24.缶蹴り
家康は固太りの中年。オレは痩せ型の二十歳。
上背でも幾らかオレが上回っていて、外見上で似ている要素はない。
にもかかわらず、家康の寸足らずな南蛮胴具足を身に着けさせられ、顔には面頬までして愛馬ポニ子に跨り甲斐府中を目指していた。
御坂峠の戦いから半月ほど、松姫が雉と格闘してから三日が経過している。
中道往還を北へ向かう一団には、家康に扮したオレを守るように徳川の兵が五百ほどあり、隣には本多弥八郎が従っていた。
本多弥八郎が甲斐府中へ向かうことで変装するオレはわずかなりとも本物っぽく見えるご利益を授かったものの、あくまでそこはもののついで。いや、ついでといえばオレが甲斐府中にこんな姿で向かっているのもついでだった。
酒造りに集中したかったオレが本栖を離れたには理由がある。
北条方を多く討ち取った御坂峠の戦いの後、めぼしい手柄首を捕虜たちが判別した後に甲斐府中へ搬送され、血濡れた荷は最前線である新府へふたたび送り出され、北条への示威行為へ利用してもらうことになっていた。
しかし、いざ首が甲斐府中に届いて新府へ送る段となり問題が発生した。
御坂峠での勝利から余勢を駆って新府城まで押し出す軍勢を差配するのは徳川本隊を預かる大久保忠世。その新府城を後方から支援するのが甲斐の国人をまとめあげた府中躑躅ヶ崎館の穴山梅雪である。その後者が北条別働隊諸将の首級を晒すのはいかがなものかと難色を示したのである。
穴山梅雪としては甲斐の過半を自身の下でまとめられたわけで、良くも悪くも従えた国人らを手当してやらねばならない。もしこれから徳川が勝利したとしても戦後に駿河へ去るなら我が世の春を謳歌している場合ではない。甲斐は関東の雄である北条に半包囲されたまま最前線として守りを固める必要があった。
穴山梅雪は織田に臣従したのちに徳川の寄騎として配されていたが、そもそも北条氏政とは武田との姻戚関係を通じて相婿である。そのような濃い関係があるなかで北条に喧嘩を売って外交的に没交渉となることを避けたいと考えているらしい。
織田の臣や徳川の寄騎として、敵方の北条と馴れ合おうとする穴山梅雪の姿勢は不忠も甚だしく、菅屋九右衛門や本多弥八郎ばかりでなく、すでに戦を繰り広げた九一色衆のオレとしても受け入れられるものではなかった。オレはこの手で北条一門や北条に与する関東の国人を幾人か討ち取ってしまい、すでに恨みを買っている。甲斐の頭領となった穴山梅雪が北条と結ぶとしたら、九一色衆は梯子を外され、北条の雪辱を晴らすため人身御供として切り捨てられる恐れまであった。
オレが本栖でそれらを本多弥八郎から聞かされたとき、
「そのようなことをお認めになるので?」
と聞き返し、弥八郎はオレに向かって、
「認めるわけがなかろう。だが、ちからずくで命じることも出来ぬ。
我らは未だ北条に数で大きく負けておるのだ。
穴山も必死なのだろうが、織田や徳川の足元を見るとは」
そう話す口調は苦々しく、額に青筋を浮かべながらゆっくりと吐き捨てる姿が恐ろしく見えた。足元を見るとは織田や徳川が甲斐信濃を諦めて撤兵することを指しているのだろう。徳川が退けば、穴山は北条と通じて従属寄りの中立なりを気取ったコウモリ外交が展開できる、というわけだ。なにせ梅雪は北条ばかりでなく養女の都摩を家康に送り込んで徳川とも縁続き。どうにか双方を穏便に結ばせられないかと願ってしまうらしい。
本栖で生きていくオレとしては、大勢力同士の紛争状態が継続されては困る。そう思う一方で、本栖以外が手を結び、緩衝地帯として小競り合いのメッカとされることはもっと困る。加えて先日は自分自身が動きすぎた感もある。いまだオレの存在は注目を集めるには至らないが、これから噂でもたったなら穴山が北条と交渉する際、
『本栖の八郎兵衛なる者の首を寄越せ』
などと北条側から要求してくる可能性もないではない。
個人的には史実通り、徳川に勝利を収めてもらいたいし、北条には撤退してもらいたい。
それには史実と違って生き残っている穴山梅雪がどう振る舞うか、不確定要素として案じられたが、関係悪化を恐れて敵方の首級を晒すことまで厭う梅雪の尻をどうにか蹴っ飛ばす必要が生じていた。穴山には徳川と一蓮托生を覚悟してもらわなければ。
何か手はないかと首を傾げていると、本多弥八郎が睨むような強い視線で、
「そのほうは知恵者ゆえ、何か良い策でもあるなら言うてみよ」
家康の知恵袋である男が要求するので、思いついた策とも言えぬ嫌がらせをダメ元で口にしてみると、
「その策、良いやも知れぬ。
徒労に終わろうとも大した苦労ではなかろう。そなたが手配りしてみよ」
「ハァ」
意識せずに是とも非ともつかない返事を返しながら、
『オレっていつから徳川の家来になったんだっけ?
たしかに兄貴は家康と縁があるけども、オレは織田に雇われてるのでは?
いや、織田の軽輩にしろ本栖の百姓にしろ、徳川の軍師から命じられるなら妥当なのか?』
このような具合で内心には困惑が渦巻いた。
ともあれ、北条に対する嫌がらせは徳川のみならず、織田の方針にも沿うものなので、誰にはばかることなく納屋に集合をかけた仲間で分家隊の再結成となった。
そして馬丁の重助を隊伍の長に任命し、集まった全員の前で任務を言い聞かせて意思統一を図った。なお、あくまでもオレ達の目的は北条に対する嫌がらせであり、その成否が本栖の安全、さらには松姫の身の振り方──過去に北条は松姫の身柄を要求していた──にまで影響することを伝えると、彼らは一様に額へ脂汗を浮かべながら真剣な顔で覚悟を決めている様子だった。ただし、オレが彼らに命じた任務は先日の御坂峠に比べれば遥かに危険の少ないものなので、そこまで深刻に受け止められるとやりすぎやしないかと心配になる。
こうして策の半分を重助らに託し、残る半分のためにオレは甲斐府中へ向かうことになったのだった。
肝心の策、というか対北条の嫌がらせだが、残る半分の手順はすべてを本多弥八郎へ伝えてあったのでオレが向かわずとも徳川の手で完遂してもらうことが可能なはずだ。なのにオレが甲斐府中へ向かうことを命じられていた。
それというのも、計画の一部として家康の影武者が甲斐府中へ向かう必要があり、そうなれば北条の忍びが病に倒れたはずの家康を本物であるか確認するため近づいてくることは容易に想像でき、偽物とバレることは大きな問題ではなくとも、偽物ゆえに警戒が甘ければ襲撃を受けたり暗殺の危険があるらしい。影武者であれ家康らしき人物が討たれ、家康討ち死になどと周囲に広められたら徳川にとって大変に危険だった。口伝ての情報がどこで誤解されて決定的な情勢変化につながらないとも限らない。
そこで家康の影武者として誰かを立てねばならないなら、徳川や織田の将として広く顔の売れているものは望ましくなく、襲撃を跳ね除けるだけの武芸の腕があればなおのこと良い。
そう言われて「完全にコスプレだぞ」と自覚しながら、体格も年回りも違う家康に扮することになったのである。
○
オレは徳川家康の健在をことさらに広めるように、甲斐府中の手前で狼煙を焚いて、躑躅ヶ崎館へ堂々たる行進の果てにたどり着いた。
躑躅ヶ崎館には、徳川家臣と武田遺臣がごった返しており、オレが入っていくとまず徳川家臣が駆け寄って来るも、オレを見た彼らは数歩手前で変な顔をして足を止め、本多弥八郎の顔を見てから状況を把握していった。
徳川のように複数の国を治める大領の家ならば当主が狙われることもあろうし、影武者が用いられたことも過去にあったのだろう。軍師である弥八郎が付いていることから策謀の匂いを嗅ぎ取って、大勢の前で影武者がどうのと声を上げるのは遠慮したようだった。
次にオレのもとへ近づいたのは穴山梅雪と渡辺囚獄佑だ。
こちらはオレの顔を見た瞬間こそ徳川の重臣と似た表情を浮かべたが、影武者やら策やら頭に浮かぶ前に驚きから声を上げてしまっている。
特にオレの兄貴はその場の誰より先に一番大きな声で言い放っていた。
「八郎兵衛ではないか。なんじゃその格好は!」
こうなるとオレが黙っている意味はないので、
「このような形で参上したのは右少将さまの御指図でござる。
右少将さまの健在を周知するため、影武者が必要というわけで」
親子ほど年が離れ、実際に育ての親同然である兄貴はオレの言い訳にも釈然としない表情を崩さなかったが、オレの後ろに本多弥八郎が控え、さらに徳川の家臣らがそれに合わせて口を挟まず、家康の命令と信じる様子を見せていたため、さすがにオレの仮装を脱がすような振る舞いには至らなかった。
兄貴が口ごもったタイミングで穴山梅雪が身を乗り出して、
「誰かと思うたが面頬の下は八郎兵衛であったか。
右少将さまから、ほかの如何ような御指図を受けたか申してみよ。
そのお考えに合わせて我ら甲斐の者共は力を合わせねばなるまい」
オレと親しくもないが、それなりに顔を合わせていた穴山梅雪がオレに命じる。
その口調は決して親しみを帯びているわけでもなく、甲斐の頭領としての自負を漂わせ、横にある兄貴との繋がりからオレへも上位者として命を下すのが当然といったふうである。もちろん、オレが亡き三位中将信忠に雇われたことを知ったうえのことだった。
根が百姓であるため命じられるとうっかり喋りたくなってしまうが、オレが言葉をつまらせているところへ本多弥八郎が口を開いた。
「間者の目がどこにあるかわかりませぬゆえ、右少将さまとして扱われますよう」
「ぬぅ」
穴山梅雪に注文をつけた弥八郎は、オレに向かっても小声で、
「似せようとせんで構わんが、殿のつもりでおれ。
策が成るには影武者が要るのだぞ」
と釘を刺した。
オレは前世における文化祭の出し物を経て大根役者を自覚するに至っている。似せろと言われても急に演技力が成長することはないので、せめて大々名らしく偉そうに喋ることだけ意識して、最前に梅雪から投げかけられた問いに答えた。
「ワシが討った首級についてな、穴山どのが甲斐府中に留め置いているとか」
本栖から躑躅ヶ崎館までの二日間で影武者になりきれずとも『オレは殿様、言動が怪しかろうと殿様なら偉いから叱られないんだろ』などと開き直るオレに対し、穴山梅雪や兄貴は切り替えが追いつかなかったか、戸惑いを見せる。しかし、その場に居合わせた誰もが口をつぐみ、梅雪の返事を待っていると気づいて口を開くも、
「首級のことか……」
本栖に滞在する家康をはじめ、徳川方が北条方へ強硬姿勢を取ろうとし、煮え切らない態度の穴山梅雪に苛立っている、と察したか口ごもった。
オレは本多弥八郎にあとを任せようと思って視線を投げるが、弥八郎は黙し続け、まだオレの殿様役は終わらないかと仕方無しに言葉を続ける。
「穴山殿が首級の扱いで北条の逆鱗に触れまいと気にかけることは分かった。
だが、もはや我らは甲斐でも信濃でも戦端を開いておるのだ。
いまさら穴山殿だけが北条を気遣ったところで大差はあるまい。
ここは立ち止まったり退くのではなく、一歩前に出るべきではないか。
それこそ北条に甲斐の強さを見せつけることこそ生きる道であろう」
オレが家康になったつもりで偉そうに喋るたび、兄貴は周囲の顔色を窺ってはオレのほうへ「いい加減にしてくれ」と言わんばかりの目を向けてくる。だが、こっちも好きでやっているわけじゃないんだから諦めてくれとしか言いようがない。
穴山梅雪はオレのような軽輩に生意気な口を利かれて、わずかに不快な表情を浮かべた。だが、こちらの言い分はあくまでも本栖にある家康や徳川重臣の意向に沿ったものである。苛立って迂闊なことを口にしたなら織田や徳川と決定的な対立を生んでしまう。
梅雪もようやくオレを「家康の変装をした使者のようなもの」と解釈したか、表情を改めると、甲斐で長く外交を担当してきた人物の顔になり、
「戦はどこかで終えねばなりませぬ。
北条諸将の首級をさらせば、憎しみから戦の終わりが悪うなりましょう。
殺めずに済むはずのものも、殺めることになりまする。
それはあちらもこちらも、双方で言えることでござる。
先日の御坂峠で大勝したは、さすが右少将さまと武名と徳川の精強を改めて思い知らされたところなれど。
北条も此度は河越夜戦を上杉憲政として負けたような有様で、勢いがこちらにあることはわかっておるはず。
甲斐を預かるそれがしとしては、これ以上の憎しみを重ねるは下策と思いまする」
徳川穴山連合に勢いがあるうちに和睦して、国境を定め、紛争状態を終えたい。穴山梅雪の気持ちもわからないでもない。戦争なんてしないほうがいいんだから。
しかし、ここで穴山と徳川の視点に明らかな違いがある。
穴山は甲斐をまとめたうえで周囲と穏便な関係が築ければ良いと考えている。
徳川は甲斐だけでなく信濃からも北条を追い出し、織田政権での東部戦線をどのように維持し、徳川が引き継ぐか、という視点で動いていた。北条に現状のまま維持されるわけにはいかないのだった。
オレは本多弥八郎と相談の上、徳川諸将から承諾を得た策を切り出す時が来たと感じた。
「穴山殿が首級を晒すことに反対しているのなら、ワシがやろうぞ。
ワシが徳川右少将として、前線近くまでおもむくと広く触れを出しながら向かうでな。
そののち敵前へ首級を晒すとしたら、北条の恨みは徳川へ向くはずじゃ。
我らが敵から穫った首級であろう。それをどのようにするか。
我らの手で晒すのだから、我らに返してもらおうか」
○
それからのオレ達は最前線の新府城へ向かうまでに数里ごと狼煙を上げた。
家康の格好をした将の率いる軍勢が、何度も何度も狼煙を上げながら信濃方面へ進んでいく。
一行の歩みは遅々としたものだが、信濃にほど近い若神子城に詰める北条本隊4万にも、妙に目立つ徳川の一隊が近づいていることは十分に伝わっていることだろう。だが彼らは信濃方面を攻め上がる酒井忠次らへの対応もあり、迂闊に甲斐の盆地へ攻め入ることはできないでいる。
本栖を出てから4日後、オレたちが新府城の手前まで進んだ頃、北条方へ変化が起こった。
それを伝えてきた本多弥八郎はわずかに口角を持ち上げつつ、オレが影武者だということをしつこく言い立てていたことなど棚に上げ、
「さて鬼が出るか蛇が出るか、おぬしの連環計が上手く行ったかな」
「それがしは配下の者が無事に帰り着いていることを祈るばかりでござる」
オレの連環の計とは、兵法三十六計の第1計「瞞天過海」と、第20計「混水摸魚」のミックスである。
その要点を言ってしまえば、北条に対して陽動を用いた情報戦を仕掛けることにある。
まず策は、御坂峠で歴史的な勝利を収めた名将らしき男、が賑々しく最前線へ向かうことで始まる。
すると北条はオレたちに注目し、意味不明ながら日に何度もあがる狼煙を計略と疑い、考え始める。それが繰り返されて、何も起こらぬことが分かれば、狼煙はただ「御坂峠で火計を使った家康が得意げに上げるもの」と気にしなくなる。ここまでが瞞天過海。見慣れてしまえば油断をする。
混水摸魚とは、北条方の内部に亀裂を入れること。
その手段には、オレの分家隊が働いてくれているはずだった。
オレが分家隊に託した任務もまた、狼煙である。
ただし、彼らはそれぞれバラバラに行動をしてもらい、旧小山田領に源流のある酒匂川を下って、下流の相模小田原へ接近し、小田原から見える幾つかの山で、同時に狼煙を上げてもらうことになっていた。
別に山火事にしろとか、火の手を大きくする必要はない。
ただ、幾つもの山で狼煙を上げて、北条方の本拠地小田原近くで「御坂峠で火計を使った家康が上げそうな狼煙」を幾筋も見せることに意味がある。
現在の北条方は甲斐を半包囲するように、相模、武蔵、上野、信濃を手中に収めている。
それは北条の版図が巨大なことを意味すると同時に、彼らは本拠地の相模から反時計回りで大変な長旅をして甲斐北部の若神子城へたどり着いたことも意味していた。
彼らは延べ人数7万を関東から動員し、本拠からはそれだけの兵が払底していた。
そこへ、家康の気配を匂わせる狼煙が上がっていると知らせが入ればどうなるだろう。
北条方も風魔と名高い忍びを使って家康の動向を調べているはず。そして、オレが影武者で、偽物であるとすでに気づいているかも知れない。
ただ、本物か偽物かに関わらず、家康の気配が甲斐北部の最前線と後方である小田原の両方にあり、地理的にどちらが狙いでも不思議ではない。少なくとも彼らにそう疑念を抱かせることができる。1万を1千で打ち破る将が、空になった本拠地に迫っているかも知れないとプレッシャーを与えることに意味があった。
甲斐路を北上していた北条別働隊が御坂峠で粉砕されたことはただ敵兵を撃退したばかりを意味しない。北条に従う国人は血族を多く失い、北条の武威は地に落ちている。史実通りに首級を晒せば、厭戦や撤退論が出てくる可能性が高いのではないか。
北条の後方では自立の道を模索する真田がゲリラを繰り広げてもいた。
彼らは上野国や武蔵国の国人も多く従え、傘下の領地を守ってやる立場にある。それを放置して甲斐を縦断し自領に戻る冒険に出ることも困難になっている。
巨大な北条にとっても急すぎる勢力圏の拡大は、伸びた補給線と多くの戦線を生じさせ彼ら自身を悩ませている。




