1話 ~無能勇者~
やぁ、僕はカイア。カイア=バリシュだ。早速だけど、この世界について説明していくね。
僕が住む世界には六つの力が存在している。筋力・思考力・瞬発力・生命力・魔力・飛翔力。この世界に住む人々は、必ず六つの力のどれかが発達している。人々は異なる力を使い、協力しながら生活をしているんだ。筋力が発達していれば力仕事をしたり、思考力が発達していれば学者になったり。皆、それぞれ得意な力を駆使して生活している。
力をさらに高め、極めるとそれは「能力」へと進化する。瞬発力を極めれば瞬間移動の能力が、飛翔力を極めれば空を飛ぶ能力が手に入ったりする。能力者はごく稀な存在であり、能力者は皆それなりの役職に就いている。
僕は一応この物語の主人公なんだけど...あいにく、どの力も得意ではないんだ。凄い能力を持ってるわけでもない。この世界の住民は皆得意な力を一つ持っている。けど、僕は得意な力は一つもない。これはこれで稀なことだ。皆得意な力を持っているのに、僕は何も力を持っていないなんて、とんだ笑い者だ。今まで散々馬鹿にされて生きてきた。僕は誰からも必要とされたことがない。友達からも、親からも。親はいないようなものだ。僕は孤児院で育った。本当に、必要とされない人間なんだ。
……おっと、この物語はそんな暗いお話じゃないよ。冴えない僕は置いておいて、世界最強の彼について話そう。
この世界を支配しているのは悪の帝国。そのトップに君臨するは、魔王。魔王は六つの力すべてを極めた、正真正銘の全知全能。六つの力すべてを極めているなんて、とんだチートで、イレギュラーだ。皆一つしか得意な力がないのに、魔王はすべての力を得意としている。だから魔王に敵う者は誰もいない。揺らぐことのない最強の存在。
だから皆逆らえないんだ。皆、苦しんでいるのに。厳しい規制、理不尽な命令。皆苦しみながら生きている。
魔王だけでも充分チートなのに、その配下の六天衆というやつらもチート並みだ。普通の人と同じく、得意な力は一つしかない。しかし、その力を最大限に極めているのだ。そんな奴が六人も集まってしまうと、帝国の強さは揺るぎのないものとなる。謀反を起こしても、すぐに沈められる。返り討ちに遭う。このまま我慢するしかない。
しかし、どの世界でも勇者・英雄というものは現れるだろう?
勇者が魔王を倒すなんてストーリーはありきたり?
でも、魔王の最強さと勇者の最弱さはありきたりなんかじゃないんだ。
そう、僕がその勇者なんだ。何の取り柄もない僕が、全知全能の魔王を倒せるのか?
それは…まぁ、物凄く難しい…いや、ほぼ不可能と言えるだろう。だけど、冒険には成長と心強い仲間も付き物だ。心強い仲間が、僕の成長を後押ししてくれるはずだ。
そもそも僕がどうして勇者になることになったか?
それは僕の元に届いた一通の手紙が、すべての始まりなのだ。
孤児院の職員さんが、僕宛の手紙を僕に渡した。いつもと変わらない、安心する穏やかな微笑みを浮かべて。
僕は今まで手紙を貰ったことがない。かなり深刻なボッチだ。宛名には知らない名前。驚きよりも、手紙を貰った嬉しさの方が勝ったという事実が悲しい。手紙にはこう書いてあった。
『拝啓、カイア=バリシュ様。
突然手紙を出した非礼をどうかお許しください。それほどまでに、事態は深刻なのです。』
非礼…は許します。深刻な事態ってどうしたんだろう?
『皆を苦しめている魔王のことはご存知だと思います。』
はい。
『我々は、その魔王を倒そうとしています。魔王を倒し、帝国の魔の手から世界を救うのです。』
へー、頑張ってください。
『しかし、魔王を倒すのはとても難しいことです。』
ですよね。
『そこで、貴方のお力を頂戴したいのです。魔王を倒せるのは貴方しかおりません。魔王を倒せば、たくさんの人が救われます。貴方のお力が必要なのです。』
え?
『突然こんな手紙を読んで、混乱しているかもしれません。当然のことです。こちらも無理を承知で手紙を出しました。世界の平和は貴方にかかっているのです。明後日、村の広場で貴方をお待ちしております。もしも、お力を貸して頂けるのなら。話だけでも聞いて貰えるのなら。明後日、正午に村の広場までおこしください。お待ちしております。敬具。』
……え?
百歩譲って、魔王を倒そうとしていることは理解出来た。それが物凄く難しいことも。だけど、僕の力が必要ってどういうことだ? 僕は何の取り柄もない。それなのに、僕の力が必要? 必要とされる力が僕にはあるのか?
僕の力が必要……。
生まれて初めて言われた言葉だ。誰かに必要とされている。
いやいや、何かの手違い、人違いではないか?
でも、話を聞くだけなら……。
この時の僕は完全に浮かれていた。普通なら、どこの誰かもわからない相手からの手紙の呼び出しには応じないだろう。
でも、僕は普通ではないのだ。生まれて初めて必要とされたことに、こんなにも喜んだのだから。
約束の日。
僕は手紙に書かれていた時間通りに村の広場へ向かっていた。
この日こそが、冒険の始まりの日である。