少女(成人)と変態
2020/05/06 投稿
ここはある殿様が治める普威琉国。そこらにある村や町など比べ物にならないぐらいに活気に溢れ、旅人や商人の往来の激しい場所だ。だからこそ、ここには多くの善人と共に、大罪人も紛れ込む。
世紀の大泥棒、人さらい、殺人鬼...全部を上げていたらキリがない。
「きゃあ!」
「だまれ...おとなしく捕まるなら痛くはしない。」
「うぅ、来ないで!」
人々が笑顔で話し合い、あちこちから客寄せの掛け声が飛び交う。そこに追い打ちをかけるようにところどころから香るそばやうどんの醤油の匂いや、団子の甘い匂い。昼もそうだが夜も人の往来は止まらず、店員達が笑顔の裏に疲労を隠しながら働き続ける。
だが、当然平和の裏には危険が存在している。
「いや、こないで!」
「...いい加減おとなしくしろ。騒ぎは起こしたくない。」
実際、今も表の光が届かない路地裏では一人の女性が強面の男に袋小路に追い詰められている。
体全体を震わせ。その眼は瞳孔がひどく開き、恐怖しているのは誰の目にも明らかだ。女性は壁際に追い詰めれたにも関わらず必死に足を使い後ろに下がろうとする。
「...無駄だ。」
「いやぁ....!」
男は女性の様子に目慣れたものを見るように目を細め、ゆっくりと近づいていく。一歩一歩男が近づくごとに女性の顔が悲痛に歪む。顔が涙でくしゃくしゃになり、だんだんと人には見せられないぐらいにひどくなっていく。
「下種が...。」
「あ?」
-ザシュ
突如後ろから聞こえてきた声に男は内心ため息を...つこうとした。だが、その前に男の背中に鈍い痛みが走った。
「な、に...が...グボッ!」
目の前にいる女性はそんな男の様子に口をパクパクと開け何も言えないでいる。いや、正しくは男の胸から生えた血濡れの剣にだろうか。もしくは...
「ここに果てろ、犯罪者が。」
その剣を刺した人があまりにも小さい女性であったことにだろうか。
男は血反吐を吐きながらも後ろを振り返ろうとするがその前に女性が男の背に足を当て、強引に剣を引き抜いた。その瞬間、男の傷口から血が吹き出し、地へと倒れ伏した。
「罪、斬り...?」
「...大丈夫ですか。」
小柄な女性...罪斬りと呼ばれる女性は手についた血を布巾で拭いながら女性に近づく。だが壁際の女性は、ひっ、と悲鳴を上げ体を捩らせる。そんな女性の様子を見た罪斬りは少しばかり悲しそうに目じりを下げた。
「別にいいよ、怖くても。」
「え、あ、あの...」
だが、女性が怖がるのは当然のことであろう。もし、これがこの町の警備人であれば恐怖などなかっただろう。何せ公式的に正義の味方として知ら占められているのだ。犯罪者以外が恐怖する理由がない。
そんなとこに現れたのが世間では大罪人として知られる罪斬り。確かに感謝はするだろう。だが、まず恐怖心の方が勝つものだ。...得体のしれない何かに即座に好印象を抱くのは馬鹿か豪胆者だ。
そんな風に思いながらも罪斬りは踵を返して歩き出した。
-ボンッ
「...!?」
その次の瞬間、後ろから何かがはじける音が聞こえたと思うと後ろから白い煙が吹き荒れた。それによって罪斬りの視界がふさがり、鼻や口に入ってむせそうになる。
-シュッ
「...!」
口を押えつつも周りを警戒してると視界外から空気を切り裂く音が聞こえ、咄嗟に避けると頬すれすれを銀色に輝く何かが通り過ぎた。
「罪斬りよ、国の者を救ったのは感謝しよう。」
それに続けてあちこちから恐らく小刀が飛んでくる最中にも関わらず頭上から男の声が聞こえてくる。その声に聞き覚えがある罪斬りは顔をしかめるも小刀の対処で気に掛けることができない。
「だが、これ以上犯罪者といえども殺されては困るのだよ。犯罪者はこちらの国の方法で裁かなくてはならないのだ。だからお主にはそろそろお縄についてほしいのだ。今なら三食付きだぞ?」
「...っ!」
罪斬りはいい加減黙って欲しいといらだつが、今ここから飛び上がって屋根に降り立てばすぐさま捕まるであろうことは分かりきっていた。先ほどから投げられる小刀の表面が時折てかてかしているのだ。恐らく何かしら毒が塗られていることは確かだ。
だからこそ煙が少し晴れて見えやすくなった小刀をつかみ取ると頭上の方に投げた。
「おぉ、怖い怖い。」
「ちっ...。」
だが相手の姿が見えない現状で投げた小刀が当たるはずもなく、男の声は意気揚々としている。
「そろそろ疲れてきましたか?ならどうか安心してください。今回は前回と違い十数名連れてきてますから。あなたが捕まるまで全力で追いかけることができますよ。さぁ、どうします?」
厄介な...
罪斬りは心の中で呟き少しばかり焦りを覚えていた。相手を殺して進むのなら容易だが、相手はこの国の警備人。つまり犯罪者ではない。罪斬りが罪斬りといわれるように、斬るのは犯罪者のみで警備人や一般人は入らない。
「まだばてませんか...仕方がありません。」
-パン
「ぐっ!」
「これはあくまで奥の手でしたが...これ以上は時間をかけられません。そろそろ表の方々も騒ぎを聞いて向かってくるでしょうしね。」
罪斬りは何をされたかわからなかった。どこからか弾ける音が聞こえたと思えば突然腕に痛みが走ったのだ。そして最悪にも腕を貫いたそれにも小刀と同じ毒が塗られていたのか腕がしびれて動きがぎこちなくなる。
「さぁ、もう諦めてお縄につきますか?すでに貴方は袋のネズミですよ。」
既に煙は晴れあたり一帯が見通せるようになっている。罪斬りがあたりを見回せば縄を持った黒ずくめの人達が路地裏の隙間からこちらをうかがっている。
「どうするか...。」
完全に追い詰められてしまった罪斬りは思わず弱音が口に漏れてしまった。
「それじゃぁ、10数えるまでに決めてくださいね?10、9...」
一か八か!そう男が数を数え始めた瞬間、罪斬りは屋根の上に飛び上がった。周りの待ち構えていた者たちが当然小刀を投げてくるがそれよりも罪斬りの飛び上がる速度の方が早い。
「8、やっぱそう来ますよね。」
屋根上の高さまで飛び上がるとそこには袴を着たつり目の男が立っていた。その口元は何を企んでいるのかにたりと歪んでいる。だが...
「へぇ?」
罪斬りは屋根に着地...はせず、屋根の端に足をのせて思いっきり蹴りとんだ。そのまま一回転して向かいの屋根に飛び移ると、跡目もふらず走り去る。
「そう来るとは...脚力、人間してますかね?」
男はそんな後姿を見つつも肩から紐をとおして掛けていた銃を構えた。
-バン!
銃弾は目にもとまらぬ速さで銃口から飛び出し、その衝撃に男は思わずたたらを踏む。
銃弾は一瞬で罪斬りのもとにたどり着き、その腕を貫かんとする。だが銃弾は腕をかするだけに留まった。だが銃弾の速さは驚異的で、その衝撃だけで罪斬りは横に吹き飛んだ。
「あの一瞬で避けますかい。一応これ火薬増やしてるんですけどねぇ。」
その証拠に銃身は赤く膨れ上がり、すでに使い物にならないのは一目瞭然だ。
「君たち、罪斬りを追いかけて捕まえてきて。」
「...。」
路地裏に隠れていた者たちは無言で移動を開始した。そんな彼らの様子に男は気にかけもせず、罪斬りが逃げて行った方向を見る。そのときちょうど屋根の高低差で罪斬りの姿が下に消えるところだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◆◇◆◇
「はぁっ、はぁ。」
罪斬りは血を出す右腕を左手で抑えながらひたすら走っていた。既に国を囲う塀は越えて今は山の中にいる。
-ヒュッ
「いい加減に、してっ!」
再び飛んできた小刀を避けると、痛む右腕を離し、途中で拾った石を投げた。ゴッという音が聞こえ、木の上から人が落ちてくる。
〈あと何人いるのよ!〉
先程よりも投げてくる数は少なくなってきたが、それでもまだいるのか、人の気配を感じる。
それからどのくらい走ったのか。いつの間にか追ってはいなくなり、なにも飛んでこなくなった。
「...。」
逃げられたのか、そう思いつつも一切油断せずに森の中を歩く。歩く中で罪斬りの綺麗な白髪は汚れて黒ずみ、その羽織も枝で傷つきぼろぼろになっていく。後ろには戻れないかと思い、ただただ前方に歩く罪斬り。
どれだけ歩けばいいんだと思ったころ、目の前に人が見えてきた。その人を目標に歩いていくとどんどん人が見えてきて、建物も見えてきた。
「...村?」
「町だよお嬢さん。」
突然後ろから聞こえてきた声にはっと振り向くとそこにはニコニコとほほ笑む女性が立っていた。ここら辺では珍しい金色の髪。異国の人だろうか、そう思ったが話す言葉は流暢な日本語で、聞きとりやすい。
「警戒させてしまったかな?それだったらすまないことをしたね。」
「別に...。」
「そう、それなら良かった。」
女性は機嫌よさそうに笑うが、罪斬りは内心ひどく警戒していた。なにせ気配なく後ろまで近づかれ、さらに声を掛けられるまで気付かなかったのだ。警戒するなという方が無理がある。
「ははは、そんなに警戒されては困ったな。それじゃあお詫びにこの町を案内してあげよう。」
「ありがとう...。」
それから女性に魍魎町という町を案内され、食べ物を奢ってもらったり、銭湯に連れて行ってもらったりと久しぶりに楽しい時間を過ごした。銭湯から上がった後に傷口のことを知られたときは血相を変えて医師の元に連れていかれた。
途中背に背負った刀やここに来た理由も聞かれそうになったが、罪斬りが断ると
「そうか。」
とほほ笑んだ。実際、その後に一度も聞かれることはなかった。
その夜、案内してもらった女性、ネフィイさんと談笑した後、明日にはこの町を離れてしまうようで、会ったのは今日が初めてなれども、お互いに笑顔で分かれあった。
それから数日後の夜、いつも通りに寝支度をしていた時。
「服切りだ!服切りが出たぞ!」
「にゅ!?」
突然、表の方からたくさんの悲鳴が聞こえてきた。女の心からの叫び声、そして男の嬉しさと恐怖の混じった叫び声。数日ぶりに聞くその声に少し体を震わせた罪斬りは障子の隙間から外の様子を伺った。
すると、ちょうど服切りであろう姿が屋根の上に上がるところが見えた。
「あれが服切り...。」
罪斬りはすぐさま障子を閉じ、寝間着から着替え、羽織を羽織る。
「これも...持っていこう。」
壁に立てかけた剣を背中に背負ったところで、傍に置いてあった小刀を手に取った。ただそれを手に取る罪斬りは少し微笑み、懐にしまった。すでにあの時に塗られていた毒液は乾き、いまじゃただの小刀になっているが。
「あとは...。」
ーーーーーーーーーーーーーーーー◆◇◆◇
玄関から飛び出した後、服切りを追っていた警備人から話を聞いた。曰く、服切りという悪人は人の服を切り捨て、社会的に人を殺す。曰く、その者たち全員にお金を与えていると。
「ただの変態。」
「まぁ、それでも捕まえてはくれないか?報酬は弾むぞ。見たところお嬢さんは傭兵だろ?」
「...うん。分かった。」
そう言って男はほかの部下であろう人たちに声をかけるとさっさと行ってしまった。
「あ、場所...。」
聞くの忘れてた、と思い後ろを向いたが既に足音は遠くに消え、後列の最後が曲がり角に消えるところだった。
「仕方ないかな。」
「知りたいですか?」
「...。」
突然後ろから声が聞こえ、罪斬りはその場から飛び去った。そこにいたのは黒く、金色の謎の文様が施された外套を着た怪しい男だった。目が長い髪で隠れ、口元しか見えない。
「あなたの知りたい人は森の中。この町から外に出た後、今宵の満月の方へ向かいなさい。」
「何を...!?」
罪斬りは訝しげに男を見るが、次の瞬間目の前で闇に消えるように姿を消してしまった。その謎の現象に剣を構え、あたりを見回すが男の姿はどこにもなく、しばらくしても姿を現すことはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー◆◇◆◇
あれから町を出た後、半信半疑ながらも夜空に輝く満月を煽り見つつ森の中を駆けていった。時折服切りが仕掛けたのか一斉に蛇が襲ってくることがあったが難なく切り抜けるとそこには人が数人寝転べるぐらい幅のある洞窟があった。
「あれが服切り。」
そして洞窟の中には何かを手に持ち、ため息をつく男。恐らく服切りであろう男がいた。服切りはその手に持つ何かを懐にしまうと何かを考えるように上を向いた。
〈いまだ!〉
罪斬りはそれを好機と思い、懐から小刀を取り出し服切りの首を狙って投げた。それに続いて自身も剣を構えて一気に洞窟内へと近づく。
だが服切りは小刀に気が付いたのかその場で宙に飛び上がった。そして小刀は相手を無くし、洞窟の岩にはじき返される。
「...oh.」
「ちっ。」
だがそれも承知の上。一目見た時から服切りがただの極悪人でないことははっきりとわかっていた。先程町中で見た屋根への飛び乗りがそうだ。一瞬ではあったが屋根の高さを少しも越えず、時間を無駄にせずして屋根に飛び乗るその技術は惚れ惚れするぐらいに綺麗で、最大限の注意を払わなければいけない奴であることは一目瞭然だった。
「終わり...。」
「...!?」
そして服切りが宙に飛びつつもこちらを見る。その瞬間、罪斬りは地面を踏みこみ一瞬で距離を縮詰めた。そのまま前に進む反動を生かして飛び上がり、服切りに向かって剣を突き出した。
だが服切りはこれを壁を蹴って避ける。
「Hmm...お嬢さん、いきなりどうしたんですか。物騒ですよ。」
「...。」
「あまり人と話すのが得意でないのならしゃべらなくてもよろしいですよ。ですがその手にある凶器を下げてもらえないでしょうか。」
服切りは人を騙すかのような笑顔で話しかけてくるが所詮は極悪人の戯言。聞くにも値しないと思い無視して斬りかかる。
「...落ち着いてください。私はお嬢さんを襲うつもりはありませんから。」
素早く体を倒し、体重を前に倒した後足に力を込め、一瞬で詰めて剣を横に振りぬく。
だが、服切りは軽々とそれを後ろに下がって避ける。罪斬りは同じ技術、いやそれよりも洗練された動きに目を見開くが、すぐに意識を変えその場から後ろに下がる。
〈なんで攻撃してこないの。〉
「ねえ。」
罪斬りは服切りが攻撃してこないことを訝しげに思い、あることを訪ねた。
「なんでしょうか。」
「なんであなたは犯罪をするの?」
「...犯罪、ですか。」
「そうでしょ?さっき町の警備の人達に聞いたよ。夜な夜な町人にお金を与えて人を切る犯罪者だって。」
「Oh shit.」
正しくは服を切る。ではあったが服を切る以外にも人を切ったことがあるのか知りたかった。それならばこの極悪人を斬る。そう思い服切りを睨みつけるが、罪斬りは思案顔でこちらを見てくる。
そして時折異国の言葉を呟くが意味は分からない。
「なに?」
「いえ、なんですかそれは、と言っただけですよ。」
「ふうん?」
服切りは罪斬りが警戒心を解いたようにうなずくのを見て安堵したのか少しばかり警戒心を解いた。
だが...
「そもそも...」
「そんなこと信じると思う?」
「Why!?」
だが現実はそう甘くない。罪斬り一瞬で服切りの懐に入り込みその首に刃を当てた。服切りの足元にいるため下手すれば蹴り飛ばされる可能性はあるが、その前に剣で服切りの首を切り落とす。一切警戒心を解かず刃を当て続けるが服切りはあまり焦る様子もなく穏やかに話しかけてくる。
〈その余裕はどこから来るの?意味わからない。〉
「お嬢さん、私は人を切っていません。この命にかけて誓いますよ。」
「それで?」
服切りは罪斬りに本気で伝えようとしているのか、真剣に答えてくるがまだ分からない。だから少しばかり刃を押し当て、脅すように話しかける。だが罪斬り自身、脅すことはほぼしたことがないので苦手である。だからか服切りは全然おびえた様子もなく平然としている。
「じゃあ警備の人が嘘をついているというの?」
「ええ、私は...」
服切りが答えようとしたその瞬間、どこからかフクロウの鳴き声が森から聞こえ、洞窟内を響き渡る。
「服切りですから...」
服切りがそういった瞬間、目の前から姿を消した。
二人の視点がそろいましたので次話以降は主に服切り視点でお送りしていこうと思います。
(この話は全て書き溜がないので定期的更新が難しいですのでご了承を)