侯爵令嬢、コンニャク産業を育てている間に、妬んだ妹の姦計によって王太子から婚約破棄&国外追放&コンニャク破棄される。
「メルビル=オーバーハウゼン、君を国家反逆罪で国外追放とする。もちろん王太子であるボクとの婚約は破棄させてもらう。国を乗っ取ろうなどという愚かな野望はここに潰えたと知るがいい」
フライブルク王国の国家樹立350年を祝うパーティの席で、ユベリアス王太子から突然そう告げられたメルビルは驚きを隠せなかった。
メルビルは商才に長けた大富豪上級貴族であるオーバーハウゼン侯爵家の長女であり、高い教養を身に着けたどこに出しても恥ずかしくない淑女だ。
ユベリアス王太子の婚約者に満場一致で推挙され、結婚式は来年にも行われる予定だというのに。
もちろん完全な政略結婚であり、両者に真実の愛があるかと問われればどちらにもないわけなのだが。
ともあれそういうわけだったので、国家反逆罪で婚約破棄などと言われてもメルビルには青天の霹靂なのだった。
「殿下、いきなりなにをおっしゃるのでしょうか。私たちの婚約は国を挙げての一大事、もう来年には結婚式をあげる段取りで進んでいるはずですが」
テーブルにカクテルの入ったグラスを置くと、談笑していた友人たちにごめんなさいと断りを入れてから、メルビルはユベリアス王太子に向き直った。
腹筋に力を入れて背筋をピンと伸ばし、レディとして一抹の粗相もないように優雅に美しく振る舞う。
麗しきオーバーハウゼン侯爵家の長女たるもの、いついかなる時も――たとえ公衆の面前で虚偽の告発を婚約者から受けたとしても――あられもない姿は見せられないのだった。
「そんなものは全て破棄だ、破棄! お前のようなずるがしこい女狐をボクの妻になぞできるものか!」
しかしユベリアス王太子は、そんなメルビルの態度にむしろいら立ちを深めるように荒れた様子で糾弾を続けるのだ。
どうやらメルビルの完璧な所作と、理路整然とした態度が気にくわないようだった。
「殿下、どうか順を追ってお話しくださいませ。なぜ私を国家反逆罪などとおっしゃるのでしょうか? 私は初代国王から直々に侯爵という栄誉に列せられたオーバーハウゼン家の娘として、フライブルク王国を心より愛しております。ですので殿下のおっしゃることには何一つ心当たりがないのです」
「ええい、この期に及んでしらばっくれる気か? 君が国家の乗っ取りをたくらんでいるという確かな証言があったんだよ」
「証言……ですか? 一体誰からでしょうか?」
証言があると言われて、メルビルは小首を傾げた。
そもそも国家の乗っ取りと言われてもなんのことやらさっぱりなメルビルなのだ。
もちろんユベリアス王太子と結婚すれば、メルビルは将来は王妃になるわけで、そういう意味では国家の乗っ取りと言えなくもないのかもしれないけれど。
けれどそんなことを言い出したら王妃は全員、国家の乗っ取りをしたことになってしまう。
実にナンセンスな話だ。
「まったく、君がそういう言い逃れをすると思って証人を連れてきておいて正解だったようだな」
「証人……ですか?」
「そうさ――カステラーヌ、こちらへ」
「はい、ユベリアス王太子殿下」
ユベリアス王太子に呼ばれて出てきたのは、メルビルの妹であるカステラーヌだった。
「な、どうしてあなたが――」
この場面でなぜか妹のカステラーヌが出てきたことに、さしものメルビルも頭の中はハテナマークでいっぱいになってしまった。
カステラーヌは口を開くと、そんなメルビルに向かって言い放った、
「わたくしはここ数年来、お姉さまが裏で何を言っているのかを全て見聞きしてまいりましたわ!」
――と。
「えっと、ごめんなさいカステラーヌ、あなた一体なんのことを言っているの?」
「お姉さまは改良コンニャクを考案し、それを国内で大々的に生産しておりますわよね? それによってかなりの財も築きました」
「ええ、オーバーハウゼン侯爵家は代々経済をより良くすることで国に尽くすことを是としてきた、商売に長けた上級貴族ですもの。私もその長女として、コンニャクを改良して生産性を大いに引き上げたのよ」
古来よりコンニャクは万能の健康食として知られている。
腸内環境を改善し、つらい便秘を癒し、免疫力を向上させ、病にかかりにくくするのだ。
メルビルはそこに目をつけて、生産性の高いコンニャク芋と、極めて効率的な生産方法を開発したのだった。
その効果もあって、ここ数年でフライブルク王国全体の医療費は2割ほど削減し、国民の平均寿命も1年長くなっている。
他国の貴族からも――特に女性たちからの人気が高く、最高の環境で手間暇かけて栽培された特上のA5改良コンニャク芋は、通常の20倍以上の高値で取引されていた。
メルビルは密かにこれを『コンニャク革命』と名付けていた。
それはさておき。
「そしてお姉さまはユベリアス王太子殿下にも、健康食だからと言ってコンニャクを食べることを常日頃より勧めておられましたよね?」
「ええ、そうだけど。それがどうしたのかしら? ユベリアス王太子殿下に健康で長生きをしてもらうことが、フライブルク王国にとってプラスになることは間違いないでしょう? 殿下の婚約者として殿下が末永く壮健であらせられるようにと、私は万能の健康食であるコンニャクをお勧めしたのです」
そうメルビルが理由を説明したところで、
「よくもまぁ抜け抜けと言ったものだな! ボクに長生きしてほしいなどと、よくもペラペラとそんな嘘八百を並べ立てられるものだ!」
ユベリアス王太子がカステラーヌを押しのけるようにして前に出ると、メルビルを指差しながら糾弾したのだ。
「殿下、私は嘘など申しておりませんわ。殿下のことを思い、婚約者として当然のことをしたまでです」
「なにが当然のことだ! ボクを暗殺して自らが女王となる算段だったということはもう明らかだと言うのに!」
「暗殺ですって? 私が、ユベリアス王太子殿下をですか? そのようなことはありえませんわ」
感情をコントロールすることに長けた上級貴族の子女たるメルビルであっても、このあまりに突拍子もない発言に対しては、わずかに不快の色を声ににじませてしまっていた。
ユベリアス王太子殿下の暗殺を企んでいたなどと、濡れ衣もいいところだったからだ。
誇り高き上級貴族であるオーバーハウゼン侯爵家の長女として、そのような根も葉もない発言は到底許せるものではなかった。
しかしながら相手が婚約者であり、次期国王でもあるユベリアス王太子ということもあって、メルビルはすぐさま心をコントロールすると怒りを意識の外へとおしやった。
メルビルはどこに出しても恥ずかしくない淑女であるからして、感情のコントロールなどはお手の物なのだ。
「では聞くが、メルビル。コンニャクで喉を詰まらせて死ぬ人間が年に十件以上も出ているそうだな?」
「それはもちろんコンニャクも食べ物ですので、喉を詰まらせて窒息する可能性はゼロではありませんが――」
「ついに口を割ったな!? やはりボクを暗殺する気だったか!」
「いえあの、あくまで今のは食品に関する一般論で――」
「黙れメルビル! お前は次期国王であるボクにコンニャクを食べさせ、喉を詰まらせて殺し、そして自らがこのフライブルク王国の女王になろうと画策したと、今お前は自らの口で告白したのだぞ!」
メルビルの説明をかき消すように、ユベリアス王太子が大声でがなり立てるように言った。
そのあまりに飛躍しすぎた穴だらけの論理展開に、メルビルは思わず頭を抱えそうになった。
ユベリアス王太子は、長年子供ができなかった国王夫妻が年老いてから生まれた初めての子供であり、そのためかなり甘やかされて育っていた。
だから多分に感情的なタイプの人間だったのだ。
しかも王太子という地位と権力に対して周囲がかしづいているのに、そうではなく自分がとても頭のいい人間だから皆が言うことを聞いているのだと勘ちがいしている、手に負えない系の人間だったのだ。
しかしそれを差し引いても、これはあまりにひどすぎる発想の飛躍ではないだろうか。
さすがの忠義心あついメルビルもやや呆れながら、先ほどの発言に対して論理的に反論を始める。
「殿下、お言葉ですが、コンニャクに限らず毎年千人以上もの人間が、食べ物をのどに詰まらせて窒息して死んでおります。殿下の好物であるお餅に至っては、コンニャクの10倍以上の死者を出しているというデータもあります」
「ええい、まだ詭弁を弄して白を切る気か! もうよい! 衛兵よ、この不届き者をただちにここから追い出せ!」
「殿下、どうか冷静になって私の話をお聞きください」
しかしユベリアス王太子ときたらもう完全に頭の中が凝り固まってしまっていて、メルビルの話に耳を貸そうとはしなかった。
「お前の話などもはやこれっぽっちも聞きたくはないわ! メルビル=オーバーハウゼン、国家反逆罪により今をもって侯爵家の娘としての地位を剥奪、国外追放とする! また金輪際、フライブルク王国内での改良コンニャクの生産を全面禁止とする!」
「なっ!? お待ちください殿下。私の追放は百歩譲ってもはや致し方ないとしても、改良コンニャクの生産禁止だけはどうかお考え直し下さいませ!」
自分が追放されるだけではなく改良コンニャクまで禁止と聞いて、メルビルは血相を変えた。
「ならん! 王太子であるボクを暗殺しようとした女の考案したものをそのまま流通させておくなど、不愉快極まりないからな! これより改良コンニャクは国家反逆コンニャクに指定する! 栽培した者は謀反の疑いありと見て重罪に問う!」
「ですが改良コンニャクは他国にも輸出され、安価で品質がよいことから、多数の外貨を稼ぐ我が国の主力産業の1つにまでなっております。他国の上流階級の皆さま方にもフライブルク産改良コンニャクとして高い人気を誇っています」
「ふん、それがどうした?」
「もしここで改良コンニャクの生産を禁止してしまえば、国内外で高い評価を受ける基幹産業が一つ消し飛んでしまいます。ひいては我が国の国力の低下を招き、国民生活にも大きなダメージを与えることは必死です」
メルビルは言葉を尽くして改良コンニャクの価値を説明していく。
自分が改良コンニャクを開発したという自負からではない。
メルビルは決してそのような器の小さな女ではなかった。
歴史と伝統ある上級貴族にして心からの忠臣たるオーバーハウゼン侯爵家の娘として、国を代表する一大産業ともなった改良コンニャクを失うことを、見過ごすことはできなかったからだ。
「ふん、別に改良コンニャクでなくとも、米でも粟でも小麦でも大豆でもトマトでも、代わりに別のものを生産すればよいだけの話よ」
しかしユベリアス王太子はメルビルの話を、まったく取り合おうともしなかった。
「他国が作れるものを作ってもいたずらに競争にさらされるだけですわ。他国が作れないものを作るからこそ、そこに大きな価値が生み出されるのです」
「ええい、お前のめんどうな議論に付き合うつもりはない! 婚約は破棄! 改良コンニャクも破棄だ! これはもはや決定事項である! 衛兵! この罪人を即刻パーティ会場からつまみ出せ! 今すぐにだ!」
「殿下、どうか! 私はどうなっても構いません! ですがどうか改良コンニャクを破棄することだけはお考え直し下さいませ!」
メルビルは最後に声を大にして強く訴えたものの、
「ふん!」
ユベリアス王太子殿下は顔を背けると、そのままメルビルとは目を合わせようともしなかったのだった。
すぐに2人の衛兵が飛んできて、メルビルはパーティ会場からつまみ出されてしまった。
その連れ出される途中で、メルビルはあることに気が付いた。
妹のカステラーヌが、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらメルビルを見ていたことに。
しかもカステラーヌはユベリアス王太子に寄り添うように身体を寄せ、ユベリアス王太子もまんざらではなさそうにその肩を抱き寄せていたことに――。
「そう、そういうことだったのね……」
この瞬間、聡明なメルビルは全てを理解した。
今回の一件は、カステラーヌがメルビルを追い落とすための虚偽の告発だったのだ。
全てはユベリアス王太子殿下を自分のものにするために――。
「そう言えばカステラーヌは昔からずっと、ユベリアス王太子殿下と婚約が決まったことを羨ましい羨ましいって言っていたっけ」
メルビルにとってユベリアス王太子は、次期国王としてはやや性格に難がある我がままな王太子という認識だったが、カステラーヌは王太子の顔がカッコよくてヤバイ、イケメン過ぎてヤバイ、ヤバイマジヤバイと言ってその外見を誉めそやしていた。
ユベリアス王太子が婚約者であるメルビルに会いに来たときなどは、メルビルを差し置いて自分がいかに可愛い女であるかをアピールをするほどだった。
でもだからといって、まさか実の姉であるメルビルを虚偽の告発で追い落とし、代わりに自らが婚約者として後釜に座ろうなどという、そんなバカげたことを考えていたとは思いもよらなかったメルビルだった。
まかり間違っても、由緒が正しく歴史も深き侯爵家令嬢のやっていいことではなかった。
「しかも改良コンニャクの生産を禁止するだなんて……これじゃあフライブルク王国の経済は壊滅的ダメージを受けてしまうわ……」
メルビルは失意と絶望の中、オーバーハウゼン侯爵邸へ帰宅したのだった。
両親である侯爵夫妻はメルビルの話を聞いて頭を抱えていたが、ユベリアス王太子が並みいる紳士淑女たちの前で宣言した以上、今となってはもう誰もどうすることもできなかった。
こうしてメルビルの婚約は破棄され、メルビルの開発した改良コンニャクも全て破棄されてしまったのだった。
メルビルが追放を宣告された2日後。
メルビルは実家であるオーバーハウゼン侯爵家で、荷造りに勤しんでいた。
「ふぅ、これでだいたい必要なものは片付いたかしら。フライブルク王国内にはいられないから、ひとまずは隣国のシェアステラ王国に身を寄せるとして。改良コンニャクの販売で懇意にしていたシェアステラ王国・御用商人のミカワ屋さんで働かせてもらおうかしら」
あと数日でメルビルは国外退去しなければならない。
今まで大切に育ててくれた両親や、とても尽くしてくれた使用人たちとのお別れが近づき、また生まれた時から見守ってくれた侯爵邸ももう見納めかと思うと、否が応でも心が切なくて悲しくなってしまうメルビルだった。
そんな傷心のメルビルの元へ、とある人物がやってきた。
「よっ、ご無沙汰だなメルビル。なんか大変なことになったみたいだけど、とりあえずは思ってたよりは元気そうで良かったよ」
それはちょうどメルビルが向かおうと思っていた、隣国で大国でもあるシェアステラ王国の第二王子ウィリアムだった。
ウィリアム王子は、平民相手でも分け隔てなくざっくばらんに話しかける、表裏のない明るく気のいい好青年だ。
この辺りではとても珍しい黒目・黒髪は、初代女王であるアストレア=シェアステラの王配だった『クロノユウシャ』リュージの血を色濃く引いていることの証でもある。
ユベリアス王太子の婚約者だったメルビルは、そんなウィリアム王子と何度もパーティで顔を合わせたことがあった。
「お久しぶりですウィリアム王子殿下。この度はわざわざ当家まで足を運んでいただき恐悦至極にございます。しかしながら今の私は追放を宣告された身、おもてなしも満足にできないのです」
王太子の婚約者と侯爵家令嬢という地位を剥奪され、我が子のごとき改良コンニャクを破棄されたとしても、清く正しく育てられたメルビルの心にある誇りと気高さはわずかたりとも失われたりはしない。
ウィリアム王子に対していささかの礼を失することもなく、美しいカートシーでお辞儀をし、これ以上なく丁寧に対応するメルビルに、
「おいおい、えらく他人行儀だな。王子殿下はよしてくれよ、いつもみたいにウィリアムでいいよ」
ウィリアム王子は手を軽く振って苦笑しながら答えた。
「申し訳ありません、私はもうユベリアス王太子殿下の婚約者でもなく、オーバーハウゼン侯爵家令嬢でもなく、平民降下させられたただの一庶民です。大国シェアステラ王国の第二王子であるウィリアム王子殿下とはあまりに身分が違い過ぎます。今までのように話すことは到底許されないことですから」
なにせ一国の王子と庶民ではその差は歴然、月とスッポンである。
メルビルのこの対応は至極当然だった。
「じゃあせめて殿下はやめてくれ殿下は。あ、これは命令だからな」
しかしウィリアム王子はというと、そんなメルビルの言葉を特に気にすることウィンクしながら茶目っ気たっぷりに言ってくるのだ。
「では僭越ながらウィリアム王子と呼ばせていただきます」
これまでも何度も目にしたウィリアム王子の人柄の良さを改めて見せられて、メルビルは少しだけ表情を崩した。
「それでメルビル、早速本題に入るんだけど。聞けば行く当てがなくて、うち――シェアステラ王国に身を寄せようと思ってるんだって?」
ウィリアム王子が切り出した。
「はい、当面はそうさせてもらおうと思っております」
「だったら話は早い。我がシェアステラ王国にメルビル、君を農業顧問として招聘したい」
「農業顧問、ですか?」
メルビルはウィリアム王子の意図がイマイチわからずに、小さく小首をかしげた。
「あー、俺はまどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言うけどさ。メルビル、改良コンニャクをシェアステラ王国で栽培する気はないかな?」
「それって――」
突然の提案にメルビルは小さく息をのんだ。
「シェアステラ王国は君の作った改良コンニャクを高く評価している。この国がその権利を手放してくれるというのなら、正直渡りに船だ。ぜひ秘匿されている改良コンニャクを効率的に栽培するノウハウを、シェアステラ王国に教えて欲しい」
「……」
「相応の身分も用意しよう。子爵位くらいなら俺の権限でも与えられるから、シェアステラ王国にオーバーハウゼン子爵家を新しく創設しよう。もちろんもろもろかかる経費は全部こっちが持つ、君に負担はかけない」
「よろしいのですか?」
爵位をくれる上に経費全部持ちというあまりの大盤振る舞いに、メルビルが驚いたように尋ねた。
「改良コンニャクを国内で効率的に生産できるようになれば、すぐに元は取れるからな。別に大したことじゃないさ。それで、どうだ? 悪い話じゃないと思うんだが」
「そうですね……」
メルビルはしばし黙考した。
シェアステラ王国は広大な領土と、高い経済力を誇る地域大国だ。
周辺国家との仲も良好で、軍事的にも大国にもかかわらず侵略の野心を見せたことは一度もなく、ウィリアム王子をはじめ王家の評判もすこぶるいい。
まさに周囲の国々を引っ張る理想的なリーダー国家だった。
そんなシェアステラ王国が、王子の権限で貴族の身分を与えてくれた上に、資金面で全面バックアップして改良コンニャクを栽培してくれるというのだから、メルビルとしては乗らない手はありはしなかった。
だから今考えていたのは、状況を改めて整理するという以外に意味はないのだった。
「どうだろうか? うちでも改良コンニャクの種芋こそ入手したんだが、イマイチ上手く生育しなくてな。開発したメルビルの力を是が非でも借りたいんだよ。ああもちろん、他に希望があれば考慮するぞ? なんでも遠慮なく言ってくれ」
だから再びのウィリアム王子の問いかけに、
「いいえウィリアム王子、要望などはわずかもございませんわ。この度は素晴らしい申し出をいただきありがとうとざいました。メルビル=オーバーハウゼン、ご提案を謹んでお受けしたします」
メルビルは満面の笑みで答えたのだった。
それから10日後。
メルビルはシェアステラ王国の王都にいた。
王宮の一画にある貴賓室を、特別に長期滞在用の私室として用意してもらっている。
全てはウィリアム王子の取り計らいだった。
1泊して旅の疲れを癒したメルビルは、翌日からウィリアム王子と農業大臣、数名の農業技官に連れられて農地を見学した。
「今はこのあたりで大規模にコンニャクを栽培してるんだ。ただイマイチ大きくならなくてな。ダメになるのも多いし」
目の前には一面に広がるコンニャク畑。
しかしメルビルは見た瞬間にいくつもの問題点に気が付いてしまった。
「すぐ近くに大きな川が流れてますね。すこし地面が過湿気味だと思います。もう少し乾燥した場所に農地を移しましょう」
「コンニャクは乾燥に弱いと聞いて、川に近い方が水やりに便利だと思ったんだが、地面に湿度がありすぎるのもいけなかったのか」
「改良コンニャクは生育条件が全て良好に整った時に初めて、高い生産性を発揮するんです。そのためには万難を排する必要があります。ここの地面はあまりに湿度が高すぎます。これだけで生産数、サイズともに3割は落ちているはずです」
「そういうことだったのか。農業大臣、今のメルビルの話を聞いていたな? 可及的速やかに用地を選定し直すんだ」
「はっ、かしこまりました」
「お待ちくださいウィリアム王子。先ほども言いましたが湿度と同じくらい、コンニャクは乾燥にも弱いんです。なにせバランスが大事なのです」
「わかった、バランスだな。他にはあるか?」
「吹き抜ける風も気になりますね。改良コンニャクに限らずコンニャクは弱い作物なので、わずかに葉が傷ついただけで病気になって枯れてしまいます。なるべく風が弱い地域を選定してください」
「ふむ、さらに条件が増えたか……これはもう実地で見てもらった方が早そうだな。よし、ではいくつか候補地を用意させるから、実際にメルビルに見て決めてもらうとしよう。農業大臣、これまでのメルビルの意見を参考にして、改良コンニャク栽培に適した候補地を複数リストアップしてくれ」
「はっ、すぐに取り掛かります」
「他に何か気付いたことはないか?」
「2年目、3年目のコンニャクはもう少し角度をつけて、垂直ではなく45度くらいで植えたほうがいいですね。芋の頭頂部にくぼみがあって、そこに水がたまるとダメになってしまうので」
「植え付ける角度が大事なのだな。了解した。他にはあるか?」
「ここからパッと見た感じでは、言えるのはこれくらいでしょうか。肥料の配合や投入するタイミングについても、できれば確認させていただきたいところです。それと冬場の種芋の管理方法なども知りたいですね」
「農業大臣、肥料に関する現状およびその他もろもろを後で資料にまとめて提出してくれ」
「はっ、ただちに用意いたします」
「他にはないか? この際だから気付いたこと、気になったことは全部教えて欲しい」
私は改良コンニャクに関する細かいノウハウを、全て余すところなくウィリアム王子と農業大臣に伝えていった。
そして最後にまとめるように伝える。
「これは全ての工程において言えることなのですが、コンニャクはなにせ病気に弱い作物なのです。ですので細心の注意を払っていただければと思います」
「今日の説明を聞いてよくよくわかったよ。これじゃ、種芋だけ手に入れてもちっとも生産力が上がらないわけだ」
ウィリアム王子が感心するように言って、今日の視察はお開きとなったのだった。
第一回目の視察を終えた数日後、ささやかな歓迎会が催された。
歓迎会というよりかは、ウィリアム王子とシェアステラ国王夫妻の3人、それとメルビルという少数メンバーによる夕食会である。
つまりメンバーはささやかどころか超豪華だったから、メルビルは入念にメイクをし、後れ毛一本まで見落とすことなく髪をセットし、わずかの失礼もないようにとギリギリまでドレスにしわがないかを確認していたのだった。
ちなみにウィリアム王子の兄である第一王子は不在だった。
「兄さんは今、将来の即位を見据えて周辺諸国を歴訪中でね。せっかくの機会なのに、会わせられなくて申し訳ない」
「お心遣いありがとうございます。ですがこのような夕食会を私のために開いていただいただけで、むしろ光栄の極みに存じますわ」
「ほほぅ、メルビル殿はとても礼儀正しくて気立てが良い女性じゃのぅ」
「農業改革とウィリアムのことをよろしく頼むわね、メルビルさん。基本的に悪い子じゃないから」
「は、母上!? 急になにを!?」
「なにあなた、こんな素敵なメルビルさんに不満でもあるって言うの? もしそうなら、ちょっとそこに正座しなさい。お説教してあげるから」
「いえ、全然ちっともそういうわけじゃないんだけど……」
「そうだぞウィリアム、母さんの言うとおりだ。お前はワシに似てところどころ抜けておるから、妻をめとるならメルビルさんのような聡明な女性にするといい」
「父さんまで何を言ってるんだよ、もう酔ってるのか? ええっと、ごめんなメルビル。なんか変な話になっちゃって」
「ふふっ、仲が良さそうでいいじゃない。私も話しやすくて楽しいわ」
「そ、そうか? そう思ってくれるならいいんだけど」
国王夫妻との夕食会ということで、食事の前までは緊張を隠せなかったメルビルだったが、しかし国王夫妻がウィリアム王子に似て朗らかな良い人たちだとわかって、緊張感も薄れ内心ほっこりしていたのだった。
その後お風呂に入ったメルビルは、宿泊のためにあてがわれていた貴賓室に戻ってきた。
そこにウィリアム王子が尋ねてくる。
「明日からの予定を確認に来たんだけど、しばらくは改良コンニャクの栽培候補地を回っていきたいと思う。どこが栽培に適しているか、適していないなら問題点はなにか、問題点を改善すれば栽培に適した農地になるのか――そういったことをその都度、評価をしていって欲しいんだ」
「委細承りましたわ」
そんな感じで明日以降の打ち合わせはつつがなく終了したのだが――、
「と、ところでメルビル」
「はい、なんでしょうか?」
話はもう終わったというのに、ウィリアム王子がさらに話を続けようとしたことに、メルビルは何か伝え忘れでもあっただろうかと小さく首を傾げた。
「メルビルはその、今好きな人とかはいるんだろうか?」
どこか挙動不審なウィリアム王子の質問に、
「知っての通り、私はユベリアス王太子殿下から婚約を解消されたばかりなので、そういう相手はおりません。それがどうかいたしましたか?」
対照的にメルビルはさらっと事務的に答えた。
「いやな、うん、まぁ特にどうというわけではないんだが……ちなみに黒髪の男は好きだったりするか?」
「……つまり私がウィリアム王子のことをどのように思っているかということを、お聞きになりたいのでしょうか?」
「うぐ……っ」
メルビルのドストレートな物言いに、ウィリアム王子は完全に言葉に詰まらされてしまっていた。
上手く答えられなくて沈黙するウィリアム王子の背中を、冷や汗が一滴すいっと流れ落ちる。
「あれ、違いましたでしょうか? 申し訳ありません、少々自意識過剰だったようです、今の失礼な発言はどうか忘れてくださいませ」
メルビルは慌てて粗相を謝罪した。
しかし。
「いや、まさにそういうことが聞きたかったんだ。メルビル、その、良かったら俺と交際しないか」
ウィリアム王子が今度はこれ以上なくはっきりと言った。
もともとウィリアム王子はなんでもはっきりと言うタイプの人間なのだ。
しかしメルビルの美しさと気立ての良さを前に、さすがのウィリアム王子も躊躇してしまっていたのだ。
「ええっと、いきなりなにを言っておられるのでしょうか?」
「いきなりじゃないんだ。今まで何度か顔を合わせて、素敵な女性だとずっと思っていたんだ。そして今回色々と踏み込んで話してみて思った。君のような素晴らしい女性と結ばれたいと」
「まさか最初からそれが目的で私を助けたのでしょうか?」
「それこそまさかさ――いや完全にゼロかと言われたら、そりゃ必ずしも完全にゼロだとは言い切れないんだけど……」
下心が全くなかった――とは言い切れなくて、最後の方はかなり小さな声になってしまう正直者なウィリアム王子である。
「あの、普通ここは完全にゼロだ、って言っちゃう場面だと思うんですけど。下心なんてないんだよってアピールするのが普通なのではないでしょうか」
メルビルが苦笑しながら指摘する。
「交際を申し込もうって相手に、嘘はつきたくなかったんだ」
そんなメルビルに、ウィリアム王子が真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「ふふっ……」
それを聞いたメルビルは思わず笑い出してしまった。
「お、おい。なんで笑うんだよ」
「申し訳ありません、お噂の通り、素直で正直な方だなと思いまして、つい」
「それは褒めてくれてるんだよな……?」
「もちろんですわ。これほど正直かつ素直に気持ちを告げられた経験はありませんでしたので、少々戸惑ってしまいました。笑ってしまい申し訳ございません」
「それは別にいいんだけど、そんなにおかしかったかな?」
「普通は殿方が女性を口説く時には、口先のおべんちゃらをあれこれ駆使して、自分をこれでもかと飾り立てて口説こうとするものですわ」
「それは相手に対して誠意がないだろう?」
「はい。ですからそんな軽薄で浅薄な殿方より、ウィリアム王子はとても素敵だと思った次第です」
「おおっ、そういうことか!」
ウィリアム王子が納得した様子でポンと手を叩いた。
「ちなみになんですけど、正式なお付き合い――結婚を前提としたお付き合いをご希望ということでしょうか?」
「もちろんだ。父上と母上には夕食会の後にそれとなく伝えておいた。感触は悪くなかった――というかむしろ背中を押されたように思う」
「あはは……、食事会の時もお二人はそのような感じでしたものね。ですがフライブルク王国を国外追放された私と交際だなんて、問題になりはしませんか?」
「今のメルビルはシェアステラ王国の貴族の一員だろ? 何の問題もないよ」
「確かにそうですね」
「じゃあ――」
「ですが少しだけ猶予を頂けないでしょうか。ウィリアム王子の人となりをもっと知りたいのです」
「分かった。それは必要なステップだよな。そういうことなら交際を前提で、まずは俺のことをよく知ってもらうとするよ」
「ではそういうことで――あっ!?」
そこまで言いかけてメルビルがふらりとバランスを崩した。
夕食会の時に話が弾んだこともあって、メルビルはついついお酒を飲み過ぎてしまったのだが、今になって酔いが強く回ってきてしまったのだ。
完全に足がもつれたメルビルの身体が、その意に反してどんどんと倒れていく。
「メルビルっ!」
ウィリアム王子がとっさに手を差し伸べたものの、既にメルビルは完全にバランスを崩してしまっており。
2人はそのままもつれ合うようにして、側にあったベッドに倒れ込んでしまった。
不慮の事故によって抱き合うようにベッド横たわってしまったメルビルとウィリアム王子。
互いの息をはっきりと感じられる距離で身体が重なり合い、二人の心臓が激しく鼓動を伝え合う。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃないんだ。すぐにどくから」
ウィリアム王子は誠実かつ清廉潔白なシェアステラ王族の一員として、紳士然としてすぐに離れようとしたんだけれど、
「――」
そこでそっとメルビルが目を閉じた。
その意図するところを悟ったウィリアム王子が、一瞬ビクッと身体をこわばらせる。
ウィリアム王子はまだ女というものを知らぬ未熟なチェリーボーイだったから、それもまた無理のないことだった。
初めては心から愛せる女性とするのだと、ウィリアム王子はそのピュアな心に決めていたからだ。
ちなみにメルビルの方も男性経験はない。
一国の王太子と婚約ともなれば、その子供は未来の王となる。
であれば、生まれてくる子供が他の男の子種ではないと確実に証明するためにも、結婚して王宮で日々を過ごすようになるまでは、絶対的に清らかな身体でいることが求められていたからだ。
それはさておき。
メルビルは酔った勢い半分、成り行き半分。
もちろん好意があるのは大前提として、さっきはもっと知ってからと言ったものの、この噂通りの正直者の王子なら、まぁそういうこともいいのかなと思ってしまったのだった。
ウィリアム王子は身体をしばらく身体を硬直させた後、意を決したようにそっとその唇にキスをして――。
その夜、2人は愛の女神の名のもとにめでたく結ばれたのだった。
数日後、用地候補の第一次選定を終えたとの報告を受けたメルビルとウィリアム王子は、それから毎日精力的に各地の栽培候補地を見て回った。
20人近い農業技官も同行していて、メルビルは彼らに改良コンニャクに関する知識を伝え、質問に答え、実地での技術指導を行っていく。
時おり休憩中に2人で散策をしたり、就寝前に愛をささやき合ったりすることはあったものの、
「この調査の費用も元は国民が納めてくれた血税だからな、色恋にうつつは抜かしていられないさ」
王族としてまこと正しく育てられたウィリアム王子はいつもこの調子であり、またメルビルはメルビルで、
「私の持てる改良コンニャクの知識の全てを、あますところなく伝えるわ」
改良コンニャクの栽培をシェアステラ王国に根付かせるために、細部に渡るまで丁寧な技術指導を行い続けたのだった。
互いに互いを深く思い合いながらも、仕事中に色ボケすることは間違ってもないメルビルとウィリアム王子。
ノブレス・オブリージュ。
王族と貴族、ともに高貴なる身分に生まれた者として、とても誠実に己の立場に向き合う2人なのだった。
そんなこんなで。
最終的に3カ月かかって最終候補地を選定して、改善可能な場所と問題点を徹底的に洗い出し。
さらにそこから2か月かけて翌年以降の改良コンニャク栽培計画を立案し。
さらには圧倒的に数が足りない改良コンニャクの種芋を、四方八方に手を尽くしてなんとかかき集めて確保して。
(最後はフライブルク王国にいるメルビルの両親=オーバーハウゼン侯爵夫妻が、まだ廃棄されていなかったフライブルク王国内の改良コンニャクを、秘密裏に集めて提供してくれた)
最後に翌年の予算配分と人員確保の確約を取り付けて、ようやく2人に平穏な時間が訪れたのだった。
こうして今、半年近くに渡って働きづめだった2人には3週間の長期休暇が与えられていた。
王宮のウィリアム王子の部屋で、ベッドに腰かけながら身体傾けたメルビルが、少しだけ甘えるようにそっと体重を預ける。
久しぶりに次の日のことを考えなくてもいいゆったりとした時間を得て、他愛ない会話を楽しく続ける中。
「そもそもどうしてメルビルはコンニャクを改良しようと思ったんだ? いくら商売上手で国を富ませてきたオーバーハウゼン侯爵家とはいえ、その長女が率先して行うようなことでもないよな?」
ウィリアム王子がふと思いついたようにメルビルに尋ねた。
ウィリアム王子としては本当に何気ない雑談の延長の質問のつもりだったのだが、
「えっ!? ご、ごほん、それはまぁ、その、えっと、色々ありましてですね?」
しかしメルビルはわざとらしい咳払いをするなど、普段の冷静な淑女の姿からは想像もできない、露骨に焦ったような様子を見せたのだ。
「むむっ、なんだその反応!? やけに気になるだろ? 色々ってなんなんだ? 是非聞かせてくれないか?」
珍しく動揺して言葉を詰まらせたメルビルに、ウィリアム王子ががぜん興味を持って問いただす。
この話題はもっと深くメルビルのことを知るのに必要なのこのだと、ピキーンとウィリアム王子は直感したのだ。
「色々はその、色々よ……一概にこうとは言えないと申しますか……」
しかしメルビルの言葉はどうにも要領を得ないままだった。
「だから色々ってなんだよ? 改良コンニャクはメルビルのこれまでの人生そのものってくらいに密接に関わることだろ? だから知りたいんだ。どうしてメルビルがそこまで改良コンニャクにこだわるのかを知ることで、俺はもっとメルビルのことを理解できると思うんだ」
真剣なまなざしを向けながら誠意を込めた声で言ってくるウィリアム王子に、ついにメルビルは根負けした。
そして死地へ向かうがごとき強い覚悟を決めると――えいや!とばかりに気合を込めて言った!
「私は子供のころから便秘に悩んでたの! 1週間の難産とかざらだったの! それがたまたま偶然コンニャクを食べたら一発で劇的にお通じが改善したから、それから毎日コンニャクを食べるようになって、よりよいコンニャクを探すうちに自分で改良して作り出そうと思ったのよ、男ならそれくらい察しなさいよね、女になんてこと言わせるのよバカァッ!」
ハァハァと息を切らして恥ずかしい過去を暴露したメルビル。
あまりに辛い秘密の暴露と、早口で言いきったことによる酸素不足で、その顔はりんごのようにまっ赤だった。
「ごめん、本当にごめん。今のは俺が悪かった……でもな、さすがにそれを察するのは難しいと思うんだよな……」
「ふんっ!」
いくらメルビルのことが好きで、メルビルのことなら何でも知りたくて、どれだけメルビルのことを理解したいと思っても。
しかし世の中、聞いてはいけないことはあるのだと、ウィリアム王子はよくよく理解したのだった。
ついでに自分の直感がいかに当たらないかということも、これ以上なく理解した。
『そうだぞウィリアム、母さんの言うとおりだ。お前はワシに似てところどころ抜けておるから、妻をめとるならメルビルさんのような聡明な女性にしなさい』
メルビルの歓迎食事会の時に父である国王から言われた自分の評が、ウィリアム王子の頭をふとよぎった。
その後ウィリアム王子は誠意と言葉と愛と時間を尽くし、闘牛すら怯えて逃げ出しそうなメルビルの怒りと興奮をなんとか鎮めたのだった。
そしてそのままどちらからともなく求めあって、2人は一夜を共にした。
それから1年の時が流れ、翌年の秋。
メルビルとウィリアム王子の努力の甲斐あって、シェアステラ王国では大量の改良コンニャクが収穫された。
「これが本来の改良コンニャクか! 大きいな、なんてサイズなんだ!」
取れたばかりの大玉のコンニャク芋を持ちあげたウィリアム王子は、そのずっしりとした重さに驚きと喜びの声をあげた。
「取れたうちの約6割にあたる大きく育ったコンニャク芋については、3年目の再植え付けを待たずにこの時点で出荷が可能です」
そんな王子にメルビルが解説をする。
「本来3年かかるはずのコンニャク芋の、半数を超える6割がこの2年目時点で出荷できるのか! そりゃあ生産性が格段に向上するわけだ!」
「はい、これが改良コンニャクの最大の特徴なのです」
「この6割に関してはコストが2/3になったわけか。なるほど、品質の良さもさることながら、これは普通のコンニャクを栽培していては価格面で勝てるわけがないな」
「私はこれを密かに『コンニャク革命』と呼んでおりました」
「コンニャク革命か、言い得て妙だ。確かにこれは革命としか言いようがない」
コンニャク革命・イン・シェアステラ王国は1年目から上々の滑り出しをした。
―――――
その翌年にはコンニャク農地がさらに大規模に広げられて、収穫量は前年比50倍に大幅に拡大した。
国内に流通しだした改良コンニャクによって国民医療費が1割ほど低下し、また国外でもその存在が認知され始めた。
―――――
さらにさらに3年目には前年比1700倍の収穫量となり、シェアステラ産改良コンニャクとして大々的に販売されることになった。
周辺国に向けて大量の輸出が始まり、供給が途絶えていたフライブルク産改良コンニャクの市場をそっくりそのまま奪い取ったのだった。
―――――
「ふぅ、3年目にして完全に軌道に乗ったな。技術指導もつつがなく進んでるし、責任者としてやっと肩の荷が下りたよ」
景気のいい数字がこれでもかと並ぶ改良コンニャク帳簿を見ながら、ウィリアム王子はやれやれと大きく息を吐いた。
「ええ、これ以上なく順調ね。私も農業顧問として3年間やり切った感があるわ」
「あれからもう3年――正確には3年半か。長いようで、今思うと短かった気がするな」
「なにせ忙しかったからね。でも頑張ったおかげで今があるのよ。シェアステラ産改良コンニャクはこのまま世界を席巻するわ」
「それもこれもメルビルのおかげだよ、ありがとうメルビル。あの時俺についてきてくれて。君がいなければ改良コンニャクをこんな風に大量生産することはできなかった」
「こちらこそ追放された私を拾ってくれてありがとう。ウィリアムが居なければ私も、私の改良コンニャクたちも再び日の目を見ることはなかったわ。だからとてもとても感謝してる」
ちなみに3年の間にメルビルがウィリアム王子を呼ぶ時の呼び方は『ウィリアム王子』から『ウィリアム』へと自然に変化していた。
しかもメルビルのお腹の中には新しい命が宿っていた。
まだお腹はそう大きくなってはいないものの、すっぱいものが食べたくなったり、疲れやすかったりと体調の変化を感じない日はないメルビルだった。
シェアステラ国王夫妻からは、今までずっと働きづめだったのだから、しばらくはゆっくり身体を休めて出産に備えるようにと言われている。
そんなメルビルの元を訪ねてきた人物があった。
メルビルを訪ねてきた人物――それはお忍びでやってきたフライブルク王国王太子ユベリアスだった。
「元気そうで何よりだメルビル。聞いたよ、ウィリアム第二王子と結婚したんだってね。まずは2人におめでとうと言わせてもらいたい」
ユベリアス王太子がどこか下手に出たような、いびつな作り笑いを浮かべながら祝辞を述べた。
「ありがとうございます殿下。それで、本日は一体どのようなご用件でしょうか? 実は少々体調がすぐれず、長話は身体に堪えるのです」
メルビルは過去の遺恨から内心ユベリアス王太子には会いたくなかったものの、こんなのでも一国の王太子なので会わないわけにもいかず、ウィリアムに連れ添われて仕方なく面会したのだった。
妊娠が順調に進んでいるため、それに比例してメルビルは体調がすぐれない日が多かった。
そのためメルビルの態度は王太子相手だというのに、ややそっけない。
張り付いたような無機質な笑顔を浮かべている。
「で、では早速本題に入らせてもらおう。聞けば改良コンニャクをシェアステラ王国で大量生産しているそうだね」
「おかげさまで順調に生産は拡大し、販路を飛躍的に増えておりますわ」
「それなのだが、我がフライブルク王国も再び改良コンニャクを栽培しようという話になってね。そのために改良コンニャクを知り尽くしたメルビルに助力を求めに来たんだよ」
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
「き、君が怒っているのは重々承知している。しかし過去のいきさつは水に流そうじゃないか。もちろん君の地位と名誉も回復する。ボクたちはきっと手を取れるはずだ。ボクには君が必要なんだよ」
実に自己中心的で身勝手で虫のいい話に、メルビルはため息をつきそうになった。
こんな自分にだけ利益がある話が、相手に通じると本気で思っているのだろうか?
濡れ衣で告発して、さらに侯爵家子女としての身分を剥奪。
婚約破棄をした上に国外追放をし、さらには改良コンニャク破棄までしたその口で今さら戻ってこいなどと言われて、いったい誰が戻るというのか。
この男は国の柱たる王族でありながらここまで愚かだったのかと、メルビルは心底落胆した。
それでもメルビルがフライブルク王国の貴族であれば、王家と王国に尽くすという貴族の務めを果すために、しぶしぶ承諾はしただろう。
しかし今やメルビルはシェアステラ王国の第二王子妃なのだ。
フライブルク王国の王太子の言うことをなんでもかんでも聞く必要はなかったし、それどころかシェアステラ王国の品位を守り、愛すべき王国と国民の矜持と尊厳を守るため、むしろきっちりとノーを突きつけなければならないのだった
「残念ですがお断りいたします」
故にメルビルは断固として拒否の言葉を投げつける。
「うぐ、だがボクはこのままでは廃嫡されしてしまうのだ。改良コンニャクの市場を失ったことで国家財政が急激に悪化した責めを負わされてしまうんだ……」
「だからあの時わたしはそう言ったではありませんか。一大産業を一つ潰すなどという愚策はおやめくださいと」
こんな状況に陥るまで、何をしでかしたか理解していなかったユベリアス王太子に、メルビルは呆れたように言った。
「その件に関しては全面的にボクが悪かった! だから頼むメルビル! このままだと次期王位が弟のものになってしまうんだ! 兄であるボクが弟に対してかしずかなければならなくなるんだ! おかしいだろそれは!」
「産業をつぶして国家財政を急激に悪化させたから、その責任を取らされるんでしょう? あなたには国を率いる能力がないと判断されただけです」
「ぐっ……」
なにが問題だったかを理路整然と指摘されて、ユベリアス王太子は完全に言葉に詰まってしまった。
「申し訳ありませんが、今の私はシェアステラ王国第二王子ウィリアム殿下の妃、メルビルです。であれば、この国と国民のために尽くすことはあっても、他国に尽くすことはできかねます。どうかその旨ご理解の上お引き取りをくださいますよう」
「そ、そこをなんとか!」
「どうかお引き取りを」
「頼む!」
「お引き取りください」
「……」
「お引き取りを」
微塵も揺るがぬ断固たる拒否の姿勢を貫くメルビル。
その姿は決して信念を曲げぬ凛々しき戦乙女のようであった。
もちろんメルビルは高い教養を積んだ心優しき淑女である。
心は晴れ渡った夏の空のごとく広々としていて、意見の合わない相手に対しても極めて寛容に対応する。
しかしそれは決して「何でも許す都合のいい女」でありはしなかった。
ユベリアス王太子はメルビルを追放しただけでなく、こともあろうにメルビルがまるで我が子のごとく大事に育て、地道に生産を拡大させてきた改良コンニャクをコンニャク破棄したのだ。
我が子を奪われるという塗炭の苦しみを味あわされた張本人たるユベリアス王太子を笑って許すほど、メルビルは甘くも愚かでもなかった。
メルビルには取り付く島もないと考えたユベリアス王太子は、一縷の望みをかけてメルビルの隣にいたウィリアム王子へすがるような視線を向ける。
2人は隣国の王子同士ということもあって、友人とまでは言わないもののパーティなどで話したことは何度もある間柄だ。
しかしメルビルの元婚約者であるユベリアス王太子の向けてくる惨めな視線を、現在の夫であるウィリアム王子は悠然と受け流し、無言を貫いて容赦なくシャットアウトした。
ウィリアム王子はメルビルの夫であるのだから、それもまた当然だった。
苦労して一大産業にまで育てたあげた改良コンニャクのノウハウを、わざわざ愛するメルビルの嫌う相手に教えてやる義理はないのだから。
最後の望みが絶たれた愚かなユベリアス王太子は、顔面蒼白で失意に暮れながらフライブルク王国へと帰っていったのだった。
「お疲れさまメルビル、大変だったね」
ユベリアス王太子がいなくなりすっかり静かになった部屋で、これまでメルビルの脇で無言で成り行きを見守っていたウィリアム王子が、そっと優しくメルビルをねぎらった。
「いえ、大したことはありませんわ。これまでのいきさつを考えれば話の内容はおおよそ察せられましたので、心づもりはできておりましたから。なにより隣にウィリアムがいてくれましたから」
メルビルはさっきまでの無機質な笑顔とは打って変わって、恋する乙女のごとき心から信頼した柔らかい笑顔でウィリアム王子に微笑んだ。
「じゃあそろそろ部屋に戻ろうか。あまり無理をして身体に障るといけない。少し横になるといい」
「ええ、そうさせてもらいます。初めての妊娠だから私としても万全を期したいですし」
「のども乾いただろう? すぐにいつものぬるい麦茶を用意させるよ」
「お気遣いありがとうございますウィリアム」
こうして過去の遺恨を綺麗さっぱり清算したメルビルは、ウィリアム王子と仲睦まじく手を繋いで私室へ戻っていったのだった。
その後。
フライブルク王国では第二王子が王位につき、ユベリアス王太子は王位継承権を剥奪されて辺境の小さな領地へと追いやられた。
またメルビルの実の妹であり、虚偽の告発を行いメルビルを追い落としたカステラーヌは国家反逆罪に問われて通称『監獄』と呼ばれる、絶海の孤島にある修道院送りとなったのだった。
もちろんメルビルとウィリアム王子は子宝にも恵まれて、シェアステラ王国でとても幸せに過ごしましたとさ。
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