第四幕 1
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帝都から馬車にフリーライドし、復路は一週間もかからなかった。
なんだか二週間以上掛けて歩いた往路が馬鹿らしくも思えたのは正直なところ。でも、確かに速いけれど、ちょっと味気ない気もした。みんなでワイワイおしゃべりしながら歩いた往路も、あれはあれで僕には楽しかったのだ。往路の騒がしさと比べて、静かで呆気ない復路が、この旅の結末であることが、僕の胸をチクチクと突く。
アテナイに戻ると、僕はまずギメルの屋台に行き、旅の顛末を説明した後、ちょっとした情報の依頼をした。三人の死者が出たことについて、ギメルは少し落胆の顔を見せたが、そこで落ち込むような男ではない。ギメルは昔も今も、一流のプロフェッショナルなのだ。ギメルはすぐに気を取り直して、お決まりとばかりにラメドさんの店をディスり始めた。
「お前、あのクソ不味いチキンサンド、また食ったのか!」
「うん。まあ中毒性があるんだよね」
「あんなもん、帝都の糖尿病患者を増やすバイオテロだ!」
ギメルが汚物を思い出したかのように、手を鼻の前でパタパとはためかせて言った。
「僕は好きなんだけどなあ……」
人の店を評してバイオテロとは余りに酷だと思ったが、しかしギメルを生贄に捧げて三人にディスられまくっていたことを思い出し、これ以上この話題を続けるのは止めておいたのだった。
さて、ギメルによると、「お前らのボロ小屋はとっくに誰かに占拠されちまったぜ」とのことだったので、僕はギメルに頼んで、ちゃんとした部屋を借りることにした。ギメルを通しておけば、変な罠にかかる心配もない。貧民街ではなく、石造りの建物の二階部分、一部屋。決して広くも立派な部屋ではないけれど、充分だ。
もちろん、シュアナも一緒に。今までもずっと一緒にいたものだから、お互いに特別な感慨は無かったのだが。しかし、ギメルがシュアナほどの美少女を見逃すはずもなく、僕たちが一緒に住む、なんて聞いたものだから。
「カインがこんな綺麗な嬢ちゃんを連れて帰るとはなあ!まあ、家族計画はしっかりな?新婚さん!」
なんて、会うたびにギメルは僕を冷やかすのだった。
しかも、そのたびに、「もう……、カイン君のエッチっ!」とシュアナが僕をディスってくるのが謎で、癪に障った。まあ、実は、シュアナの言う「エッチっ!」という響きが僕には心地よく、「もっと罵って!」と内心思っていたことも、事実なのだが。そもそも「エッチ!」という言葉の響きは罵言には聞こえない。
で、アテナイに戻ってから十日が、何事もなく過ぎ去った。
シュアナも問題なくアテナイでの生活に適応している。まあやっていることと言えば、市場で買い物をしたり、料理をしたりするくらいだったのだが。買い物といっても、シュアナには物欲があまりなく、市場に売っている物珍しい品物なんかには見向きもせず、簡単な生活用品と、料理の食材を買うだけなのだった。だから、相変わらず僕たちの部屋は最低限のものしか無い。質素な暮らしだ。
シュアナにしても、趣味は家事と料理の献立を考えること。そんなメイドさんみたいなヤツなのは、多分屋敷に長らく幽閉されていたからだろう。外の世界でどう振る舞えばいいのか、あまり分からないのだろう。
だから、僕がシュアナを誘って、街をぶらぶら歩いたりすると、「ねぇ!カイン君っ!あのパン不思議な形しているねっ!どうやって作るんだろう?ねぇねぇ見て!あのお花可愛いよっ!わたしたちのお部屋は緑が足りていないよっ!」なんて、本当に楽しそうに、顔をくしゃくしゃにしてはしゃぐのだった。
経済的には、かなりの数の金貨を手にしたので、しばらくの生活は安泰だ。もう少しゆっくりしたら、また適当な依頼を片付けて、賞金を受け取ればいい。それで、僕とシュアナの二人ならば、充分に生活していける。
とは言え、一見平穏な日々が続いているが、問題はまだ片付いたわけではない。シュアナの追手は必ず現れるだろう。ダーレトは使者を送ると言っていた。そろそろ、だと思う。
そして今日は、ギメルに依頼してあった情報を受け取る日だった。
僕とシュアナは、夕食を共にするという建前でギメルの家に行き、僕とギメルが別室で話しているうちに、シュアナは奥さんと子供と一緒に料理をすることになった。
「早速だが……」
僕と向かい合って、椅子に腰かけているギメルが口火を切った。
「俺もシュアナちゃんのことは調べてみたんだが……、完全にお手上げだ。帝国関連では一先記録がない。トランシルバニアとトラキアに遡っても同じだ……」
そう、と僕は少し落胆のあいづちを打った。
「それでお前、シュアナちゃんが人間じゃないってのは確かなのか……?」
「うん。間違いない。この眼で見た」
「そりゃあ、記録がないのも当然だぜ……。シュアナちゃんの件は俺の裁量を超えてるな。……古魔術師か、異教の神官あたりを探した方がいいかもな……」
「……きなくさいね。帝国は何を考えているんだろう?」
「見当もつかないな。いずれにせよ、俺たちには魔法以前、十字教以前の異能力についてほとんど知らない。その辺から調べていかないと、この件は解らないぜ……」
魔法以前、十字教以前、それはつまり、帝国の歴史を遡っていく作業だ。でも、まさにその辺にこそ、ヒントがあるような気がした。
「いずれにせよ、時間がないんだ。もう帝国の追手は迫っていると思っていい。一から調べている時間は無いよ……」
僕の言葉に、そうだな、とギメルがあいづちを打つ。
そして、ギメルが言葉を続けた。
「で、レミちゃんの件だが……、こっちはバッチリだ」
そう、と僕は少しだけ気を取り直した。ギメルが続ける。
「とんでもない経歴だからすぐに見つかったぜ!まったく、もっと早く気付くべきだった。俺も迂闊だったぜ……」
「そうだね……」
「お前の言う通り、レミちゃんは半年前に帝都魔法科学術院に入学、三か月で退学になってるな。理由は構内破壊行為だとよ。この辺は全部記録が残ってたぜ。」
「破壊行為……、それってやっぱりテロリズムってことでいいんだよね……」
「…………。で、最初からいくぞ。軍の記録では、レミちゃんは十歳まで両親と帝都に居住してたみたいだな。両親は魔法科軍人だった」
「うん」
「十歳の時に、両親がカナン方面軍に赴任になる、つまりエルサレム戦線だな」
「十歳?随分と早い段階だったんだね……」
驚いた。両親と離れ離れになったのは去年からそう遠くないとばかり思っていた。
「ああ。ところが、だ。レミちゃんが両親と一緒に、エルサレムに渡った形跡が見つからないんだよな……。居住地の変更は両親のみだった」
「…………」
「この後、帝国関係の資料には一切、レミちゃんの記録は出てこなくなっちまう。ところが今度は突然、十五歳のレミちゃんが帝都魔法科学術院に入学、入寮の記録が現れる、って訳だ」
「つまりその間、どこで何していたのか、さっぱり分からないってこと?」
「……記録の上では、な。だが焦るな。こういうのは、普通に、素直に受け止めればいいもんなんだよ」
「どういうこと?」
ギメルが組んだ両手の上に顎を載せて、続ける。
「いいか?レミちゃんの両親は軍人だ。軍関係者が帝都から出れば、それはそれで記録に残るもんなんだ。例え、失踪であってもな」
「うん……」
「つまり、だ。帝都から出た形跡が無いなら、帝都に居たのさ。しかしな、問題はそこじゃないぜ。重要なのは、じゃあレミちゃんは一体どこで、魔法の手ほどきを受けたのかってところだ……!」
「……!」
僕の中で電撃が走った。思わずのけ反ってしまった。
「いいか?レミちゃんの両親は居ない。軍の育児施設に入った記録も無い。なのに十五歳で、≪爆裂≫をぶっ放すほどの能力を持っていたレミちゃん。……なんの記録も残さずに、そんな魔法の訓練を受けることが出来る場所は、帝国内には二か所しか無いじゃねえか?しかもどっちも帝都だぜ……?」
「……まさか……」
「ああ、一つは帝都の貧民街、つまり、お前たちのところだ。だがこれは違う。」
「……あんな子は見たことが無い」
「それは俺もよく知ってるぜ。で、もう一つは……、宮殿だ」
「……そんな……」
「ああ。宮殿に居たと考えるのが一番自然だ。≪爆裂≫は軍事機密だからな。というか、逆を言えば、帝都の魔法科学術院に入れた理由はそれしかないぜ。あそこは帝国の中枢を担う教育機関だ。経歴に少しでも不備があれば、入学なんて出来っこないだろ?」
なんてことだ。正直なところ、僕は憔悴していた。
「宮殿ってことは、やっぱり近衛師団なのかな……」
「自然そうなるな。おそらく、レミちゃんは早くから目を付けられていたんだろうぜ。両親がエルサレムに飛ばされたのは、それが理由かもしれないな。」
僕は、はあー、と深くため息をつきながら、椅子の背もたれに沈み込んだ。
ギメルがさらに続ける。
「あり得そうなところで言えば、レミちゃんは十歳から近衛師団の許で魔法の訓練を受けた後、正式に入隊する為、魔法科学術院に入学したってとこだろうな?」
「でも、破壊行為で退学……か。これも近衛師団の計画なのかな?」
「そればっかりは分からないが、近衛師団がレミちゃんを手放したとは思えないな。そんな馬鹿正直な連中じゃあ、ないだろ?」
なんだ。それじゃあ。
最初から。レミは。
レミはダーレトの配下だったってことじゃないか。
「はあー、まさかこれほどとはね……」
僕は再びため息をついて、今度こそ本格的にうなだれてしまう。
「どうした?聞きたくなかった、って面してるぜ?」
ギメルが僕を冷やかすように言った。
「そりゃあもう、全くもって……、ね……」
確かに、怪しいところがあるとは思っていた。何かを隠しているのは分かっていた。だからこそギメルに依頼したのだ。だって。
最初にあの依頼を持ってきたのは誰?僕を誘ったのは?
躊躇なくトラキアの軍勢を殺害したのは誰?
思うとこはまだある。メムを明確に殺そうとしたのもレミだ。実のところ、冷静になって考えてみれば、メムが当初から殺意を持って現れたのか、疑問ではあったのだ。メムは直接には致死的な攻撃をしていないし、レミが死んだ後にすぐ姿を消してしまった。これでは暗殺者としては失格だ。むしろ、最初に明確な殺意を露にして≪爆裂≫を使ったのはレミだった。
それでも、僕たちと下らないおしゃべりをしているレミの笑顔は本物だった。それに、ミコチへの思いも、本物だったはずだ。だから僕は、まさかレミ本人こそが、帝国が差し向けた人物だなんて、思ってもみなかったのだ。
それにあの猫耳。ん?あの猫耳はなんだったんだ?変装か?
まあ、もういいや。そうと分かれば探りも入れやすい。メムのことはザインが何か聞いているかもしれない。次いつか会ったら聞いてみよう。まあ、あの花束のメッセージが、真相を語っているんだろうけれど。
「ご飯できたよー!カイン君!ギメルさん!食べようー!」
と、うなだれながら考え事をしていたら、シュアナの声が聞こえて来た。
「シュアナちゃんにはこのこと、どうするんだ?」
ギメルが立ち上がりながら僕に訊いてきた。
「もう隠し事はしないつもりだよ。あまり気乗りしないけれどね……」
僕も立ち上がりながら答えた。
「そうか。じゃあ、ほれ、飯を食うとしようぜ。家の嫁さんとシュアナちゃんの共作だ!旨くない訳がないってもんだぜ!」
言いながらギメルは部屋を出て、僕もギメルに続いた。
確かに美味しい夕食ではあったが、もう完全に食欲を喪失していた僕は、あまり料理を堪能することは出来なかった。




