第三幕 6
6
風呂から上がった後、浴室を出て部屋へ戻った。
今日は昼間に眠ってしまったので、すぐに寝付けるかは分からなかったが、ただ寝転んでいるだけでもいいから、早めにベッドに入ってしまうつもりだった。
いつもよりだいぶ早い時刻だが、各自のベッドにそれぞれ潜り込む。
会話はなかった。
僕もとりあえず寝転んで目をつむる。
ただ無言の空間で時間の感覚を失っていく。
どれだけそうしていたのか、わからなかった。
かなりの時間が経ったのか、それとも、案外直ぐだったのか。
「ぐぉー、すいー、んがあー、ふえー、うにー、んごおー、んぐうー」
気付いたら、シュアナのいびきが聞こえてきていた。
僕は思わず頬をほころばせた。今は、シュアナのそんなところさえも、愛らしく思う。彼女の欠点すらも、愛おしく感じる。
僕の本心が自然と湧いてきて、思考が無理やり押しとどめようとする。
僕は革命家の息子、革命軍頭領の弟。そして、僕自身が革命家だった。一年前まで。僕はすべてを放り投げて、逃げ出してきたのだ。アテナイに。
僕の逃亡は革命軍にとっては危機だったはずだ。僕は、帝国領最強の兄を殺すことのできる、唯一の人間なのだから。メムの言う通り、裏切り行為なのだ。
帝国にとっては僥倖であり、同時にもろ刃の剣だった。帝国は何とかして僕に兄を殺させたいだろうが、僕自身がかつて危険人物であったことに、変わりはないのだ。
だから僕は今後、双方に追われ続けるだろう。
一人で居なくてはダメだ。
一人でどっちつかずな対応を続けていくしかない。関係ない人を巻き込みたくはない。僕は誰も巻き込まないように生きていくしかないのだ。
もう他人が傷つくところを見たくない。
もう二度と。
だからもう一度、一人で、逃げよう。
深夜。物音がして僕は目を覚ました。
物思いに耽っているうちに、眠ってしまっていたようだった。
人間が歩く気配を感じ、僕の身体が反応する。
咄嗟に起きて立ち上がり、ダガーナイフを抜く。
見ると、シュアナが窓の前に立っているだけだった。
「どうしたの?シュアナ?」
「あ、起こしちゃった?うんとね、窓から変な音がするの……」
「窓……、音……」
かちゃり、と窓から音がするのを僕も聞いた。
「なんだろうね?確認してみようか……」
そう言いながら、シュアナは窓を開けようと手を伸ばす。
「…………」
待て待て待て待て、よく考えろ。要人の暗殺こそが、メムの専門分野だったはずじゃないのか……。なぜ憲兵ごときで安心していた……。憲兵なんて、無音で瞬殺するメムの実力さえも、僕は失念していたって言うのか――!
――罠だ!
「シュアナ!開けるな!」
僕の制止はしかし遅きに失した。シュアナは既に窓を開いてしまっていた。
シュアナが、え?、と言いながら僕の方を振り向く。
刹那。
シュアナの頭が上方から蹴り飛ばされる。
悲鳴を上げる彼女の身体は、遥か後方の床に打ち付けられた。
ミコチが飛び起きて、サーベルを抜く音が、背後から聞こえた。
窓の上方からスッと侵入してきた人物と、僕は対峙する。
相手も既にダガーナイフを構えていた。
「二度目があるのは私の失態……。今夜で終わり、カイン兄さま」
――メム……。
メムがチラッと部屋の中を見回し、賞金の革袋の存在に気付いた。
「本当に皇帝から金を受け取った……。どれだけ落ちぶれてしまった、兄さま……?」
「…………」
「もういい。瞬殺で皆殺しにする……。わたしたちの顔を見た敵は必ず殺す……。ずっとそうしてきた……。そうでしょ?カイン兄さま――!」
僕たちのことを敵と呼んだメムは、言うが早いか、僕に向かって思いっきりダガーナイフを突き出す。
――絶対にここで止める!
僕はメムのナイフを右手のダガーで払い、同時、左手でスローイングナイフを抜く、が。しかし、メムはクルっと身体を回転させて、僕をかわし、瞬間、シュアナに向かって猛スピードで突進を始めた。
――トラップ!
「ぁぁぁあああ……」
まだ倒れたまま、上半身だけ起こしていたシュアナが恐怖の声を漏らす。
咄嗟にミコチが駆けつけ、サーベルを構えて、シュアナの前に立ちはだかる。
「来やがれ!妹さんよおお――!」
「言われなくとも……、革命の敵……!」
メムが駆けながら魔法の詠唱を始める。
「≪踊レ踊レ踊レ廻レ廻レ舞イ乱テ神ノ御姿ヲ視ヨ≫――!」
メムの体躯に黒紫色の魔法陣が出現し、同色の暗影がミコチに向かって伸びる。
「くぅっ……!」
ミコチが唇を噛む。
ミコチはかわせない、なぜなら後ろにシュアナがいるから。
ならば、と僕はメムの背後からスローイングナイフを投げる。
メムは、跳んだ。
空中で身体を横向けにねじり、仰向けになったような不安定な姿勢のまま、右手はミコチにダガーナイフを向け、左手で抜いたスローイングナイフで、僕の投擲した刃の軌道を受け止めた。
僕もメムにむかって一直線に走り出していた。
しかし間に合わない――。
メムが着地するなり、ミコチのサーベルが振り下ろされる。
「うらあぁあ――!」
ミコチの剣とメムのダガーとが、甲高い金属音を鳴り響かせる。
走りながら、僕はもう一撃スローイングナイフをメムに投げた。
後ろにミコチが居るけれど、彼女ならば大丈夫だろうという判断だった。
「ちっ――!」
両手でダガーナイフを握っていたメムは、たまらず横方向に跳躍して退いた。
僕のナイフはミコチによって無事払われて落下する。
しかし。
メムは距離を取ったが、暗影は残され、ミコチの背後に漂っていた。
黒紫色の暗影がミコチに纏わり、背後から彼女を包み込もうとしている。
ミコチが後ろを振り向いた頃には、もう遅かった。
――くそ!
「シュアナ!走れ!」
既に立ち上がっていたシュアナに、僕は左手を伸ばす。
瞬間、メムが投げたスローイングナイフが僕の左腕に突き刺さった。
――痛っえええ!
つい逆上した僕は、踵を返してメムに向かって跳躍し、飛び掛かった。
メムもダガーナイフを構えて待ちうける。
スローイングナイフを投げる。メムがダガーナイフで直線軌道の刃を受け止める。
同時、僕の身体はメムの目前に達し、右手のダガーが彼女を切りつけんとする。
メムの刃と僕の刃が交わり、二本のナイフが金切り声をあげる。
メムの全重心が刃の切っ先に掛かった瞬間、僕はナイフを下に払う。
メムのナイフが行き場をなくし、彼女の面前はがら空きになった。
――ここだ!
僕は刺突をかまさんとする。
右肩、左胸、右腹、左脇腹、右胸、左胸、下腹……、腕を突きまくる。
メムは僕の攻撃をことごとく受け止め、そのたびに金属音が響き渡る。
が、次第に僕の攻勢が彼女を圧してきた。メムが重心を後ろにそらし始め――。
「く――っ!」
歯を食いしばって、憔悴の表情を見せるメム。
――もう少し!
「うぉおおおおぉおおおお――!」
僕は雄叫びをあげながら攻撃の手をさらに速め、めちゃくちゃにナイフを振りまくっていた。
無我夢中で、メムに一撃をお見舞いする事しか頭になかった。
刹那。
「ああああああああああぁぁぁああああああぁあぁあああああっ――!」
絶叫が鳴り響いた。声の主はミコチ――。
僕は咄嗟に手を止め、後方に跳躍し、メムから距離を取って、声のする方を向いた。
僕の見たものは。
滅多切りにされ、血まみれのシュアナの姿。うつ伏せで、力なく首を折って横たわっている。
そして、サーベルを高く頭上に掲げながら、床に倒れるシュアナを見下ろす、ミコチの姿。顔を俯かせて表情は良く見えない。
シュアナは全身という全身に斬り傷を負い、着物はことごとく朱に染まっている。
彼女の薄い色味の唇から、血が滴っているのが見えた。
腕がだらしなく放り出され、彼女の目元を僕から隠している。
「――っ!……シュアナ……?」
目の前の光景が信じられなくて、信じたくなくて、僕は自然、シュアナの名を呼んだ。
最悪だった。
魔法を受けたミコチを放置したのは最悪の選択だった。
――嘘。嘘。嘘。嘘!嘘!嘘――!
しかし悪夢は終わらなかった。
「ふん。素人め……」
メムが気にせず戦闘を再開する。
ダガーナイフを構え、僕に向かって突進を開始した。が。
刹那。
「うぅうあああああああああぁぁぁっぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああ――!」
先ほどと比べても、また一段と強烈な絶叫が部屋にこだました。
さすがのメムも気を取られて足を止めた。
絶叫の主は再びミコチ――。
見ると、先ほどと同じ場所で、俯いた顔はそのままだが、サーベルを持った手を力なく下ろし、背を丸めている。
彼女が両手を持ち上げ、自らの手の平を確認するような仕草をした――。
瞬間。
「あああぁぁぁっぁぁあああああああああああ――!」
再び彼女は絶叫し、
サーベルを持った手をあげ、
自らの首を、
叩き斬った。
血が吹く。
栓を抜いたように、ミコチの上体から血が噴き出し、
足元に倒れているシュアナをさらに朱く染めた。
床に、壁に、天井に、血が飛び散る。
僕の顔にまで、生暖かい液体の付着する感触があった。
サーベルが床に落ちる金属音を聞いた。
ミコチの身体が崩れ落ちる、鈍い音が響く。
さすがのメムも目を見開いて、驚きを隠せていない。
口をあんぐりと開け放して、一部始終を見ていた。
凄惨で、
壮絶な、
ミコチの最期だった。
頭の中が一時的に真っ白になる。
――ミコチまで……!
空白の思考回路から、どこからともなく、とある感情を湧いてきた。
怒り。
――殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す!殺す殺す!殺す!殺す!
「殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺してやる……メム。お前を滅多刺しにして殺してやる……」
僕の何かが、そう言わせた。
「……ぅ」
メムが一瞬怯んだ。
冷静さなんて僕の頭からは消失していた。
僕はもう、メムを打倒して殺害する事しか考えてはいない。
殺意。
明確な殺意が僕を支配する。
兄妹喧嘩はもう終わりだ。
ここからはもう、僕の、妹殺しの時間だった。
「うぅうおおおぉぁああああああ――!」
僕はメムに飛び掛かる。
渾身の力でダガーナイフを突き出す。
僕の攻撃を受け止めるメムが後方によろける。
見逃さない。姿勢を思いっきり屈みこむようにして、メムの脚を蹴り払う。
メムが体勢を崩した。
追い打ち。下方からナイフを突き上げる。首部の致命傷を狙う。
メムは思いっきり身体をねじり、全力で致命傷を避けにかかる。
切っ先を外すくらいなら身体のどこでもいいから突き刺してやる。
僕の刃はメムの右肩を貫いた。
「くあぁっ――!」
メムから苦痛の声が漏れる。しかしこんなもので狼狽えるメムではない。
「はああぁああああ――!」
メムは雄叫びをあげながら、お返しに上段蹴りをかましてきた。
両手をクロスして僕は彼女の脚を受け止める。自然僕の動きは一瞬止まる。
瞬間。
「何事ですか――!」
部屋の外、廊下から憲兵のものと思しき声が聞こえた。
刹那。
メムは窓に向かって踵を返し、全力で逃走を開始した。
右肩を撃たれたのでは、憲兵も相手取るには分が悪いとの判断か。
「逃がすか――!」
メムは窓から庭に向かって躊躇なく跳躍し、着地。逃走を再開した。
僕もメムの背中を追う。
単純な脚力なら僕の方が上だ。そのうえ傷痍を負ったメムにもはや逃げ場なんて存在しない。確実に仕留める――。
メムと僕の距離が自然縮まる。僕のダメ押しの一撃。スローイングナイフを投げる。
メムが振り向き回避行動をとる。メムは、上方に跳躍した。
――掛かった……!
「うぉおおおおぉおおおお――!」
跳躍により速度の落ちたメムの着地地点まで、猛ダッシュして追い着き、僕は勢い任せの強烈なハイキックを、メムの後頭部に食らわせた。
靴の踵がメムの後頭部に埋まるかのような感触。
メムの頭蓋が揺れる。
「がはぁぁああっ――!」
メムが苦悶の悲鳴を吐き出す。
起立能力を失ったかのように、メムの身体が前のめりに崩れ落ちた。
僕は透かさずに、メムの首を踏みつぶす。
うつ伏せに倒れているメムは、既にダガーナイフを放り落していた。
丸腰。両腕は頭の前方に放り出されている。
「残念だったな。今日は君の終わりの日だったらしい……。あの世で僕の仲間を殺したことを後悔するといい」
僕は言いながら、メムを踏みつぶした足に力を籠める。
メムの首が締まる。苦痛にうめく声が下方から聞こえてくる。
「ぐぁっ――、ぁあぁっ――」
僕はメムの首筋にダガーナイフを突きつける。
すーっと、刃がメムの肌に吸い込まれていくような感覚を覚えた。
「ぁぁ――、ぅあっ――、カイン――にひさばぁっ――!」
絶望の寸前でメムが僕の名を呼ぶのを聞いた。
思わず、踏みつける足と、ナイフを握る手の力を緩めてしまう。
「どうじで……!どうじで、わだじ捨でで、敵になっだの――!」
メムは号泣していた。
「僕は裏切るつもりはないと最初に言ったはずだ。敵になったのは君の方だ。まったく、死の淵で泣き喚くなんて救いようがない」
「うぶぁあああああああああああああああぁっ――!」
涙腺の崩壊したメムの悲鳴。
「みっともない……。僕の仲間は一人も泣いていないというのに……」
レミもミコチもシュアナも。
僕はダガーナイフの切っ先に力を籠める。
「泣いたって無駄だ……、君の無様さを、思い知って死ぬがいい――」
とどめを与える――。
が。
しかし。
刃がメムの首筋を舐め始めると同時。
メムが、消えた。
メムの体躯が完全に消失したように、見えた。
「なっ――!」
僕は不意を突かれて、思わず手を止め、驚愕の声をあげた。
――メムの魔法じゃない……!救援……?
前方に顔上げると同時、僕はすぐに魔法の主を見た。
メムの小さな体躯を抱え、静かに佇む、その男。
目を閉じてすすり泣くメムを抱きかかえ、困惑と慈しみの混ざった眼を向ける、その男。
僕はその名を呼ぶ。
「……ザイン……」
――≪不在≫……。いつから気付いていなかったんだ僕は……。
逆上して熱していた思考が、急激に冷えていくのを感じる。
ザインがメムに対するのと同じ目を僕にも向けて、静かに言った。
「お前に妹殺しの罪を負わせる訳にはいかない、俺の弟……。メムは俺がキツく叱っておくから、恨むなら、俺を恨んでくれ……。」
「…………」
「メムが昨日から帰ってこないから、探しに出てみればこれだ……。すまない、間に合わなかった……。兄失格だ」
「…………」
ザインがそっと目線を下げ、泣いたままのメムを見つめる。
「見た目よりも幼いんだ、俺の妹……。頼む――」
「…………」
「メムを、許してやってくれ――」
ザインは言い終わるが早いか、メムを抱いたまま消失して去っていった。先ほどメムが消えたのと、同じように。
「ご無事ですか――!」
遠くから聞こえてきた憲兵のものらしい声により、僕は思考を中断して我に返る。
遅すぎる。今頃やってきて無事なはずがない。だが憲兵などこんなものだ。護衛とか、要人とかいう言葉を、無暗に信用していた僕の方がどうかしていた。
僕は憲兵の元まで歩み、再びメムの素性をごまかしながら襲撃のことについて報告した。憲兵たちはもう、僕たちの部屋の中に踏み込み、血生臭い戦闘の痕跡を確認したらしかった。既に医療班も呼ばれ、事後処理の準備が行われている途中だと言う。
僕は再びあの部屋に戻るのがどうしても嫌だったので、すべてを憲兵たちに任せ、宿の大広間で一人になり、座り込んだ。
何を考えよう。
何から考えよう。
僕の頭はまだ、現実を受け入れるほど処理能力を回復してはいない。
ただ一人で、うなだれるように、座り込んでいた。
頭に浮かんできたのは先ほどの光景。
僕の視界から消え去ったメム。僕の視界から消失して去ったザイン。
ザインの空間制御魔法の一つ、≪不在≫。空間に微弱に存在する魔力の操作によって、他者によるザインの認知を不可能にする。誰もザインを知覚することは出来ない。≪霧散≫と同じように、ザインに触れる者も効力の範囲に入る。
しかし僕にはあの時、別のものがはっきりと見えていた。
他者には見えないザインはしかし、僕には別のように見える。
嘘をつくのは人間とは限らないから。
嘘偽りは人間の言葉ばかりではないから。
僕の眼には見える。僕にザインの魔法は通用しない。
だから、つまり。僕はあの時点で既に、ザインを追うつもりにはなれなかったのだ。
ザインの言葉によって、戦意を喪失していた。
それはなぜ?
何が僕を、そこまで……?
ふと、後ろから肩を叩かれて我に返った。
「まさか二夜連続で襲撃されるとはねえ。あなた、相当嫌われることしたんでしょう?」
「……シュリィさん?どうしてここに?」
振り返ると、看護師姿のシュリィさんが腕を組んで立っていた。
「どうしてもこうしても無いわ。私は軍病院の看護師、医療関係者が駆けつけてきて、何がおかしいって言うのよ?」
そうですか、と僕は力のない返事を返した。
「なに暗くなってんのよ?って無理もないか……。まさかレミちゃんに続いてミコちゃんとはねえ。」
レミ?シュリィさん、レミのこと知ってたっけ?
まあ、軍病院の看護師なら襲撃のことは知っているのか。
レミとミコチ――。
「……シュアナ、シュアナはどうなんです?」
「部屋に戻りもしないでよく言うわよ。シュアナちゃんは、今意識が無いけれど、なんとか無事よ。相当深い傷をたくさん負っていたけれど、ちゃんと息をしているわ。もう軍病院に搬送された後よ。あの様子なら、命に別状はないと思うわ」
「そうですか……」
僕はあいづちを打って、すぐにシュリィさんから顔を背けた。
「つれないわねえ。素直に喜んだっていいのよ?ん?もう!ほれほれ!」
言いながらシュリィさんは僕の両肩をバシバシと叩く。
「……僕に喜ぶ資格があるとは思えません」
「……ダメよ。悲しい時ほど普段通りでいないと。私だって、昨日病院から送り出したはずのミコちゃんが首切り死体になってて、辛いと思ってないわけじゃないわ……」
でもね、とシュリィさんは言葉を繋ぐ。
「辛気臭い軍人の末路はいつだって無残なものよ。暗い顔をした軍人ほど呆気なく死ぬわ」
シュリィさんが後ろからそっと、僕の肩を抱き、身を寄せてくれた。
「私は今まで軍人の死体を腐るほど見て来たわ。軍人ほど当然のように死んでいく人間はいないわ……。それでも、悲しくなかった死なんて一つも無いの……。だからこそ、ね、怪我人が生きていた時って、本当に嬉しいのよ?死に近い人間だからこそ、言えるわ。生き残るって、すごく嬉しいことなのよ?」
「…………」
「仲間の死を笑って済ませと、言ってるんじゃないの。軍人にとっても、仲間の戦死を悲しむのは当然のこと……。でもせめて、仲間の生還は喜びなさい……」
「……はい……」
シュリィさんには肯定の返事はしたが、自分のことを棚に上げて、状況を無邪気に喜んでよいものか、僕にはどうしても分からなかった。




