プロローグー4節
めっっっっちゃ登場人物が増えます。(何なら次回も増える)
話の流れ的に入れたかっただけなので、まだ覚えなくても大丈夫です。
一応、プロローグは5節で終わる予定。
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七貴族の定期会合当日。アルとニコ、そして父のアルカーロは馬車に乗って皇国に向かう。
首都の活気ある様子に目を奪われつつも、「まず向かいたい場所がある」というアルカーロに連れられて歩いた先には、古びた民家のような建物だった…。
定期会合 当日
朝、屋敷の中はいつもより少しだけ慌ただしさがあった。
定期会合で首都のイノセンティア皇国に行かなければならないから、出立は少し早くなる。
起こされたときには、まだ日はそんなに昇っていなかった。
朝のうすら寒さが残る部屋で着替えながら、用意された朝ごはんを個別で済ませて、玄関で待つ。
学校に行くとき以上の正装だし、お城にホワイトマーティン家当主の息子として行くわけだしで、体の震えが止まらなかった。
ニコも、初めてのパリッとした衣装に慣れていないのか表情が固まっていた。真っ白な新しいブラウスに、ひざが出るオーバーオール。
いくら兄弟とはいえ、7歳離れた弟とほぼ同じ服装というのは少し恥ずかしかった。
「待たせたね二人とも。」
奥の方からの声と共に父さんが速足で向かってきた。
白いシャツにタイ、チェックのズボンとそれなりに紳士っぽい出で立ちをしている。鷲と獅子が象られた丸い枠に宝玉が填めこまれた魔杖は、父さんがいつも会合の時に持っていく大事なものだ。
「門近くに馬車が来ている。それに乗って皇国まで行くんだ。」
「馬車!?」
初めて乗る馬車に、思わずうれしそうな声が出た。
「うん。あぁ、アルもニコも、馬車は初めてだったね。」
「うん!僕すっごい楽しみ!」
「そうか。ならよかった。あと…これは馬車の中で話そうか。」
「ご主人様、坊ちゃん方、いってらっしゃいませ。」
玄関先でメイドたちに見送られ、僕たちは首都へ向かった。
――――――――――
首都へ向かう途中の馬車に揺られながら、外を眺めていた。
いつもは学校への徒歩の通学路なのに、とても目まぐるしく景色が変わって、時折流れ込んでくる風は程よく気持ちよかった。
「そういえばパパ、さっき何を言おうとしてたの?」
声の方に少し目をやると、馬車の中の長椅子は、ニコにはまだ高く、脚をプラプラさせていた。
僕は再び外に目を向け、ニコの質問に耳だけ傾けることにした。
「あぁそうだった。危ない、忘れるところだったよ。」
「忘れる…?」
「いいかい二人とも。これから行く場所は、貴族の会議であって、今まで見たいな遊びの場所じゃない。」
少し声のトーンを落とした父さんはそのまま続けた。
「皇国を始めとしたこの大陸の政治に関わるあれこれを決めなくちゃならない。どういうことか、わかるかい?」
「……もしかして、シャキっとしろってこと?」
「そうだ。…普段から真面目なアルと、大人しいニコに言うことでもない気はするけどね。念のため、言っておこうと思って。」
「なぁんだ。心配ないよ父さん。一応、当主の息子として相応に、社交については弁えてるつもり。」
「僕もだよパパ!」
「そうか。杞憂だったみたいだね。」
父さんはいつもの柔和な笑顔に戻り、ニコの頭を撫でた。
それからいろんなことを話しているうちに、馬車が速度を落とし、やがて停車した。
外から、御者の人の声ともう一人の声がする。
陽はすっかり上っていた。
――――――――――
馬車を降りて、皇国の領域の境から徒歩で行くことになった。
と言っても、会議の場所である城までにはそれほど距離もないので、僕もニコも周囲の街並みに目を奪われつつ歩みを進めていた。
どこを見ても家、家、家。その中には、看板を掲げていたり、街に引かれた水路を使った水車が回っていたり、この領域内だけでも国として十分機能するほどだった。
街を往く人々はみんな笑い合っていて、時折威勢のいい怒号も聞こえてきくる。
屋敷の周辺ののどかな雰囲気もいいけど、こんな風に活気あふれる街も嫌いじゃない。
そしてその中心には、大きな大きなお城。顔を真上近くまで向けないと全てを捉えられないほどだ。
そのてっぺんから足元まで、絢爛で細かい装飾が施されているのが遠目でもわかった。
「二人は、皇国に来るのは初めてだっけ?」
「うん、僕もニコは初めてだと思う。」
「そうか。じゃあ、会議が終わったら…夕方になるけど、近くの料亭でご飯にしよう。美味しいごちそうがあってね。会合帰りはいつもここなんだ。」
「ごちそう!?」
ニコがあからさまに目を輝かせた。
「屋敷の人には言ってあるの?」
「もちろんだ。おっと…そうだそうだ。会合が始まる前に、寄りたいところがある。ついてきてくれ。」
父さんはそういうと、今まで城に一直線だった体を右に向け歩いて行く。
「…?」
誰かに後をつけられている気がして、急に振り返った。
だけど後ろでは僕と同世代ぐらいの子供が遊んでいるだけで、こっちを追いかけてきているような人はいなかった。
「アル、どうしたんだい?」
「…ううん何も。」
僕は前に向きなおって歩き始めた。
城から少し離れたところの一軒家についた。その屋根や壁は穴が開いており、見るからに古びた家だった。もちろん看板も水車もなく、むしろ貧しい暮らしをしているのが見てわかった。
父さんはその扉を優しく二回たたいた。
程なくして内側からドアが開き、やつれた女の人が現れた。
そこそこ年老いていて、髪はボサボサで、肌の色も青白くて不健康そうだった。
そのおばあさんは父さんの顔を見るとはっと目を見開いて、
「あなた!教え子さんがいらしましたよ!」
と奥にいる誰かに向かって呼びかけた。
するとその奥から
「おぉおぉそうかい。悪いが今動けなくてねぇ。こっちに来て顔を見せてくれるかい…?」
としゃがれた声が聞こえた。
「失礼しますね。」
父さんはそういうと家の中へ入っていった。僕とニコも、それに続いて声のした方へ向かった。
奥では、やせ細ったおじいさんが床に敷いたシーツの上で横たわっていた。
「先生、お久しぶりですね。」
父さんがしゃがみ込んで声をかけた。
「おぉ、その、声…。やはり…アルカーロ、か。」
「はい。こうして今期もお会いできて何よりです。」
にこやかな笑顔を浮かべているが、おじいさんには多分見えていない。
おじいさんは鼻をスン、スンと鳴らすと
「もう二人、いるなぁ…?」
と言った。見えてないはずなのに、と僕は飛び上がる思いがした。
「はい。息子のアルレシアとニコロです。ほら二人、ご挨拶。」
父さんはおじいさんに僕らを軽く紹介した後、小声で僕らにも挨拶を求めた。
「あっ、え、えっと、アルレシア=ホワイトマーティンです。」
「ニコロです。」
僕はおじいさんに向かって小さくお辞儀をした。
「おぉおぉ…息子がいるとは、聞いておったが。」
「二人とも。この人は、私が学生だった時の恩師、アビオル先生だ。紹介しておきたくてね。」
「もう、この通り、先生では…ないが、な。」
「そうおっしゃらないでください。先生はいつまでも、僕らの先生ですよ。」
そういうと、父さんはカバンから小さな包みを取り出して枕元に置いた。
「これ、今回の分の丸薬と、粉末状の薬草です。」
「いいと言っておるのに…。」
「パパ、この人病気してるの?」
「…そうだよ。ちょっとした病気でね。」
「それなら、パパの魔法で治してあげられないの?」
「…。」
ニコの視線に、父さんは首を振った。
僕はアビオル先生の腕にそっと指で触れた。
その瞬間、目まぐるしいモノが体をめぐって、すぐに抜けた。
どす黒い、そして明確な悪意を持った魔力。まさに、呪いと言えるものだった。
「…ッ!」
「アル!?」
一瞬倒れかけたが、すぐに父さんに支えられた。
「このとおり、だ。儂はこのまま逆恨みで死ぬのだろうよ。」
「この丸薬は、市場で出回っている希少な鉱石を、私の聖魔法で浄化して服用できるようにしたものだ。これなら、内側の魔術に作用して、一時的とはいえ呪いを薄めてくれる。」
「何とか、何とか助けてあげられないのかな…父さん。」
「今のところは、明確な治療法は見つかっていない。」
「そんな…。」
「いいんだ。これは、儂の自業自得、さ。」
アビオル先生はそういうと、ゆっくりと、ふらふらさせながら右腕を上げた。
それが何だか助けを求めているようで、思わずまた手を取ってしまった。
「…っ!」
また、気味わるい感覚が体内をめぐる。
その時だった。
「…ふむ、良い。」
必死に握っていた腕が、優しく払われた。
「おぉおぉ…お前、名前は…。」
「あ、アルレシア、です。」
「そうか…そして…?」
「ニコロです。」
「そうか…。そう、か…。」
アビオル先生はそれだけ言うと、眠ってしまった。
「ありがとうございました。」
「いえ、また次の会合の時に。」
父さんはおばあさんと短く会話をして家を出た。
「ふむ…時間はちょうどいいかな。さぁそろそろ本番だよ。二人とも、心の準備は良い?」
「はい、父上。」
「お、気合入ってるね。その調子で頼むよ。」
僕たちは城に向かって歩き始めた。でも、さっきの家に入る時よりも、誰かが追いかけてきている気配が強くなっていることが、不気味で仕方なかった。
――――――――――
「そこの御仁。止まれ。」
城の入り口で、槍を持った人に止められた。恐らく、門番ってやつだ。短い赤髪だけど、声や顔立ちは女性みたいだ。
「おやおやアンジュ。私だよ、アルカーロだ。」
「む…そうか、失礼した。」
父さんの顔を見ると、門番はすぐに身を引いた。
「テナーくん、一体いつになったら彼女は私の顔を覚えてくれるのだろうね。」
門番のすぐ隣にいる手ぶらの男の人に、父は冗談めかした口調で言った。
「すみません…武に明け暮れている人なので、それ以外の事は…。」
「…ところでアルカーロ殿。そちらは?」
「あぁ。私の息子たちだ。今日の会合は、後継ぎとなる子供たちを交えてのモノだからね。」
「…ずいぶんとのんびりしたものですね、会合ってのは。」
「こらアンジュ…!」
「かまわないさ。やることはきちんと済ませているわけだからね。」
苦笑する父に、男の人は近づきそっと手を触れた。
すると、そこから青緑の光がわずかに溢れ出した。
「魔力による照合確認…完了です。ようこそ、我らがエニフ女王の城へ。歓迎いたします。」
「ありがとう。会議室の場所はもう覚えてるから、案内は不要だ。さ、二人とも行こうか。」
言うことだけ言って、父さんはすたすたと入っていった。
僕とニコは、はぐれてしまわないように速足で父さんの後を追った。
――――――――――
会議室は、入り口から右手の階段で2階まで上がった後、渡り廊下のようなものを渡って別館へ行き、そこからさらに一つ上がった場所にあった。
なんというか、とても不便じゃないか?
特に長い廊下は、ニコには堪えたようで、途中で疲れて座り込んだために背負って歩く羽目になった。
扉を開けると、白い布の掛かった長いテーブルに、きれいな椅子が等間隔に並べられていた。
そして、上座には特別大きな椅子…多分、女王様のものだ。
すでに到着している人もいて、会議室は談笑ムードだった。
「おぉ、アルカーロ君じゃあないか。あえて何よりだよ。」
座っていた髪と口ひげの長いおじいさんが杖を突きながらこちらに歩いてきた。そばでは、若い人が支えている。
「ダビィさん。お元気そうで何よりです。」
父さんはそう返すと、ダビィというおじいさんとガッシリ握手をした。
よく見ると、耳がとんがっているのが分かった。
「とう…父上。この方はもしかして…?」
「あぁ。七貴族がうちの一つ、”緑の風”グリーンヴェント家当主、そしてエルフ族の長、ダビィさんだ。」
「君たちが、”白の朝”期待の後継ぎ二人だね。お噂は、かねがね。」
「あ、ど、どうも。」
腰の曲がった人にさらにお辞儀をされ、こちらもあわててお辞儀をし返した。
「エルフだ…初めて見た。」
ニコが目を輝かせてダビィさんを見つめていた。
僕も、エルフ族がいるという話は聞いていたものの、あったことはないのでとても新鮮な気分だ。
「普段は、森や山などの比較的開拓の進んでいない場所で生活していますから、このぐらいの歳の子でも初めて見るというのは不思議ではないでしょうね。」
近くにいた若いエルフがそう言いながら、ダビィさんの体を支えていた。
「マルフィク君も元気そうだね。」
「えぇ何とか。相変わらず胃に穴が開きそうですがね。」
「もしかして彼、またやったのかい?」
「はい。今度は山肌を少し抉られてしまいました。」
「はは…それは、大変だね。」
「父上、さっきから何の話を…?」
「ん、あ…あぁ。気にしなくていいよ。」
父さんとダビィさんは互いに一礼して、それぞれの席に着いた。
それから程なくして、次々と各一家の当主たちが部屋に入ってきた。
父さんとダビィさんに加え、青い長髪の男、アクセサリーがまぶしい小太りの男、そして、何やら謎の黒い幕のついたような傘を持った仮面の人も入ってきた。
そして、黒い幕の傘は、椅子の上に立てられ、広げられた。
すると、さっきまで誰もいなかった空間に、うっすらと人影が浮かび上がってきた。
すっかり影になっていてぼんやりとしか見えないが、僕より年上の女の子が座っているように見えた。
輪郭がはっきりしてきたかと思うと、傘は取り除かれ、その下からうっすらと見えていた女の子が姿を現した。
「毎回、手品のような登場をなさいますな、ルゴラ女史。」
「ごめんなさいね。家業のせいでまともに人前に出られないんですもの。」
ルゴラという少女は扇子で口元を隠し、おほほと笑った。
「ふん、私たちは当主として白昼堂々と出ているというのに。」
小太りの男がティーカップを片手に厭味ったらしく言い放った。
「あらあら、ディアディムさんったら、子供がいるからって無理に威厳を見せようとしなくてもいいのよ。」
「そんなつもりはない!」
これが、七貴族の定期会合…。
父さんの言っていた通り、まともに会議ができそうなメンバーではなさそうだ。
と、そう思っていた時だった。
―バンッ―
開きかけだった会議室の扉が勢いよく開けられた。その大きな音に部屋の人は一斉に同じ方を向いた。
見ると、赤を基調としたドレスの女性が、裾を持ちながら息を切らしていた。周りの大人たちは、何かを察したのかクスクスと笑い出した。
「ザーニャ様!」
廊下の方から、老人の怒鳴り声が響いた。
その女性は怒鳴り声が聞こえてないかのように、部屋を見渡してから咳ばらいをし、
「ご、ご到着、遅れあそばせ…?ましたわ!…よ!」
これまた部屋に響き渡る大きな声でそう言った。
部屋はドッと笑いが起こり、堪え切れずに机をたたく人もいた。
「まぁまぁ。ザーニャ女史、今日も目見麗しゅう。君の席はそこだよ。それと、まだ会合は始まっていないから、お茶でも飲んで落ち着くといい。」
青髪の男に語り掛けられると、女性は紅のドレスよりも顔を赤くしながら、ゴーレムのようなたどたどしい足取りで席に着いた。
あとから遅れて、さっきの声の主と思われる老人が入ってきたが、温まった空気はそのままで、ザーニャさんはずっと顔を赤くして俯いていた。
「父上、あの、会合はいつになったら」
僕がそう聞こうとした瞬間、今度はラッパの音が響き渡った。
すると、笑いの絶えなかった部屋は一瞬にして静まり返り、みんなが真剣な顔つきに変わろうとしていた。
戸惑いながらも周りと合わせるようにしていると、扉の外から
「エニフ女王陛下がご到着なされました!」
という声。
女王陛下。その単語に思わず体が強張る。
時間を空けずに扉が重々しく開いた。
その先には、真っ白な…というよりかは、宝石を砕いて散りばめた透き通るような(実際は透けていけないけれど)ドレスを召した女王様が入ってきた。
女王様は、ザーニャさんと同じように、けれど落ち着いた雰囲気で部屋を見渡し、満足げにうなずいてから言い放った。
「イノセンティア皇国第20代目女王、エニフ=クリアピエーレ、ここに。さぁ、会合を始めましょう。」
――――――――――
続く