プロローグ-1節
生まれて初めて異世界転生に挑みます。ちょっとこじゃれた鼻につく文章とか有るかもしれませんが、許してください…。
世界の地図を広げてみよう。
美しい青の海と緑の大地。…それと、少しの白い氷。
技術の発達によってこの星は俯瞰され、何もかもが手に取るようにわかる。
それは例えば、君の住む国の様子。北は少し雪に覆われ、かの明峰の麓には鬱蒼とした森が広がっている。夜なのに光輝いて見える場所があるのは、そこが発展した都市だからだろう。
また、例えば、空を流れる雲の動き。あぁ、君の住む町はどうやら明日、雨に見舞われるらしい。洗濯物があるなら早めに取り込んでおくことだ。
そして、また、例えば。海にだって同じことが言える。
潮の満ち引きと流れ、船の動き、魚の群れ。
でもどうやら、彼らにはわからないこともあるようだ。
それは、私たちだ。
大陸から少し離れた海に存在する地図にはない大陸。それは、あちらとは別に発展した技術によって巧妙に隠され今までその存在を知られることはなかった。
名を、魔術大陸イノセンティア。独自の神話体系に基いた魔術が営みを支える世界。
その中心である首都、イノセンティア皇国より南東。
暖かい陽射しが差し込む貴族の庭から、物語は動き出す。
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「母さん…?」
アルレシア、皇族の信頼が厚いホワイトマーティン家の一人息子が、門の前にたたずんでいた。
その綺麗な碧の目で、たくさんのメイドに囲まれた母親を見つめながら。
「アル、お母さんね、しばらく家を空けることになったの。」
「…どうして?」
大好きな母が突然家を離れる。訳も告げずに。7歳の彼にとっては衝撃的だった。
「…秘密、かな。」
不安で涙を湛えてしまった少年の瞳とは対照的に、母親の目は慈愛で細まっていた。
「そんなに長くはならないわ。ちょっと、旅行に行くようなものだから。」
「旅行なら、僕も行きたい!」
どうしても、と体を乗り出すアルレシアを、メイドたちが抑えた。
「だめですよお坊ちゃま。奥様は大事な用事があるのです。」
「な、なんで僕は行っちゃダメなの!?」
「大丈夫だから。1か月ほどで戻るわ。」
「いっ…!」
…母さんがこんなに屋敷を空けるなんて滅多にない。何かとても大変なことだろうに、どうして、どうして僕は…!
「御者さん、お願いします。」
「母さんってば!」
母さんはそれきりこちらを向かず、馬車に乗って屋敷から遠ざかってしまった。
「母さん!母さん…!」
気が付くと僕はメイドたちに抱えられ、屋敷の中へと連れ戻されていた。
その様子を屋敷の中から遠巻きに見ている二人の男がいた。
ホワイトマーティン家の現当主でありアルレシアの父アルカーロと、前当主アトラスである。
「父さん、これで本当に良かったのでしょうか。何やらアルを騙しているようで…。」
アルカーロは眼鏡の奥から優しい眼差しを、外で泣き崩れている息子に向けていた。
「好きにさせろ。プルリマは昔から、大げさなことを言って周りを揶揄うのが好きだったのだろう?今生の別れのように見せているが、その実は里帰り出産だ。もっとも、魔術師として優秀なアルがいるのだから、後継ぎは問題ないのだがな。」
「そうです。アルは7歳ですが、すでに宮廷魔術師にも及ぶ魔術の使い手です。白癒石はなかったとはいえ、これ以上優秀な後継ぎは必要ないはず…いったいなぜ?」
「さぁ、な。そもそも、彼女の出産に関して私は何も触れていない。最終的な決定をしたのはアルカーロ、お前だ。」
「それは…。」
「勘違いしないでほしいが、私は、『後継ぎ候補がもう一人いても良い』と言ったことを否定しているつもりはない。だが、何度も言うように、それを受けたお前が、プルリマと相談し子供をもう一人設けることにしたことも事実だ。」
「…はい。」
「せっかく孫と暮らせているんだ。アルの悲しむ顔なんて見たくない。励ましてやりなさい。」
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「母さん…。」
静かになった寝室で呟いた。寂しい独り言は、暗い部屋の隅で反射して胸に突き刺さった。
「母さんが気になるのかい?」
隣で寝ていた父さんが声をかけてきた。
「うん…。」
「大丈夫だよ。母さんはすぐに戻ってくる。」
「…本当に?」
「もちろんさ。…そうだな、少しこっちにおいで。」
父さんが掛布団を持ち上げて作った空間を転がり、父さんの胸元へ入り込んだ。
ヒョロいから普段はそんなに感じないけど、こうしていると、本当に頼りになる体だ。
父さんは丸まった僕の背中に手を回し、そこから柔らかい光を放った。
『軍神ラナスの聖なる光よ、かの者の恐れ、不安、戸惑いを祓い給え。』
月明かりしか光源のなかった部屋は暖かい光に包まれた。それと同時に、悲しい気持ちがふわっと軽くなって、心地よくなる。
これが、ホワイトマーティン家の歴代当主のみが使うことを許される光魔法の上位術式、聖魔法…。
あぁ、本当に、さっきまで泣き出しそうだったのがウソのように晴れやかな気分になる。
僕も、いつか、この、魔法…を……。
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父さんの言う通り、母さんは本当に1か月ほどで屋敷に戻ってきた。
「母さん!」
帰ってきたという知らせを聞いて思わず飛び出した僕は、一瞬目の前の光景を理解するのに時間がかかった。
母さんは、屋敷を出るときにはなかったものを抱えていた。
「ただいま、アル。さぁ、ご覧なさい。」
母さんは抱えたソレが傾いてしまわないようにゆっくりとしゃがんで、僕にも覗けるように見せた。
閉じた瞳、柔らかい肌、僕なんかよりもずっと小さな手足。
見ると、手にはキラキラ輝く白くて丸い塊…。
「ほら、はじめましてのご挨拶よ。お兄ちゃん。」
ニコロ=ホワイトマーティン。
僕が今後最も口にし、耳にし、嫌い、信頼し、そして愛する名前。それが目の前の赤ちゃんにつけられた名前だった。
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つづく