NEST LAND ~純粋無垢な戦争~
「退屈」オッドアイの少女ファルテは呟く。
「あれだけ言ったのにまだ言う?」レプスは機械の癖して呆れ顔。
「そもそもね――」レプスは不真面目な生徒を諭す教師の口振りで説教を始める。
視界は加速する。半分寝惚け眼でファルテは聞いちゃいない。
夢見現の中、レプスのゴチャゴチャな戯言が耳朶を打つ。
最も心地良い音は、機械のモーター音。ハイブリッド式のエコバイク『バル』は静かな振動をファルテの五体に伝えている。
シートが揺り籠の役目。微風が睡魔へと誘う。
薄く見開いた色の違う両目から零れ落ちる大地の肌色。鼻孔を突き刺す砂のにおい。
景色は止まる事を知らない。森の樹木、川の潺、動物の動き、山の渓谷――全てをこの世から失くした外の世界。広大な砂漠を一台のビッグスクーターが砂埃を上げて真っ直ぐ突き進む。
ファルテとレプスは『ネスト・ランド』からフィールド、広大な砂漠地帯へと『バル』に乗って脱出する事に成功。『バル』は『ネスト・ランド』内にある小さなレンタルショップの物を拝借して貰い、退屈嫌いなファルテが半日掛けてカスタムチェンジした物。
姿形が別物となり、隠密行動のカモフラージュ効果があったと確信して意気揚々と『バル』に乗り1人の少女と1つの機械がフィールド目指し突っ込んだのは良いものの……。
すぐにバレた。
「ファルテ気合い入りすぎ。これじゃバレても言い訳出来ないよ」
「ふえ?」半分眠りこけているファルテに容赦なくレプスの愚痴は続く。
少女ファルテは思う。自分の『仕事』は機械のガラクタから新しい何かを創り出す事。
「どこが?」思わず聞き返す。自分の『仕事』に関して熱心で忠実な彼女は少しムッとなる。
「だから、『バル』の改造。何もここまでする? 返って目立っちゃったじゃん」
「でも! バイクはカッコ良さが売りなんだよ! コンセプトをねじ曲げちゃダメだよ!」
「それ――誰から聞いたの?」
「賃貸バイク屋のおっちゃん」
「はあ~」レプスは呆然と吐息を漏らす。
マフラーは2つに分岐、タイヤは前輪が2対あり後輪はそのまま。ライトに至っては左右に3つ。エンジンが組み込まれてる車体の隙間を縫うネオン管のオンパレード。
おまけに環境に優しいハイブリッド機能付き。ホログラフ式のナビ、自動走行運転も搭載。
「唯一、逃走に役立ったのはやたらとエンジン音がしないって点だけ」
「レプス。君を作ったのも私なんだよ」
「そりゃ、御親切に。まさか自分のレンタルしたバイクが盗まれた挙句、アイディアさえも利用されたとあっちゃ賃貸バイク屋のおっちゃんも立つ瀬がないね」
完全に睡魔から覚醒したファルテは左右の腕を虚空に翳し、伸びをする。視野に映えるのは雲一つない青。
少女ファルテは15歳の天才発明家。身長155センチ。体重42キロの華奢な身体からは想像も及ばない腕力の持ち主。
スパナを持たせたらどんなガラクタからも1時間で動く2足歩行ロボットを作る事が出来る。
整形外科医も感心する整った顔立ち。白いショートボブのごわごわした生糸や綿飴を想起させる髪の毛。
右目がブラウン、左目がライムグリーン。宝石に似た綺麗なオッドアイ。
少女ファルテの美貌を台無しにしているのは――服装。
汚れたシャツ。背格好に比して丈長なボロボロのフード付きコート。ボトムはラフな動き易いぶかぶかズボン。光沢を失い磨いても輝かない革靴。肌身離さず持っている肩掛け鞄。
「機能美を追求するのも良いけどお洒落に目覚めたらどう? 『街』のお嬢さんみたいに」
レプスは少女ファルテに作られた宙に浮くボール型マシン。
ある日、散らばったガラクタの残骸を繋ぎ合わせて、パーツを削り丸く仕上げた。結果――レプスは誕生した。
宙に浮いている理由はファルテ曰く説明するのに百科事典3冊は軽く凌駕する為ファルテ同様『退屈』な部分はスルーしたいレプスは何も聞かない事にした。蛙の子は蛙。
レプスは常にファルテが仕込んだカメラのレンズとライトを前方にして浮遊する為、ファルテが勝手気儘にその表面を『顔』に決めた。
レプスは携帯電話や無線を通じて他者とコミニュケーションが取れたり、現在位置のマップを参照したりと色々な場面で大活躍してくれる。更に毒舌家。
「もう! レプスのバカ!」先程の発言が少女ファルテにグサリと突き刺さる。
「今の時代、『街』なんてそうないんだよ。フィールド各地に点在する『ネスト・ランド』――その中に初めて『街』は形成される。人の手によってね!」
『ネスト・ランド』は世界各地に広がる人々の居住区の事。
世界は一度、核戦争により破滅を迎え人類史上稀に見る広大な砂漠地帯と化した。
見るも無残に残ったのは戦争を通じて大量生産された『ケルパー』と呼ばれる殺人AIや、戦死者の亡骸、無念の魂が実体化した『イルジオーン』。
生物化学兵器の汚染によって動植物が凶悪化した怪物。
『ネスト・ランド』の外。フィールドにおいて危険レベルは5つに分岐する。レベル『1』(安全)~レベル『5』(危険)となる。余程の戦闘狂でなければ『ネスト・ランド』の外――フィールドへは出ない。
ファルテとレプスは『街』を見た事が無い。退屈嫌いなファルテが興味を抱く『街』を見に危険を顧みず、今回『ネスト・ランド』脱出計画を企てた。
「今頃、長老はさぞお怒りだろうね」
「賃貸バイク屋のおっちゃんもね」
借りパクした自動運転の『バル』のシートを背にしてファルテははにかむ。
――事態は唐突に発生。レプスが警報音を鳴らす。
「前方100メートル弱に謎の影がある。たぶん人だよ」
「おや、これまた気狂いな人だね。フィールドに出現するとは……」
「あっちもそう思ってるだろうよ」
「人数は?」
「一人ぼっち」
「危険度は?」
「コーションオールグリーン――レベル『1』」
『バル』の座席に寝っ転がる事数秒――謎の影は姿を現す。
「おーい! 止まれー!」
謎の影は徐々に輪郭を浮き彫りにしていき姿を現したかと思いきや――
「ゲッホ! ゲッホ! うえ~。砂が口に入った!」
――『バル』が急停止した直後の砂埃にやられていた。
「ねえ、君! もしかしてここ等辺の『ネスト・ランド』の住人だったりする?」
「そうだ! 怪しい奴め! 今すぐ『バル』から降りろ!」
砂埃から出現したのは少年で、腰にぶら提げてあるホルスターには2丁の拳銃が見える。
「コーションオールイエローレベル『3』」懇切丁寧にピンチ速報するレプス。
「わーい。やったー!」興奮してファルテは『バル』のシートの上で万歳する。
「意味分かんねえ奴! ますます怪しい! 脳天に風穴開けてやろうか⁉」
ファルテとは反対に憤慨。少年は腰の両脇に吊ってるホルスターから拳銃片方を抜き構える。
「ルーミス&ウェッソン社製――『コンバット・マグナ―』」
レプスが正確にメーカーと製品名を当てる。
「なっつかしい~。今時リボルバー式ハンドガンなんて滅多にお目に掛かれないよ!」
ファルテは『バル』のシート上でまたもやはしゃぐ。両手をブンブン振り回してる。
「ふっふ~ん! 良く知ってるねー若いの! こいつはゴルト社製――『ゴルト・バイゼン』と並んで旧フェニックス暦507年に時の皇帝クリス・オドル殿下が西大陸を制覇したガッズ・ゴイン侯爵に友誼の証として献上した品でその独自の装飾から殺す芸術品とまで謳われたって――チョイ待てコラ!」
ご自慢の品の取説を少年はノリツッコミして、もう片方の拳銃を取り出す。
「今度はブローバック式かー。君、何?」
「ペッケラー&コック社製――M・22。通称『ZOCOM』」
「お前こそ何だ! このピストルはな――カ……」
「カスタマイズ性に特化しててローアングルにはレーザーサイト及びサーチライト、マウントベースの上にはダットサイト、銃口にはサプレッサー(消音装置)を取り付ける事が可能なナイスなハンドガン――でしょ?」
「……く、クソ!」少年はナイスなハンドガンを撃つ事無く力尽きた。――ガクッ!
「これ位常識なのに」レプスの毒舌発揮。
「――そ、それよりもここから先は立ち入り禁止だ! 部外者は帰れ!」
「んー? 1つ聞いても良い?」
「な……何だ?」
「ここから先――って言っても別に危険な気配も建造物も見当たらないんだけど」
「そうだね。蜃気楼すらない。もしかしてオアシスが遠くにでもあるの?」
「この先には俺達の『ネスト・ランド』があるんだ」
「えー嘘!」
「嘘じゃない」
「レプス、分かる?」
「いーや。全く。正直お手上げだね」
レプスがスキャンしても分からない現象なんてそうは無い。
改めてファルテはオッドアイで少年の方を見る。
背丈は160センチ台中盤辺り、黒いセミロングの髪の毛に口元には迷彩柄のバンダナを装着。
顔は半分隠れているものの目鼻立ちがくっきりしていて眉毛が少し太い印象。
服装は萎びたタンクトップを重ね着。上に裾がちぎれたトレンチコートを羽織る。
ボトムはファルテと同じく動き易いズボン。腰に装着している両脇のホルスターに拳銃2丁。
――ガーピー!……こちらエリア『B』。未だ状況は変化なし。ガー……ピー!――
コートの胸ポケットに無線機を忍ばせていたらしい。
少年は応答する前、少女ファルテとレプスに挨拶代わりの自己紹介をする。
「俺の名はコルン。この先にある『ネスト・ランド』の住人で、警備兵をしている。君達はどうやら俺達に危害を加える気は皆無の様だね。仕方ないから客人として迎えるよ」
「わーお。先程とは別人!」
「レプス、シッ!」口元に人差し指を焦って立てるファルテ。
少年コルンは無線機の相手に出る。異常は無いと伝える。
ファルテとレプスは『バル』を停車。降りて服に付く砂埃をパタパタと払う。まるで煙突から出るスモークの様に辺り一面に舞う。煙はすぐに背景と同化。視界に映る前に消え失せる。
「俺達の『ネスト・ランド』は連邦政府による重圧がかなり厳しいぞ。それでも来るかい?」
適当な場所に『バル』を違法駐車してファルテは笑顔で聞く。
「もちろん! ねえ、そこに『街』はあるの?」
「『街』? 『ネスト・ランド』の中に『街』が無ければ誰が衣・食・住を共有するんだい?」
よし来たー! と、ファルテはガッツポーズ。
「所で君達の名前。まだ聞いてないんだけど」
「私はファルテ。こっちの丸いのがレプス」
「シクヨロ」
「ファルテとレプスか。よろしくな。我が『ネスト・ランド』へようこそ!」
「ようこそって言われてもね~」
「何にも無いじゃん」
少年コルンは持っている無線機にバンダナ越しから大声を発する。
「――こちらエリア『C』ポイント! 2人の来客者を出迎える! 名はファルテとレプス! 我々の『ネスト・ランド』の擬態『凍結』解除を要請する!」
「なーるへそ~」
「――え? 何か分かったの? レプス。教えてよ」
「今に分かるさ」
――……ガー! こちらエリア『A』! 2人の来客者の確認が取れた! 我が部隊に害は無しと判断! よって擬態の『凍結』解除要求に応える! コードを『ネスト・ランド』連邦政府に送信! 擬態『凍結』解除の指令が下るまで残り10・9……――
「いつの間にかカメラが回されてたみたいだね」
「目の前に『ネスト・ランド』があれば――ま、当然か」
――5・4・3・2・1・0……ブレイクダウン!――
轟音。
大地の砂丘が揺れる。ファルテは驚く暇も無く振り返る。
鬼門である丑寅(北東)の方角に巨大な砂のタワーが出来上がったかと思いきやゆっくりと砂塵となって周囲に降り注ぐ。
マグニチュード8は越える振動。砂の地面が裂けてクレバスが出来てもおかしくはない。
天からモーセが舞い降りてきて砂の海を両断したと錯覚する。
「――な⁉」ファルテ、渾身の一撃にひたすら呆然。
「ホラ、早く! 今の内に」コルンは沈着冷静。
「ファルテ、説明は後々」飄々とレプス。
気付くと目の前に人が開拓した巨大なスタジアム級の要塞が辛うじて見える。
爆心地から突風が吹き荒れる中、3人は『ネスト・ランド』に吸い込まれる。
*
「わーお! あー! びっくりしたー」
「ここまで衝撃的とはね」
ファルテとレプスは『ネスト・ランド』のエントランス。防弾ガラス張り簡易シェルターの中にいた。
内装は戦前の『街』にある観光ホテルのロビーをモチーフにしたシックでお洒落な造り。
床は曼荼羅が描かれたペルシャ絨毯があしらわれ、高級革張りの3人掛けソファーが対になって鎮座。
著名なデザイナーが創作した黒のサイドテーブルの上にはピカピカの銀の灰皿があり、天井に蝋燭で火を灯した本物のシャンデリアがある。
おまけに今となっては贅沢な木材を使う薪ストーブが壁の側面に配置。一生ここで暮らせそうな存在感。
エスニックに別の調度品を誂えたホールで、ファルテは飾りのパルティアンショットのレリーフを見ながら先程の現象は何だったのか聞く。
レプスは危険が無いか空間の隅々をスキャン。
「俺達の国『ネスト・ランド』は戦争で地面に埋もれている核の不発弾をソナーを使って探知。現場へは『ケルパー』をテロのC4。セムテックスを持たせて行く。起爆装置式のね」
「――何でそんな面倒な事を?」首を傾げるファルテ。
「所謂EMP――電磁パルスを発生させる為さ」
振動は爆破の衝撃だけでなく、核が爆発した際起こるEMP事電磁パルスによるもの。
「さっきの猛烈な爆発は、送り込んだ『ケルパー』事地下数十メートルに埋まった核に起爆電橋線型雷管を仕込んだセムテックスで誘爆させたんだ」
「レプスが途中で答えを知ったのは……」
「――そ♪ 爆薬抱えた停止中の謎『ケルパー』だけは探知出来たからもしかしたらと思って。丁度コルンが擬態解除要請した時に電源が入ったし。ピンときたのさ。第六感ってヤツ?」
「そんな危ないものがあったら先に教えて――って、あれ? 『ケルパー』だけ探知出来たのに何で『ネスト・ランド』は分からなかったの?」
これだから素人は……とエスペラント語でブツブツ罵った後、爽やかな解説に入るレプス。
「EMPを利用。『ネスト・ランド』を隠すには必要になる物がある――でしょ? コルン」
コルンは10センチ位の分厚いガラスの壁に背を預け立ったまま頷き、懐から何か取り出す。
「核爆発で電磁パルスが一時的に発生した時、誰にも見破れない物がコイツさ」
「――え? 手榴弾?」
パチパチと薪ストーブの爆ぜる音だけが響く。
「このパイナップルとEMP――電磁パルスの信号をキャッチしてコントロールすれば砂漠と姿形を一時的に一体化出来る。俺達の『ネスト・ランド』。軍部では『凍結』と呼んでる」
「へー。このグレネード。何? どうしてレプスには見破れなかったの?」
「推理。恐らくレプスが何度スキャンしても俺達の『ネスト・ランド』は見破れない」
「もったいぶってないで教えてよ!」
「レプスは赤外線探知機を搭載してる。そのセンサーによって毎度スキャンを行っていた」
「正解」レプスはしてやられた。
「つまり俺達の『ネスト・ランド』を覆っている擬態とやらは別の効果を発揮していたんだ。赤外線センサーはそれに阻まれた」
「もしかして……そのグレネードって――」
遂にファルテも物事の核心に至る。背景にピカリと衝撃音。
「――そう。煙。赤燐グレネードさ。大量のね。EMPを強制的に利用して、姿を隠す時は霧散=ロックし、現す時には抑制=アンロックさせるんだ。筋が通れば簡単な話だろ?」
*
ファルテとレプスの2人はコルンに――どうしても必要なんだ。と、要求され『ネスト・ランド』の入国許可の打診を申請させられた。
大仰な門がファルテとレプスを待ち受けており、先導しているコルンがまた無線機を使って扉を開く様に指示。
「ここは3つある入り口の内の1つ。『ゲートC』さ」
開いた門の先の道を先頭に立って歩き、得意気にコルンは鼻を鳴らす。
トンネルに似たアーケードを少し歩いた後『ゲートC』と電子パネルで表示されたネームプレートの下に監査員が事務室の窓口で待機しており、必要事項を記入するプリントと簡単な口頭での質問が幾つか展開。素直に受け答えするファルテとレプス。
「何コレ? 心理テスト?」
「ちょっとした検査さ。客人が精神疾患を患っていた時の為の対処法や犯罪歴に対する偽証を見破る為に設けられた――まあ、心理テストと大差ないかもね」
全ての審査が終了し、無事『ネスト・ランド』の中に入る事を許可され、ファルテのオッドアイはピカピカ輝きを放つ。18カラットのダイヤモンドみたく鮮やかに。
「――さあ、新たな『ネスト・ランド』が私達を待っている!」
「程々にしときなよ。変な事して牢獄にぶち込まれるのは御免だからね」
乙女チックに駆け出す白いショートボブカットの少女にコルンは慌てて後ろから声をかける。
「――ちょっと待って! ファルテとレプス!」
アーケードは暗く、先の方に出口の明かりが煌々とさざめいているのが視界に映る。
「――ん? コルンが何かあるみたいだよ」
「えー。早く『街』を見たいのにー! 何だい? コルン」
やたら馴れ馴れしいファルテの発言を無視して少し真剣な面持ちでコルンは続ける。
「君達、ここで『仕事』をする気は無いかな?」
振り向きざまのファルテは不満顔で、光の速度で言い放つ。
「えー。外の警備兵『仕事』なんてまっぴら御免だよ。『街』の観光が出来ないし、何より退屈だし~。それにホラ、私は女の子だもん。だから無理」
ファルテの女の子だもん発言に対し、会心の矢が飛んできた。
「警備兵? 君は何を言ってるんだ?」
「――え? 違うの?」
「警備なんかよりもよっぽど楽しい『仕事』――さ」
コルンは初めて口にしていた迷彩柄のバンダナを持ち上げ、不敵な笑みをしてみせた。
*
場所は仕事斡旋所――『ジョブスター』にて、2人の男女が会話をしていた。
雰囲気からしてアベックではない。
『ジョブスター』の小汚いフロア。複数個の丸テーブルとカウンターテーブルが並ぶ中に今日も老若男女が自らの『仕事』を探しにやって来た。
閑散としたフロア内。人々は酒、煙草、麻薬に溺れ下品な笑みを浮かべながら怪しい『仕事』の……いや、ビジネスとは関係の無い話ばかりが9割近くを占め――掲示板の張り紙を見向きもしない。
独特な雰囲気を漂わせる例の2人の男女はカウンターテーブルを陣取り、やはり酒を嗜んでいた。
遠方からやって来た割と背丈の高い男は、背中に自身の身長ほどもある長さの野太刀を携えていて、カウンターテーブルの片隅で女を無言で口説いている様に見える。
実際は逆だ。
女の方が男に口説いて……いや、食い付いている有り様で野太刀の男は緑色に満たされた強い酒に視線を注いでいるだけ。
「あなた東方の島国からやって来たの? でも今の時代、東方の小さな島国からこの西大陸にやって来るのは至難の業なんじゃない? しかも1人で? 背中のツーハンデッド・ソードには軍が保有した核ミサイルやレールガンに匹敵する力でも宿っているの?」
女の方は酒に強いらしくまだ酔ってもいない。酔客の様なトロンとした目付きを演じて、カウンターテーブルの片隅でジッとしている男に身体事這い寄る。
女の名はキッツ。男の名はカルメロ。
キッツは年若い娼婦であり、カルメロを自分の店に呼び込もうとキャッチセールスに勤しんでいる。
キッツの美貌とフェロモンに殺られた男は数知れず。
彼女のプロフィールは身長160センチ前後。体重は秘密。
キュッと引き締まったウエストはキッツの美貌の中心点となり、抜群のプロポーションを演出。
金髪ブロンドの髪の毛は時折微風に吹かれてロングにふわり。ノーダメージの黄金が外では陽光に、屋内では蛍光ライトに照らされ艶やかに光り輝く。
まるでそこは彼女の舞台。
戦後により生活手段を失った悲劇のヒロインが自身の『ネスト・ランド』の一区画で娼婦として雇われ――必死に食い扶持を稼ぐ為に『ジョブスター』にやって来る厳つい男どもを相手に誘惑をするシーン。
栄えある名女優でも中々真似出来ない。それ程彼女の美貌はずば抜けていた。
スポットライトを一身に浴び続ける1人の少女娼婦。
正に独壇場。
年齢はトップシークレット。
彼女の美貌を際立たせる香水や高級アクセサリーは、こんな時代でもどこから湧いて出てくるのか不思議な商人や領主を相手にした際にプレゼントされた物ばかり。
戦前の貴族が着用している煌びやかなドレスに身を包み、はち切れんばかりのEカップのバストをわざと強調する為に胸の部分だけ露出しているのは御愛嬌。
精緻なフランス人形もドン引きする整った顔にセクシーな衣装がプラスされ、鬼に金棒とはこの事かと他者に思わせる『美』のオーラは、今目の前に相対しているカルメロ以外の男達を樹液に吸い寄せられる昆虫の如く視線を注がせる。
フェロモンプンプン、私がこの世で一番美しいのよ光線を放っているキッツに対し、カルメロは静かに手にしていたグラスを見つめ――やっとこさ口を開く。
「核ミサイルにレールガンか。軍需産業が生んだ廃棄物。ゴミよりも性質が悪い。湧き出る放射能が人体に悪影響を及ぼす。動植物が怪物になっちまう。核戦争を起こした結果がコレか」
キッツに相対するカルメロは皮肉交じりに苦笑する。
ゲイではなく、女性に興味を持たないカルメロ。年季の入っている渋いインテリ口調。
彼はまだ20歳に満たず、齢は19。東洋にある小さな島国の『ネスト・ランド』から単身でやって来た。
顔はナイスガイ。
東洋の島国からやって来たと自称するだけあり、風変わりで無精ヒゲを生やし、鷲鼻に黒ずんだ日焼けが目立つ顔面は――静かに他者を威嚇するだけある風格の持ち主。
髪型は世界大戦以前の東洋に浮かぶ島国。故郷の風習に倣い、黒い長髪を後頭部に纏め束ねている。
それでも腰に届くほどの長さを誇る。
その容姿からして最早異様な人物確定済み。
更に麻布で出来た繊細な材質の衣を重ね着。薄いジャケットの裾を無理矢理帯紐で締めている。しかもボトムは幅広いエスニックパンツの出で立ち。
これを奇異だと思わない者はここ西大陸ではいない。キッツは興味本位と自身の『仕事』がてら声をかけ、誘っている。
「あなただって武器、持ってるじゃない」
「全てはこの世で使命を果たす為。コイツは有機リン酸の神経ガスよりも暴れん坊でね。苦労してるんだよ」
「ハア?」
「俺は大戦景気で潤っていた時代が好きではない。サリンがばら撒かれ、多くの同胞が世界大戦の茶番で消えた。世間は舞い上がっていたが、徴兵制による少年兵。一兵卒の頃の俺はいつか仲間の為に復讐しようと決意を胸に秘めた」
「あなたね――」
「俺は妖刀と呼ばれし『菊一文字』を担いでいる。死者達のこれまで斬ってきたあらゆる『血』が欲しているのさ。『菊一文字』が最後の1人を斬る為だけに俺をこの地へと呼び寄せた」
「死者達? それって、『イルジオーン』の事?」
「西大陸ではそう呼ぶらしいな」
「あなた――一体何者?」
「名物とも業物とも呼べる俺の野太刀をバカにした奴に名乗る気は無い」
「何よそれ! ツーハンデッド・ソードのどこが悪いのよ! あなたここ『ジョブスター』にどんな用でやってきたの⁉」
「『仕事』だよ。お宅もそうだろ?」
不覚にもキッツは驚く。話のイニシアティブを持っていかれてしまっているのに今更気付く。
「チッ! 何様よ。あなた!」
「もうすぐで大きな『仕事』がやって来る」カルメロは呟く。
「断罪すべき最後の1人は『菊一文字』が教えてくれる。後は俺がそいつを斬るだけだ」
野太刀『菊一文字』の柄をギュッと握りしめるカルメロ。禍々しき『血』のオーラが滴る。
立ち上がり、不気味な雰囲気に負けじと彼女も最後の悪足掻き。人差し指を突き付け、
「東洋の占い――かしら? 当てて御覧なさい? 私のビジネスが何なのかを」
「臭いんだよ」
「――は?」
「香水の臭い。産業廃棄汚染やサリンの様に纏わり付く。この西大陸には近代まで風呂に入る習慣すら無かったそうじゃないか。体臭を消す為に香水は流行した。大航海時代や産業革命。世界中を植民地にしてきた不衛生な西洋人がコレラや梅毒を各地にばら撒いたみたいにな」
続く言葉がキッツにとって最後の一撃となるのは明白の理。
「娼婦のクソガキには一生分からないだろうな。俺達、東洋の世界は」
*
遠くの地平線に太陽がゆっくりと下降する。
鮮やかな夕暮れの明かりが闇に染まっていく。
コルン、キッツの地元――『ネスト・ランド』――では既に街灯がポツポツと闇に備え始めていた。
そんな中、とある『ネスト・ランド』の誰も近寄らない貧民街の一区画で1人の中年男性がランタンを掲げて埋もれている機材の上に座っている。
周囲360度には年齢がバラバラの少年少女達が中年男の姿を部外者から隠す為にびっしりと整列している。
異様な光景である。
「ファルテとレプスと言うのか……その新参者は」
「はい。彼女等の話を聞く所によると、南の『ネスト・ランド』からやって来たそうです」
少年少女の集団の中にコルンはいた。
世界大戦が勃発。
唯一生き残り、ストリートチルドレンになってからこの貧民街を縄張りとして徐々に勢力を伸ばし、他のギャング団と抗争を繰り広げる毎日で、何とか命を繋げていた。
強盗、恐喝、拉致、監禁、誘拐、傷害、麻薬、詐欺、捏造、密輸――これ等には全て2つの魔法の言葉が付いて回る。
金と殺人。
『仕事』の内と心の中で割り切って時には仲間を見殺しにし、自分は上手く生き延びた。
貧民街での鉄則。
コルンの悪名が『街』に広まってくると新しい珍客が現れた。
殺し屋のオヤッサン。
今ではコルンの師匠。
見た目は髭面の中年男性。
齢は40~50程度。
黒社会の精通者で闇の営業人を自称する。
やがて表の世界。戦後、経済が活性化し『ネスト・ランド』の集落が開拓と繁栄を繰り返した後、現在の連邦政府が組織のトップに君臨。機能した。
「奴等の『血』はまだ脈々と受け継がれている」
コルンの師匠。未だに正体が暴かれた事のない髭面男の顔がランタンの灯に照らし出される。
死の螺旋。血で血を洗う戦い。修羅場を幾つか潜り抜けてきた男の顔は無表情。
「俺達も『仕事』に動き出さなければな。『TOY』の準備は万全か?」
「もちろんです! 師匠。他の皆も異存はないよな?」
「へ――! ったりめーよ!」
「私だって『TOY』の扱いには慣れてるんだから!」
仲間達の声。コルンにとってかつての同胞達を思い起こさせる心強い深い『血』の絆。
――俺達は約束した。必ず自分達の手で『ネスト・ランド』に革命を起こすって!――
「良し。これで最後、今までで一番デカいヤマだ。早速『仕事』の準備に取り掛かるぞ」
*
――翌朝。ファルテとレプスは宿泊した宿屋にいた。
「これが『街』か。――なんて美しい景色だ」
簡素な造りの宿。格安の屋根裏部屋の小さな窓。ファルテは『街』の光景にうっとり。
そんな中――屋根裏部屋へと続く梯子がギシギシ揺れる。
「誰か来るよ」とレプス。
「やあ。お邪魔するよ。今朝はどんな調子だい?」やって来たのは他でもないコルン。
「『やあ』じゃないよ。全く! 早く面白い『仕事』とやらを教えてよ」
「――そうか。ちょうど良かった。朝食を取る前にレプスに聞きたい事があったんだけど」
「ファルテに直接聞いてよ。まるで接着剤みたいに窓に顔をくっ付けて離れないんだ」
「ハハ。君は人間の心を汲み取るのが上手いな。心理学者か精神科医みたいだ」
「昨日――コルンはフィールドで警備兵の『仕事』をしてたでしょ」
レプスは自身の音声回路を調節して低くコルンに問うた。ファルテには届かない。
「それがどうかしたのか?」
「エリアは全部で3つ。『A』『B』『C』に分かれていた。仮にデルタ『A』『B』『C』とする。あの時の無線機の応答からして司令官はデルタ『A』」
「……続けてくれ」
「推測だけどデルタ『A』司令官は連邦政府とコネクションがある。誰も見破れなかった擬態の『凍結』解除コードを唯一知っていたからね。ボクとファルテを招待した君の本来の『仕事』の目的はデルタ『A』の司令官と接触し、連邦政府の繋ぎ役。云わばパイプラインを持つ事」
レプスの推理は歯止めが利かない。
「警備兵の『仕事』はダミー。本来の『仕事』の前にやるべき事だったんだ。連邦政府に盾突く為には忠実な犬のロールをする。そこにタイミング良くボクとファルテがやって来た」
「ついてねえな。どこで俺がヘマをした?」
「コルンの『ネスト・ランド』の連邦政府は重圧が厳しい発言。更にボクとファルテが銃器に詳しかった事。要するにボクとファルテをこれから誘う『仕事』に使える奴だと判断したんだ」
「それで? 事件の全貌はどんな結末を迎えると――?」
「――全て壊す。君、この『ネスト・ランド』を未曽有の地へと変える気でしょ?」
*
「ここの『ネスト・ランド』は別名『ミラ』。1つの国としてうちの連邦政府が掲げた象徴だ」
朝の軽い散歩と称しコルンはファルテとレプスを誘い3人は外を観光がてら歩いている。
「『ミラ』で最も流行っているカードゲームが凄いんだ。『ロジェミレ』って言ってね。コンピューターカードゲームでディスプレイ越しに怪物やNPCを選んで技を競い合うんだ」
「ふーん。この『街』にはそんなのが流行ってるんだ~。一度プレイしてみたいな」
薄暗い路地裏へと入っていくコルン。2人は付いて行くしかない。闇が3人を覆い尽くしていき貧民街へと辿り着く。
後続のファルテとレプスに振り向く事無くコルンは言い切る。
「だからこそ『TOY』は『ミラ』で歴史的な人気を博した。全ては連邦政府の罠から抜け出す為に。『シェン』が俺達の本能を揺さ振るんだ……お前等! この2人を殺っちまえ!」
突如として暗闇から姿を現したのはコルンと同い年位の少年と少女。
ファルテは反射的に後退った。レプスが即座に周囲をスキャンする。
「驚いた。ファルテ。ここには50人位の人間が潜んでいるよ。しかも、若い連中ばっか」
前方を見るファルテ。コルンは闇の中に消え、見るからに薄汚い少年と少女だけが残る。
「あんたがファルテか。ようこそ『ネスト・ランド』――『ミラ』の貧民街へ」
「言っておくけど……ここは生き地獄よ」
ファルテは肩掛け鞄から何かを取り出した。三点バースト式の自動小銃。ストックを伸ばしキッチリと腕に固定する。セーフティを親指でゆっくりと外す。
「噂に違わぬクラシカルな野郎だな。過去の遺物がホントに役に立つって思ってるのか?」
「待って! ファルテ! 他にも何か見える!」
「――何?」
「巨大な四角いモニター。たぶんコルンが喋っていたカードゲーム専用の物だと思う」
「お喋りなロボットだな。お前がレプスか。コルンから話は聞いてるよ」
「――面白い。『TOY』で鍛えられた私達の異能力――見せてやるわ!」
少年と少女は片手に5枚、ババ抜きをする時と同じ要領で手札をポケットから取り出す。
「――! 何か来る!」ファルテは銃のトリガーを引かずに退く。
「『相生』――『土生金』! 大地に眠りし金色の刃『クレイモア』! 我が手に司る時!」
少年が1枚札を引き叫ぶ。呪文詠唱。カウントダウンのゲージが彼の頭上に映る。
ゲージが満タンになると彼のカードは消滅。ターンが回り、地にスペル・サークルが出現!
「レプス! 何――あれ⁉」焦るファルテ。
「解析不能! 詳細不明!」さすがのレプスもお手上げ。
曼荼羅を思わせるスペル・サークルの中心に金色のオーブが地を這い集結。
そんな中、少年の右手にオーブは伝っていく。オーブの光は一瞬で剣の形を成し、『クレイモア』が出現。
「えー⁉」ファルテ驚嘆。
「信じられない……まるで言霊だ!」レプスも慄く。
「でも、ファルテ! 相手は恐らく手に持っていたカードからあの剣を出現させたんだよ! どんな理屈か知らないけど、こっちは銃器。あっちは剣なんだから負ける訳ない!」
驚いている暇はないとレプスは判断。
即断即決で、ファルテは頷く。
ストックで腕に固定していた三点バースト式の自動小銃を迷わず撃ち抜く――!
「ぬるい!」
少年は右手の『クレイモア』を軽く一振り。3つの弾丸は意図も容易く弾かれた。
「冗談でしょー⁉」ファルテ発狂。
「最悪。コーションオールレッド――レベル『5』!」実況解説はレプス担当。
――カツカツカツ。そんな所に1人の中年男性が暗闇から足音を響かせて姿を現す。
「「ボス!」」気配に気付いた2人の少年と少女。
「「――ボス⁉」」思わず怯むファルテとレプス。
ファルテは自動小銃を持ち直し、素早く上腕に固定。フロントサイトとリアサイトの照準を合わせ、グリップに力を籠める。
標的はボスと呼ばれた男の方へ。
髭面の男は両手を上にして敵意は無い事を示す。
それでもファルテの警戒心は揺らがない。
危険なオーラがする。
「やあ。私の可愛いストリートチルドレンがやんちゃな真似をした。まずは無礼を詫びよう」
男は未だ銃の照準を外さないファルテの前の地面に大きな袋を放り投げる。
――ドサ! 袋からはみ出してきたのは大量の金貨や札束。『ミラ』の通貨。
ファルテは銃を構えたままチラッとそれに目を向けまた視線を戻す。
「……それだけじゃ物足りないって顔してるぜ。へへ。もう良い。お前等は下がっていろ」
「――え? でも……」「私達、まだ始末してない!」
「良いから下がってろクソガキが! 俺がケジメをつける。奴等の始末はしない。予定変更だ」
予定変更と聞いて2人の少年、少女は舌打ちをしながら闇の奥へ消える。
「コルン? いるんでしょ! これはどういう事なの?」
コルンは終始無言で闇の中から姿を見せる。
「……すまなかった。全て説明するよ。レプスはまだ話してないみたいだね。今朝の件」
「――今朝? レプス? 何か聞いていたんなら私にも話してよ」
「あの時はファルテ、『街』の光景に酔っていたし――あの、その――ピー……ガガガガ!」
「ちょっと! 故障したふりは止めてレプス! それとも解体されたいの?」
「タイミングを見失ったんだ。いつ話そうかと思ってたら――」
コルンが場を諫める告げ口。
「俺が誘った朝の散歩で奇襲を受けた」
「よーし。話は纏まったぞ! お前等この2人組を客人として迎えろ。絶対に手は出すな」
2人は『ネスト・ランド』――『ミラ』――貧民街の闇へと足を踏み入れていく。
*
「――連邦政府に革命を起こすの? さっきの『TOY』だっけ? カードマジックで?」
「『TOY』は10年前に俺達の『ネスト・ランド』で流行したコンピューターカードゲーム『ロジェミレ』。そのAIである『シェン』がこの世に齎した歴とした異能力だ。ファルテ」
「何でボク達を殺そうとしたの? やっぱボクのせい? あの名推理が原因?」
「ああ。50%はね。残りの5割はファルテ――君自身だ」
「――私?」
ファルテはキョトンとした。オッドアイがまん丸くなっている。
「君は物を作るのが『仕事』なんだろう? 俺は警備兵として入国審査の書類を見た。この『街』が壊滅されると知ったらファルテは絶対に邪魔をしてくる――そう睨んだんだ」
「例の『TOY』ってのは何なのさ?」
気さくなレプスは場が静まらない内に話し掛ける。
「君がスキャンしたモニターを見てくれ。5年くらい前に俺達の師匠――殺し屋のオヤッサンが廃棄される前に小さなゲーセンからかっぱらった物だ」
「あの時は苦労したな。廃品回収業者のナリをして、ある変装の達人から特殊メイクまでして貰い、詐欺のプロフェッショナルと手を組んで改造したバンにケーブル事無理矢理乗せて逃げたんだ。詐欺の連中との手切れ金はともかく、特殊メイクの返済は小切手だった」
ボス――殺し屋のオヤッサンは不気味に微笑む。
コルンの師匠とは言え、どうもファルテはこの中年男に好感が持てない。
「これが最後の1台。『TOY』は『ロジェミレ』の中に宿った『シェン』……AIがプレイヤーの精神――心に宿り、VRを現実に変えたんだ」
「――具体的にどういう事?」
ファルテはコルンの言葉で、殺し屋のオヤッサンに対する先程の葛藤を止めて質問に移る。
「『ロジェミレ』は娯楽のカードゲーム。時折不可思議な出来事が起こったのさ」
「さっきの戦いみたいな事?」と、レプス。
「そう。『ロジェミレ』は5年間の短い期間だけど、大人子供問わず愛されたゲーム。プレイしている人はたくさんいた。そんな折、奇怪な事件が時々起きたんだ。中にいるNPCや怪物が、ディスプレイから飛び出して実体化する……そんな事件。そこに法則がある事に気付いた人物が研究機関を設立して事件の解明に勤しんだ」
「――法則?」「――気付いた人物?」
「陰陽五行説と俺達『ネスト・ランド』の誇り。国名となった『ミラ』博士さ」
コルンは続ける。
「『ロジェミレ』は『火』『水』『木』『金』『土』の属性の力を操ってバトルするATB式カードRPG。陰陽五行説はベースとなるルール。そうして自分のデッキを組み立てるんだ」
「何それ」「ゴメン。ボク達ゲームに疎いんだ」
「ATB式――アクティブタイムバトルってのはゲージが溜まるまで自分のターンを待つ戦い。RPGはロールプレイングゲームの事。カードを使ってRPGのバラエティーは進化した」
「『クレイモア』をカードから出現させた男の子。頭上のゲージが待機時間を示していたんだね」
「『ロジェミレ』が実体化した理由は何なのさ」
「『ミラ』博士が独自の機関で研究を行い結果判明した事は、核戦争が終わり怪物を食料、糧にしてきた人類と破砕された軍事物資を使って新たに『ネスト・ランド』を構築してきた人類……要するに『ミラ』――『ネスト・ランド』を開拓した俺達の生活が要因らしい」
「――? それと『ロジェミレ』と何が関係してるの?」「分かりづらい」
「『魂』さ」自信たっぷりにコルンは言い、もっと話は進む。
「娯楽ゲーム『ロジェミレ』をプレイすればするほどモニター内部にある回路が人々の『魂』に触発され、膨張していく。死者達の霊魂や『ネスト・ランド』に生き延びた人達の活力が組み合わさって、陰陽五行説までが加わりゲームの中の住人は姿形を現実に現した。あらゆる人々の感情の発露。さっき目にした異能力は種も仕掛けも無い事実なんだ」
さっきの少年、少女との戦いを目の当たりにしなければとても信じられる話じゃない。コルンの言っている事は本当だ。
「まさかゲームマシンの中にプレイした人々の願望が実体化するとは夢にも思わなかったよね」
「何もかもが自由って訳じゃない。内部の回路は時間を経過する毎に意志と感情を持ちプレイヤーに掟。ルールを課した。その人工知能AIの事を俺達は『シェン』と呼んでいる」
「ルールって何さ」レプスは無い唇を尖らせる。
「『火』『水』『木』『金』『土』をコントロールする『相生』と『相剋』」
暗闇の中ランタンを掲げ、地面に図を小石で描いていくコルン。
「『相生』の原理。『火生土』は火を起こすと後に灰(土)が残る――『土生金』は地面を掘ると金が得られる――『金生水』は金の表面に露(水)が付着する――『水生木』は水を与えると植物が生える――『木生火』は木は燃えて火を生み出す」
最初のスタート地点『火生土』~『木生火』を順になぞっていくと綺麗な五角形が出来る。
「こいつは驚いた」「全て繋がってるんだね♪」
「これが『相生』の全て。俺達は『ペンタゴン』って呼んでる。次は――」
新たな図を隣に書き記していくコルン。
「『相剋』の原理。『火剋金』は火で金を溶かせる事――『金剋木』は金の斧で木を切り倒せる事――『木剋土』は木は地面に根を張り、栄養を吸い出す事――『土剋水』は土で水を制する事――『水剋火』は水で火を消せる事」
最初の出発点『火剋金』~『水剋火』を繋げていくと今度は五芒星の図形が出来上がる。
「ワンダフォー」「全て繋がってるんだね♪」
「こっちが『相剋』の『アステル』。これだけ説明すれば理解出来るだろ?」
「2つの原理を利用してさっきの魔法は実現可能って訳ね」
「『相生』の『ペンタゴン』と『相剋』の『アステル』は全ての属性の手札が揃っていないと発生しない。あくまでも最後の手段さ」
「『ペンタゴン』と『アステル』――2つが完成するとスペシャルボーナスでも起きるの?」
「『シェン』が『TOY』の魔力に適合する者を導いて――『魂』に触れる」
「例の人工知能AI『シェン』だっけ? 本当にいるの?」
「証拠は俺達が異能力を発揮出来る事。『シェン』の導きにより俺達は生きて戦う。異能力の事を俺達は『TOY』と呼ぶ」
闇の中から殺し屋のオヤッサンの野太い声が響き、聞こえてくる。
「野郎ども。時間だ」
「ファルテとレプスにお願いがある」
「「何?」」2人は同時発声。
「俺達の『ネスト・ランド』。『ミラ』を救う『仕事』の手伝いをしてくれないか?」
*
「あんたの事は死ぬほど嫌いだけど――今回の『仕事』の一端は任せて」
場所は娼婦の館。キッツは豪勢に飾られたシャンデリアにレッドカーペットが敷かれた成金趣味のエントランスで、革張りの高級ソファに身を沈めながら煙草を吹かす。
「それで? いくら出せる? 亡き母の知人だか知らないけど私、お金にはうるさいわよ」
応接間のフロアの所々にはラフレシアが飾られている。
殺し屋のオヤッサンの両手には2つのボストンバッグがズシリとした質感を保ち、キッツは一目で中身を把握する。
「まさか――その中に入っているのはお金じゃないの?」
「そのまさか。お前がこれまで探していた喉から手が出るほど欲しい物。『仕事』道具だ。今目の前にいる年若いクライアントのママからのプレゼント。云わば形見だな」
「今まで『ミラ』のどこを探しても見つからなかった母の遺品をどうして――あんたが……あんたが母を殺したのね⁉」
殺してやる――! キッツが今にも掴み掛らんばかりの勢いで責め立てる。
「お前さん気付いていないのか? 俺はキッツの母親の良き知人。それに本業は殺し屋」ニヤリと口角を曲げる殺し屋のオヤッサン。
深海で鮟鱇が獲物を誘き寄せる。果たして疑似餌に喰らい付くのか? 殺し屋のオヤッサンが得意とするある種のゲーム。彼はひたすら待ち、この状況を楽しんでいた。
盤上を宙から見下ろす邪悪な棋士。このイカレタ大戦後の世界。『ネスト・ランド』に必死で生きる人々をポーンに見立て、更にイカレタ空間へ誘う。
ギリリ……! と、キッツが奥歯をこれでもかと噛みしめる音が聞こえる。
「母を殺した動機は……私自身ね?」
「その通り。今回の『仕事』でより優秀な変装の達人が必要だ。愛するママの為に一芝居打ってくれないか? 彼女からの遺言は――私よりも変装の素質がある奴がいるのよ! だったかな」
「……止めて」
「自慢げに誇らしく語ってくれたよ。あんたのお母さんは。何せ自分のライバルに『仕事』を取られてしまう可能性が多分にあるにも関わらず、『血』は皮肉にも繋がっている訳だからね。さて、問題なのはここからだ。亡き母親の為に変装の極意を一体全体どこの誰が継承してくれるのか――」
「止めてって言ってるでしょう!」
酷く悪趣味なフロア全体に聞こえる大音声で、キッツは怒鳴りつけると殺し屋のオヤッサンに目もくれず2つのボストンバッグを両脇に抱える。
「さて……商談成立か?」
「勘違いしないで。私は母の『血』の為に『仕事』をするわ。母の誇りとして『仕事』を全うする。その後はあんたを殺す為の『仕事』に全神経を注ぐ。母の『血』に誓ってね。決してあんたの為じゃないわ」
キッツはこれでもかと大声で吐き捨ててその場を辞去。
他の娼婦達の視線を振り払い、ハイヒールを黒いリノリウムで出来たタイル張りの床に掘削するみたいなキツイ足取りでガツガツ甲高い音を立て姿を消す。
「血統書付きのサラブレット未だ健在か。所詮蛙の子は蛙。キッツ。君を生かしておいて良かった。お前は母親譲りの子だ。あの天才変装人から『仕事』を奪い取った。『血』は争えんな。肝に銘じておくよ」
黒い背広の胸ポケットからライターを取り出し点火。葉巻を一服する。
「さて……と。これで駒は出揃ったな」
*
「聖なる宴が始まる。愛刀『菊一文字』。魂の叫びが聞こえる。『イルジオーン』――愚かな核戦争の死者。この地における混沌の闇から霊魂、精霊、妖魔を救済する」
ファルテとレプスが『ネスト・ランド』にやって来て2日目の夜。
カルメロは高い監視塔の屋根の上で愛刀に語りかける。
『菊一文字』を虚空に翳し、鞘からギラリと光る銀色の刃を抜き出す。
幾度も研磨されたオリハルコンの刃は鏡の役目でカルメロの顔を映し出し殺戮の紅が闇の中、蛍の光の如く照り輝く。
「何者だ! 貴様!」
「ここは『ミラ』の監視塔だぞ! 部外者は立ち入り禁止だ!」
巡回警備の係官達が異変に気付き、警棒と拳銃を腰に携えて塔の螺旋階段を駆け抜ける。
「俺はターゲット以外、他人を殺める気は無い。『菊一文字』の『血』と『魂』が望む限り」
「――消えた?」異変に気付いた時には既に遅し。
巡回警備官達は刀の柄頭で軽く昏倒させられていく。
「俺が断ち斬り、禍々しき死の断罪を与えるのはたった1人だけ」
東方の小さな島国。『ネスト・ランド』から来たカルメロの静かな『仕事』は今、始まる。
*
「交代の時間だ。エリア『A』警備兵隊長ガシヴェン! 擬態の『凍結』状態はどうだ?」
「ラッセル隊長。いつもの交代時間よりも1分45秒早いぞ。悪い事でもあったのか?」
ハハハ! と、ラッセル隊長を冷やかし茶化すエリア『A』ガシヴェン警備兵。
「フン! ワシは時間に――いや、『七賢者』に忠実なだけよ。それより早く指令に従え」
「ハイハイ。『凍結』に異常なし。良好」
「部下のエリア『B』『C』。当直任務は無事に進んでいるか?」
「夜間警備兵――本日の枠はボニパルとオクタニアウス。2人とも私の優秀な部下です」
「――そうか。なら、行って良し」
「――どうも。お疲れ様です」
カツカツと靴音を鳴らし、連邦政府の機関に続く軍の格納庫へと数歩。
去り際に一言だけ――エリア『A』警備兵隊長ガシヴェンは冥途の土産を置いていく。
「革命は好きですか?」
「――!」
ラッセル隊長が勢いよく振り向いた時には、既に額に赤い点がポツンと輝く。レーザーサイトだ。
パシュッ! と、乾いた音がしてラッセル隊長は前のめりに倒れる。
人体の急所の1つ。ラッセル隊長は頭をハンドガンでぶち抜かれ、血と脳漿を辺りにまき散らし絶命。
「さてと。ここから先はあなた達の出番。軍の格納庫があるわ。私はこいつになりすますから、コルンは私が着ているガシヴェン隊長の衣装を身に纏って」
サプレッサー(消音装置)の調子を確かめ、エリア『A』警備兵隊長ガシヴェン――いや、変装の達人キッツはフィールド近くの機械の残骸に隠れていたコルンとファルテ、レプスに声を掛ける。
因みにキッツの声は今、バンダナで覆い隠した口元に変声器を仕込んで男の声――ガシヴェン隊長――になっている。
野太い声に設定されたSEは女とは思えない。
「悪いな。てゆーか、今気付いたんだが俺達の目の前で着替えるのかよ」
「私のもう1つのビジネスは娼婦よ。んなもんどって事無いわ」
「いや、こっちが困るんだが……」
「良い? 一人二役出来るのは私しかいないのよ。変装の達人に着替えは基本中の基本。例え目の前にあんたみたいなむさい男がいてもね。さあ、サッサと着替える!」
本来ならお色気シーン真っ最中のはずだが、変声器でエリア『A』警備兵隊長ガシヴェンになりきっているので、仕方なく(?)コルンは腰に下げているホルスターを外す。
その後、変装のプロ。キッツは目の前に脳天直撃で転がっているラッセル隊長に姿も声も様変わりするのだから尚更心中は複雑である。
「良し。私の『仕事』はフィールドのエリア『A』警備兵ラッセル隊長になりすましてエリア『B』『C』の部下達をコントロールし、変装を覚られなければ任務完了って訳ね」
靴底の厚いブーツで身長を補い完璧なラッセル隊長となったキッツ。
彼女の好奇な視線はファルテとレプスに注がれる。
もちろん双方ともに初めまして――だ。
「あなた達が噂に聞く南の『ネスト・ランド』から来た旅の方?」
「私はファルテ」
「ボクの名前はレプス。ヨロシクね」
*
「さて――と。本番だよ。ファルテ、レプス」
――連邦政府が取り仕切る軍の格納庫。
核ミサイルに生物化学兵器、他にも世界大戦以前に使われたプラスチック爆弾や戦車、戦闘機、バリスタ、ニトログリセリンのダイナマイト、時限式のC4爆弾、諜報活動なんかで使われる仮死薬、核シェルターもこの先にある。
連邦政府機関が極秘裏に開発した武器庫――と、言い換える事も出来る。
「俺達の国『ミラ』はフィールド上から姿を消す擬態を始めとした軍事物資が急速に発展した国家。王が領主を経由して領地を保護。領主も騎士の領地を守る代わりに忠誠を誓わせる。上層部は軍の派遣。下は従軍。平民や農奴は税を払い『街』を開拓。経済を潤し国を支える」
「一見すると至極妥当な政治だね」
「やっぱり何か裏があるんでしょ?」
格納庫へと続く回廊を静かに歩きながらコルンはキッツによる特殊メイク。ガシヴェンの変装で苦笑する。
「『ミラ』は王のいない封建制国家。当然平民には軍部を束ねる事は自衛に繋がるとだけプロパガンダされ、脳髄に情報が刷り込まれている。戦前、核武装し他国に威圧を与えるのが正義――とね。結果は現状の砂漠地帯を見れば一目瞭然なのに性懲りもなくトップの『七賢者』の思惑は一致」
「王のいない国家?」
「『七賢者?』」
「かつてまだ、世界大戦以前の話。『ネスト・ランド』――『ミラ』が出来る前にこの国の王政の後継者を決める時、何よりも優先したのが繋がっている『血』。要するに血統」
――良くある話さ。と自嘲気味にコルンは語り出す。
「激しい欲望渦巻く政争の中、他の貴族から皇族の末裔は何度も暗殺者に『血』を狙われた。侍女や宦官に変装したプロの殺し屋もいたらしい。最後の『血』は未だに行方が分からない。王座を争っているのが連邦政府機関を束ねる『七賢者』と呼ばれた円卓の座に居座る御老体連中。そいつ等が事実上『ネスト・ランド』のトップ」
「私達の目的はただ一つ」
『ミラ』の伝統に革命を起こし、『七賢者』が培ってきた全てを『TOY』で破壊する。
*
今回の作戦。キーウーマンとなるのは娼婦であり変装の達人でもあるキッツ。
――ガガガ、ピー。こちらエリア『B』のボニパル。貧民街の住民がラッセル隊長のご命令でここを通ると言ってきています。念の為確認を取りましたが……殺しますか?――
――ガーピー! こちらエリア『C』オクタニアウス。同じく貧民街の住人。ラッセル隊長のご指示でここを通ると主張しています! 本当に通しても宜しいのですか?――
無線機を手にし、口に翳したラッセル隊長は大きな声で叫ぶ。
「そやつらはワシが許可を取り付けた連邦政府の軍の兵隊志願者達だ! サッサと通せ!」
エリア『B』『C』の2人は了解! とだけ言い通話を切る。
キッツの大活躍で連邦政府『七賢者』が潜む、『ミラ』の暗部。続く回廊に殺し屋のオヤッサン率いるコルンの仲間達、『TOY』の使い手である孤児集団が侵入していく……。
*
「な……何者だ⁉ 貴様等!」「ここは軍の武器格納庫だぞ! 正気か⁉」
爆発音が辺り一面に広がる。
殆どがスタングレネードやスモークグレネードの強烈&猛烈な光と煙により視界が遮られる。
レプスでもスキャン出来ない赤燐グレネードもいくつか転がっている。
監視カメラが異常事態を映すがチャフ(電波欺瞞紙)でレーダー探知を妨害する。
防弾ガラスや鋼鉄の防御壁が却って空気を遮断し、隅々まである3層以上にも連なっているキャットウォークにいた軍の傭兵達は催涙弾を直で喰らい悶えている。
「今の内、こっちだ! ファルテ、レプス!」
ガシヴェンの変装のままコルンは走る。
色々な手榴弾を銃弾で粉微塵にし、起爆させたのはファルテの持っている大型ハンドガン『ハザード・イーグル』。拳銃としては珍しい両手持ちのゴツイタイプ。
弾は50口径。人1人は軽く貫通する威力を誇る。
少女ファルテは武器庫の棚にあちこち並んでいる非殺傷の軍事兵器(閃光弾や催涙弾等)を疾走しながらも容赦なく平気で狙い撃ち。
どれもが正確無比な弾道で当たり、破裂していく。
ニトログリセリンの入ったダイナマイトにでもかすったら、ジ・エンド。
ファルテは承知で空になったマガジンを床に放り投げ、素早く交換。
乾いた音がエキスパンドメタルのキャットウォーク。網目状の鉄に鳴り響く。
一方、先頭を走っているガシヴェンに変装中のコルンはゴーグルと迷彩柄のバンダナで目と鼻、口元を覆い被害を最小限に軽減。
ゴーグルは薄い膜のスモークガラスで出来ている。
彼は近くに倒れている隊長格の兵隊を担いで強制的に指紋、静脈、顔の輪郭、瞳孔を最奥へと続くドア付近の施錠解除のモニターにくっ付け自動ドアを潜り抜ける。
ファルテとレプスも素早く同行。
闇へと続く狭い通路を抜け、躊躇なく大扉を開ける。
視界に『ネスト・ランド』――国名『ミラ』を牛耳る円卓に7つの椅子が並ぶ。
「ここが――連邦政府の核心部」
――パチパチパチパチ♪――
「「「「「「「ヨクゾキテクレタ」」」」」」」拍手喝采しているのは『七賢者』たる七体の『ケルパー』。
「――な⁉」
驚きを隠せないコルンは思わず後退る。
「『ケルパー』?」
「『七賢者』……みたいだね」
ファルテとレプスは特に驚く素振りを見せず身構える。
部屋は円卓を中心に丸く、3つのエリア『A』『B』『C』に繋がっている。
エリア『B』『C』からもコルンの仲間達は駆け付けて来ている。
誰もが息を呑み、目を丸くしてその場で棒立ち状態。
「「「「「「ワレラヲタオシ『TOY』デセカイヲスベルトキガキタ――!」」」」」」
6人の賢者だった(?)悪の親玉『ケルパー』が叫ぶと、
「『シェン』ヨ――! ワレラニフタタビ『TOY』ノマリョクヲアタエタマエ!」
最後の1人。最も王の座に近い権力者(?)『ケルパー』が締めくくる。
瞬間、円卓の上にいきなり『相剋』のスペル・サークルが出現!
種も仕掛けも無い。『火』『水』『木』『金』『土』の五芒星が最初から仕込まれている!
「これは――『アステル』⁉ まさか! 『七賢者』に封印されていたのか⁉」
空気が乱れ、突風が吹き、荒れ狂う強烈な魔力が降り注ぐ。
「サアクルガイイ! ハンギャクシャドモヨ! キサマラニ『TOY』ノチカラガナケレバ、コノ『ネスト・ランド』ハエイキュウニワレラノモノダ!」
――ソレガワレワレノサイゴノ『シゴト』!――
「チクショウ! こうなったら――」
「こっちも用意していた切り札を出すの?」渋面を作るファルテ。
「やるしか――ない!」コルンは無線機を腰から取り出す。
*
「――了解。本気みたいね」外の警備兵ラッセル隊長に化けているキッツは舌打ちを鳴らす。
無線機の周波数を切り替え、エリア『B』『C』のボニパルとオクタニアウスに連絡。
「こちらエリア『A』隊長ラッセル。連邦政府に急な使いが来るとの事。今すぐにコードを送信! 擬態の『凍結』を解除する! 良いか? 繰り返す! 擬態の『凍結』を解除する!」
ラッセル隊長の指示に従うエリア『B』『C』の部下2人。
――了解!――
地が割れ、宙に砂塵が舞い巨大な噴水に似た姿を一瞬形作る。
地中深くに埋まっている核がエクスプロージョンした。
廃墟ビルを倒壊させた爆音が真空波と共に一面を薙ぎ払い『ミラ』の『ネスト・ランド』にいる民間人の鼓膜を揺らす。
何度も何度も――!
――結果。
ファルテ、お気に入りの『街』が砂漠地帯のフィールド。ど真ん中に一定時間姿を現した。
フィールドには殺人AIを持つ『ケルパー』や世界大戦で命を失い今も彷徨っている暗黒亡霊『イルジオーン』が警戒を解いた『ミラ』を探知し、やって来る。
「『コーションオールレッド』レベル『5』」お茶目なレプスの判断も正解に到達。
「わざわざ自らの『ネスト・ランド』を売ってまで革命って、面白いの?」
ファルテのシンプルな問いに――コルンは静かに呟く。
「俺達はこの『街』で育った。『ネスト・ランド』の連邦政府『七賢者』達は貧民街で育ってきた俺達を救おうとしない! 俺達の生きる糧は、『仕事』は全てこの日の為にある!」
――そうだ! うおおおおおおお!!!!!!――
コルンの仲間達。同じ境遇の齢も性別も関係ない貧民街で育った連中の士気が一気に昂る。
目の前にいるかつての『七賢者』(?)である『ケルパー』を前にしても全く物怖じしない。
自らの『TOY』を発動し、デッキを組み立て5枚の手札で戦いの渦中へと入る。
極限に進化したAI。ATBでの戦いは忠実に現実となりフィット。
「ソレデコソハンギャクシャ。ソレデコソニンゲンダ。カツテノ『シチケンジャ』タチノノコシタ『ネスト・ランド』ノイサン。ドコマデツウヨウスルカ? タノシミダ」
今回の作戦は、仲間達一人一人が別々の属性を放ち、陣形を組み立てる事。
相手の『七賢者』――『ケルパー』は既に『アステル』を発動してしまっている。
「皆! 相手が『アステル』ならこっちは『ペンタゴン』だ!」
場のリーダーコルンが機転を効かして叫ぶ。
皆は頷く。
『TOY』による戦い。
劣勢。仲間達一人一人が呪文詠唱中に床から五芒星のスペル・サークルが自動で次々と出現。
ATBゲージは『七賢者』――『ケルパー』達の連携によって繋がり敵に一切の猶予を与えない。
過去の『七賢者』達が遺した遺産『アステル』はATBカウントが途切れる前に蓄積。
循環を生み、連続で『相剋』――『アステル』を発生させる。
『七賢者』――『ケルパー』達の『魂』が意思を持って蠢く大蛇が具現化される。
「な……何だよアレ!」恐怖に凍り付くコルン。
視界に映る大蛇は『アステル』の『相剋』の力を保ち、味方の『TOY』の異能力を次々と淘汰していく。
かつて愚かな核戦争を起こした人類への警告。
弱肉強食の世界。
『火』の属性を唱えてる者には水流を吐き出し、水浸し。『金』の属性を唱えてる者には地獄の業火が全てを灰にする。
『水』の属性には巨大な土手が術者事埋め尽くす。『木』の属性に対しては金属で出来た巨大な顎。牙が噛み砕く。
『土』の属性は突如として生えた樹木がジャングルを形成。そこにある栄養素を全部吸収していく。
『相生』は生命を育み、『相剋』は生命を破壊。
仲間達が必死で『相生』の異能力を紡いでいる間にも完成された『アステル』の効果が途切れる事は無い。
相手の呪文詠唱が発揮された途端に弱点を的確に狙って効果を打ち消す。
「ファルテ、レプス! 相手の行動を何とか止めて時間稼ぎしてくれ!」
「相手が殺人AIの『ケルパー』なら問題ないよね」
「私達がこの『街』を救う――!」
ファルテはハンドガン『ハザード・イーグル』&『グローリー・17』を両手に構えて左右交互に連続射撃。
驚くべき事に全てが相手『七賢者』事『ケルパー』の急所に一発で命中。
徐々に仲間達の連携攻撃も紡がれていく。敵より先に『TOY』による魔法が出来上がる。
『ペンタゴン』を再生するには、何よりも『相生』の原理を大いにフル活用しなければ意味が無い。
逆に相手の用意していた『アステル』は『相剋』の原理を利用して発動される。
次々と術式が編み出されていく中、倒れていく仲間達。
状況を冷静に分析して、相手との一騎打ちに挑むレプス。
「――想像を越える新必殺技とか閃かない? ファルテ」
「それが出来たら問題ないんだけど――ね!」
空になったマガジンを地面に捨てて片手で装填。
二丁拳銃は止まる事を知らない。
一方、コルンは『ペンタゴン』を完成させる為、仲間達に指揮を執る。
怒号は広い円卓の間に地響きとなって反響する。
彼自身も、『コンバット・マグナ―』とM・22。通称『ZOCOM』で応戦。
戦いは依然苦戦中。
『七賢者』なる『ケルパー』達は予想以上に手強い。
そんな中でも、ファルテの思考はなぜか加速していく。
頭の中のギアとギアが重なり合いクルクルクルクルと歯車が回り始め、この状況を打開する何かを必死で紡ぎ出す。
――彼女の『仕事』は機械のガラクタから新しい何かを創る事――
「ぐ――! あ、後は頼んだ……ぜ? コルン」
仲間の最後の1人が倒れた時、地面に奇怪な紋様が浮かび上がる。仲間達一人一人の死骸から直線が伸びて1つの巨大な五角形が出来る。
――『ペンタゴン』!――
『アステル』と『ペンタゴン』が創られた今、選別が始まる。
『TOY』の主――『シェン』の登場だ。
*
『街』は未曽有の地へと誘われていく。
フィールドから『ケルパー』や『イルジオーン』が民間人を襲う。
『街』の中心部。
連邦政府の隠れ蓑。
かつて『七賢者』がいたはずの警備兵エリア『A』『B』『C』から軍事物資格納庫の更にその最奥。
それぞれの回廊を辿った先に位置する円卓の間に荘厳な光が漲る。
迸る光はこの世界の闇を裂き天空に金色の輝きを放つ。
「お、おい! 何だあれ⁉」
「……綺麗。夜なのに空が星の様に輝いてるわ」
どよめく人々。
まるでこの世のカタストロフィーを打ち破る光。
世界を照らす光は『ネスト・ランド』――『ミラ』に新たな革命を齎す。
*
「……コ、コノヒカリハ!」
「イ……イシガイジデキナイ――!」
『七賢者』。『ケルパー』達が次々に倒れ伏していく。
「これが――『TOY』のAI……『シェン』」
巨大な金の地蔵菩薩が宙に浮いている。
『TOY』の力によりAI『シェン』の姿が誰の目にも明らかになる。
正に黄金の光と呼ぶに相応しい神の奇跡。
コルンは間近で美しい光景に見惚れ、戦いを忘れそうになっている。
「ほう。あれが『TOY』の中枢を支配するAI――『シェン』の正体か」
――殺し屋のオヤッサンが現れた。
*
「師匠! 今までどこに⁉」
自我を忘れていたコルンは思わず声の主の方へ振り向く。
「俺はもうお前等の師匠じゃねえ。この『ネスト・ランド』――『ミラ』の王だ」
「な――⁉ 俺達を裏切るつもりですか⁉」
「裏切る? 俺の本来の姿は『七賢者』の1人。生き残りだ。故にお前達を駒として使った」
周囲にはかつての同胞。貧民街で一緒に暮らしてきた仲間達の死骸が無残にも転がっている。
死体に一瞥もしないで、彼は『七賢者』が求めていた王の玉座に跨る。
「これで俺の『仕事』も終わり――だ」
「チクショウ! こんな……こんなのってありかよ――!」
――うおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!!!――
発狂したコルンは『コンバット・マグナ―』とM・22『ZOCOM』を連射する。
次々と撃ち出された弾は虚しく殺し屋のオヤッサンが使う『TOY』の魔力で封じられる。
「無駄な抵抗は止せ。孤児であるお前等も王の座も『TOY』の人工知能AI『シェン』も俺の掌の上で踊っている。この世の全ては俺の駒だ」
――ファルテ……貴女の『仕事』は機械のガラクタから新しい何かを創造する事――
「――え?」
「どしたのファルテ。柄にもなく戸惑って。こんな大ピンチに」ひょうきん者のレプス。
――貴女はこの『街』を愛してるのでしょう?――
声の主は人工知能AI『シェン』。
――私は付喪神の1人。ですが、今目の前の人間達の『魂』がこの『ネスト・ランド』を開拓した人々が力尽きてしまえば、いずれ『TOY』は破壊され私も消えゆく運命にあります。ファルテ。私に力を貸してくれませんか?――
声は少女ファルテにしか届かない。故に少女は導かれ、自らの『仕事』を完遂する為に動く。
「今回の黒幕はコルンが師匠と慕っていたあなたですね? 『七賢者』の1人。この『ミラ』の『街』をこれからどうするつもりですか?」
「破壊する」と殺し屋のオヤッサンはニヤリと嫌な笑み。
「『街』は脳内に存在するだけで十分だ。俺は『TOY』で『ネスト・ランド』を統治し、『ミラ』だけでなく世界の王となるんだ」
「――世界の王……か。あんたが俺の望んでいた最後の『血』」
いつの間にか玉座の後ろに控えていたカルメロが姿を現す。
――な⁉ 全員が唖然となる。
「俺の名はカルメロ。残念だが殺し屋の王様。あんたの敵だ」
「フン! 今更邪魔者が1人増えた所でどうにもならん。今は『TOY』の『シェン』ですら駒にすぎないが、いずれこの世の『神』も俺の手中に収まるだろう」
「私はあなたの玩具にはならない」ファルテは決然と言い放つ。
――共に戦いましょう。私は貴女の味方。同志です!――
「だって、私の『仕事』はまだ終わっていないから」
次の瞬間、ファルテの右手に『アステル』左手に『ペンタゴン』のスペル・サークルが出現!
――私の力を貸しましょう。創造神ファルテ。今こそ意志を繋ぐ時です! 貴女の革命を『仕事』を完遂させるのです――
少女ファルテは一時的に創造神となり神々しいオーラが全身に漲っていく。
整った顔立ちは更に引き締まり、ショートボブの白い髪とオッドアイは金色に、シャツの上に羽織ったフード付きコートは超然とした白銀の両翼、軽装の動き易いズボンは機械のエンジンを付け根に大砲と同じ大きさのターボファンに大変身。
――何⁉ 誰もが絶句。キュルキュルと音を立てて、創造神ファルテはターボファンを起動。唸るエンジンの大音声と煙にコルンは咽る。
「どうしちゃったのさ! こんなの初めてだよファルテ!」レプスにも詳細不明。
「さあ、私と戦いなさい」と、ファルテ。
声音が『TOY』の『シェン』とダブる。
『TOY』の『シェン』の力を得た創造神ファルテ。右手に『アステル』の剣。左手に『ペンタゴン』の盾。
「そうか。なるほどな。君は『神』に『TOY』の『シェン』に自らの『魂』を売ったのか」
「私はあなたの道具ではない」
「調子乗るんじゃねえ! この売女が!」
『七賢者』が望んでいた王の玉座から飛び上がり、殺し屋の王は瞬時に『七賢者』――『ケルパー』とコルンと仲間達が死を覚悟の想いで紡いだ『アステル』『ペンタゴン』の『相剋』『相生』を利用する。
まるで初めから用意されていた駒を自分のツールとして盤上で起用する棋士――いつの間にかその姿は悪魔の形相に変貌している。
『TOY』の魔力で殺し屋のキングデーモンは全身の『血』を燃え滾らせ自らのデッキの内、5枚のカードを引き――ニヤリとあの嫌な笑み。
「――『火剋金』『水剋火』『木剋土』『金剋木』『土剋水』! 奴等に属性王の鉛弾を喰らわせてやれ! 『相剋』――『連属性射撃』――魔神丸!」
5つのATBゲージがキングデーモンの頭上に出現。韋駄天の速さで即満タンになっていく。
『TOY』により幾人もの『魂』の殺戮を犯してきた彼の経験が自身の『血』となり『TOY』のレベルに反映され、カードスキルの速度、精度も異常なまでに発達。
『血』に飢えた悪魔に変身した殺し屋の王は更に新たな『血』を求める為、ターンを待つ。
『アステル』の『相剋』で、リロード不要の無制限しかも『火』『金』『木』『土』『水』の属性弾をフルオートで射撃出来るサブマシンガンを5枚のカードを活かし作成――!
王の弾丸がルーレット式で繰り出される!
――ダパパパパパパパパ!
――カキン! カキン! カキン!
「何⁉」
「俺もあんたの敵だって事忘れたのか? 大した記憶力の王様だな」
変身したファルテの前に立ち塞がり、愛刀『菊一文字』を鞘から抜き去って刃を振るったのは――他でもないカルメロ。
撃ち放たれた属性弾を全て『菊一文字』で弾き返した。
「お前は――何者だ?」
「東方からの刺客――とでも呼べ」
戦いは続く。創造神ファルテは先程大変身したターボファンで大きく跳躍。
用意していたデッキから5枚――手札を引き抜き、地面に投げて突き立てた!
――カカカカカ! 床に刺さった5枚のカードが乾いた音を立てる。
空中を舞う中、創造神ファルテは詠唱。
「我の右手に宿いし五芒星――『アステル』よ。今こそチカラを解き放つ時! 『火剋金』『水剋火』『木剋土』『金剋木』『土剋水』及び全ての属性に『生』と『死』の狭間を生きる意味を与え給え! 『相剋』――『召喚』――DEAD OR ALIVE!」
強大な力を持つ金の地蔵菩薩『シェン』が超然と創造神ファルテの背後に出現。
左右3本ずつ、計6つの腕を器用に動かし、九字を唱える修験者の如く即興で五芒星『アステル』の験力を縁取る。
――『太白』は熱を帯びる『サラマンドラ』! 『辰星』は潤いを齎す『ウンディーネ』! 『歳星』は生命を躍動させる『ドライアード』! 『螢惑』は財を成す『ルナ』! 『填星』は全てを甘受する『ノーム』!――
聖なる異能が創造神ファルテの『魂』に触発。リンクして新たな5つの『魂』を生み出す。
『アステル』の剣の鍔に象られる五芒星のエンブレムにその時、一瞬光が瞬く。『火』『水』『木』『金』『土』。
『ロジェミレ』――カードRPGの5つのATBゲージが溜まるのを待ち、光のオーラが剣全体を占めた後、創造神ファルテのターン。
思いっきり生命の刃を振るう。全属性の斬撃がオーラとなって伝達。床の手札5枚に向けて飛んでいく。衝撃波が辺り一面を薙ぎ払う中、5つのカードがスペル・サークルに変身!
創造神ファルテと『シェン』の体力&精神力を削って飛翔した光のオーラから培われた『火』『水』『木』『金』『土』の『召喚獣』がスペル・サークルから出現!
「いっけええええ―――――!!!!!」創造神ファルテが叫ぶ。
「グルル!」「ウフフ!」「ギョギョギョ!」「ヒッヒヒ!」「ブルル!」
5体の『召喚獣』に囲まれた殺し屋のキングデーモン。
「ククク……! 貴様は俺の予想以上の逸材だ! 物を創る――『仕事』か!」
余裕を保っている殺し屋のキングデーモンに冷徹な視線を浴びせて創造神ファルテはぼやく。
「まだ――私の『仕事』は終わっていない。あなたを倒すまでは……!」
「これを見てみるがいい」
殺し屋のキングデーモンは切り札を見せる。
驚愕したのはファルテではなくコルンだ。
「そ――それは核弾頭のスイッチ!」
「――え?」空中から地面に着地した創造神ファルテにもこれは想定外。
「ヤバイよファルテ。あのスイッチはマジもんだ」レプスも珍しく戸惑う。
「どのくらいの威力?」
「この『街』――『ミラ』――『ネスト・ランド』全域が軽く吹っ飛ぶ」
「――気でも狂ったか? それを押せば、貴様も死ぬぞ」
警戒心抜群でカルメロは『菊一文字』を盾に身構える。
「かつて影武者『七賢者』――『ケルパー』が狂った時にも俺だけ助かったのは何故か?」
怪物は玉座をくるりと時計回りに180度回転させる。するとそこには……
「核シェルターの入り口と奥に『ミラ』から脱出出来るカプセル型のダッシュボードがある」
「既に何もかも計画通りって訳か――クソ!」
「だが、例え貴様がここから脱出出来たとしても……この『ネスト・ランド』はオジャン。一瞬にして裸の王様になってしまうぞ? それでも良いのか?」
カルメロの静かな問い。
殺し屋のキングデーモンは軽快に答える。
「無ければ創れば良い――そうだろ? 創造神ファルテ」
「まさか、殺し屋のオヤッサン――ファルテを人質に取る気?」
「その通り。さあ、今すぐに『TOY』を解きこっちに来るんだ。クソガキ!」
――駄目です! 創造神ファルテ! 貴女の『仕事』はまだ終わっていません!――
「――クッ!」思わず歯軋りする創造神ファルテは2択に1つの選択を迫られ――
……『TOY』のAI『シェン』の声も虚しく消滅。
――遂に自らの『TOY』を解き、元の姿に戻る。召喚した5体の『召喚獣』も消滅。
「ヒャハハハハハ!」
甲高い嘲笑。全ては殺し屋の王の駒。
これでジ・エンド……。
王は気付いていない。この中に1人だけ彼の駒にならなかった者がいる事を。
「――フン! フッフッフ。そうか。あんたが新たな戦争の火種。仕掛け人。本物の王になるならば何も問題は無い」
「――? どういう意味だ?」
カルメロの『血』が騒ぎ、『魂』が復讐の雄叫びを上げる。
「俺が幽霊『イルジオーン』だとしたらどうする?」
妖刀『菊一文字』に途轍もない霊魂のオーラが漲ってくる――!
「ようやく理解したよ。俺がここに来た理由を。恐らく貴様とこの少女ファルテが使っていた『TOY』の魔法は『魂』を媒介にして出来上がっている」
ファルテは思い出す。
コルンがあの時口にした言葉の意味を――
――『ミラ』。『ネスト・ランド』を開拓してきた俺達の生活そのものが要因らしい――
――? それと『ロジェミレ』と何が関係してるの?――
――『魂』さ――
「お前――まさか!」
「俺の本体は妖刀『菊一文字』だ! 『菊一文字』が『TOY』の『魂』に呼応し俺をここまで呼び寄せたんだ! 創造神ファルテの元に! お前が悪用している『TOY』が『魂』を媒介にしているのと同じ様にな!」
「バカな! 『TOY』がこのクソガキを呼び寄せた――だと⁉」
瞬間、ファルテの頭の中で回転していた歯車と歯車がカチリと重なり合った!
爆音。カルメロがいた場所に血塗られた人々の『魂』のオーラが突風を巻き起こすと、床に突き立った『イルジオーン』の禍々しき妖刀『菊一文字』が死者達をここに導き出す。
――ウフフフ。あなたがこの国の支配者――
空中を浮遊する幾つもの人影。他でもない。
「「「『イルジオーン』!!!!」」」全員が叫ぶ。
「ク、クソ――! 何だってこんな時に! 止めろ! や・め・ろー!」
殺し屋の王が取り乱している矢先に妖刀『菊一文字』に宿るカルメロがファルテに告げる。
――さあ、今すぐに『菊一文字』を手に取るんだ!――
ファルテは頷き素早く『菊一文字』の柄を握り、『TOY』を発動。創造神ファルテ復活。
「皆、行くよ!」
――創造神ファルテ。貴女の『仕事』を終わらせる為にも殺し屋の王を倒すのです――
「待て! 俺は――俺の本当の正体は最後の『血』! 皇子コルンの叔父だ!」
――ハ? 予想外の攻撃に一瞬虚を突かれ、思わず立ち止まってしまう創造神ファルテ。
「コルン。お前は皇族の末裔で最後に遺された『血』! 俺達は『血』の絆で繋がっている! 信じられないだろうが、俺はお前の叔父なんだ! 王の座は譲る! 許してくれ」
返って来た答え――クックック。と、コルンは殺し屋の王と似た笑みを湛え吐き捨てる。
「――フン。知っていたさ。だからこそ俺はあんたを試していた。師匠と慕っていた。あんたとの唯一繋がっている『血』を信じてきた。今更『血』の絆? ここであんたとの縁を断ち切らなければ死んだ仲間達との『血』の絆に顔向け出来ねえ!」
蛙の子は蛙。策士策に溺れる。
「ファルテ! 容赦しなくていい! 奴を……俺の最後の『血』を断ち切ってくれ!」
――これがコルンの革命。少年の最後の『仕事』である。
創造神ファルテに一時的に宿った付喪神『シェン』は最後の力を尽くして金剛杵――ヴァジュラを妖刀『菊一文字』と一体化。全ての『魂』が1人の少女に託される。
ゆっくりと妖刀を掲げると、創造神ファルテは殺し屋の王に向かって駆け出す。
ATBゲージが溜まっていく最中――
イメージが湧いて来る。それは創造の力となりこの大地に眠る死者達の『魂』と呼応する。
――『アステル』の宿った『ミラ』の人々の『魂』の叫びと――
――妖刀『菊一文字』に宿ったカルメロと触発された『イルジオーン』の叫び――
2つの叫びは互いに呼応し、創造神ファルテの異能力『TOY』に集まってくる!
創造神ファルテは地を蹴り、宙に浮き『アステル』の五芒星の中心にチカラを収束させる。核戦争で滅んだ人々の願い――サザンクロスの如く一瞬、彼等の姿が蘇る。
『街』が再生される。『ネスト・ランド』――『ミラ』だけでない世界中の『街』。
5つの属性が虹の架け橋となり人々の願いと創造神ファルテの願いが繋がる。
虹色の竪琴がオーロラを奏で溶け込み全ての母体であるファルテ自身の『魂』が一瞬、紡がれる。
奇跡と軌跡のハーモニーが機械と人の間で『仕事』を通じ革命を起こしたのを王は見た。
「貴様――ファルテ! お前は……お前の正体は確か――」
「お願い! 届いて! 私達の願い! 想い!」
――生と死の狭間にある皆の『魂』のクーデターを創造神ファルテが解き放つ!――
『相剋』――『TOP GEAR』――GHOST TRICK!
『街』を棺桶に殺し屋の王の悲鳴が『血』の絆を断たれ、鮮血となり真っ二つに断罪された。
*
――ガガガ、ピー! ガシヴェン隊長! 応答してコルン!――
突如として腰に携えていた無線機が鳴る。焦って取り落としそうになるコルン。
――聞いてる? 外は未曽有の地よ。ホントに擬態の『凍結』を解除して良かったの?――
「ああ。ガチのロンでオールオッケーさ。今回ばかりはお前にキスしたい」
――チョッ……! 何言ってるのよ! こんな時に! そっちはどうなってるの?――
「――もう終わったよ」口元から無線機を外し、強制的に電源をオフにする。
*
破砕された『街』――『ネスト・ランド』――『ミラ』。
――私は『TOY』のAI『シェン』。付喪神の一種。創造神ファルテの意向に従います――
「私の『仕事』は機械のガラクタから新しい何かを創造する事――だよ?」
――そうですか。この国の『街』を救いたい想い。伝わりました。外へは私が導きます――
いつの間にか『ネスト・ランド』――『ミラ』の上空に姿を現した創造神ファルテ。彼女は美しい『街』を修復する為に最後の力を振り絞る。
デッキにある残ったカードを全て使い、左手に宿りし『ペンタゴン』のスペル・サークルを解き放つ。
「『火生土』『水生木』『木生火』『金生水』『土生金』の異能力よ。この国の全てを守り、慈しみ、闇を払い、生の享受を保ち――新たなる革命を起こせ!」
『相生』――『復活』――アトランティス!
ATBゲージが溜まり、『火』『水』『木』『金』『土』――全てのカードが結晶化し、砕け『街』に降り注ぐ。粉雪を想起させるキラキラとした輝きは『街』の人々を魅了。
創造神ファルテの想いを母体に『TOY』の人工知能AI『シェン』が『魂』を解き放つ。
かつて憩いの場として知られた『ネスト・ランド』――『ミラ』がモニターに熱中したカードゲーム。
『ロジェミレ』に宿りし人々の『魂』、『シェン』のアイデンティティーと共に全て形作られる。
オーケストラの指揮者の様にファルテは『魂』の守護聖人を動かす。
『ミラ』の人々の『魂』が憩いの場の全てを修復する。
デッキにある数々のカードから『相生』は全てを育む。
壊れた街灯には明かりがポツポツ灯り、焼け爛れた木々は地から根を生やし、堤防が破れ溢れた河川は引いて清らかに透き通り、土砂が崩れた崖際は元通りに、貴金属で出来た残骸の居住区は姿形を直した。
創造神ファルテの意思と『TOY』の異能力で『ネスト・ランド』――『ミラ』の『街』は巨大なスペル・サークルに守護され救われた。
*
「――もう行っちまうのか?」
「うん。もう『街』の観光も終わったし、私達がここに残る理由は無いよ」
「あれからカルメロの野郎もいなくなっちまったし、ちょいとばかし寂しくなるな」
「キッツさんは?」
「あー。あいつも……そうだな。何かあの事件以来、俺の前に姿を現すと妙によそよそしくなったりぎこちない喋り方をしたり――時々怒ったり……お喋りなあいつを知らないか?」
コルンは思いっきり笑う。彼なりの冗談を発揮して。
「時々、顔が赤くなったり?」と、そっち方面にずば抜けた才能を発揮するレプス。
「そうなんだよ。何かしたっけ俺?」
「残念だけど、ボクの赤外線センサーは役に立ちそうもないよ」
「――そんな訳で私達は新たな『ネスト・ランド』を探す旅に出ます!」
*
コルンに見送られ新たなる旅路に出立したファルテとレプス。
快調に走る『バル』を自動操縦モードにしながらファルテはシートに眠りこける。
「――ねえ、ファルテ。質問良いかな?」
「却下。独り言だと思って」
レプスは機械には無い嘆息を漏らして、
「じゃあ、独り言行きまーす」
「ファルテは『TOY』のAI『シェン』に選ばれし者となってあの時、殺し屋のオヤッサンと戦った。その証拠にファルテは大変身を遂げたよね? これが何を意味するか分かる?」
「……」
「ヒント――殺し屋のオヤッサンとコルンの血が繋がっていた事に類似」
「……」
「そろそろ認めても良い頃合いじゃない? 創造神ファルテ」
「レプス」
「何?」
「私の夢は精一杯働いて憧れの人と結婚して子供を生んで幸せな家庭を作る事だと思う?」
「――そうなの?」
「残念でした。私の『仕事』は機械のガラクタから新しい何かを創り出す事」
「……」どこか納得いかないレプス。
「核戦争が勃発して『ケルパー』の一兵卒が各地を旅してきた記憶がここに詰まってるんだよ。私の中の何かがそれを許さないんだ。だから私は最期の時が来るまで『仕事』を続ける」
ツンツンと頭部を人差し指でつつくファルテ。
――少女ファルテは機械。ファルテが誰に創られたかは謎――
「まさか寿命が尽きる時には――」
「知ってるくせに。もう1人の私を創ってメモリーを移植し、『仕事』を続ける。この旅は世界が滅びるまで終わらない。私の『仕事』は『仕事』を続ける為にある」
滅びゆく世界と世界を創る機械少女の長い長い戦い――
――純粋無垢な戦争。
「退屈」
「ファルテに宿った御主人様の『魂』とやらは余程風変わりだね。創造神ときた」
――2人の旅は遠く果てしない。 (了)