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誤字報告、ありがとうございます
少し直しました。
侯爵令嬢アルテナは人形のようだと言われている。
白髪の髪に赤い瞳。表情のない顔。
美しい声に感情がこもることもない。
スラリとしながらも女性らしい身体をしているが、作られた彫刻のようで冷たい感じを出している。
そして、母親違いの妹には氷のように接していると。
アルテナの妹、イリアナはピンクブロンドの髪と暖かみのある茶色の瞳。アルテナとは正反対の表情がコロコロ変わる愛らしい女性だと言われている。
そして、冷たいアルテナより愛らしいイリアナの方が、第二王子の婚約者に相応しいと噂されている。
その通りだ、とアルテナは思う。
図書室の窓から中庭を見下ろす。
二人の男女とその後ろを数人の護衛が歩いている。
男はアルテナの婚約者である第二王子ハウエルだ。
黒髪に藍色の瞳。背が高く、男らしい顔をしている。
いずれ公爵位を継ぎ、臣下となって国を支える柱になる方。
グラントール侯爵家の令嬢ということと、魔力が強いということでアルテナが婚約者になっているだけ。
魔力はアルテナより格段に弱いが、それでも一般より強いイリアナでもその資格は十分にある。グラントール侯爵家の血を引いていたらいいのだから。
女はもちろんイリアナだ。ハウエルに寄り添うように歩いている。
他者を寄せ付けない雰囲気で歩く二人から無理矢理視線を剥がし、アルテナはその場を後にした。
魔導書を探しにきたのだが見つからなかったから、と。
アルテナは学園近くの屋敷に暮らしている。
学園から通える場所に本邸があるが、訳あって家族から離れ王家が準備した屋敷に世話になっていた。
同じ学園に通う妹イリアナは本邸から通っている。
今年から学園に入学したイリアナもアルテナが住む屋敷から一緒に通いたいと言ってきたが、王家の方で許可がおりなかった。学園では何故かアルテナが拒絶して遠い本邸からイリアナが通っていることになっているが。
「お姉さま」
声を弾ませてイリアナがアルテナに近づいてくる。
「なに?」
それ以上近づいてほしくなくて冷たい声が出た。
イリアナの顔が一瞬で顔色を無くす。
ヒソヒソとした話し声。
「用がなければ声をかけてはいけませんか?」
目尻に涙を溜めながら声を震わせ寂しそうに聞いてくるその姿は誰が見ても可哀想に映っているだろう。
「用が無いなら、失礼させていただくわ」
アルテナはそんなイリアナを視界に入れたくなくて足早にその場を去る。
いや、イリアナの視界に映りたくなくて早くこの場から逃げ出した。
イリアナの視線を感じる度に底知れぬ恐怖を感じる。関わってはならないと誰かが告げている。
アルテナは振り返った。
イリアナの回りに人集りが出来ている。
冷たい姉の対応に回りにいた者たちが慰めているのだろう。
こうして、また噂が出来る。
妹を苛めるアルテナ、と。
別に構わなかった。イリアナと関わる気は無いのだから。
ハウエルとイリアナの距離がどんどん近くなる。
アルテナの住む屋敷に度々訪れていたハウエルの足が遠退いていく。
図書室の窓から、中庭を覗く。
見慣れた光景。
「よくやるね」
アルテナの隣に立つのは、母方の従兄弟だ。
蜂蜜色の髪と緑の瞳を持つ同じ歳の従兄弟。アルテナも昔この従兄弟と同じ髪と瞳の色をしていた。
ハウエルが継ぐ予定の公爵家の嫡男。
無用に高位貴族を増やさないため、従兄弟はイリアナの婚約者としてグラントール侯爵家に婿入りすることになっている。
最近、従兄弟はアルテナの回りに現れるようになった。
だからみんな噂する。
婚約者を入れ替えるのではないか、と。
けれど、血の繋がる従兄弟同士は結婚出来ない。だから、婚約者を入れ替えることなど出来ない。
ハウエルの婚約者が代わるだけで残りは婚約破棄になるだろう。
噂なんてこんなモノだ。真実も混ざっているけど。
アルテナもイリアナも気付かなかった。
ハウエルと従兄弟が目を合わせ頷き合っていたのを。
時は過ぎていく。
ハウエルの卒業式が近づいてくる。
アルテナより一つ上のハウエルは卒業後、公爵家に修業に入る。その一年後、アルテナの卒業と同時に結婚し公爵を継ぐことになっている。
婚約者を代えるなら卒業式までが望ましい。
母の実家である公爵家に修業に入った後ではアルテナと婚約破棄は許されない。
公爵家は母の死後直後に愛人であった男爵未亡人、イリアナの母親を正妻に迎えた父を許していない。
アルテナとイリアナが学年こそ違うが、二ヶ月しか誕生日が違わないことも怒っている。
そして、事故とされている母の死を今でも疑っていた。
アルテナは母が死んだ事故のことを覚えていない。
一緒にいたはずなのに記憶から抜け落ちている。
母と行方不明になった時からアルテナが見つけ出されるまで一週間分の記憶が。
その日は家族と出掛けていた。
無神経な父はイリアナと母親の男爵未亡人も連れて五人で王都近くの森に。
その時はまだイリアナたちは知り合いの未亡人親子という扱いだった。
そこで魔物に襲われた。
急いで逃げようとしたが母とアルテナは離れていたため、父は助けられなかったと。
父は致命傷ではないが大怪我を負い、イリアナと母親の男爵未亡人は軽傷だった。
父は怪我のため、イリアナと母親の男爵未亡人はショックのため、話をすることが出来なかった。そのためにアルテナ親子の救助が遅れた。
まず、アルテナの母の食いちぎれられたドレスが次々と見付かった。
二人の生存は絶望的であったが、母の従兄弟であった国王と伯父の公爵が粘り強く探した。
やっと発見されたアルテナは血塗れの透明な球体の中に膝を抱えて眠っていた。
アルテナは母が持っていた水晶に入っていたのだった。
それは母の命をかけた魔法だった。アルテナの発見こそが母の死を確定させた。
アルテナは何も覚えていなかった。家族で出掛けたことさえも。
そして、その容姿も酷く変わってしまっていた。美しかった蜂蜜色の髪は真っ白に、翡翠色の瞳は血のような赤になっていた。
父であるグラントール侯爵はアルテナの母の死亡が決定されると、直ぐ様男爵未亡人と結婚し正妻とした。
そして、連れ子であるイリアナが自分の血を引いていることを発表した。
それは母の死を受け入れられす、まだ療養中でもあったアルテナの気持ちを省みることなく行われた。アルテナは少しずつ笑うことが出来なくなった。
母の死を悼まない父に対して、我が物顔で屋敷に君臨する義母に対して、当たり前のようにアルテナの物を欲しがる義妹に対して。
アルテナの母の物は義母に好きなようにされた。ドレスは捨てられ、宝石は義母の好きなように作り替えられた。
アルテナに譲られるはずだった物は全てイリアナの元にいった。
父に不信感を持っていた伯父の公爵がアルテナを引き取ることを強く申し出たが父は拒絶した。
突然現れた新しい家族にアルテナの心はついていけず、衰弱していった。現状を見かねてた王家が屋敷を準備し、アルテナは家族と別れて暮らすことになった。
その頃にはアルテナは笑わなくなっていた。
お読みいただき、ありがとうございますm(__)m