第十一話 潮干狩り<後編>
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
男の所作は、その一挙手一投足がそこはかとない達人感を醸し出していた。
まだ構えもしない内から一分の隙も見当たらない。
「いかにも俺は備限様だが、盗み聞きで名前を特定しおって。感心せんぞ」
「己れとした事が不躾だったな。己れの名は────」
しかし、名乗り口上を遮ってネリネが語りだした
「达夸ザンブラック。鱶道ランキングは2位。シングルと呼ばれる1位~9位までの一桁ランカーには鮫を冠するコードネームめいた二つ名が与えられるわ。そして彼の二つ名は黒き鮫と表記して【黒鮫】…………訂正はあるかしら?」
「ない」
(読心術か……いや……己れの感知神経を搔い潜ってそんな真似は不可能だ。情報源は別の……)
「妙なゴブリンだ……女……」
「露骨にオニキスを象徴するような名前しといて2位なのか」
「挑発のつもりか?」
まったく動じない、プロの殺し屋めいた風格がある。
「他意は無い。素直な感想だ────」
「構いはしない。どの道さっさと終わらせて帰るつもりだ、敢えて乗ってやる」
达夸がスッと、柔らかく開いた右掌を上に向け胸の前へと出す
「お前がバローネを氷漬けにしたのは己れにとって好都合だ────」
後方を浮遊していた二つの人魂がそこへ集まっていく
「おかげで心置きなく全力を出せる────」
混じり合い、靄めいて形を変えていく。それを自身の顔へと宛てがう────
「この姿は同僚はおろか、長官にすら見せた事はない」
なんと! 異形の仮面となって达夸の顔に装着された!
「覚悟しろよ……こうなってしまってはもう、以前ほど優しくはないぞ」
実際达夸の戦闘力は格段に跳ね上がった
「オイオイオイ、滅茶苦茶かっちょイイではないか」
少年めいて目を輝かせる備限
「あれは【顔魎】といって、达夸ザンブラックの身体能力を飛躍的に向上させる、バフ技よ────」
「そこのゴブリン、さっきからどうなっている………この姿は誰にも見せていないと言っただろう。どういうカラクリか答えろ」
「そりゃ不思議よね────本邦初公開の第二形態が見ず知らずのゴブリンに割れちゃってるんだから。いいわ、タネ明かししてあげる────あたしは対ゴブリン限定で、その記憶を覗き見る事ができるのよ!」
「…………そういうことか」
「理解したみたいね、情報源がどこなのかを」
ボフっと顔魎が解除され、2匹の海ゴブリンに変化した!
その表情はふるふると怒りに震えている
「双子の海ゴブリンなんて珍しいわね────えーと、魑魅ちゃんに魍魎ちゃん。情報提供ありがとう。感謝するわ────おーほほほ」
「こらー! 勝手に盗み見るなんてド卑怯よ陸ゴブリン!」
「ダー。ごめんね、私たちが…………」
「自分たちのせいでご主人様の秘密を丸裸にされちゃって、どんな気持ち?」
煽り散らかすネリネ
「絶っっ対に許さないわ、すぐに息の根止めて黙らせてやるから」
「なんか態度が気に入らないわね────今履いてるパンツの色を言い当ててやろうかしら。あらあら、見かけによらず大胆な………」
「ギャーッ、バカバカバカ!! やめなさい!」
「みずはちゃんを辱めるなら、すだま、容赦しないよ」
「达夸! 先にあの陸ゴブリンから始末しましょう」
「頭に血を昇げすぎだ魍魎。バローネと同レベルだぞ」
「げ、それは勘弁だわ……。すだま」
「うん」
双子がアイコンタクトをとると再び顔魎と成り、达夸の顔に装着された。
「待たせたな」
「いや、なかなか面白い余興だったぞ」
「そいつはどうも」
「ただひとつ言わせてもらえばその顔魎とやら、祝詞めいた詠唱を入れたらもっと良くなるんじゃないか? 双子による儀礼っぽい掛け合いは画的に映えるだろ────」
「それは魅力的な提案だ。帰ったら早速三人で相談するとしよう……きまりの良い文言をな」
「うむうむ。完成版を楽しみにしているぞ」
「何を言っている? お前に次は無い」
「あー、そうだったな。鞘織、持っとけ」
備限はセイクリッドコート備限カスタムを脱ぎ去ると鞘織へパス
「わ、とと」
ナイスキャッチ
「いいか、それは一点物の一張羅だからな。そのつもりで預かっておけよ」
「は、はい!」
(なんだか珍しいな……あの2位さんは、やはり只者ではないんだろうか)
コンテが人知れず喜びに打ち震え、しめやかにモイストしたのは言うまでもない。
〝弱者は選ぶ。手数を。技を。守りを。
恐怖が彼らを慎重にさせるのだ。
だが強者は識っている。
真の刃は、一振りで足りるのだと────
故に凄鮫之男は、飾らぬ。重ねぬ。そして揺るがぬ。
一手にして波濤を穿ち、
一足にして理を踏み越え、
一念にして死を攫う────〟
「一撃だ。唯だ、一撃だ。一撃で……何もかも一切合切決着する」
「いよいよ出るわね…………【家宅地曰子】…………」
「カタクチイワシ? (美味しそうな名前……)」
「子、曰く────その一撃は、そびえ立つ家屋を瞬く間に更地へと変える。とまで言わしめた事からその名がついた、鱶道の伝統的な奥義よ。修得難度が高い上に発動までの溜め中は隙だらけになるから実戦で使い物にならず、不人気めいて現在はほぼ使い手が居ないそうよ。古典奥義の宿命ね」
ネリネのマシンガントークは止まらない────
「その不遇技を極限まで叩き上げた結果、达夸ザンブラックの放つ家宅地曰子は硬い岩盤と鉱石に覆われたジオングの住居さえ更地にした実績があるそうよ!」
それは、時代に逆行し、偏執的めいて古典奥義に拘る达夸の在り方、渋さを表す逸話であるが……
「ええー……それは……」
謂れもなく、理不尽めいて住居を破壊され居場所を失った名も知らぬジオングに、憐憫の情を禁じ得ない鞘織なのであった。
「うわ、なんて奴だ……ひどいやっちゃな────」
「……………………」
住居破壊について、特に弁解はしない达夸
「それになんだ、止まってる相手にしか使えんのか?」
悪気無く煽る備限
达夸はスッと親指を折り畳んだ状態の左掌を備限の方へ向ける
「よせ。本心だろうが戯れ言だろうが、己れの心には響かない────」
磨き上げ培ってきた技術に確固たる自負があるからだ。
そして、中指と薬指を境に くぱぁ、と器用に開き、その隙間から備限の全身を捉える。
ズズズ…………
顔魎から覗く达夸の左眼、眼球結膜と呼ばれる白目部分に、三対の鮫めいた魚影が浮かび上がり、音も無く回遊を始める。
さながら獲物の周囲を回遊する鮫が如く────
【鲨视封身】
ギンッッ!!
达夸の眼光が鋭く備限の全身像を射抜く!!
「────ッッ!!!!」
「被鲨鱼盯上的海豹,因恐惧而僵硬不动」
※和訳※サメに睨まれたアザラシは、恐怖で硬直し動けなくなった。
日本語でおk
「己れが視線を切らぬ限り硬直は持続する────」
达夸は構えを解くと、威風堂々悠然と歩を進め、備限との距離を詰めていく。
「先刻、お前はバローネに崩しの高説を説いていたが────……どうだ? 己れの崩しは」
「こりゃ大したもんだ。崩しの極致だな」
「この期に及んで見上げた胆力だ。大抵は うわ言のような呻き声しか挙げられないものだが」
ゼロ距離めいて備限の眼前まで接近した达夸が歩を止める。
必殺の間合いである。
家宅地曰子の下準備として、物質の急所めいた“破砕点“を精密に、トッ、トッ、トッ、と軽く指先で押して数ヵ所マーキングしていく。
まな板の上の鯉めいて されるがままの備限が达夸に話しかける
「俺は時間停止モノAVをよく観るんだが────」
「結構な事だな……厳密には意識ある硬直だが、まさか自分が停止される側になるとは夢にも思わなかったろう」
ダンッ! と、地が割れんばかりの見事な震脚で、重心を落とし構えると奥義の溜めに入る达夸。
「ああ。世に出回っている作品の9割はヤラセというのはあまりにも有名だが────硬直とはいえ、1割の本物に信憑性が出てきた────おかげで没入感が高まりそうだ────女優の気持ちもちょっぴり味わえたしな────」
氣を練り上げる达夸を歯牙にもかけず、カジュアルな猥談を続ける備限
「女優さながらに絶頂させてやる────」
「おまっ……朗報にも程があるだろ……あんた見かけによらずユーモラスだな」
「口の減らん男だ…………分かるか? 既に貴様どころか、この海岸すべてが消し飛ぶ程の氣力が溜まっているぞ────」
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
波が引き、大気が震撼し、天変地異の前触れめいて異変を察した海鳥や他の野生生物たちが一斉に逃走めいてその場を離れる。
「き、聞いたか!? ここから離れた方がよさそうっしょ…………!!」
「あんた一人で避難すれば?」
「ならせめて、俺ちゃんの後ろに……………!!」
漢チャラ男、怪我を押して身を挺し女性陣を守ろうとする。が────
「ちょっと! 見えないでしょうが! どきなさいよ!」
「ほんとうに邪魔ですよ!」
「…………っしょ…………」
女は強し
「覚悟はいいか?」
「早いとこ絶頂せてくれ────」
「最期にひとつ教えてやる」
「焦らすなよ────」
「己れも時間停止モノAVは大好きだ────」
衝撃の事実を告げると同時に、鱶道奥義・家宅地曰子が炸裂した!!
瞬間、世界から音が消えた────
そして時間差で、ビッグバン級の爆裂的破壊が巻き起こった
局地的に謎の力場が発生し、めくれ上がった地層が宙空を浮かび漂う
やがて虚無めいて静寂が訪れた
「……ばっ……馬鹿な…………ッッ」
クレーターめいた窪みができたくらいで、周囲に大きな被害は無い。
海岸すべてを消し飛ばす程のエネルギーを、備限はその身ひとつで受けきった。
足元を確認すれば、まったく微動だにしていないことが分かる。
「……家は壊せても、たった一人の人間は壊せないようだな……」
「や、瘦せ我慢はやめろ……家宅地曰子の本領は浸透勁による内部からの破壊だ……お前の体内は今、水分を多く含む臓器が強振動で猛烈に揺さぶられ、立ってなどいられないはずだ……」
「同一の振動数をぶつけて相殺した────」
「どういっ……」
「腹筋の収縮と隆起運動でな。カウンターを合わせたのだ」
「かうんっ……」語彙喪失
(お、己れの家宅地曰子と同等の爆発力、そして振動を完璧に同期させたと言うのか……!? それも初見で……しかも腹筋だけで……ん……? 収縮と隆起運動、だと……)
「お前、動けて……」
「あーバレたか。一切の挙動を封じるような制縛スキルなど、格上相手に通じぬは自明の理だろ────俺はエンターテイナーだから優しさで止まっててやっただけだ。術にかかったフリをしてな」
「……………………」
手応えに違和感も無かった。あまりに完璧な同期過ぎて気付かなかった……それどころか、この上ない会心の一撃と錯覚すら覚えた。
「……………………」
瞳術も含め、自身の積み上げてきた鍛錬と研鑽の結晶たる全霊の奥義が敗られるという完全に埒外の出来事に、只々絶句し、押し黙る达夸
「つまり俺とあんたの間には、天と地ほどの力量差がある────」
ガラガラと、己が自負の崩れる音が聞こえた
「だが悲観することはない。ノーガードでは流石に只では済まなかっただろう。この俺に防御行動をとらせた事を誇るがいい。あんたは相当強い────」
达夸の自負が若干回復した
「到底人間とは思えん……あ、あなたはもしや……何某かの現人神なのでは…………?」
(こいつ……俺を神格化することで自己保存めいて誇りのリビルドを計ろうとしているな……)
────どうする?
如何にも。我こそが神である
▶純度100%、混じりっ気無しの人間だ
「どっからどう見ても人間だろうが────神にも及ぶ偉大さは否定せんがな」
「そ、そうか……失礼したな。神族の類とでも思わなければ打ち砕かれた自我を保てそうにない、などと、我ながら滑稽なことだ。忘れてくれ」
自嘲気味にこぼすと、达夸はフッと脱力し備限を真っ直ぐに見据える────
「────攻守交代だ。次はお前が撃て」
備限に倣い、ノーガードで受けて立つスタイル
「やめとけ────結果どうなるか理解るはずだ」
「それで"はいそうですか"と引き退がる訳にはいかん。この代紋に懸けて────何より……己れが己れとして────」
刹那────
顔魎から変化した双子の海ゴブリン(魑魅&魍魎)が備限の前へと躍り出た!
达夸を庇う様に、その小さな身体を目いっぱいに広げて────さながら小さな巨人という矛盾を体現するかのようだ。
「ダーは、殺させない………!」
「そうよ! 达夸を殺そうというのなら、まずあたしたちを殺しなさい!」
「よせお前たち。命を粗末にするな……!」
「そっちがでしょ! 命を粗末にしてるのは────!!」
「それに、錨はどうするつもり? 放って逝くの……?」
「【海錨】のことはお前たちに任せようと言うんだ。だから退がれ。己れの面子に泥を塗る行為だ────」
「……構わない。すだまは……嫌われたって、ダーを、守る…………!!」
「あたしだってすだまと同じよ! 絶対に退かないもん……!!」
「は~~ヤダヤダ。人情劇でこちらの戦意を削ごうって魂胆かしら」
辟易するネリネ
「お前…………ッッ!!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、咬牙切歯めいて怒りを露にするみずは
「それにゴブリンの体格じゃ守備範囲がまったく足りてないわよ────ぷぷぷ」
さらに嘲笑を交えて毒を吐くネリネ
「悪趣味………こうも露悪的な同族が居るなんて、嫌悪感がすごい」
嫌悪感を表明するすだま
さらにエンジンのかかったネリネは达夸にもその矛先を向ける
「メンツやケジメを命より重んじる誠の武侠が女子供を盾にするなんてそのご立派な代紋も泣いてr────」
「ネリネ」
「え?」
「 少 し 黙 れ 」
「!?」
「斯様の如く気高き戦士たちを愚弄することは断じて許さん」
一喝めいてネリネを諭す備限
「! は、はい……ごめんなさい……」
長い付き合いの中で初めて向けられた備限の凄みに委縮するネリネ
※失禁めいて若干ちびったのは内緒だ。
「チビ共、安心しろ────殺すつもりは無い────」
「ほ、ほんとう?」
「俺が殺すのは女子供を泣かせる悪党だけと決めている────そこのバーローくんだって解凍すれば蘇生するだろう」
たぶんな…………
「达夸ザンブラックにはこれからも海の平和を守ってもらわなくっちゃあな。それに────」
「同じ性癖を嗜む同好の士でもある」
「! ぬぐ……」
「今度酒でも酌み交わしながら大いに語らおうではないか! がははは!」
「いいや待て。空気を弛緩させてまとめようとするな────」
「……やはり納得いかんか」
「無論だ」
「あんたのような頑固者をどうやって納得させこの場を丸く収めようか、ずっと考えていたが────」
「不撓不屈。己れの心が揺らぐ事は決して無いぞ」
「あそこにチャラ男が居るだろう」
「ああ。あのゴミがなんだ?」
「あいつはおそらく一方的にやられたんだろう」
「その通りだ。男子の風上にも置けぬ腑抜けよ」
「それは違うぞ。致命的な状況に瀕してなお無抵抗を貫き、一切暴力を振るわないというのはある種の強さだ。信念とも言える」
「う……むぅ……」
「ここで俺があんたを討てば、俺はチャラ男に敗けた事になってしまう。ゴミと、腑抜けと評した懦夫にも劣る敗北者へ貶めようというのか? 一時は神格化しようとまでしたこの俺を────」
それは転じて、自らをも貶める結果となるのは明白
「ぐ……」
「ゴミ以下へと成り下がった、そんな俺に討たれ、あんたの面子は、名誉は守られるのか────?」
「…………これ以上食い下がるのは駄々をこねる幼童でしかない、か」
达夸ザンブラックはついに和解めいて備限の手打ちを受け入れた
「子、曰く────其の争わざるを以て、故に天下、能く之と争うこと莫し」
「俺は生かす価値無しと断じた者には容赦なく鉄槌を下す。その言葉はチャラ男へ向けて贈ってやるんだな」
达夸は一瞬、不服そうな顔を浮かべたが、観念しチャラ男へ向け────
「夫唯不争、故天下莫能與之爭」
「……へ? なんて……?? よくわかんねーけど……俺ちゃんが和平の架け橋になった……って、コト?」
チャラ男が何か宣っているが無視だ
「がはは! プライドの高い男だ」
「何を言う。奴にもしかと伝えたぞ。心外だな」
「と、とにかく达夸は無事に帰れるのね? そうよね?」
「そういうことだ────」
その言葉に双子は安堵して互いに抱き合った
「随分と慕われているではないか。なんだって仲間へ秘密にしているんだ?」
「メルヘン趣味のロリコン野郎と あらぬ噂が立てば、己れの硬派なイメージを崩す恐れがあるのでな」
「少なくともバーローくんはここぞと嘲り嗤ってくるタイプだな。間違いなく」
「それに海ゴブリンは絶滅危惧種だ。衆目に晒すのはリスクが大きいだろう」
「あんたの腕っぷしなら懸念する要素全てを捻じ伏せられるはずだ」
備限は続けて达夸へ向け言葉を綴る
「闘う君の唄を、闘わない奴等が笑うだろう────」
「!! フ……ならば己れは、冷たい水の中をふるえながらのぼって征くとしよう」
「陰ながら応援するよ────良い武道家ってやつは、ゴブリンに好かれちまうんだ────」
「お前も懐かれているしな」
「いや~うちのは生意気盛りで困り者よ────知ってるだろ────」
「な、なによぅ。ちゃんと反省しているわよ」
バツの悪そうなネリネ
「逆の立場ならあたしだって命を張って守っていたわよ! …………たぶん」
「やれやれ。そろそろ本題に入るとするか────」
「お前たちの目的は住宅貝だろう────」
达夸はチャラ男が埋め直した住宅貝を感知神経であっさり探り当てると備限へ放り投げる
パシッ ナイスキャッチ
「持っていくがいい。セキュリティも解除しておいた」
「話が早くて助かる────」
「力を示し者には遺恨無く進呈せよというのがオニキスの習わしだからな。備限、お前は十分過ぎる資格がある」
ネリネが身を乗り出して、備限の手中にある住宅貝を観察する
「これは【咳衰】ね! 豪邸ってほどじゃあないけれど、オレパレスよりは断然グレードが高いわ!」
「では遠慮なく貰っていくぞ」
「ああ────」
そのとき、达夸の胸の代紋が着信アリめいて鳴り響いた
ピッ
「己れだ────」
『黒。バローネのバイタルが停止しているんだが、状況を報告せよ────』
※オニキス代紋には【魚録】という特殊な素材が使われており、哨戒任務中の職員のバイタルサインはオニキス本部で逐次モニターされている。
「バローネは超局所的な天変地異で氷漬けになった。仮死状態ってやつだ────適切な解凍処置を施せば蘇生すると思われる」
『…………そうか。実のところバローネの事はついでだ────連絡したのは住宅貝・咳衰のセキュリティが貴様の権限で解除された件についてだ────』
「…………その件は帰投後に説明させてくれ」
ブツッ
达夸は一方的に通信を切った
「やれやれ、始末書確定だ────」
「軍法会議じゃないのか────? 自慢の検挙率に傷をつけられたんだ」
「かもな────」
「早くも冷たい水の中へと身を投じるわけだ」
「己れの決めた事だ。後悔は無い」
「だろうな。俺は何も心配しとらん」
健闘を祈ると言うのも無粋である。既に両者は気安い間柄と呼べる関係となっていた。
性癖の共有が男同士の友情を育むのにうってつけである事の証左だろう。
読者諸兄の中にもし今、親睦を深めんと欲す相手がいるのなら機を見て試してほしい。
しかし中には、自分の性癖がバレるのが恥ずかしいと言葉を濁す純朴層、自分だけの楽しみを教えたくないといった独占層も一定数存在することには留意したい。見極めが肝要だ。
※踏み込んだ結果、関係が壊れ疎遠になったとしても著者は一切その責任を負いません。
「ああそれで良い。寧ろお前には礼を言う。いろいろと吹っ切れたよ────」
达夸の表情は柔らかく、憑き物が取れたように晴れ晴れとしていた。
「気にするな。俺も良い運動になった────」
「運動か────つくづく底の知れぬ傑物よ」
「よく言われる────」
そして別れの刻────
「是非とも見送らせてくれ────俺が認めた強者の背中を────」
というのは建前で、実際は氷像をどうやって持ち帰るのかに興味があった。
「好きにしろ────」
达夸は両手をポケットに収納すると、すだまとみずはを伴い、バローネの元へ歩いて行く。
「……………………」
达夸はハンドポケットのまま、サッカーボールをふんわりトラップするかのように、自身の右足、踝の内側で、氷像の足元をコツンと払い上げた────
ギョルルルルrrrr!!!!
なんと! 氷像はベイブレードめいて猛烈な縦回転とともに宙空へ舞い上がった!!
※ベイブレードの回転数、所謂rpmのその最高値は実に10000をも超える。
しばしの滞空を経て、氷像は緩やかに落下してくる────
そこへローリングソバットめいた飛び回し蹴りを繰り出す达夸
疾ッッ!!
なんと! インパクトの瞬間、氷像と达夸、互いの足裏が寸分違わずピタリと合わさった!!
────!!!!
ヒュゴオォォォオ
氷像は弾丸ライナーめいて錐揉み状に回転し水平線の彼方へ飛んでゆく
ダンッ!!
着地と同時に达夸も砂浜を力強く蹴り跳躍し、氷像を追っていく────
それはまさに地球を蹴るかのような爆発的豪脚であった。
シュタッ
見事氷像の背中に着地する达夸
こうして达夸ザンブラックはスタイリッシュに帰還していったのであった────
「はえ~。空輸と帰還を同時にやってのけるなんて、とんでもない奴ね……」
感嘆するネリネ
一寸でも芯がズレたり、僅かでも力加減を誤ればバローネの身体はたちまち粉々に砕け散っていただろう。
まさに达夸ザンブラックの卓越した体術の為せる業と言える。
「あいつめ、目立つマネをしおって……この俺様より人気が出たら承知せんぞ」
「あんたねー、目立ちたいのか目立ちたくないのか、どっちなのよ」
「男心は複雑なのだ」
「さようでございますか────それにしても、なかなか楽しませてくれたわねオニキス。あれで2位だっていうんだから、まだまだ楽しめそうだわ」
「どうだかな。奴は仲間の誰にも手の内を明かしていないと言っていた────」
「そっか、顔魎なしの素の体術のみで2位ってことは、実質1位まであるのか」
「奴はまだまだ強くなるぞ。我が天下布武への覇道も一筋縄ではいかんようだ────」
備限は家宅地曰子の直撃を受けた鳩尾をさすりながら、ぽつりとこぼした。
(威力を殺しきれなかったか……肋骨にヒビいってるな────)
「天下布武ぅ~? それって旅の集大成として製作するっていうゲームの話よね────【備限の野望】とかいう」
「ああ。俺以外の勢力で開始すると必然的に俺が敵になるのでクリア不能だ」
「超ヌルゲーか無理ゲーかの二択なんて両極端過ぎてクソゲー乙と言わざるを得ないわ」
「圧倒的な力で蹂躙されたい層に向けたドM仕様だ」
「備限様、お疲れ様でした。これ、お預かりしていた外套です」
「うむご苦労。というか別に疲れとらんわ」
「あっ────」
外套を渡す直前、鞘織はドジっ娘めいて前のめりにずっこけた
ゴスッ
備限の鳩尾に頭突きがクリーンヒット
「あんぎゃあああああああ!!」
「はわわわ……すみません、すみません……!!」
「あんた、やっぱり瘦せ我慢していたのね!」
「ち、違う! いま急に叫びたくなっただけだ! 衝動的に唐突に! 実際1ミリも効いとらんーー!!」
「これはダサいわ! そうでしょさおりん!?」
「ダサくありませんっ、備限様は武力を行使することなく、一滴の血も流さずに場を丸く収めたんです。それも相手を尊重し敬意を払ったうえで………容易にできることじゃありません。本当に凄かったです」
並外れた力を備えながらも、それをひけらかし、乱暴に誇示するだけの脳筋めいた蛮族や匹夫の勇ではない。そんな思慮深さも備限様の魅力のひとつだ。
「その通りだ! 引き続きカッコイイ俺様を見ていろ! 特別に頭突きの件は許してやる」
「はいっ、ありがとうございます!」
「備蒜海岸での目的は果たした。引き揚げるぞ」
「そうね────」
「お家、どんなのか楽しみです」
機能的なキッチンが備え付けられてたらいいな────
「あ、あの~~」
「ん? まだいたのかチャラ男。解散だからもう帰っていいぞ」
「俺ちゃんはまだ目的を果たしてなくって…………」
「そうか。精々頑張れ。じゃあな」
「つ、冷めたぁ! そしてあまりにドライ過ぎるっしょブラザー……」
「なんだその言い草は────助けてやったんだからまずは礼を言えよ────」
「そ、そうだった、確かにその通りソーリー。ブラザーは命の恩人っしょ」
「今なにも渡せる物は無いけど、昼腋に立ち寄ることがあったら是非恩返しさせてほしいっしょ」
「まったく期待できんが、いいだろう。これで満足したな? 解散だ」
「そ、その! ネオン貝をゲットしないと俺ちゃん昼腋に帰れなくってえ…………だから、恩返しするにはネオン貝がどうしても必要でえ…………」
「ああ? キサマ、恩人であるこの俺に貝探しを手伝わせようと言うのか」
「だってえ! もうトラウマでえ! またオニキスに捕まったらあ、もう、もう……一人じゃ潮干狩りでぎないぃぃ……! およよぉぉ……!」
チャラ男は人目も憚らず泣きじゃくった。
な、なんちゅう憐れなやつだ…………引くわ…………
「ええい、大の男が泣くなっ鬱陶しい」
「ひっく、ひっく」
「そしてしゃくりあげるな」
「すんすん」
「はあ~~……达夸ザンブラックを論破するのにチャラ男がほんのちょっぴりだけ貢献したのは事実だ。だからほんのちょっぴりだけ手伝ってやる」
「さすがブラザー! 心の友よ……」
「だがこれだけは肝に銘じておけよ。お前が虎の威を借る狐になろうものなら即刻斬り捨てるからな────」
「お、覚えておくっしょ……」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「あら? 地震かしら────」
「顔を蹴られた地球が怒ったな」
「じゃあこのあとは火山が爆発したり?」
「の、呑気してる場合ですか!? 津波が来るかも……すぐに避難しましょう────」
「落ち着け鞘織────これは地震じゃない。【梅田地下貝】が口を開ける前兆だ────」
「ウメダチカガイ!?」
「擬態型ダンジョンの一種で、中は亜空間めいて広大な迷宮になっている」
「迷い込んだが最後。生還は絶望的と言われているわ────」
「家宅地曰子のエネルギーは相殺しきれなかった分を地下へ受け流したので刺激してしまったらしい。达夸ザンブラックめ、とんでもない置き土産を残していきやがった」
「な、尚更避難しましょうよ」
「梅田地下貝の中はおたからの宝庫という噂もあるわ────」
「その通り! これは僥倖だ! 敢えて飲み込まれてやるぞ!」
グァバアアァァァァ……………………!!
大きく砂浜が裂けると、ブラックホールめいた吸引力で地上に居た者をすべて飲み込んだ!
「キャアアアアアアアア」
「がーはははは!!」
「っしょおおおおおおおぉぉぉ────…………」
──── to be continued
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。戒晃こそこそ噂話。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。
巡鮫眼:达夸ザンブラックが我流で編み出し体現した瞳術的鱶道。修得難度は極めて高く、达夸以外で会得に至った者は極々僅か。
ビジュアルイメージは、サメ 家紋 で画像検索してもらえば 回遊する三対のサメがトップに表示されるはずだ────
──幕間──
バローネの背に乗って飛行中の达夸は備限との戦闘を反芻していた。
(完敗だった)
「ダー。表情が柔らかくなった」
达夸の両肩を付かず離れず、寄り添うようにふわり追従する人魂が声をかける。
双子の海ゴブリン、すだま&みずはである。
「締まりのない顔をしていたか」
帰還前に指摘してくれて助かった。己れの硬派なイメージを損ねてしまう。
「ううん。すだまは、いいと思う」
「そうね、达夸はいつも仏頂面だから」
"剛毅木訥、仁に近し"と評してもらいたいものだが…………。
「己れとした事が、すっかり奴に絆されてしまったようだ」
「あの人間、达夸を負かした相手ではあるんだけど、なーんか憎めない奴だったわよね────バローネのアホを手玉にとってた時は正直スカッとしたわ」
その後みずはは眉間にシワを寄せ────
※人魂に眉間があるかは微妙だが、雰囲気で察してほしい────
「一緒に居たゴブリンはド畜生だけど!!」
「すだま、あんなに頭にきたのは生まれて初めてだよ」
「まったくよ。こういうのなんて言うんだっけ……ねえ达夸……フグなんとか~みたいなさ」
「不俱戴天……同じ天の下に存在することすら許せないほど、深く恨み憎む相手という意味だ」
「そうそれ! いま思い返してもはらわたが煮えくり返ってくるわ…………オニキスの情報を抜かれちゃったし、やっぱりアイツは始末しておくべき────」
「心配あるまい。しっかり釘を刺されていたからな」
「あれはイイ気味だったわ!」
「すだまの見解では、あのゴブリンはちょっとちびってた。えんがちょ」
「うわマジ? それは確かにえんがちょね……そう考えるとなかなか憐れな奴に思えてきたわ」
「印象の変化から案外、無二の親友になるかもしれんな」
「将来的に? 冗談でしょ? ゲインロス効果ってやつ?」
※ゲインロス効果とは、最初にネガティブな印象を与えた後にポジティブな印象を与えることで、ポジティブな印象をより強く感じさせる心理現象のことです。最初にマイナス評価を与えた後でプラス評価に転換すると、そのプラス評価がより強く印象に残るという効果です。
「ああ。初めは対立するほど険悪な相手と紆余曲折を経て接するうち、気付いたら親密になっていた────というのは割と王道だ。雨降って地固まると言うだろう? 刎頸之交という言葉もある」
「う~~ん、そういう関係の変化が人気ジャンルなのは理解できるけど────」
ことラブコメやギャルゲーに関しては逆説的に、第一印象が悪いほど良いとされる。デレた時のギャップが大きければ大きいほどユーザーの満足度は底上げされるのだ。
「いまのところあのゴブリンには嫌悪感しかない」
「あんなド畜生は梅田の地下送りになっちゃえばいいわ────」
「広大なダンジョンで一生さまようがいい」
「ここまで殺伐としたお前らを見るのは初めてだ」
これは思った以上に根深いな……と案じつつ、达夸は帰路に就くのであった────幕間・完