夜の棺
流れ落ちゆくように星空へ
時間とともに欠けていく月夜
揺らめくように心
キャンドルの炎をみつめる
言えない気持ち
運命のみこむ
私自身の心と身体
夢の中に落ちてゆく真夜中
当たり障りのない言葉なら
波風立たない
気持ちも変わらない
昨日のあなたからの手紙が届く
人気の無い夜の湖
私の赤い郵便受け
水面に吹き渡る夜風がカタカタと鳴らす
眠りの波紋が広がり
やがて消えゆく夜の静寂
湖の奥に浮かぶ真夜中の館
ランタンに炎を灯して静かに小舟を漕ぎ出す
『お帰りなさいませ。旦那様…』
停泊すると骸骨姿の黒執事が出迎える
ランタンに灯る炎は私の魂
代わりに黒の骸骨執事が大事に抱える
湖面にひっそり浮かぶ真夜中の洋館
いつしか誰かの魂たちが眩しく灯る
『お帰りなさいませ。旦那様…』
暖炉の前のロッキングチェアーに深々と腰を掛けると
骸骨姿の黒使用人が優しく声を掛ける
私は暖炉の中で燃えている誰かの魂を見つめながら
黒の骸骨使用人の淹れたての熱い紅茶を啜る
しばらく見ない内に痩せ細った私の指先も彼らと何ら変わりは無い
カップを持つ指先がカタカタと震える
寝室に行くと誰かの魂が私と妻の枕もとをオレンジ色に妖しく照らす
『お帰りなさい。あなた…』
君は半透明の薄い紫色のネグリジェを着て
身体の向こう側まで透かしている
まるで亡霊のように
前より白くなった美しい顔
よりいっそう際立つ君の紅い口唇は
今日の日のための特別なものだろうか
君とそっと口吻を交わすと
君の魂が僕の身体の中と君の身体の中を行ったり来たりする
私の身体と心は、とうに朽ち果てているというのに
僕の中と君の中を行ったり来たりする輪舞曲
暖炉の炎みつめて魂がパチパチと音を立てる
暗闇の回廊続く地下階段にランタン近づけて明かりを灯す魂たちが浮遊する
夜明けとともに眠らなければならない夜の棺
永遠の白い薔薇が咲き誇り月の光浴びて青白く光る
永遠に眠りたいというのに
また
眠りから覚めたなら棺の蓋を開けて
黒装束を着込み
道先案内人として添き沿わねばならない
もはや私の身体はすぐにでも音を立てて崩れ去るだろうに
今日も誰かの顔を覗き込む
運命という悲しみの輪から解き放つように
私はそっと空へ海へ大地へ月へ星へ
夜空へと溶け込ませるように…そっと
彼らを送り届けねばならない
いつしか私も
彼らと同じように
この夜空へと
そっと…
誰かに送り届けてもらいたい