ランス・キングの恋
グランダ王国を出て、我々が旅立って何箇所目かの村だっただろう。
「ここは俺とレベッカの思い出の村だ。懐かしいな、何もあの頃と変わりない」
『カタルパ』について真っ先に自慢気にアレックスは言ったが、果たして本当にこの村が2人の思い出の村なのかどうか、怪しいものだ。何しろアレックスは国が崩壊する直前までレベッカを冷遇し続けていたのだから。
そして今、僕とアレックスはこの村の唯一の宿屋兼食堂に来ていた。
カランカラン
食堂のドアを開ければ、店内は相当混み合っていた。ホールの中では2人の女性店員が忙しそうに客の座っているテーブルの間を行ったり来たりしている。
「ほーう。やはり混雑しているな。さすがグルメ雑誌に載っているだけのことはある」
アレックスが空いている丸テーブル席に座りながら言う。
「それにしても父上には困ったものだね」
僕もアレックスの向かい側の席に座りながら言う。
「ああ、全くだ。露天商の女に惚れて、店の前から動かないのだから。女癖が悪すぎて困る。情けない限りだ」
アレックスは自分の事は棚に上げて父の女癖の悪さについて文句を言っている。しょっちゅう色々な女性をベッドに招き入れている癖に。やはり僕みたいに一途な男でなければな。
ああ…レベッカ、君は今一体どこで何をしているんだい?大体僕たちがこうして旅を続けられるのも全てはレベッカのお陰なんだ。彼女が沢山鉱石を生み出してくれたから、僕たちはグランダ王国を逃げ出すときに、手に入れられるだけのありったけの鉱石を持って旅立てたのだから。
それにしても彼女は本当に不思議な力を持った女性だ。アレックスはレベッカの事を魔女だと言っていたが、僕はそうは思わない。きっと彼女は女神に違いない。何しろ、神々しいまでの美貌を持つ少女なのだから。本当にアレックスなんかにやるには勿体なさすぎる。
「おい、それにしても何故いつまでたっても注文を取りに来ないんだ?水すら出てこないじゃないか。いくら混雑しているからと言って、怠慢すぎるにもほどがある。おまけにあの客はさっきから店員に文句を言っているし」
アレックスは頬杖を付きながらイライラした口調で、指先でテーブルをトントントン打ち付け始めた。
その時―。
「こらあっ!!メニューの名前が全然違うだろう?!それに何がゆでダコだっ!それを口にするなっ!俺はなあ、以前にもここで出会った女にゆでダコ呼ばわりされてんだよ!!それなのにまたゆでダコって言ったな?!」
「くっそー!もう我慢ならん!!」
アレックスは僕が止めるまもなく、乱暴に立ち上がり…とうとう揉め事が起こってしまった。
全く、アレックスの血の気の多さには辟易してしまう。流石に僕も耐えきれなくなって口を挟んだ。
「アレックス、もうそのへんでやめておきなよ」
「うるさい!ランスッ!口を挟むなっ!!」
案の定、アレックスに逆ギレされてしまった。すると言い争いをしていた禿頭に筋肉質の男が僕の方を見た。
「何だ?貴様…この男のつれかぁ?」
あ…まずい…。
しかし、次の瞬間―
「お客さん!!いい加減にしないと帰ってもらいますよっ!!」
なんとも凛々しい声が響き渡り、次の瞬間フライパンが飛んできて順番に2人の頭を直撃していく。
な、なんて素晴らしいコントロールなのだ…。
思わずその女性を見て、ハッとなった。
どことなく似ている。僕の愛しく思うあの少女に。あの女性は一体…?
気づけば僕はその女性に声をかけていた。
「へ〜…君、なかなかやるね?」
「そう?ありがとう?」
女性は笑みを浮かべて僕を見た。
この瞬間…僕は多分、この女性に恋をした―。




