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愚か者のいい日旅立ち  作者: lstm
第四幕
25/25

第四幕 5


 事件は、古代神殿の力の暴走、ということで処理された。

 皇帝直々の指示だったらしい。ダーレトが教えてくれた。

 死者およそ二千五百人。アテナイの総人口の四分の一にあたる。一日の出来事で言えば、一年前の反乱事件を抜いて、帝国史上最悪の事件となった。それももう、一週間前の出来事になる。

 皇帝は、これほどの事件を目の当たりにしても、軍事力強化の計画を変更したりはしなかったらしい。僕もシュアナも、相変わらず泳がされたままだ。帝国にとっては、最大の脅威はヴァチカン教会連合であって、アテナイの事件は取るに足らない犠牲だということなのだろう。逆に、帝国は一人の少女の力を、能力を、有用性を、改めて確信し、何とかして僕たちの機嫌を取ろうと、考えているところだろう。脅しで手に負えないのならば、次は懐柔、という訳だ。

 ダーレトは、あの後も現場の指揮の為、アテナイにしばらく留まったあと、帝都へ帰って行った。「必ずまた会うことになるだろう」と言い残して。まあ、僕たちに再び接触するための策を練り直す、ということだろうけれど。

 ギメルは結局帰ってこなかった。しかし、彼も奥さんも子供も、死体が発見された訳ではない。多分あの時にはもう、奥さんを追ってか知らないが、アテナイを出てしまっていたのだろう。そして、どこかで、飄々と生きているんだろうと思う。まあ、今は会っても、どんな顔を向けたら良いのか分からないのだけれど。


 僕とシュアナもアテナイを出ることにした。

 この場所に居ると、何と言うか、押し潰されてしまいそうになる。行く場所なんか無いけれど、どこか遠くへ。シュアナが安心して暮らせる場所へ。化け物としてでも、兵力としてでもなく、普通の女の子として。


 そしてもう一人、アテナイを後にして旅に出る女の子が。


 レミはあの後、全てを説明してくれた。レミは十歳で両親から引き離された後、宮殿で育てられたらしい。僕に言わせれば、人間兵器として。レミは、兵力として強力な魔法の訓練を受けただけでなく、古魔術の軍事利用の実験体でもあったのだ。

 獣人化の魔術。レミの場合は、猫だったという訳だ。


「猫は複数の命を持つ。ブリテン島の古い言い伝えに基づいた魔術です。死んだと思っていた猫がひょっこり帰ってくる。そんな妖精の戯れに過ぎないケルトの古魔術も、魔法を組み合わせれば強力な軍事力になる。帝国の考えはそんなところです」


 複数の命。だからこそ、曖昧な命。存在と非存在の間。いつも居るのに、突然居なくなる。居なくなったはずなのに、そこに居る。とは言え、レミの猫としての能力は、『死なない』という訳では決してなく、『いつ死ぬのか分からない』というものらしい。死んだと思っても生き返る、でも、ある日突然消えてしまう。それが、妖精の戯れなんだとか。

 レミは、単に軍事力でしか無い自分の在り方に嫌気がさし、宮殿、そして帝国軍から逃げ出すことを望んでいたのだそうだ。魔法科学術院で≪爆裂≫をぶっ放したのもその為だとか。


「事件を起こして学院を退学になれば、逃げられると思ったんです。でもダメでした」


 皇帝近衛師団がそんなことで折れるはずもなく、レミは結局、秘密の工作員として近衛師団に使われるようになったそうだ。そして、三ヶ月間を掛けて僕を探し出した末、接近した。とは言え、僕がレミを拾ったのはたまたま。彼女が僕を僕であると確信したのは、僕がレミの嘘を暴いた時らしい。

 そして僕との交流を深め、帝都へ誘い出した。ここまでは任務通りだったが、レミはそのまま、僕たちと一緒に逃げてしまうつもりだったのだそうだ。


「カインとだったら逃げられると思いました……。それに、みんなと一緒にいる時間が本当に楽しかったんです。レミちゃんにとって、初めて出来た、普通の友達だったんです……!」


 多分、あの時、みんな一緒の気持ちだった。四人は、それぞれにとって、初めて出来た、普通の友達だった。生まれた家も、境遇も、出世も能力も関係なく、ただ、馬鹿なおしゃべりをするだけでいい。そんな、自然な友達。

 しかし、レミはメムの魔法で自爆して死んでしまう。本当に殺されるかと思い、無我夢中で戦っている中での出来事だったらしい。


「気付いた時には、レミちゃんは自分のお墓の前でした。隣にミコチのお墓があるのを見た時、愕然としました……。危険があるのは解っていたのに、ミコチを巻き込んでしまったのはレミちゃんです。最初からずっと、レミちゃんはミコチのことがが大好きだったんです……!ただ一緒に居たかったから、ミコチも一緒に誘ったのに、結果的に永遠に別れてしまうことになるなんて……!」


 君が死んだ時、ミコチは泣いて悲しんでいたよ。そしてミコチも君のことが大好きだったと言っていたよ。君が生きていると知ったら、ミコチもきっと喜ぶ。レミちゃんが笑っていてくれた方が、ミコチはもっと喜ぶよ……?

 ミコチの死に責任を感じ、悲嘆にくれるレミに、僕とシュアナはそんな言葉を掛けた。黙ってうなづくレミだったが、まあ無理もないことだったのだろう。レミの気持ちは、本当に良く解る気がした。

 そして話題は皇帝の計画にも及んだ。


「皇帝の軍事力強化計画っていうのは、古魔術や異教の力を、魔法と組み合わせて使う、ということです。魔法が発見され、十字教が起こってから、汎用性が低く、煩わしい儀式の多い両者は衰退しました。それらを掘り起こし、復活させる、ということです。例えば、猫の獣人化には強い魔力と、ケルトの濃い血が必要でした。そんな人材を探し出し、魔術を掛ける。帝国はそんなことを色々と試行錯誤してやっているみたいです……」


 なるほど、シュアナはそういう古魔術の受け皿、という訳だ。そして、ダーレトの言によれば、僕も……。


 僕たち三人は、そんなことを色々と話しながら、一週間寝食を共にして過ごしてきた。

 もう一度、三人一緒の日々を、噛みしめるように。

 そして、三人で身を寄せ合いつつ、身を隠すように。

 確かに、前みたいなくだらないおしゃべりもしたけれど、やっぱり、気持ち言葉は少なめだった。お互いに、どんな顔を向けたら良いのか分かり兼ているというか、後ろ暗いところを自覚している、という感じだった。

 でも、だからと言って、お互いに離れようという気持ちは無かったし、むしろ、お互いが大事に思い合っていることは、なんとなく分かり合っていたと思う。

 とにかく、不器用なのだ。僕たちは。

 そして、甘かった。

 僕たちは皆、悪意があったわけではない。けっして、他人を、仲間を傷つけようなんて意図は無かったのだ。最初から最後まで。レミも。そしてメムも。僕はそう信じている。

 しかし甘かったのだ。僕も。レミも。メムも。僕たち全員の甘い行動が絡まり合い、もつれ合った結果は。

 だから、お互いの甘さを慰め合い、傷を嘗め合うようにして――。





 そして、そんな日々も終わりにして、今日、旅に出る。

 安息日の午前中。もう数刻もすれば、夏の太陽が蒼天の頂点に達し、ギラギラした日差しが僕たちの頭上に降り注ぐことだろう。

「レミちゃんはこれからどこに行くの?」

 アテナイの街を出ながら、僕はレミに訊いた。

「レミちゃんはこれから、ミコチの故郷に向かいます。ご両親に会って、ご挨拶をする、というか、訃報を届けて、謝罪を……。それが、最低限の責任、かなと……」

 自ら両親に出向いて謝罪か……。レミは本当に立派な奴だな。素直にそう思った。

 思えば、レミのこういうところに、僕は魅力を感じていたのだ。

 魅力というか、関心とか、尊敬と言ったほうが良いかもしれないけれど。

「じゃあ、ここでお別れなんだね……。レミちゃんも、逃亡生活頑張ってね……!」

 シュアナがレミを激励する。レミも応える。

「はい!まあ見つかっても連れ戻されるだけですが……。それまでは、せめて……」

「まあまたどこかで会ったら。チキンサンドでも食べようよ」

「カインの舌は信用できませんからね!次はレミちゃんがお店を選びます!」

 言いながら、レミが足を止めた。

 地面を、しっかりと踏みしめるように。力強く。

「ではここで。お二人も、お達者で居てください……」

 どうやらここで、レミとはお別れのようだ。

 彼女は少し、涙ぐんでいるように見える。

「うん」

「うん」

 僕とシュアナは二人同時にうなずいた。

「レミちゃんは、お二人に出会えて本当に良かったです……。もし他の形で出会えていたら、犠牲も出なかったと思うと……」

 苦渋の顔で、噛みしめるように言うレミに対して、シュアナが言葉を紡ぐ。

「そんなこと言わないでレミちゃん――!レミちゃんが後ろめたそうにしていると、ミコチも浮かばれないよっ?死んじゃった人の為にも、前を向いて生きなきゃ……」

「シュアナちゃん……」

「それに、わたしたちは、レミちゃんが生きていてくれて、本当に良かったとおもっているんだから……。だから、レミちゃんも、もっと嬉しそうな顔をしても良いんだよっ――?」

 言いながらシュアナは、僕にそっと目線を向けてきた。だから僕も、レミに言葉を掛ける。

「そうだよ。例えどんな出会いであっても、僕たちは仲良くなったと思うよ。もっといい出会いがあったかもしれないのなら、もっと悪い出会いだって、あったかもしれないんだしさ」

 そしてレミが俯き、身体を震わせながら言う。

「そうですよね……、ありがとうございます……。それでも、みんなに隠し事をしていたこと、ごめんなさい……」

「ううん。謝らなければならないのは僕の方だよ……」

 先に謝罪の言葉をレミに言わせてしまった。そんなつもりはなかったのに。謝って欲しいなんて思っていたわけではなかったのに。

 多分。謝らなければいけない人なんていないのだ。少なくともレミは僕に謝らくても良い。僕はそう思う。

 そして、少し間を置いてから、俯かせていた目線をあげ、今度は少し心配そうな顔をしながら、僕たちを上目遣いで見つめて――。決意を込めるかのように。

「……もしもまた会うことがあった時も……、友達でいてくれますか――?」

 友達。そう、友達だから、これで良いんだと思う。お互いに、綺麗事ばかりじゃなくても良い。隠し事だって、失敗だって、犠牲だって、あったって良い。多分、迷惑だって、喧嘩だって、確執だって、疑心だってあるのが自然なのだ。

 だから、僕とシュアナは一度お互いの顔を見合った後、レミに答える。

「うん、もちろん。もう僕たちは友達じゃないか」

「わたしたちは今までも、これからもずっと、友達だよ?」

 そしてレミは。


「はい――!カインもシュアナちゃんも、大好きですっ――!」


 レミは、最後にぱあっと明るい笑顔を見せ、「では」と言って去って行った。

 あの笑顔。

 また、前みたいな笑顔。最後にまた見られてよかった。レミが二度目に僕らの前に現れて以来、ずっと渋い顔ばかりしていたような気がする。まあ、僕たちも、同じなのかな。


 と。歩いて行ったレミがふと振り向いて叫んだ。両手を頬に添えて、大声を届けるように。

「お二人とも――!幸せな恋人になってくださいねッ!帝国中が敵になっても、レミちゃんは味方ですよ――!お二人は、どうか幸せになって――!」

 シュアナが同じように大声で答える。ほんのりと、頬を朱に染めながら。

「わたしたちもレミちゃんの味方だよっ――!また一緒にご飯食べようねっ――!」

 僕はレミをじっと見つめながら、ただ無言で頷いた。

 レミは僕らを満足気に見据えた後、ゆっくりと頷き、そして、今度こそ踵を返して自らの旅路を進み始めた。

 ちっこいけれど、大きい背中。僕には彼女の後姿がそう見えた。

 次第に小さくなっていく黒ローブの人影を、僕とシュアナは無言で見送る。

 彼女の足取りは、迷いなく道を進んでいく。


「行っちゃったね……」

 そよそよと気持ちの良い風にさらわれる、白銀の髪を押さえながら、シュアナが言った。

「うん。僕たちはどこへ行こうか?」

 僕はなんとなく空を見上げながら答えた。眩しい太陽が輝いている。ミコチが死んだ日に、独りで見た朝日と同じように、眩しい空だった。

「じゃあ、大海の果てにある、島国にしようよ……。人間と物の怪が、仲良く暮らしているって言うよ……?」

 シュアナが僕の一歩前に出て、下から僕を覗き込むようにして言った。

「それは……伝説の話じゃなくて……?本当にあるの?」

「そんなの行ってみないと分からないもん……!」

 僕の半信半疑の返答に、シュアナが頬を膨らませながら言った。

 人間と物の怪が仲良く暮らしている、か……。それは、うん。悪くない。

「じゃあ島国を探そう。どこにあるんだろ?北?南?西?東?」

 僕がシュアナに問いかけた。彼女が答える。

「んー。まずは、島国に行ったことがある人を探そう?」

「そんな人いるの……?」

「むー!」

 シュアナがまた頬を膨らませた。

「じゃあまずは北に行こう。その後南に行って、西に行って、東に行けばいい」

「うん!そうだね……!どうせ一生逃亡生活だからねっ!世界中を旅しちゃおう!」

 僕の適当な提案に、シュアナは笑みをこぼしながら答えた。

 本当に、これからの二人の旅が、楽しみで仕方がない、というように。

「シュアナ……、君はなんてポジティブシンキングなんだ……」

「さあ行こう!カイン君!」

 シュアナが、僕に手を差し伸べて来た。

「うん。行こう」

 僕はシュアナの手を握る。

 そして二人、手を繋いで歩き出す。

 

 とりあえず北へ。

 目的地など有って無いようなもの。

 人間と物の怪が、仲良く暮らしている場所。

 それはつまり、僕とシュアナが、人間とエルフが結ばれている限り、僕たちの行く場所が目的地になる、ということ。

 場所なんてどこでもいのだ。

 ただ二人が、こうして、生きていて良かったと思える限り。


「カイン君!わたしは、君が生きていてくれて、本当に良かった!わたしは君を二度選んだ――、だから、これからもきっと、君を選び続ける――」

 シュアナが少し前を歩きながら、僕の方を振り向いて言った。

 手は、繋がれたまま。

 シュアナが続ける。

「わたしはもう後悔なんかしていないよ!例え、帝国史上最悪と呼ばれようと、人類史上最悪だって構わない!構わないよ……」

 僕は、うん、とうなずく。

 シュアナはだんだんと歩くスピードを速めていった。

 そして仕舞いには小走りのような格好になる。

 僕はシュアナの手を離さない。自然彼女に引っ張られるようになる。

 ふと、シュアナが言う。

 ほんのりと、顔を赤く染めながら。

 顔をくしゃくしゃにした笑顔で。

「だってわたしは……、ただの普通の、恋する女の子なんだから――!」


 礼拝の時間を知らせる、教会の鐘の音が響いた。

 帝国と神の栄光を称える重厚なベルが、厳かな賛歌を奏でる。

 僕は、エルフの少女の手を放さずに、一歩前を歩く彼女のことだけを視界に入れるようにして、人々を呼ぶ鐘の音を遠く背にして、歩き続ける。


 異能だからこそ普通。

 普通だからこそ異常。

 人外だからこそ普通であろうとする。

 普通であろうとするが故に帝国史上最悪となった。

 そんな少女。

 ただし人間ではない。


 誰かに会ったら、紹介しよう。

 間違いなく帝国史上最悪のシチュエーションでの恋の告白だった。

 彼女は僕の、恋人だ。




初めて小説を書きました。物語を書くのって難しいですね……。

なんでも良いから書いてみようと思い立ち、気づけば結構な分量になっていたので、せっかくだから投稿しました。


すべてのなろう作家さんに敬意を……!

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