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アルテナは国王陛下の前に連れていかれた。王族の末席にハウエルと並んで立つ。
何が起こっているのかもはや分からない。
大丈夫だから、というハウエルの言葉を信じるしかない。
ラッパが吹かれ、今から国王からお言葉があると報じられる。
この場所にいていいのか不安なアルテナは貴族の方へ戻ろうとするが、ハウエルがしっかり腰を抱いており動けなかった。
会場は風のない湖の水面のように静まりかえっている。
「今宵、発表せねばならぬことがある」
国王の凜とした言葉が響く。
「まずは、ロージリマルク公爵家嫡男アレクサンドルと、グラントール侯爵家令嬢イリアナの婚約を解消する」
ざわめきが起こるが、国王が手を上げるとすぐにおさまった。
「アレクサンドルはヒサナア公爵家令嬢クラスファーラスと婚約し、婚姻後はヒサナア公爵に入ることとなった。」
響めきが走り、おめでとうございますと祝辞の声が上がる。
ヒサナア公爵家の嫡男は隣国の王太女に望まれ将来王配になることが決まっている。弟はおらず、クラスファーラスが婿を取って跡を継ぐことが決まっていたが、その婿選びが難航していた。
それが今解消された。
では、婚約を解消されたもう片方、イリアナがどうなったのかに関心が移った。
アルテナは今すぐこの場から去りたかった。
「もう少し我慢して」
ハウエルが小さく声をかけてくる。
「我が息子ハウエル!その婚約者、グラントール侯爵家令嬢アルテナ、前へ」
ハウエルとゆっくり陛下の御前に立ち、震える身体を叱咤しながら淑女の礼をする。
「グラントール侯爵ギャラス、夫人ラトア、令嬢イリアナ、前へ」
アルテナたちと反対側に三人が立ち、同じく国王に礼をしている。
アルテナは父の名前はさすがに覚えていたが、義母がラトアという名前だと初めて知った。アルテナの回りはグラントール侯爵と侯爵夫人としか言わないからだ。
アルテナもほとんど会わない二人を、侯爵、侯爵夫人と呼んでいた。
「ハウエルとアルテナの婚姻の日が決まった。来年の春、菜の月の八の日に行う。アルテナは、ハウエルと同時に学園を卒業とする。その資格は十分あると報告を受けておる」
ざわめきが走った。
三人のさっきのやり取りで婚約が継続されるのは分かっていた。婚姻が早められたのは何故か。
「お、お待ちください!陛下」
イリアナが、声を上げて叫んだ。いきなり国王に話しかけるのは不敬罪となるのに。
アルテナの父であるグラントール侯爵が慌てて止めようとするが言葉を続ける。
国王の近習も動こうとしたが国王が止めていた。
「お母様は子を宿しています。グラントール侯爵の跡継ぎも考えなされるべきです」
イリアナの言葉に一番驚いた顔をしたのは侯爵であった。
その顔がみるみる青ざめているのに、イリアナも侯爵夫人もそれに気づいていない。
「ほう、グラントール侯爵夫人、懐妊されたのかね?それは、おめでとう」
祝辞を受け、侯爵夫人も気が大きくなったようだ。
「ありがとうございます。この子が生まれましたなら、イリアナも嫁がすことが出来ます」
魔力が強いグラントールの娘の嫁ぎ先を選ぶのは難しい。王家が信頼出来る安全な貴族を探さなければいけない。表向きにはそうなっている。
侯爵夫人はアルテナの婚約を見直し、どちらが公爵夫人に相応しいかにもっていくつもりだった。
「して、その子はグラントール侯爵の血を引いているのかね?」
国王の言葉に侯爵夫人の顔が明らかな侮辱に赤く染まる。
「国王陛下といえども、そのように仰られるのは・・・」
「はて? そなたの前夫、ウヒハサダ男爵が存命の時にグラントール侯爵令嬢イリアナが生まれたのではなかったのかな? 確か、イリアナが三歳になるまで、ウヒハサダ男爵は生きていたと思うが。イリアナはウヒハサダ男爵の遺児ではなく、グラントール侯爵の実子であるのは何故であろう?」
侯爵夫人の顔は今度は青くなった。
ウヒハサダ男爵は子を望めぬほどの老人だった。それでもイリアナは男爵の遺児として、グラントール家へには養子として入るのが常識だった。グラントールの血の重さがイリアナを実子と認めさせ、侯爵夫人の不貞を暴露していた。
「それにな、グラントール侯爵とはアルテナとその母親、我が従姉妹マリエルが魔物に襲われた事件後、約束しておるのじゃよ。子は作らぬ、と」
イリアナも侯爵夫人もギコチナイ動きでグラントール侯爵を見た。
真っ青な顔をした侯爵が辛うじて立っていた。
「あ、あなた」
侯爵夫人が侯爵に手を伸ばす。
「私は子が出来ぬ魔法をかけてもらっている。それが交換条件だった」
侯爵は侯爵夫人の手を避け悲しそうに呟いた。
「こうかん、じょう、けん?」
侯爵夫人はそんなことは知らなかった。事件のあと、どんな話し合いが行われていたのか。
「ラトア、(渡した避妊薬を飲まなかった)お前の罪を問わないこと。イリアナが魔物を呼び出し、マリエルとアルテナを襲ったことを極秘にし、イリアナを監視付きで後継者にすることの」
会場は違う意味で静まりかえっていた。
侯爵夫人の罪は誰でも分かった。不貞をしても子を授からぬようにしなかったことだ。コトの起こった直後なら女性が薬を飲めば防げた。
だが、イリアナが魔物を呼び出したとは誰も思えなかった。あの事件の時、イリアナはまだ六歳の子供だったはずだ。
「嘘でございます。この優しいイリアナがそのようなことをするはずがございません。それにあの時は、この子はまだ幼くそのようなことが出来るはずがございません!」
侯爵夫人は髪を振り乱して否定した。イリアナの母として生き残ることが出来るかもしれない。
イリアナは真っ青になって、床にペタリと座り込んでいる。
「ハウエル、渡してあるな」
国王陛下に御意とハウエルははっきりと頷いた。
「王家の血を引く者が使える魔法でな。水晶に記憶を移すのだ。過去のモノほど時間がかかる」
近衛兵がイリアナの手を掴み、手首にかかっていた水晶を壁に向けた。
違う近衛兵がもう一方の手首に魔力を封じる腕輪を幾つも付けている。
「陛下」
ハウエルが躊躇うように声をかけた。
「ハウエル。そなたが気遣う気持ちもよく分かる。だが、アルテナが決めるのだ」
アルテナは国王の視線を感じた。
「アルテナ、真実を知る気はあるか?」
アルテナは、視線をさ迷わせた。
父である侯爵の諦めた目、義母である侯爵夫人とイリアナの狂気を含んだ憎悪の目、国王の慈愛に溢れた目。
そして、ハウエルの心配そうにアルテナを見つめる目。
アルテナは心を決めた。
「知りとうございます」
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