プロローグー5節
プロローグは全5節で終わらせるつもりでしたが、あまりにも長くなりすぎなのでもう少しだけ引き伸ばします。中途半端に計画練ってるやつが直面するあるある。
エニフ=クリアピエーレ…。
イノセンティア神話における建国神エアラズの末裔とされるクリアピエーレ王家一族の現当主…。
初めて会ったけど、こんなに綺麗な人がいていいのかと思うくらい、その見た目は僕を惹きつけた。
真っ白な肌の中に際立つように塗られた、薄青いグロス。
青い瞳は、きらびやかな照明の光を受けて光っている。
椅子に座ると床についてしまいそうな程に長い黒髪は、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうな暗さをしていた。
「…ん?」
こちらが見つめていることに気付いたのか、女王がこちらに目を向けた。
――まるで聖獣と目が合った時のような緊張感。
僕は慌てて目を伏せた。
すると、あの小太りの男の声が聞こえた。
「女王陛下、本日も目見麗しゅう。」
「ふふ…ディヤディムさん、そのような世辞は結構です、と前にも話したではないですか。」
僕と女王だけに会った緊張感とは裏腹に、彼女は優しい声でそう語る。
「はは!世辞ではなく事実ですから。」
「ありがとうございます。」
笑いあっている二人の間に入るように、あの黒い傘の少女が言葉を投げた。
「ところで陛下、本日は、七貴族のご子息も一緒に出席する予定のはず…。オルフェカ第一皇女はともかく、アルネブ第二皇女までいないというのは…?」
「あぁ…恥ずかしながら、アルネブは先程お菓子のつまみ食いがバレてしまいましてねぇ。今は自室で反省させています。まぁ、今日は会合に出る予定もあるので、そのうち来ると思いますよ。」
「シェハト第一皇子は、兵舎に?」
「えぇ。あの子も今では立派な兵士です。」
「本人が聞いたら喜びますよ。」
「まさか。」
さっきの鉄のような視線はどこへやら、今は各貴族の当主たちと笑いながら話している。
「…さて、話が逸れてしまいました。まずは…ザーニャさん。」
「は、ハい!」
女王が呼びかけると、ザーニャさんは上ずった声で返事をしながら勢いよく立ち上がった。
また周りが声を殺して笑い始める。
「元気があるのはよいことですね。あなたを呼んだ理由ぐらいは、分かりますよね?」
「はい…。レッドフラム家の新当主として、皆様に挨拶をさせて頂きます。」
ザーニャさんはドレスを払う仕草をして、お辞儀をした。笑っていた人たちも、合わせてお辞儀をする。
「…ふぅ。…七貴族のうちの一つ、”赤の焔”レッドフラム家前当主が長女、ザーニャ=レッドフラム。此度は新しい当主としてここに参りました。まだ齢20にも満たない身で、稚拙な面もお見せすると思いますが、七貴族当主の皆さまと共に、このイノセンティア皇国を始めとした大陸全土へ、陽の魔術を以て安寧をもたらすことをお約束いたしましょう。よろしくお願いします。」
さっきまでの慌ただしい表情はなく、落ち着いた声で言い切った彼女は、顔を上げた。
「…ありがとうございますザーニャさん。もう座って結構ですよ。」
「…まぁ、及第点かな。」
「ずいぶんと立派ですねぇ。あのお転婆少女がここまで…。」
「素晴らしかったですわザーニャさん。」
みんな思い思いの感想を投げかける。
「あ、ありがとうございます。」
ザーニャさんは顔を赤くして俯いていた。
「さて。次は、以前お伝えした通り。各一家の”ご自慢の”ご子息を紹介していただきましょうか。いずれ、当主として顔を合わせることにもなるでしょう。」
「いいですなぁ。では、どこから?」
「まずは、今この段階で子息を紹介できるものは挙手なさい。」
父さんと、ディヤディムという小太りの男、ダビィさん、あの黒い傘の…ルゴラ…さんだったっけ?この4人の手が上がった。
「僭越ながら、私からでよろしいでしょうか?」
父さんがそう言った。だが、
「いやいや、ホワイトマーティン家の子息は二人とも優秀と聞く。期待が高くてねぇ、この中だと最後にしてほしいな。」
ディヤディムに阻まれてしまった。
「なるほど。…ではまずは、任務もあるでしょうし、ルゴラさん。ご紹介を。」
「えぇ、お心遣い感謝いたしますわ。それでは…クラァズ。」
ルゴラさんがそう名を呼ぶと、傍らの陰からぬっと少年が出てきた。
「七貴族がうちの一つ、”黒の夜”ブラックヌーイット家当主ルゴラが長男、クラァズ。よろしくお願いいたします。」
クラァズくん…あれ?見た目は僕と同じくらい…ということは、12歳ぐらいだよな?長男ってことは…ルゴラさんが母親…?ルゴラさんも、彼と同じくらいに見えるけど…?
「ブラックヌーイット家の一族は、人間であるにも関わらず、年齢の割に異常な若さであることが貴族間で有名でね。一見ザーニャ女史と同じ年に見えるルゴラ女史は、あれでも60歳だ。」
混乱していると、父さんが横で耳打ちをしてくれた。
す、すごい…あれで、60歳…?文字通りの美魔女だ…。
「妹のリオは、重要な任務があるため今日は来れません。私も、任務がございますので、では。」
クラァズくん…じゃなくて、クラァズさんはまた陰に消えてしまった。
それから、グリーンヴェントダビィさんの息子のマルフィクさん、その息子のファクくん…。
ゴルドサーブル家のディヤディムさんと、その息子のサフィアさん(親と違って顔立ちが良いのは触れない方がいいのかな)が紹介を終えた。
「それでは、最後はアルカーロさん。お願いしますね。」
「分かりました。…じゃあ、アル。」
父さんは小声で僕に呼びかけた。反応してゆっくりと立ち上がる。
「え、えっと…。」
みんなの視線が一気に集まる。さっき女王と目が合った時よりも体が強張る。
「大丈夫、落ち着いて。」
「は、はい…とう…父上…。」
ダメだダメだ、緊張してうまくしゃべれない…!
「まぁ、大人ばかりですからね。緊張するのも無理はありませんわ。ゆっくりと深呼吸しなさいな。」
ルゴラさんがそう声をかけてくれた。
そ、そうだ…深呼吸、深呼吸…!
「ふぅ…ふぅ…。」
よし…行ける…!
「し、”白の朝”ホワイトマーティン家当主アルカーロが長男、アルレシアです。よろしくお願いします。」
腰を折り曲げお辞儀をした。もう少しで机と頭が当たってしまいそうになるほど勢いよく。
”パチ、パチ、パチ…”
まばらだけど、確かに拍手が聞こえる。
ホッとして顔を上げた次の瞬間だった。
「同じく次男、ニコロともうします。」
真横で立っていたニコが、スッと自己紹介をした。
驚いてニコの方を向いた。
僕と違って、まったく緊張している感じがない。まだ学校にも行っていないはずなのに、何度もこなしたかのように流暢に挨拶を終えた。
動揺が隠せない。
「二人ともまだ子供なのに優秀ねぇ。聞けば、宮廷魔術師にも匹敵する魔力の持ち主なんだとか。アルカーロさん、将来は安泰ですわね。」
「はは…ありがとうございます。」
照れて頭をかく父さんの横で僕はニコの顔を気にしていた。
ニコは、挨拶以降ずっと前を向いていて、こっちには気付いていない。よく見ると、他の人の会話に応じて愛想笑いのような笑みも浮かべている。
ニコ…本当に何者なんだ…。
「…さて、皆さん。未来溢れる素敵なご子息の紹介ありがとうございます。私からも娘を紹介しましょう。…アルネブ、いらっしゃい。」
女王が扉の外へ呼びかけると、近くにいた兵が扉を開いた。そこには、ニコと同じくらいの幼い女の子が立っていた。
その表情はどこか不満げで、「私は悪くないのに」と言いたげだ。
「いつまで引きずっているのですか。皆さんにご挨拶なさい。」
「…いやですわ。」
声は小さかったけど、確かにそうきこえた。
「…何度も同じことを言わせないで頂戴。皆さんに、ご挨拶を―」
「いやですわ!」
今度は室内にくまなく響いただろう。
「私は悪くないもの!おかしいのはお母さまの方だわ!」
「な、なにを言っているのアルネブ…!?」
「私見たもの!お母さまが夜にこっそり菓子を食べているところを!」
「あ…。」
…。
「お母さまは良いのにどうして私がだめなの!?お母さまはそうやっていつも私をいじめて!もう知らない!」
大声でまくしたてた後、彼女はくるりと体を回転させて向こうの扉へ走って行ってしまった。
「アルネブ…!…もう。」
「ずいぶんと可愛らしい親子喧嘩ですな。」
「…いじめているつもりはないのです。これでも、あの子のためを思っているのですよ?」
「分かっておりますとも。それよりも、追わなくてよろしいのですかな?」
「その気持ちはあるのですが、会合が優先ですので…。」
その時、また別の扉が開いた。
「陛下!ご連絡が!」
一般兵と思われる人が大急ぎの様子で入ってきた。
「今は会議の途中です。報告なら後に…」
「そ、それが…!」
「…どうやら緊急の様ですな、陛下。」
「…聞き入れましょう。」
「はい…。」
兵士は息を整えた後、こういった。
「革命派の幹部であるアデルが拘束されたと…!」
その言葉で、室内は一気にどよめきだした。
「今、彼はどこに?」
父さんが立ち上がり、兵士に尋ねた。
「はい、今は地下牢に投獄されております。」
「なるほど。では、私が対応しましょう。」
「アルカーロ殿…!」
「大丈夫です。さぁ、案内なさい。」
「待ちなさい!会議はどうなさるのですか!」
部屋を出ようとする父さんを女王が呼び止めた。
「私は今から席を外します。革命派の幹部ともなれば確実に情報を出してもらわなければなりません。えぇ、口は堅いでしょうが――。ともかく、今の私にとって、彼の尋問が最優先であると主張します。」
「で、ですが…!」
「まぁまぁ陛下。彼はこう言いたいんですよ。『今のうちにアルネブちゃんに会いに行け』って。」
青髪の男がウィンクしながらそう言った。
「そう、なのですか…?」
「…では、私は行きますので。」
「父上!」
僕とニコは席を立って後を追おうとした。が、
「アル、ニコ。二人は待っていてくれ。」
「ど、どうして?」
「…いずれ分かると思うが、まだ早すぎる。」
「どういうこと…?」
「とにかく、他の人と一緒にいること。」
「…わかった。」
これ以上は無理だ。直感的にそう思った。
――――――――――
あれから、結局会議は続行不可能になり、当主以外の人たちも部屋から出されてしまった。
暇を持て余しそうになった僕たちは、城の中の庭園で時間が過ぎるのを待つことにした。
僕は長椅子に横たわって、庭で遊ぶニコたちを見ていた。
「結局、挨拶しただけか…。」
まぁ、僕がここに来たのはそれが第一の目的だったのだし、困りはしないけど…後継ぎなんだし、もう少し父さんの仕事ぶりを見てみたかったというのはある。
父さん、今何してるんだろうな…。アデルとかいうやつの尋問…だったっけ。
…そもそも、革命派って…”革命”なんて最近聞かない。
父さんが新聞を読んでいるところを横からのぞき込んではいるが、『無魔法薬栽培成功』とか『ブルーメア領不漁』だとか、物騒な話はない。
それとも、貴族間…とりわけ当主同士しか知らないことなのだろうか…。
体をよじらせ、空を見上げる体勢になった。
「…今日はいい天気だなぁ。」
青い空に、ゆっくりと雲が流れる。目を閉じれば、庭の植木にとまった鳥の軽やかなさえずりが聞こえる。
昼過ぎの柔らかい陽射しを全体で浴びて、温まった体がだんだんと眠気を帯びてきた。
お城の庭で日差しを浴びながら昼寝なんて、なんて優雅なんだろう。
口を閉じたまま欠伸をして、そのまま眠りに入った。
――――――――――
…ん、あれ。
長椅子から体を起こす。
空が暗い。周りに誰もいない。
でも、風が無かったのか、体は不思議と冷えていない。
「父さん…?ニコ…?」
名前を呼ぶも、返事はない。
さっきのようなのどかな雰囲気とは変わって、空の色も相まって不気味な雰囲気が辺りに広がっていた。
「みんな―…?どこ行ったんだ?」
椅子から立ち上がって歩き始めたその時だった。
「お困りですかナ?」
「うわあぁっ!?」
耳元からの声に驚いて思わず飛びのいてしまった。
「おっと、すみません。驚かすつもりは。」
振り返ると、誰かが立っていた。
あの会議の中にはいない、そして顔の見えない誰か。
「だ、誰だ…!?」
「そう、警戒しないでください。悲しいですヨぉ?」
「か、悲しいって…。」
男の声で、めそめそ泣きのポーズをとる誰か。
「他の皆はどうしたんだよ。」
「どうしたもありませんよ。あなたがここへ来ただけなのデス。」
「どういう意味…?」
「まぁ、いずれすぐにわかりますヨ。」
「お前は…誰だよ。」
「私ですカ?うーん…。そうダ。お告げの人とでも思ってくださイ。」
「お告げ…?」
「えぇ。」
誰か…そのお告げの人は満足げな声でウンウンと首を縦に振っている。
「まぁ言いたいことはいろいろあるでしょうガ…まずは、最初のお告げをいたしましょうカ。」
「は、はぁ…。」
「うーん…それじゃあ、あなたに必要なお告げを一つ。…あの弟には気をつけなさい。」
「弟…ニコ?」
「えぇ名前は知りませんガ。」
「ニコに気を付けるって…そんなのわかりきってるよ。僕も、あいつは要注意だと思っているから…。」
「オヤ、どうして。」
「…あいつ、5歳なのにおかしいんだ。何がどうって言われると、…なんかもやっとするけど…子供らしくないし、魔術師としての腕も桁違いで…。」
「そうですカ…そうですネぇ。世の中には確かに、”人生2週目”と揶揄される子供もいますものねぇ。」
「人生2週目…。」
「ですガ、類い稀なる才能に恵まれた子供がいるのも事実。あなただってそうでショウ?」
自負するわけじゃないけど、確かに自分だって、ニコが生まれるまではそれなりに褒められて育ってきた方だと思う。
「…っていうか、お告げはそれだけ?」
「えぇ、これぐらいにしておけ、と。」
「…誰かに言われたのか?」
「まぁいずれ分かることですので…オヤ、そろそろ時間ですね。」
「時間…?」
「…。」
――――――――――
「っぁ…!」
頬に冷たいものを感じて飛び起きた。
辺りを見回す。さっきの明るい庭園、かけっこをする弟たち…。
「もしかして、夢…?」
「起こしてしまいましたか…?」
声のする方を見ると、病的なまでに肌の白い女の人が長椅子の端に座っていた。
「あ、…ご、ごめんなさい。気持よさそうに寝ていたのに…。」
「い、いえ…。」
「定期会合にいらした方ですよね。恐らく、ホワイトマーティン家の。」
「は、はい。アルレシアと言います。」
「アルレシア…そうですか。」
僕から背けた彼女の顔は、長い銀髪に隠れてしまった。
「ごめんなさいね、つい、弟にそっくりでしたので、このようなこと…。」
「そんな、お気になさらず……?お、弟?」
「…っ!いえ、何でも…。」
彼女は髪を耳にかけ、再びこちらに顔を向けた。
眼は透き通るように綺麗で、肌はさっきより血色がよくなっていた。
「私はオルフェカと言います。」
「やはり、第一皇女の…。」
「…はい。今日はあまり体調が優れなくて、会合には出席しなかったのですが…。何やらひと騒ぎあったようで…。」
「なんか、”革命派”の幹部…?が、捕まったとか、何とか…。」
「そう…。では、やはりアルカーロ様が尋問を?」
「…はい。」
やはり…?どういうことだ?
「それにしても、きれいな庭ですよね。」
「えぇ。この庭一帯は、魔法生物学に基づいた技術で日ごともっとも美しい形態を保つようにしているのです。」
「魔法生物学…?」
「文字通り、学問としての魔術と生物学を混合させたものです。この庭のように、一般的な植物に魔術を行使したり、魔獣などの生態の調査も広義ではここに含まれます。…よろしければ、図書館で書物をご覧になりますか?」
「い、良いのですか!?」
「えぇ。恐らく夕暮れまで当主の会合は続くでしょうし…。」
「み、見たいです!」
「分かりました。では、ご案内しますね。」
こ、皇女様直々にエスコート…いや、男なのにエスコートされるのって…いやでも…。
「どうなさいました?」
「あ、す、すみません。今行きます!」
僕は城内に戻る扉の前で待つ皇女様の下へ走っていった。
――――――――――
『大陸神エアラズよ、我が体内の星よ――空を裂き、繋ぎ止めよ。』
扉に手をかざした皇女様がそう呪文を唱えると、扉が禍々しい光を放った。
僕は思わず目を閉じて、再び開けた時には扉が変わっていた。
「さぁ、どうぞ。」
皇女様が扉を開けると、そこには広い図書館が。
奥行きも高さも、どう見ても城に収まるような大きさではない。
その広大な空間に、壁に、いたるところに、書架が並べられている。少し見ただけでも、蔵書の数が億に達しているのが分かる。
「城内にある王立図書館は、このように星魔法を使って他の空間から隔離されています。侵入者から大切な書物を護るための対策ですね。…この辺に、司書さんがいるはずなのですが…。今日はいないみたいですね。もう、何やってるんだか。」
「それにしても、すごい数の本ですね…。」
「えぇ。魔法生物学の本は…5個目の書架の列を右に行ったところにあったと思います。」
僕は場所を聞くや否や、そこに向かって歩き出した。
歩くたびに、この広すぎる空間に足音が響いては消えていく。
歩く間も、様々な書架にある背表紙を見ていた。
『神話全巻』、『美術史』、『短編小説』など色々…。
ここにある書物をすべて読めば、この世全ての知識を得られるのだろうか。そう思わせるほどに豊富な種類がそろっていた。
皇族の暇つぶしにはもってこい…なのだろうか。
そして五つ目の書架を曲がって、魔法生物学のものを見つけた。
「これなら、入門にもお勧めですよ。」
気が付くと隣にいた皇女が、高い位置にあるものを取ってこちらに渡してきた。
図書館の照明が逆光を生んで、皇女様の顔を少し暗い闇で隠す。
優しく微笑んでいるはずなのに、どこか底知れない雰囲気がした。
「あ、ありがとうございます。」
なんだかドキドキした。
「あちらに机がありますから、そこで読みましょう。」
書物は面白い情報ばかりだった。
魔獣を始めとした魔性生物の体の仕組み(消化した食物をマナに変換して蓄えたり、体内の魔術酵素なるもののおかげで、通常の生物では食べられないようなものも食用可能にしたりなどなど)とか、魔性ウサギや魔鳥など弱性魔性生物にあらかじめ魔術で命令を仕込ませることで見た目や能力を意のままに操ったりなど、思ったより幅が広い。
「それにしても、熱心なのですね。」
「え…?」
「確か、齢12…でしたよね。その歳から魔法生物学を始めとした上級学問に興味を持たれるなんて…。」
褒められて少し顔が緩みかけたが、力を入れて瞬きをして自分を律した。
「…いえ、弟にかっこ悪い所見せられませんから。」
「弟、ですか。」
「…どうなさいました?」
「あぁ、いえ。弟さん…ニコロさんと言いましたっけ。5歳だというのに、あなたと並んでホワイトマーティン家の中でもトップレベルの魔術の腕だそうですものね…。」
「はい…なんか悔しくて。」
そう言えば、夢の中のお告げの人も、ニコロには気をつけろって言ってたな…。
「それにアイツ、なんだか年頃っぽくなくて。夢の中に出てきた言葉ですけど、”人生2週目”みたいだなって。」
「…人生、2週目…そう言えば、そのような書物があった気が…。」
「え?」
突然立ち上がった皇女様は、少し机から離れた後、古びた本を抱えて戻ってきた。
表紙には『異世界からの来訪者』と、物々しい字体で綴られていた。
「小説…ですか?」
「いいえ、厳重な管理のされた書架に並べられたものなので、ただの妄想ホラ話…などではないと思います。私も、読んだことはないのですが…昔、シェハト兄さまがこのお話を大層気に入っていて、よく私にお話ししてくれたものです。」
「はぁ…。」
手渡された本の表紙をめくり、黄ばんだページをパラパラと流して読んでいく。
主人公は、イノセンティアのような魔法が存在する世界の女性。冒頭で死んだかと思うと、鉄の獣や巨大な柱、奇妙奇天烈な服装を身にまとった人間たちが暮らす世界に転生し、人生をやり直す…というお話。
幼少期、学生期、青年期など、細かく章が分けられており、主人公の女性は、前世での知識や発想力を使って、場面ごとに成功を収めていった。
そして最終的には商売を成功させ、一城の主になった…という感じだった。
彼女は、生まれ変わっていても、前世の記憶を保持しており、それを使って新天地で猛威を振るっていたということ…か?
物語序盤、転生した主人公の母親が、才能あふれる彼女を見てこういった。
『なんだか人生二週目みたいね。』
「…そうかも。」
「えっ…?」
「魔術師の貴族という恵まれた環境、禁忌を犯せるほどの異常な魔力、そして5歳とは思えない落ち着きぶり…。」
「い、いや…でも、小説の話ですよ?」
「…そう、ですよね。すみません、熱くなっちゃって…。」
「いえいえ。物語を信じる純真さは、私にはもうないものですから。」
「…どういう」
その時、図書館のドアが大きな音を立てて開いた。
「アルレシア殿ー、いますかー?」
扉の方を見ると、露出の多い格好をした女性が、噂の影を連れて立っていた。
「はい!ここにいます!」
「お、よかったよかった。ほうら坊主、兄貴が見つかったんだからもう泣くなっての。」
「ぁ…ぅぅ。」
よく見ると、ニコロは声を殺して泣いていた。でも、腕で顔を拭うこともなく、ただ目を見開いて涙を流していた。
「カリナ!あなた図書館を放ってどこに行っていたの?」
傍にいた皇女様が女性の方へ寄っていく。
「げっ、オルフェカ皇女様…。いやあ、ずーっとここにいる訳にもいかないですよ、お腹もすきますし。」
「全くもう…。あぁ、アルレシア様、こちらはこの図書館で司書をしているカリナです。」
「どうも。」
「あの、ニコロが何か…?」
「あぁ、そうだ。アタシ、お菓子の買い出しから戻る途中だったんですけどね。途中の廊下で、この子がぼうっと突っ立ってたんですよ。しかも、声を上げずに泣いて。」
「一体どうして…?」
「分かりません。何を聞いても無反応というか…ただ、漠然と、何かに怯えてるってことしか。」
「なるほど…。」
怯える…何に…?
「とにかく、アルレシア殿が見つかったわけですから、私は司書の業務に戻りますね。」
ニコを僕に預けて、カリナさんは図書館の奥へ歩いて行った。
ニコは相変わらず、唇を小さく震わせて、一転を見つめながら涙を流していた。
一体何が…?
つづく
多分次回で本当にプロローグがおわる…はず。