プロローグー2節
目覚めるとそこは真っ暗な世界だった。目の前に見える破廉恥な格好の女の話によれば、俺は死んだのだという。
―――
一か月ぶりに帰ってきた母さんは赤ちゃんを連れてきていた。突然のことに驚きつつも、心の底に焦りのような感情が出てきて…。
あぁ、体が軽い。心も軽い。
この幸福感だけは目をつむったままでも感じ取れる。
…まだ外は暗いのか?なら、まだ寝ていても。
『◎◇※ ★=▼さん…、◎◇※ ★=▼さん…目を覚ましなさい。』
俺を、呼ぶ声…?でも、おふくろの声じゃあ…。
『目を覚ましなさい。』
「うぅん…あと五分。」
『なんですゴフンって。時間の事を言っているのなら、ここにそんなものは存在しないと断言しておきましょう。』
は?何を言ってるんだこの女…。
『いいから、目を覚ましなさいって。後がつかえてるんだから。』
「ったく…。」
仕方なく、ゆっくりと目を開けた。
『ようやく起きたわねこの寝坊す…いえ、◎◇※ ★=▼さん。』
目を覚ましたそこには、光というものがなかった。
周囲は真っ暗で何もなく、どこまで続いているのかもわからない。
だけど、俺と目の前の露出狂の女の姿だけははっきりと見える。
『なぁっ…!誰が露出狂ですか!』
「げっ、心の声聞こえるのかよ。」
『えぇそうです。もっともあなたは今、いわゆる魂だけの状態ですので、心というか思考回路を読んだのですが。』
「はぁ…ん?ちょっと待て。今なんて?俺がデータだけの状態?」
『はい。つい先ほど、あなたの生が尽きましたのでこうして、この場所で私がここに立っているのです。』
目の前の、露出…じゃなくて、大層派手な服装の女は、さも当然のようにそう答えて眼鏡を上げた。
「生が、尽きた…?」
『えぇ。端的に言えば死んだのですよ、あなた。』
「マジで?」
『本当です。』
「それじゃあ、ここってもしかして…?」
『はい。死後の世界。我々は冥界と呼んでおります。』
「そうか…。」
『おや。慌てないんですね。』
「まぁな。いずれ死ぬと思っていたし、別に生きることに執着していたわけでもない。」
『そうですか。私としても、それくらい淡白な反応の方が仕事がスムーズで助かります。』
「仕事…っていうと、もしや?」
『はい。私はこの冥界で、死んだ者の魂を裁定し、結果次第では輪廻の輪に戻すことも可能です。』
「それってつまり…。」
『えぇ。お望みならば、すぐに生まれ変わることもできます。』
「へぇ…さっき、裁定してその結果次第って言ってたよな。んで?俺の魂の裁定結果はどうよ。」
そう聞くと、目の前の女は一瞬目を逸らして
『えぇ。問題はありません。あなたは本当に良い魂でした。よって、転生の権利を与えます。…ある程度、制限はありますが。』
「例えば?」
『時にあなた。イノセンティア大陸はご存じですか?』
「いや、知らな―」
『えぇ当たり前です。世界の認識から隔絶された場所ですから。』
「…。で、なんだよそれ。おとぎ話か?」
『いえ、実在はするんですよ。』
「…何となく嫌な予感がするな。もしかして生まれ変わる先は―」
『必ずその大陸になります。』
「そうか。まぁ、前世の記憶は引き継げるんだろう?」
『そうですね。ただし場所が場所ですので、勝手はだいぶ違いますよ。』
「まぁ、過ごしていくうちに慣れるんじゃないのか。」
『…い、意外と順応早いんですね。』
「いわゆる強くてニューゲームってやつだろ?前世では碌なことできなかったし、今回は楽しもうと思ってな。」
『そうですか。…ただし、私からのアドバイスです。次の命では、年相応のふるまいを心掛けたほうがよいでしょう。』
「どういう意味だ?」
『詳しくは言いたくないのですが。そうした方が良い、としか言えませんね。』
「つまり、前世での記憶がある状態で、最初は子供っぽい振る舞いをしなくちゃいけないってことか…。」
『えぇ。まぁ、人間の体の成長の関係上そうせざるを得ない、というよりそうなってしまうのですが。おしめが汚れれば泣き、母の乳に顔を綻ばせ、些細なことにも大きな感情を示す。』
「ちょっと、めんどくさいな。」
『そうでしょうか?私はそう言った子供らしいのは大好きですよ。』
「まぁ、来世があるだけマシってものだ。さ、早く転生させちゃってくれ。」
『…わかりました。』
女はそういうと、どこからか杖のようなものを出現させた。
パッと見た感じ、蛇と人魚がかたどられている。
そして、俺の方に杖をかざし、何か唱え始めた。
『我が名、冥王神プルーテスにて命ずる。かの者の魂を柵から解き放ち、再び輪廻の中へと組み込ませよ。』
さっきまで暗闇しかなかった足元に、突然魔法陣のようなものが浮き上がった。
『かの者、名を◎◇※ ★=▼!汝の内より、隔絶された魔の力を呼び起こしその色を見定めん…!』
内側から、感じたことのない力が確かに湧き上がっていた。
『…!汝の色、それは白!穢れ無き光の色、そして癒しを施す聖なる力!』
『軍神ラナス!大いなる知略、そして輝きの神よ!その偉大な加護をかの者に与えよ。』
『これより汝は生まれ変わる!』
その叫びと共に、自分の体が変化していくのが分かった。
骨が焼かれ、内臓は蠢き、立っていられなくなるほどの激痛が体内を駆け巡る。
『私にできるのはここまでです。…どうか、せめて次の生を楽しんでくださいね。』
「あ、あぁ・・・あ ああ ああああ・・・!」
「奥様!生まれました、男の子です!」
――――――――――
「おと…うと?」
僕は目を丸くして、母親の腕の中で眠る赤ちゃんを見つめた。
「そうよ、弟。ニコロっていうの。」
にころ。にころ、ニコロ…。
「ニコロ…。」
頭の中で繰り返したその名前を口に出してみたものの、突然の弟の登場に、訳が分からなくなっていた。
「実はね、お母さんのおなかには、この子がいたの。」
「じゃあ、旅行っていうのは…。」
「うふふ、ウソ。アルをびっくりさせたいと思ってね。」
「そりゃあ、びっくりしたけど…。」
「あら、それじゃあサプライズは成功ね!さぁ、屋敷に戻りましょう。お祝いの準備をしなくっちゃ。」
母さんは赤ちゃんを抱いたまま、メイドと一緒に屋敷に入っていった。
僕は呆気にとられたまま、しばらく庭に立ち尽くしていた。
――――――――――
「…母さん。」
「あら、どうしたの?」
その日の晩、夕食を終えた僕は、母さんの部屋に来ていた。
母さんは、弟にお乳を上げていた。
弟の表情は心なしか穏やかだ。
「えっと…。」
何となく寂しい、なんて言える感じじゃないよな…。
「…アル?」
「う、えっと、お、弟が気になって…。」
「えぇ、そうよね。お兄ちゃんになるんだもの、しっかり触れ合いなさいな。あと、弟、じゃなくてニコロって呼んであげなさい。」
「うん…。」
僕は母さんの寝ているベッドに腰かけた。
「…ねぇアル?」
「なぁに?」
「もしかして、寂しいの?」
「…え?」
「ううん、気のせいだったらいいんだけど。ニコロが生まれて、寂しい思いしなければいいなぁって。」
「…。」
「もしかして図星?」
僕はゆっくり頷いた。
「うふふ…まぁ無理もないわよね。まだ生まれて数日だからどうなっちゃうのかわからないし。なんだかんだ、アルもまだまだ甘えんぼさんだからねぇ。」
片手でニコロを抱きかかえ、空いたほうの方手が僕の頭に優しく触れた。
何もかもが突然で、気持ちの整理がついてない…ってのは何となく感じてた。それに、今まで優しかった母さんが、ずっとニコロの方しか向かなくなっちゃったら…何でかわからないけど、そうなっちゃうような気がした。
「…変、だよね。だってまだ出会って1日もないのに、ママを取られちゃうだなんて…。」
「大丈夫よ。アルもニコロも、どっちも大切な、愛しい我が子なんだから。」
「うん・・・うん!」
「…今日は、ここで寝ちゃう?」
「え、良いの?」
「えぇ。もうすぐアルも学校に行くことになるんだし、いろんな話をしたいな。」
「…わかった!」
それから、眠くなっちゃうまで色んなことを話した。
母さんが戻ってくるまでで読んだ本、覚えた魔術、とにかくいっぱい。
その間、母さんはずっと僕の話にこたえてくれた。
僕は、とても幸せな気持ちだった。
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つづく
連載の方法を間違えていたのであげなおしです。ごめんなさい。