けてくれる?」
「ゴブリンの誓い、第三番────」
彼岸の前フリに、すかさずネリネはハモりめいて同時に言葉を被せた
「「義を見てせざるは勇無きなり」」
それは奇しくも備限軌道第一話のサブタイトルと同じであった────
ネリネのハモりに満足し彼岸ラジアータは、それが途方もない超長期的な願いと理解しつつ快諾する。
「私は果報者だ。私を慮り、こうも厚い信頼を寄せてくれる妹がいるのだ、姉として応えない道理はないさ」
彼岸はネリネの頭を優しく撫ぜた
「ちょっ……恥ずいじゃないっ! やめてよもー…………」
「ぐすんっ……彼岸さん、これからよろしくお願いしますね」
てえてえを目の当たりにして再び涙ぐんでいるカエラと固い握手を交わす彼岸
「ああ、こちらこそ────こう見えて私は経営学など幅広い学問を修めているのだ。大船に乗ったつもりで頼りにしてくれ。若女将の掲げる目標の一助となろう! テンニンカ、聞いての通り私はこれから生涯をこの旅籠で過ごす事になる。戻ったら叔父上にはキミからよろしく伝えてくれ。それから申し訳ないがテントの撤去も頼めるか────」
「かしこまりました」
普段小うるさいテンニンカも、この一連の流れを受けた上で反対する気は流石に起きなかった。
部屋の外から視線を感じる…………
その方向に目を向けると────
ヌヒトが気まずそうにこちらの様子を窺っていた。
「ああっ! ごめんねヌっくん! おねえちゃんすっかり厨房を空けちゃって…………すぐに戻────……え? もう夕餉の支度終わった? あと配膳だけ? はぅ、ろくに手伝えなくて本当にごめんね」
「せ、せめて配膳だけでもおねえちゃんが……! みなさん食堂へ移動しててください」
「いいのか────配膳前に卓についても────」
「ええ。故あってお召し上がりいただく直前にしか配膳できないのです」
「?? よくわからんが、楽しみにしておこう────」
さっき腹に入れた一個のおにぎりによって胃が活発になり、空腹感は更に増していた。
「お待たせいたしました。"はららひれれ"です。こちらは消費期限が42秒しかありません。期限切れを食べると42ます。ここまで39秒経過しました────あと3秒以内に食べ切ってくださいっ、ハイ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
臆することなく備限は迫真の勢いでかっこんだ!!
「……………………」
「お、お味はいかがでしょうか……」
「う………………」
「う?」
「旨すぎる。この俺としたことが味の形容ができん……とにかく美味すぎる。美味すぎて逆に死ぬかと思ったぞ」
「よかった────ご期待に沿えたようで嬉しいです♪」
「ばかもの。期待以上だ────はららひれれといったか……制限時間がシビアだが、こいつはとんでもない料理だぜ」
「リスクが高過ぎるので備限さんにしか提供できませんが」
「俺様専用、裏メニューというわけか────そういえば誕プレって話だったな、二人ともよくやった。文句なしの大満足だ────」
二十歳の誕生日は、俺にとってこの先一生忘れられない思い出となるであろう────
「やったねヌっくん!」
「こっちから厨房に出向けば時間いっぱい堪能できるんでしょうけど、そういうことじゃないのよねきっと」
「うむ。死と隣り合わせのハラハラドキドキがエンタメ性を高め、より味のグレードを向上させているのだ。第一、厨房で食べるなどお行儀が悪いではないか」
旅館ではきちんと食卓について食べるのがマナー。膝栗毛にもそう記されている。
「ぶー山はゆっくりと味わっているうちに期限切れを食べてしまったのね」
「はい。おかげで特性を掴むことができて、はららひれれが完成しました。奇跡的に一命を取り止めたのはまだ未完成だった為…………不幸中の幸いでした」
「あの未完成verも、臨死体験レベルに殺傷能力を抑えた"ほろろはれれ"として一般提供を視野に入れたらどうだ────もちろん課題はあるが」
「所謂フードロス問題ってやつね────臨死からの生還を果たしたあとは廃棄せざるを得ないのが致命的だわ。それに早食いは体によくないのよ」
「つまりほろろはれれは、あとからでも美味しくゆっくり召し上がれるように特性を逆転させた、はららひれれの対となる料理、というわけですか」
「左様。前も言ったが、世にも珍しい臨死状態を体験できるってのはエンタメとして人気が出ると思うのだ」
「威力を控え目にして生還の保証と、特性の反転と……メモメモ……っと、貴重なご意見ありがとうございます。新たなる使命が増えました」
「コンテさんには何をご用意すればいいのでしょう、好きな食べ物はなんですか?」
「ピンクの波動…………」
「…………えっ? ピンクの……なんですか……? はどう……?」
「あ、いえ、忘れてください。私の食事は倫理的にカエラさんに頼むのは憚られるものですから、お気持ちだけ頂いておきます」
「フッ……貴様にはあとで俺から熱く濃厚な接吻をくれてやる」
「はい////」
コンテはしめやかにモイストした────
ゴブリン衆の前には完全浄化済みの三大果実が配膳された。
マサカッドなど全国に流通していて別段珍しくもない。私はリンゴが一番好きだ。リンゴちゃんの王座は揺るがない。などと宣っていたテンニンカは、それはそれは見事な即堕ち2コマを披露してくれた。
恥も外聞もかなぐり捨てて一心不乱にタイラントマサカッドを貪りがっついている。
一方の彼岸ラジアータも、真紅の宝石めいた深血実に感動し、心奪われたようだ。それでも理性までは失わずエレガントに賞味する姿からは、そこはかとない品性を感じさせた。
あまりに対照的過ぎて、テンニンカはより滑稽に、彼岸ラジアータはより優雅に印象が強調され、周囲の笑いを誘った。
俺は気まぐれに彼岸の食べ終えた果柄を取り上げ口に放り込み、割とゴージャスなハート型のリース飾りを舌で編み結んでプレゼントしてやった。
※リースとはクリスマスとかに家の玄関や門前とかに飾られるやつ。"魔除け"の意味があり、出入口に飾ることで家の中を守るという。近年はインテリアとして取り入れられることも多い。
そしたら優雅の仮面は剥がれ落ち、赤面し動揺し狼狽えだした。こやつめ、意外とちょろいぞ。
備限、ネリネ、カエラ、ヌヒト、コンテ、テンニンカ、彼岸、総勢7名。
この日、旅籠・地獄にほと家はかつてないほどの賑わいで、宴は大いに盛り上がった。
────そして夜は更けていった────
補足とかetc
観客の中から時折現れる正義マンに対してネガデスは、妻のマンムラックスを美人局めいて抱かせることで弱味を握り、口封じと共に後援会にも強制加盟させていた。
アンスリウムの入れ知恵であった。
三大果実の中でもストクは口中をサッパリとさせる口直し的側面が強いため、話題に上ることは少ないが決して不人気というわけではない。