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お試しハッキング

「ここはどこでしょう……」

私は、見知らぬ原っぱで寝転んでいた。

電波は圏外、持っているのはこのスマホだけ。着の身着のまま、知らない土地に来てしまったらしい。

辺りはとても見渡しがよく、爽やかな風も吹いている。数キロ先に街のようなものが見えるが、それ以外は少量の木と岩しか見えない。

まるで違う世界にいるみたいだ。

「とりあえず、あの街へ行ってみましょうか」

「グルルル……」

歩き出そうとした直後、目の前から動物の唸り声が聞こえた。

音の大きさから、かなり大きい獣な気がする。しかし周りを見渡しても、人間サイズが隠れられるものしかない。

私が周りを見回していると、紫色の虎がすうっとあらわれた。

まるで光学迷彩を解くように現れた虎は、自分の知っている虎より三倍は大きいサイズだった。

こちらを見ながらよだれを垂らしており、今にも襲いかかってきそうだ。

ここは元いた世界ではない――そう気付くと同時に、これから死ぬであろうことを理解した。

なすすべなく食い殺される。そう思った次の瞬間、大剣を持った女性が虎に切りかかった。

虎はぐらりとよろめいた後、私達から距離を取る。獲物を狩る目から一変、戦闘体制になった。

「大丈夫か? 見たところ、武器どころかバッグも持っていないようだが……追い剥ぎにでも会った後なのか?」

「気付いたらここにいたので、最初から取られるものすら持ってないんですよね。あ、助けてくれてありがとうございます」

「いや、まだ助かっていないが……なんだ、神隠しにでもあったのか? こいつを片付けたら詳しく聞かせてくれ」

そういうと女性は大剣を構え、虎へと突っ込んでいった。

なんども剣を振るが、虎はそれを俊敏に躱す。でかい図体の割に凄まじい俊敏さだ。

虎が咆哮を放ったかと思うと、周りに魔法陣が現れた。魔法陣からは火球が飛び出し、女性へと着弾した。

「ぐああっ!!」

火球の威力により、女性は吹き飛んで転げ回った。なんとか立ち上がるが、先程までの威勢はない。

虎は火球を連発する。女性は辛うじて避けているが、時間の問題だ。

ふと隣を見ると、自分と同じようにこの戦いを見守る者がいた。羽の生えた小さい人間……妖精の類だろうか。

妖精はこちらに気がつき、急に品定めでもするように見つめる。何かに納得したのか、こくりと頷いた。

「何かはわかりませんが、お眼鏡に適いましたか?」

「まだね。貴方次第よ」

妖精はそう言うと、ステータスウィンドウのようなものを大量に出現させた。

ゲームでよく見るものと思ったが、どちらかというとゲームエディタでよく見るものというか――項目が異常に多い。

こちらのウィンドウは体力、攻撃力、魔力、属性……『ステルスタイガー』とあるし、これは虎のステータスか?

こっちは風向き、風量、マナ属性割合、温度、湿度……環境系の項目?

「好きに触っていいわ」

妖精はこちらを見向きもせず、虎と女性の戦いを見ながら言った。教える気はないらしい。

そうこうしているうちに虎は連発していた火球を止め、うなり始めた。

「ガアアア!」

虎は一際大きく叫び、大きな魔法陣を出現させた。今までとは比べ物にならない大きさに、女性も顔が真っ青になった。

環境ウィンドウ内の総マナ量が急激に減少している。

恐らくだが、空気中にはマナが存在してそれを変換しているのだと思う。いや、そう仮定して数値をいじるしかない。

操作するためのキーボードがなく、目線や意思でも操作できない。私が今持っているのはスマホくらい――妖精が操作端末として選定した可能性が高い。

スマホを取り出すと画面にはウィンドウ名の略称と数値入力欄等が表示されていた。

『ステルスタイガー』の魔力を下げられるだけ下げて、女性は……耐性は何故か操作できない。女性は防御力だけ上げて、風向きは逆風で風量を上げて、温度を下げて湿度を上げて――

虎は火球を発射した。しかしその大きな魔法陣から発射されたのは、今までより一回りだけ大きな火球。

女性はその火球に当たってしまうが、なんとか耐えられたようだ。虎は一瞬動揺するが、すかさず二発目の準備を始めた。

ダメージ量と女性の残り体力を見るに、次の一発はどうしても耐えられない。それなら女性が耐えられるように調整するより、虎が倒されるように調整した方がいい気がする。

体力は操作できない……ならあの魔法を利用して自爆を狙おう。虎のウィンドウから発動中の魔法の設定を――

しかし、出てきたのは設定画面ではなくプログラムコード。今までのエディタのような画面とは違う。

「ああ、それは魔法陣の術式ね。魔法陣の内部構造を書き換える発想は悪くないけど、難しいから私が……って聞いてる?」

やるしかない――思考を止めれば、あの女性の命はない。

恐らく魔法が魔法陣から発射されるのには意味がある。先程環境ウィンドウに『マナ属性割合』という項目があったことから察するに、マナは大気中に存在する。

虎や女性のウィンドウ内に『残りマナ』や『MP』等の項目がなく『魔力』が存在したことから、恐らく魔法は『大気中のマナを変換して発動するもの』、魔力は『マナの変換効率、あるいは一括変換できる最大量』のことだ。違うかもしれないが、今は迷っている暇はない。

マナを魔法をとして何かに変換する必要があるが……魔法陣は変換器か? とすると、魔法陣が大きくなるのはこのプログラムコードをたくさん書いているため? それともマナの変換量が多いため?

『マナ属性割合』という項目にはグラデーションガイドのようなものと属性が書いてあった。マナには属性がある……虎が火球ばかり撃つのはこの辺りのマナの炎属性の割合が多いから?

これらをヒントにコードを書き換えるしかない。先程の大型火球の発動時間は3秒程度……今は1秒くらいか? 魔法陣が魔法の構成を全て説明していて、毎回そのとおりにマナを変換するスクリプトのようなものだとすれば――探す単語は『FIRE』『MANA』『conversion』『element』『attribute』『direction』『attack』辺りか?

『direction』を見つけた!これで方向を設定しているはずだから、『direction =』の先にある数字は角度か? 今まで正面から撃っていて、今の数値が0なら180にすれば――

書き換えた一瞬後に、虎は巨大な火球を射出する。しかしそれは女性へではなく、自分自身に対してだった。

爆発音が草原に染み渡る。虎は女性の目の前に倒れ、動くことはなかった。

焼ききれるほどシナプスを酷使した気がする。いつの間にか目の前にあった大量のウィンドウは全て消え、妖精もいない。スマホもいつもどおりだ。

女性は意味がわからないといった表情を浮かべて、こちらへ歩いてくる。

「えっと、なんだ。珍しいこともあるみたいで……自爆したな。魔物はほとんどがマナでできているから、てっきり魔法を失敗することはないと思っていた」

「改めて、助けてくださりありがとうございます。一時はどうなることかと」

「君は死にかけたというのに、驚くほど冷静だな。私の名前はアルテシア。アルとでも呼んでくれ」

日本語が通じるのに、名前は日本の形式とは違うらしい……やはり異世界のようだ。実名を名乗って混乱させる必要もないし、適当な名前でいいか。

「私はハックと言います。聞きたいことは山程あると思いますが、私も何が何やらで答えられません。申し訳ない」

「ああ、いいんだ。嘘は言ってないようだし、突然のことで君も戸惑っているだろうしな。逆に何か聞きたいこととかあるか?」

この女性――アルは人を見る目に自信があるようだ。こんな一瞬で信用してもらえると、逆になんだか気恥ずかしい。

知りたいこと……魔物・マナ・この場所についての他にも、職業・常識・情勢・宗教なんかも教えてほしい。しかし、まず第一に知りたいことがある。

「魔法について教えてもらいたいです。初めて見たもので、とても興味があります」

「それはいいが……私は火球の魔法しか知らなくてな。それでよければ教えるよ。今日は疲れたし、明日でもいいか?」

「もちろん大丈夫です。あ、私は最初に言われたとおり神隠しにあったようで、着の身着のままここに放り出されたんです。できれば、宿などお借りさせていただけると……」

「ああ、私の家に泊まるといい。飯は質素なものしかないがな」

なんだか親切すぎる気もするが、こちらも信用するしかない。

国どころか世界が違うんだ、見ず知らずの人を泊めても問題ない文化があるのかもしれない。あるいは、アルがお人好しなだけか。

「さ、早く街に行こう。よろしく、ハック」

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