レベッカ一行の世界漫遊の旅 3 (ノマード王国の旅 9)
私達の泊まる今夜の宿は『マーメイドの館』と言う何ともロマンチックな名前の3階建ての宿屋だった。港の見えるこの宿屋は、1階が食堂で2階と3階が宿屋になっている。私達は部屋を1人部屋と2人部屋を1つづつ借りると荷物を部屋に置き、食堂に集まっていた。
「それにしてもマーメイドという名前がこの宿屋についているって事は、ひょっとしたら人魚が出没するのかもしれないね」
サミュエル皇子が地酒を飲みながら言う。でも本当に人魚がいるのだとしたら一度は会ってみたいものだ。すると同じくミラージュがまるで水のようにガバガバ地酒を飲むと、空いているグラスをドンとテーブルに置いた。
「まさか、人魚だなんて伝説に決まっていますわ」
ドラゴンである自分のことを差し置いてミラージュは言った。
「そうなのかしら?でもミラージュはここに存在しているのに?」
「ええ。私はリアルに存在していますし、ドラゴンに関する文献は多数ありますよ?けれど人魚なんてお話の世界でしか出てこないじゃありませんか」
するとその時、おつまみのナッツやドライフルーツ、ジャーキーを小太りの女将さんが運んでくるとテーブルの上に置いた。
「はい、お待たせ。」
「丁度よいわ、この女将さんに直に聞いてみようじゃありませんか」
ミラージュの言葉に女将さんは首を傾げた。
「何だい?私に何か聞きたいことでもあるのかい?」
「はい、ありますわ。ズバリお聞きします。ここは『マーメイドの館』とありますが、まさか人魚なんてこの世におりませんわよね?」
赤ら顔でミラージュは女将さんに尋ねた。
「いるよ、いいや…いたと言った方がいいかな?」
「「え…?」」
その言葉に私とサミュエル皇子の顔が曇った。しかし一方のミラージュは信じようとしない。
「まあ!女将さん!私達が酔っ払いだと思ってからかってらっしゃるのね?!」
いやいや、多分しっかり酔ってるのはミラージュだけだと思うのだけど…?なにしろ今、私が飲んでいるのはぶどうジュースなのだから。
「いや、からかってなんかいないよ。現に人魚はいたんだから」
女将さんの言葉に私は遠慮がちに尋ねた。
「あの…もしや、人魚姫は王子さまとの恋が叶わずに海の泡に…?」
「ええっ?!俺の事かっ?!」
サミュエル皇子が驚いたように自分を指差す。…前言撤回。サミュエル皇子もかなり酔ってらっしゃるようだ。
「はぁ?何だい?その王子さまの恋が叶わずに海の泡に…って?」
女将さんは不思議そうに首をひねったその時…。
「ハッハッハッ!こいつは面白い!ってことは人魚が王子に惚れるって事は俺は王子みたいなものか?」
大きな笑い声とともに、かなりガタイの良い40代頃と見られるハゲオヤジさんが現れた。おお!まるで『カタルパ』で出会ったタコオヤジを彷彿させる!
けれど…。
「え?どういう事かな?」
サミュエル皇子が首をひねる。すると女将さんが言った。
「どういう事も何も、私が元・人魚だからさ」
「「「ええ〜っ!!!」」」
私達は当然の如く、声を揃えて叫んだ―。
****
「ほら、これが若い頃の私達だよ」
女将さんは古びたセピア色の1枚の写真を見せてくれた。するとそこには海辺にある岩の上に栗毛色にロングヘアの美女とイケメンが並んで座っている。そしてその美女は…お腹から下はしっかり人魚の姿をしていた。
「し、信じられん…。あの人魚が…」
サミュエル王子は余程ショックだったのか、テーブルの上に突っ伏している。余程人魚に夢を抱いていたのかもしれない。最も私もそのうちの1人なのだけど。
「この人は、若い頃は漁師だったのよ。それで彼が魚を捕る為に撒いた餌につられて網に引っかかってしまったところを助けられたのさ」
「ああ、それで互いに一目惚れして結婚したんだよな〜?」
2人は仲良さそうに肩を組んで笑っている。
「はあ…そうですか…」
ミラージュはため息を着く。
「ああ…俺の夢が…」
サミュエル皇子はブツブツ呟いている。う〜ん…確かに私ももっとロマンチックな話を期待していたけれども…。でも仲よさげな2人を見て、こんな話もありかな?と思った。その後、意気投合した私達は皆でお酒を飲みあった。
こうして、『デネス』の夜は更けていく―。




