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ハウエルが小さな声で呪文を唱えた。
白い壁に何かが映る。
『お母様、その二人がいなくなれば、お姫様になれるの?』
映ったのはどこかの屋敷。
若い女性が映る。侯爵夫人を少し若くした感じだ。
『そうよ。お父様と暮らせるようになり、王子様と結婚出来るようになるわ』
満足そうに笑う女性は艶があり色っぽい。
『うん、イリアナ、頑張る』
パリンと水晶が一つ砕けた。
『初めまして、アルテナよ』
映ったのは蜂蜜色の髪と緑の瞳をした美少女。にっこり笑う少女は生き生きしていた。
『この湖が綺麗なのよ』
藍色のドレスを翻しながら少女が笑う。
『アルテナ、イリアナ様の意見も聞かなければいけませんよ』
少女と同じ髪と瞳を持った美しい女性が映った。
「お母様」
アルテナは小さく呟いてしまった。優しい声に思わず懐かしさが込み上げてしまった。
ハウエルがその細い肩をそっと抱く。
『あら、お父様たちがいないわ。ここで待っていましょう』
パリンと二つ目の水晶が割れた。
『イリアナ、早く術を解きなさい!』
蜂蜜色の髪の少女は地面から伸びた黒い蔦に捕らわれていた。その側でアルテナの母が叫んでいる。
『イリアナ、お父様と暮らしたいの。お姫様になりたいの』
黒い蔦がアルテナの母にも伸びる。
『だから、あなたたちは、いらないの』
『ピィー』
笛の音がした。魔物を呼ぶ笛。
子供の泣き声がして水晶が割れた。
『お前たちは、すぐに逃げなさい!』
侯爵が真剣な顔で言っていた。
『ギャラス様も』
女性が引き留めるが、侯爵は剣を抜いて走り出そうとしていた。
『私は二人を助けに行く。早く!』
『ギャラス様、左』
魔狼が現れて牙を向いていた。
侯爵が魔狼の相手をしていると反対側からも魔狼が現れ、反応が遅れた侯爵に爪を立てる。
パリンと三つ目の水晶が割れた。
『さあ、服を汚して、逃げるわよ』
意識を失って地面に横たわる侯爵が映っていた。女性が呪文を唱えると侯爵の身体が浮いた。
『イリアナ、ご苦労様。これでお姫様になれるわ』
馬車まで来ると、女性は手に持っていた魔狼の足で侯爵を傷つけていく。
『これで十分戦ったけど無理だった、に出来るわね』
ニィと笑う女性の顔に血がついていた。
パリンと四つ目の水晶が割れた。
『怖かったです。急に魔物が出てきて』
ブルブル震えている女性。涙を浮かべ、その顔は青ざめている。
『何処かは分かりません。夢中で逃げて来ましたから』
『侯爵夫人とアルテナ様は逃げ遅れて。侯爵様が助けに向かわれようとしましたが襲われて・・・』
『ええ、何が起こったのか分からないのです。魔物など現れない森でしたのに』
パリンと五つ目の水晶が割れた。
『ねえ、イリアナは、お姫様になれないの?』
『なれるわよ。アルテナがいなくなれば』
怪しい笑みを浮かべる女性が映る。
『アルテナが、ハウエル殿下に嫌われたら』
パリンと六つ目の水晶が割れた。
『お姉さま、イリアナ、これが欲しいですわ』
映っているのは可愛らしいお人形。
『ごめんなさい。これはハウエル様から頂いた物なの』
ベッドにいる少女のアルテナ。蜂蜜色の髪は白へ、翡翠の瞳は赤に変わっていた。
アルテナは大切そうに人形を撫でていた。
『お姉さまは沢山持っているじゃない。一つくらいいいじゃない。』
『イリアナ、こちらの人形なら差し上げるわ。けれど、この人形は駄目なの。』
差し出されたのはイリアナが欲しがった人形よりも上等なもの。
『お姉さまは、ずるい。イリアナが欲しい物をくれないなんて、とても心が冷たい人ですわ』
『イリアナ、あの人形だけは駄目なの。ごめんなさいね』
パリンと七つ目の水晶が割れた。
『お姉さま』
今のアルテナが映っていた。アルテナの前に差し出されたのはハンカチに乗せられた緑の虫の死骸。小さくて離れていたら柄のように見えるかもしれない。
パンとハンカチが叩き落とされた。
『お姉さま、そんなに私の物をお使いになるのがお嫌なのですか?』
涙声のイリアナ。
足早に去っていくアルテナの姿。
『なんと酷い方なのでしょう』
『可愛そうなイリアナ様』
『アルテナ様は、人の心が無いのかしら』
パリンと八つ目の水晶が割れた。
暗い部屋が映る。
『イリアナ、まだか?』
焦った男性の声がする。
引き出しの中には幾つもの水晶玉。
『もう少し。お姉さまの』
白いほっそりとした指が水晶の上を彷徨っている。
『見つけた!』
一粒の水晶。それを握り混む白い手。
パリンと九つ目の水晶が割れた。
「もうよい。」
国王はウンザリだと眉を寄せた。
「違います。私は、あんなことしておりません」
イリアナは弾かれたように叫んだ。
「陛下、もう一つだけ見ていただけますか?」
ハウエルの言葉に国王はため息と共に頷いた。
『ハウエル様、何をされているのですか?』
映っているのはイリアナがしているのと同じ水晶のブレスレット。
『グラントール侯爵令嬢。水晶を浄化しているんだよ』
ハウエルの姿が映った。眩しそうに目を細めている。影がハウエルにかかっているから、イリアナが太陽に背を向けて立っているのだろう。
『浄化、ですか?』
『ああ、アルテナに贈るのだが、こうやって日光に当てると水晶に溜まっていた負のエネルギーが浄化されるのだよ』
『殿下』
護衛に呼ばれてハウエルが離れた。
芝生の上にはアルテナに贈られる予定のブレスレットがある。
そっと手首にかかっているブレスレットを外し、横に置いてみた。
全く同じだ。
ハウエルのブレスレットを着けて、着けていたブレスレットをその場所に置いておく。
『お姉さまだけずるいわ。ハウエル様から、貰ってばかりで』
パリンと水晶が砕けた。
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