スパイ疑惑
「私はスパイではありません。あの情報端末を不用意に見せたのは、機械の国との対立すら知らなかったことの裏付けになると思います」
私は静かに話し始めた。キカとアルは真剣な眼差しでこちらの目を覗き込む。
「また、無難な魔法を使えると言った方が怪しまれないのに、わざわざ機械の国でよく使われる単語を入れた独自の魔法を紹介するのは無謀です」
「確かにそれは考えた。でも別の世界から来たって突拍子もない話より、スパイって考えたほうが自然だ」
「そちらの方が自然だからと一切の根拠もなく否定するのは、はっきり言って愚鈍です。私の何を疑っているのかを教えていただければ、弁明しますよ」
まっすぐにキカと目を合わせる。キカはハッとして語気を弱めた。
「すまねえ、少し気が立ってた。……まずはあの情報端末だが、あれは機械だろ? 魔法の国にも情報端末はあるが、ギルドにあったようなオリハルコン製が多い。少なくとも、あんなに小さく加工したものを個人が携帯していることはまずない」
水晶のようだと思っていたギルドの生体情報登録装置は、オリハルコンで出来ていたらしい。元いた世界でも、オリハルコンは希少なものという感覚が一般的だったな。
オリハルコンを情報端末として使用できる理由を聞きたいところだが、今はそれどころではない。
「機械であることに間違いはありませんが、私が元いた世界の物です。通信機以上のことはほとんどできません」
本当はメモとかゲームとか色々なことができるが……今の話には関係ないので割愛しよう。
大切なのは通信機を持っていたと自白することだ。本当にスパイなら、持っていた機械を通信機と言うのはリスクでしかない。
「通信機? あー、動いたり透明化したりは?」
「できません。それに通信機と言いましたが、同じものを持ってる人がこの世界にはいないため板以上の価値はありません」
騙すために敢えて言っている可能性を捨てきっていないのか、複雑な表情をしている。
あの状況で通信機を「失くした」と言えるのは、トイレに置いていったか、手元に持っているのに見つけられない場合のみだ。
というか、トイレから出て突然「通信機を失くした」というのは明らかに怪しい。私がそんなこともわからない奴でないのはキカもわかっているだろう。
しかし通信機が自力で動けないのであれば盗聴は難しい。本当にトイレに仕掛けるのが目的ならばただの変態だ。……いや、それはそれで警戒した方がいいと思うが。
手元に持っているならば透明化の機能でバレにくくしていると思ったのかもしれないが、そもそも持っていればポケットの膨らみか手の形でわかる。
「なあキカ、こいつは嘘を言っていない。直感だが、私は信用してもいいと――」
「ちょっと待ってくれ、もう少しだけ……」
キカの表情からは、どこか怒りを感じる。私へ向ける視線は、いつのまにか憎しみの募ったものになっていた。
「機械の国のせいで辛い思いをしたのはわかる。だが無差別に疑っても仕方ないだろう。キカだってわかってるはずだ。魔法や生活様式より先に妖精について聞かれた時、共通の常識を聞く理由がわからず戸惑っていただろう?」
「いや、信用させるためにわざとそういう質問をした可能性も――」
「異世界人という突飛な嘘をつく理由を考えるなら、すぐにバレてしまうことを前提に言った可能性が高い。もしスパイだとすれば、わざわざ異世界人のフリまでして質問してるのにこんなことに時間を割くか? バレる前に逃げ出す予定の者にしては、かなり悠長だと私は思う」
アルは諭すように言った。キカも気付いてはいるのだが、どこか信じきれなかった――というより、疑わなければいけないという使命感に駆られている感じだった。
「……すまねえ、頭冷やしてくる」
キカは出口へ歩いていった。今の言い方では激昂する可能性もあると思ったが、恐らくアルはそのラインを見定めつつ今の発言をしたのだろう。
論破することで疑いを晴らしたアルはすごいが、論破されて怒らないキカも中々に人間ができている。いや論破というより、相手が奥底で思っていることをピタリと当てた感じか。
さて、キカの疑いが半信半疑であったことは私も気付いていた。それでもあれほどの怒りや憎しみを持っていたのは、何か理由があるからだろう。
「すまない、ハック。キカは元エルフなんだが……機械の国に家族を殺されているんだ」
何も言わずとも、アルは事情を話した。
そういえば、耳は隠れていて確認していなかった。人種に共通点がないとは思っていたが……人間以外の種族が存在する可能性を考慮していなかった。
家族の仇である国のスパイかもしれないとなれば、可能性が低くとも疑ってしまう気持ちはわからなくもない。
「私は大丈夫ですよ。それより、彼女のケアをした方がいいのではないですか?」
「キカはああいう時、いつも外の空気を吸ってくるんだ。一旦落ち着いて、また冷静になってから話し直したいと以前言っていた」
たまに口論になって感情的になることはあるらしい。それでも自分の感情のコントロールしながら、かつお互いに問題の解決や和解についてを最優先に進められるようにするというのは見上げた心構えだ。
「仲が良いんですね。よく相手を理解していらっしゃる」
「まあ、知り合ったのはかなり前だからな。最初に会った頃は――いや、それより質問したいことはあるか?」
アルは思い出話に花を咲かせようとして、思いとどまった。気にならなくはないが、言いかけたのをわざわざやめたのだから何か意味があるのだろう。
キカの昔の話を勝手にするのは憚られるからか、相手が聞きたいことを優先して話そうという気遣いか、はたまた私が友人に会えない状況のため避けたか――理由は色々考えられるが、とりあえず私も触れないのが無難か。
特に聞きたいこと――私がスパイと疑われた原因である、機械の国について聞いてみよう。
「先程、機械の国と冷戦状態だと聞きました。話せる範囲でいいので機械の国と魔法の国について聞きたいです」
「ああ。だが、そうは言ってもあまり話すことはないな。私自身、詳しく知らないというのもあるが」
アルは若干複雑そうな顔をした。話していて節々から感じていたが、魔法や社会情勢などの知識系統に関してはかなり弱いらしい。
恐らくキカの方がこういった知識はあるのだろうが、仇について話させるのは気が引ける。この場にいない今話すのが好都合だが、詳しく話せないのは申し訳ない……と思っていそうな顔だ。
「私達が今いるのは魔法の国だが、本当に名前が『魔法の国』というわけではない。そういう括りというか……派閥のようなものだ」
「宗教のような?」
「まあ、そんな感じだ。神がいるわけでもなければ何かを信仰していることもないし、お互い嫌悪しているわけでもないのだが」
宗教は偶像に頼ることで意思をひとつにし、大衆を動かしやすくするのが主な目的だ。信仰対象がないとすると、それはただの社会集団だ。
その国にレアメタルや鉱山が多ければ自然と機械が増え、マナが豊富であれば魔法の研究が進むといった発展の仕方をした結果だろうか。
宗教は排他的であることが多い上、争いの火種にもなりやすいためずっと警戒していた。しかし転移先は選べないため巻き込まれることは必至だったな。
「魔物のほとんどはマナで出来ているんだが……それが原因で争いになったんだ」
転移直後に邂逅したステルスタイガーを倒した時に、アルが言っていたな。
ほとんどがマナで出来ているということは、生まれる原因も恐らくマナだろう。魔物が生まれる原因となるマナを敵対視したのが始まりだと予想できる。
しかしマナは大気中に存在すると言っていた。電子魔法で得られる情報にも『総マナ量』という項目はあったが、ステルスタイガーが大きな火球を撃つ時に減った量は割合で見ればごく僅かだった。
ということはマナは空気と同じくらいあり、しかも使わないと減らないことがわかる。そういえば総マナ量は少しずつ増えていたし、なくなることはないのではないか?
それに魔法は生活を便利にしているし、マナは魔法を使うための半永久的に使用できるエネルギーだ。マナは機械の国からすれば魔物を生み出すものだし、魔法の国からすれば無限のエネルギー……対立しても不思議ではない。
そう考えると、魔法を使わない機械の国からしたらマナはただの邪魔なものだな。
「もしかして、機械の国はマナを消滅させようと考えているのではないですか?」
「え!? いや、わからん。私が知っているのは『マナが魔物を生んでいる原因のためマナは危険、だから魔法を使わない』という程度なんだ」
恐らく噂で聞いた程度なのだろう。元いた世界でも、原因や対処法が誇張されて伝わっていることはよくあった。
例えば「学校の友達から聞いたと息子が言っていたと妻から聞いたという話を上司が言っていた」という流れで「こんなことがあったらしい」と友人から聞くとする。どこで尾ひれがついているかわからない情報だが、それしか聞いたことがなければ信じてしまうことが多い。
伝言ゲームと違い、余分と思われた情報は次々に削ぎ落とされることもあれば、憶測で話したことが事実と思われることもある。
他の人にも聞いたり、色んな記事を見て調べたりするのが一番なのだが……とりあえず話を進めよう。まずは言葉の認識が合っているかの確認だ。
「〇〇は機械の国、〇〇は魔法の国といった呼び方をするのでしょうか?」
「まあそうだな。シャンティは魔法の国だし、カルスは機械の国だ」
知らない国名が出てきた。いや、シャンティはこの街の名前と言っていたし、カルスは街の名前かもしれないな。
「エルフの国を滅ぼしたのはそのカルスという国ですか?」
「そうだ。あ、街でも国でも魔法の国、機械の国と表すんだ。言い忘れていてすまない」
同じ国でも地域によって魔法派と機械派が分かれたりもしていそうだ。あまり詳しくないようだし、もっとよく知っていそうな質問をしよう。
警備員のような男が言っていたことについて聞いてみるか。
「ところで、平穏でなくなったのは最近だと聞きました。されたこと、何か変わったことなどを聞いても?」
「ううむ、元々は機械を輸入し、魔道具は輸出していた。この協力関係が絶たれたり、国のいざこざに首をつっこまれて激化させられたりしたな」
「それはキカが言っていたことと関係がありそうですね」
「ああ。ドワーフとエルフの小競り合いがあったんだが、機械の国がドワーフに大量の武器を渡してエルフの国が滅びてしまったんだ」
ドワーフは鍛冶や工芸が得意だと聞く。機械の国とは特に友好的でも不自然ではないし、知らぬ間に危険な兵器を投入してしまったと考えられなくもない。
機械の国は過激なところが多いのだろうか。魔法の国についてはこの街しか知らないため、もしかしたら同じようなことをしている国もあるかもしれないな。
しかし魔法の国の住人に聞けば必ず自己申告バイアスにより過少申告されるだろうし、今聞く必要はないか。
滅ぼされるくらいにはエルフの国も抵抗したのだろうし、状況も知らずにどちらが悪いとは思わないが……キカは関係者であるため、刺激しないよう言動には気をつけよう。
「えーっと他には……ああそうだった。なにか変わったことはないか、『魔の森』に住む魔女に聞いてみなければいけないんだった」
「ステルスタイガーについてですか?」
「そうだ。ハックも来るか? 今回は魔物除けの魔法を使うから多少安全だし、この世界に来た原因についても魔女ならわかるかもしれない」
魔の森というのは恐らくその魔素の濃い森のことだろう。
ステルスタイガーは本来魔素の濃い森にいると言っていたが、今回は平原にいた。現地人に話を聞きに行って原因を調べ、根本から解決しようということか。
「お邪魔でなければ是非。ちなみに、マナと魔素の違いは?」
「うーん、魔素はマナの元……? いやほとんど同じというか……」
アルは途端にしどろもどろになる。そういえばこの系統の話は苦手なのだった。
恐らく『空気の薄さ』と『酸素の薄さ』程度の使い分けだろう。後でキカに聞いてみるか。
「いや、大丈夫です。私は何か用意すべきものはありますか?」
「今回は私が用意するよ。今から依頼を受注してくるが、装備を整えたり魔法の本も用意しないといけないから……明日の朝出発にしよう。それまでは自由に観光しててくれ」
そう言ってアルは合鍵を渡してきた。信用し過ぎな気もするが、ここは素直に感謝しておこう。
「ありがとうございます。観光が終わったら家に戻っておきます」
「ああ。それじゃまた」
私は出入り口に向かって歩いた。その途中、警備員に呼び止められる。
「よお、アルとはパーティー組むのか?」
「パーティーというのはよくわかりませんが、明日魔の森へ一緒に行く予定です」
「おーそうか! いやなに、アルは世渡りが下手でな。正直に生きすぎて周りが合わせられんこともよくあるんだ。俺はもう心配で心配で」
警備員のおじさんは腕を組みながら話した。随分肩入れしているようだが、近所付き合いのよい知り合いなのだろうか。
「ああそうだ、外でキカが待ってるぞ。あいつも引きこもりがちで勉強ばっかりでなあ……アル以外と仲良くしてるところを見るのは初めてで――」
「おい! 何を言いふらしてんだ! ほらハック行くぞ!!」
キカが出入り口から飛び出し、私の手を掴んで外へ引っ張った。警備員のにこやかな笑顔が視界の端に映る。
「すまねえ。あのおっさんすげえ世話焼きで……クソ、まだ気まずいってのに」
「私は気にしていませんよ。それより、観光を勧められたので色々教えてください」
「お前は本当に知りたがりだな……まあいいか。まずは魔法の本だな。次は装備品見て、あと雑貨屋もおすすめだな」
キカが指折りしながらおすすめの場所を列挙していく。どれも重要な情報源になりそうだ。
好きな場所に行くという楽しみな気持ちが、気まずさを上塗りしている。キカはすぐに自然な笑顔を浮かべた。
「さてしばらく歩くぞ。そうだ、お前のことはもう疑ってないからさ、電子魔法についてもっと教えてくれよ」
「いいですよ、私もまだあまり使っていないので探り探りですが。どこまで話しましたっけ……まず、相手の強さや状態がわかったり、温度やマナ属性割合などの環境系の情報も得られるんです」
「おうそれは聞いたぜ。知りたがりのお前にピッタリの魔法だな」
「それだけでなく、一部の数値を変更したり、魔法に介入することもできます。アルが戦っていたステルスタイガーですが、火球の射出方向を変えて自爆させたりしました」
「魔法の介入については聞いたけど、アルは気付いてなさそうだったな。そうだ、今度魔法理論について教えてやるよ。もっと使いやすくなるぞ」
キカから警戒心がほとんど感じられない。数十分前に比べて、よりフランクになった気がする。
元々はこういう性格なのだろう。一人で色々考えて吹っ切れたのだろうか。
だがその後すぐに目線を外し、もごもごとし始める。何か言いたげだ。
「どうしました?」
「その……改めてさっきはすまなかった。正直、まだ信じきれてない部分はある……でも、急に別の世界に来てスパイ疑惑かけられるのは結構キツいんじゃないかなって」
キカは立ち止まり、頭を下げた。私は向き直り、キカの気持ちを受け止める。
「私がキカと同じ立場なら、同じように疑ったと思います。自分で言うのもなんですが、こんな突拍子もない話をされて信じろという方が無理な話です」
「自分で言うのか。面白い奴だな、ハック」
「ありえないことが起きているのですから、その事実を話しても信じられるわけがありません。それに、友人が関わっているのですから疑うのは正当防衛ですよ」
「おいおい、それじゃ疑われたままでいいって?」
「大丈夫ですよ。誰でもどこかしら疑われているものです。」
「思い切った考えだな。まあ真実だけ言ってるなら、ボロは出ないか。気長に見張ってやるよ」
キカはそう言って、ニヤリと笑った。とりあえず信用してもらえたらしい。
性格が似ている者同士、仲良くやれそうだ。私がまた歩き始めると、キカも隣をついてきた。
「ありがとうございます。あ、電子魔法の話に戻りますが、付近の生命体の数を検出できる機能もついているみたいです」
「ほー。と言ってもこの辺りはたくさんの人がいるし、役立たなそうだな」
「検出条件の設定ができるみたいです。状態異常の相手とか、視界内の相手とか」
次々に新たな機能が出てくる。もしかしてアップデート機能もあったりするのだろうか。
それにしても、情報を得るための機能ばかりだ。私は戦闘ができないため、補助や索敵が専門になりそうだな。
「私は武器やアイテムの制作をしたり、補助魔法でアルのサポートをしてるが……これは強力なライバル登場ってところか?」
「サポート役なのは一緒ですが、できる内容は全然違うじゃないですか。ところでさっき言ってた索敵機能を試してるんですが、生命体の数だけじゃなく種族もわかるみたいです」
「へー。私はエルフって表示されるのか?」
試しにキカを見てみる。種族の欄に『エルフ:1』と書かれている。人間とエルフは分けて検知するらしい。
「みたいですね。もしかして、誰もいない家の路地見たら幽霊とか検知したりするんでしょうか?」
「ば、ばか言ってんじゃねーよ。幽霊は生命体じゃないだろ……そもそもそんなもんいねーよ」
キカは自分に言い聞かせるように言った。この世界には幽霊が種族として存在するかどうかわからないが、少なくともキカは苦手らしい。
無意識に、自分の手を胸の辺りで握りしめている。可愛らしい一面もあるようだ。
自分で言っておいて気になってしまい、ふと路地を見る。視界には何もいない。
しかし、生命体検知数は1と表示されている。
「おい、何かいたのか?」
急に路地を見て立ち止まる私を見て、キカが立ちすくむ。何故か種族が表示されていないため、正体がわからない。
「何かいるかもしれません。しかし、種族がわかりません。」
「ちょっと、やめてくれよ。さっきスパイを疑ったのは悪かったって。冗談なんだろ? な?」
もし本当に生命体がいるのなら、以前のようにステータスをいじれるはずだ。ステータスウィンドウを見ると『???』という名前で表示されている。
種族不明で生命反応のみ検知できるというのが理解できない。電子魔法がどのようなアルゴリズムで動いているかわからないため、検知の不具合に関しては予想するしかない。
まず、恐らく生命反応の検知は視覚によって行われていない。視覚によって得られる情報は動いているかどうかくらいだからだ。
生きていれば間違いなく必要なもの――鼓動や体温だろうか。その情報を元に検知数を算出している可能性が高い。
視界内の生命体を検知と書いてあるが、周囲の情報を集めてから自分の前方のみに情報を絞れば可能だ。
魔法といえど、本当に表記通りの情報取得の仕方をしているかはわからない。表記と実際の動きの違いなどあって当然だ――プログラムや薬だってそうだからな。パッケージや宣伝文句が違うだけで同じものだったり、宣伝の仕方は同じなのに中身は全然違うなんてこともある。
視覚以外で情報を得ていると仮定すると、恐らく現在見当たらない理由は『存在するが見えていないだけ』だ。実際にそういう魔法があるかはわからないが、透明化や小型化、視覚専門の認識阻害などがあれば可能だろう。
『hide』や『minimization』という欄にチェックが入っていることを期待して探すが、見つからない。アテが外れた……そう簡単にはいかないか。
試しに魔法と同じ要領でアクセスしてみる。すると以前の大きい火球の比ではないほどのプログラムコードが表示された。
見えないようにするための魔法を発動していることは間違いないだろう。いや、魔法に接続できるということは、魔法の元であるマナを辿れるということだ。ほとんどがマナで出来ているらしい魔物や妖精に接続できているとしても不思議ではない。このプログラムコードが表しているのは魔法か? 生物か?
見た感じ、魔法というより個体……動作の指定ではなく動作の仕方――生命活動について書かれている。
「おい、さっきから指動かしてどうしたんだよ? 本当に何かいんのか?」
「何かいることは確かです。ですが恐らく、幽霊ではありません」
キカは「なーんだ」とホッとした顔をした。さっきまでの弱気はどこへやら、ずんずんと路地へ進み出す。
「無駄にビビっちまったじゃないか。全く、こんなとこで寝てるやつでもいんのか?」
ゴミ箱を開けたり、色んな隙間を覗いたりする。先程までの恐怖を完全に消すためか、キカは入念に調べた。
よく見ると、プログラムは今見ているものだけではない。どうやって腕を動かすか、どうやって魔法を使うか、それぞれ分けて書かれている。いや、これは本当に魔法か? 妖精かなにかだと思っていたが、いちいち動作の仕方を書くだろうか。
ふと、プログラムコードに『hide mode』と書かれたプログラムを見つける。試しに編集して無効化してみよう。パスワードがかかっている……解析して無理やり権限を奪うか。
ハッキングだけではなく、クラッキングもお手の物だ。元の世界でも、私は正義の味方ではない――自分の気になることを調べ、したいようにするだけ。世界が変わっても、それが変わることはない。
「おい、何もいねーぞ? 冗談はもっと面白いもんにしてくれって……うわ!?」
目の前にはボロボロの女性が倒れていた。いや、倒れている女性がゆっくりと出現した。
腕はもげ、足は末端がズタボロだ。髪はボサボサで片目も失っている。失っていないもう片方のコバルトブルーがこちらを見つめる。生気を一切感じないその視線に、一瞬背筋が凍る。
人間なら死んでいるであろうその状況で、彼女は体を引きずって逃げようとした。腕の断面から垂れ下がるケーブルが、振り子のように揺れる。
「おい、こいつ……」
「恐らく機械……機械生命体ですね」
明らかに死にかけ――壊れかけの彼女は、一切口を開こうとはしない。これは状況からの予想であり、表情から読み取ったものではないが。
ガシャッという音と共に、彼女は地面に突っ伏した。誰も何も触れていない。恐らく活動限界だったのだ。
ステータスの体力の欄を確認すると、僅かだがまだ息があることがわかる。
「恐らく危惧しているであろう、スパイの可能性は十分にあります。反撃こそされないでしょうが、少なくとも機械の国の人間ではあると思います。まだ生きてはいるようですが……どうしますか」
「……まずは話を聞いてからだ。機械の要素があるからって機械の国出身とも限らないし、スパイとも限らない」
チラリと私の方を見る。続いて深呼吸をし、倒れて動かない壊れかけの女性へ目を向けた。
「こいつは私の家に連れ帰って修理する。機械の国が憎いからって、目の前の相手を見殺しにする理由は無えと思うんだ」
キカは女性を背負い、助けるために歩きだした。