第三幕 2
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そのあとすぐに東岸側で宿を取った。
いつまで滞在するかわからないので、まあ安めのところ。
部屋を借りるにあたって、女子部屋と僕の部屋で分けようか、と提案したところ、
「いやあ。もう隠すようなものなんかねえし、一緒でいいだろ?」
「そうですね。カインはシュアナちゃんと裸の付き合いを済ませているようですし、一緒でいいですよ」
「うふふ。裸の付き合いなんて……、カイン君のエッチ」
最後のシュアナは謎だったが、そういうことだったので、確かにレミとミコチの夜のお勤めを知る僕としては、隠す気が無いと言われてしまえば、無下にする気も起きず、結局今まで通り、一部屋四人で眠ることになった。
部屋に入って荷物を置き、しばらく休憩してから、夕食の為、例のチキンサンド屋さんに行くことにした。
ギメルのおススメと言うのは当然真っ赤な嘘で、実は僕の思い出のチキンサンド屋さんなのだった。まあ、ギメルにまだ営業していると聞いて、是非行こうと思っていたことには違いなかったのだが。
「あー。ここだよここ。はやくはやく」
テンションが上がっていたのは僕だけだったようで、立ち食い形式の小さな店のたたずまいも相成って、他の三人は半信半疑といった面持ちでの実食となった。
お味の方は、まあ昔から変わらず美味で、懐かしさも相まり、僕は三人の女子のことなど忘れて無我夢中で食事していた。食べ終わってから三人の方をむいて、問いかける。
「いやー。おいしかったね。どうだった……?」
そしたら。
「って、え――」
絶句した。僕が。
「…………」
「…………」
「…………」
無表情で、口を一文字に結んだ女子三人がそこに居た。
なんというか、金剛力士みたいなやつらだった。
「おい……。カイン、お前アタシに何か言うことあるんじゃねえか?」
これはミコチ。
「……不味かったです」
レミも。
「ちょっと……、というか不味かったかな……」
シュアナまで。
はい――?
「いや、でも完食したんでしょ?」
「義務感でしかなかったな」
「苦痛でした。拷問ですよこれは」
「半分以上残しちゃった……」
えっと……?
「いや、でもこの店自慢のジャンボチキンカツがさ……?」
「でかいだけだったな」
「脂っこかったです」
「途中から油を食べてる気分だったよ……」
全否定だった。
「いや、この店特製のソースがたっぷりかかっててさ……?」
「ただしょっぱいだけだったな」
「しょっぱ汁でしたね」
「塩水かっ、てくらい見事に塩分のみだったね……」
君たち言い過ぎだ!いくら何でも!しょっぱ汁って何だよ!
「ほら、でも、ギメルの思い出の味だ、って言うし……」
「アイツの思い出の質を疑うぜ。どんな生活してたんだアイツ?」
「なんですか、ギメルの思い出はしょっぱいだけですか?」
「わたし、やっぱりギメルさんのお店行かなくていいかも……」
グサグサ――。
ズキズキ、ズキズキ。
ごめんギメル――。
「パンにまでソースかかってベチョベチョだったしな」
「無駄なボリューム出まくりでしたね」
「パンまでしょっぱくしないでっ、って感じだったね……」
もう――、もう――、止めてくれ!勘弁してくれ!
そ、ん、な、に不味かったか!
「わかった……。わかったから、僕が悪かったから……、もう何も言わないで……」
「だったら!カインがこの店にしようって言い出したんだから、アタシらの飲み物買って来やがれ!」
「もうしょっぱくて喉が渇いて死にそうですよ!」
「うふふ。おそまつさまです!」
で、最後のシュアナは相変わらず謎だったが、三人は宿に戻り、僕は今、彼女たちの飲み物を買いに来ている途中だ。
まったく、あそこまで言わなくてもいいじゃないか。
口悪すぎだろ!
特にミコチとかレミとかミコチとかレミとか!
何がしょっぱ汁だ!
癪にさわったので、ついでにすっかり暗くなった夜の街を散策していくことにして、しばらく歩いた末に、アテナイではなかなかお目にかかれない、色鮮やかな看板が並ぶ街の一画に辿り着いた。
気を紛らわせるためだ。
決して魔が差したわけではない。
華やかな看板の文字を読む。
――『ニャンニャン奴隷のご奉仕バー』、『宮殿風メイド倶楽部』、『魔法科ガールズヘルス』、『女士官のシークレットベース』、『ガールズ剣士ストリップ』などなど……。
そう。ここは帝都名物の歓楽街。
規模にして帝国最大のこの歓楽街は、実は以前から貧民街にあった。客は帝都中から集まって来るわけだが、従業員はもっぱら貧民街の住人。歓楽街の仕事は貧民街にとって、貴重な収入源だったのだ。
どうやら、街が丸ごと立て直されても歓楽街は存続していたらしい。お客さんもたくさんいてに大いに賑わっているようだ。
僕も、あの口悪女子たちへの腹いせに、どれか入ってみようかなあ。
しかしどの店名もハイセンスだなあ。
『ガールズ剣士ストリップ』とか気になっちゃうなあ。『ニャンニャン奴隷のご奉仕バー』とか今僕が一番欲している養分かもなあ。よし、決めた。異種族モノが有ったら入ろう!『エルフとラブラブパブ』とかあったら最高だな!チュッチュ出来ちゃったりして!
なんて勇敢なことを考えながら、キョロキョロと街をうろついていると、数軒先のお店の前で、見知った顔の男を見つけた。
あ。
居た。
『バニーちゃんズの大反乱』と書かれた看板の軒下に、吸い込まれるように入っていこうとするその男もしかし、僕の存在に気付いた。
僕は足を止める。
男は僕の方に向って歩いてくる。
そして男の方から僕に声を掛けて来る。
右手を大きく左右に振り上げながら。
「おい!カインじゃねえか!俺の弟!こんなところで何やってんだ?」
その男。
あの人。僕たちの目的の人。捜し人。
僕の兄。血の繋がった、実の兄。
革命家の残党。現革命軍頭領。
ザイン――。
「やあ。ザインこそ何やってんの?『バニーちゃんの大反乱』好きなの?」
「ああ!ここのジゼルちゃんって子にもう惚れちまってよお!って、俺の恥ずかしいとこ詮索すんな!カイン!もう一度訊くぞ!帝都でなにやってんだ?」
多分、ザインはこんなキャラではないはず……。
「……いや、ザインに用があって会いに来たんだよ」
「なんだよ!しかも俺に会いに来たのか!連絡してくれればちゃんと迎えたのに!」
「どうやってザインに連絡するんだよ。皇帝に連絡する方がまだ簡単だよ」
「はっはー。俺に用だってか。んじゃあ、ちと場所変えるか?」
ついて来いよ、と言うが早いか、ザインは歩き出した。
僕もついて行く。歩きながら尋ねてみた。
「ねえ、空間制御もしないで、何してんの?」
「んん、本当に魔法が必要な時ってのは、案外少ないんだぜ?お前が一番よくわかってんじゃねえのか?」
「うん。まあ、その通りだ」
人気の無い裏路地に入る。
「お前って≪霧散≫効くんだっけ?」
「≪霧散≫は正確には空間操作の魔法でしょ?だから僕でも効くよ。というか、小さいころ何度もやったじゃないか」
「ああ、メムと三人でよく飛んでってたな。悪い悪い。なんかイメージがよ……、じゃあ、掴まってろ。≪視ヨ神ノ国ハ此処二在リ彼処二在リ≫」
詠唱の途中で、僕たちの足元に魔法陣が出現し、視界がすべて黒い濃霧に覆われる。
瞬く間に、霧が晴れて視界が復活する。
見てみれば、僕たちは先刻訪れた丘の頂上から、東岸の街を見渡していた。
これは≪霧散≫。ザインの魔法。他者からは、僕たちが黒い霧になって消えたように見えただろう。まったく、便利な魔法だ。
「いやー。なんかお前って、対俺用兵器ってイメージが強くってよ。全部効かねーんじゃねえかと思っちまってよ」
「兵器とか言うな。そんなことのために父さんは僕たちを作ったんじゃないよ」
「ああ、そうだな。父さんにも悪いこと言った。近頃は俺もどうかしちまったのかね」
ふう、と後ろ頭を掻きながら、ザインは腰を下ろした。僕も兄の隣に並んで座る。
ちょっとぎこちなく、僕はザインに尋ねる。
「メムは元気?」
「ああ。相変わらず元気過ぎるよ、俺たちの妹は。ラメドさんに迷惑かけっぱなしだ」
「そう。どうせ、『ザイン兄さまぶっ飛ばす!』とか毎日言ってるんでしょ?」
「そうなんだよ!まったくいつまでも兄離れしない、かわいい妹だよ」
「なんか想像つく」
「変わらないぜ、俺たち家族は。ラメドさんを含めてな」
メムは僕の実の妹。ラメドさんは僕の父さんの男友達で、僕たち兄妹が幼いころからずっと面倒を見てきてくれた、兄妹にとってのもう一人の家族だ。
そういえばメムはレミと同い年で、ザインはミコチと同い年だ。ラメドさんと父さんも同い年だった気がする。どうでもいいけど。
「つーかお前どこに居たんだ?」
「アテナイ」
「なに――?アテナイだって?はっはー!そりゃあお前、狙ってんのか?だとしたら傑作だな!」
ザインはゲラゲラ笑う。
「初代革命軍頭領の孫、二代目革命軍頭領の弟、帝都から忽然と姿をくらました若き革命家が、よりにもよってアテナイに潜伏していたなんてな!こりゃ、一本やられたな!」
まあ、蓋を開けてみればそんなものだ。
僕の行動には何のひねりもない。
僕には最初から、アテナイ以外に行く当てなんてなかったのだ。
「古代都市国家アテナイ。帝国に先立つ覇者。帝国が興る以前の古の時代に、地中海を制覇した古代都市。アテナイの国力の源こそ、独特、唯一の政治制度、民主主義。俺たち革命軍の憧れ、夢。その古代都市の遺構に、お前は潜伏してたってのか?俺の弟?」
「だって他に自由都市の名前なんて知らなったし」
「はっはー。それで、アテナイからわざわざ俺に会いに来てくれたわけだ――」
ザインは一瞬だけ、間を置いてから言葉を続けた。
「話してみろよ?何かあるんだろ?」
そろそろ本題か。
本題。奪還。
『統治者の書』を取り返す。
僕たちは、そのために帝都まで二週間以上かけてやって来たのだから。
ただ。
それを聞いて、僕の目的を聞いて、ザインはどんな顔をするだろうか。
まだ、ザインの反応の見当もつかないが、不安を抱えながらも僕は口を開いた。
「うん。『統治者の書』を探している」
ザインに驚きは無かった。驚きよりも、行く末を見定めるかのように、じっと、真剣なまなざしで、僕を見つめていた。
「……『統治者の書』。これのことか……」
そしておもむろに、懐から一冊の書を取り出した。
古い本。思ったよりもずっと小さかったが、革の装丁に金属の装飾が施された、立派な書物だった。
「ザイン……、そいつを僕に、預けてくれないか?…」
緊張が走る。
空気が少しだけ、ひんやりと張りつめた。
「……どうする気だ?俺の弟?お前、何言ってんのか解ってんのか……?」
怪訝な目を僕に向けるザイン。眉間にしわが寄る。
わかっている。
だってこれは、皇帝に寝返ったかのような行為。
裏切りに見える行為。
「うん。ちょっと説明させてほしい……」
僕はザインに、事の顛末を話した。
レミと出会ったことから、一部始終をかい摘まんで。
話してみると、僕のことで話すべきことなんてほとんど無くて、レミとミコチ、シュアナのことばかりになってしまったけれど。
話を聞き終えたザインは、安堵したように僕を見つめながら、そっと口を開いた。
「そうか――。そういうことか」
そして書物を僕に差し出しながら。
「いいぜ。こいつはお前に預ける。賞金稼ぎの仕事なんだろ?」
思ったよりも、ずっとあっけない……。
なんだそんなことか、とでも言うように、お互いに、ほっと息を吐きながら。
「……うん。最初の仕事だよ」
「だったら何の文句もねえよ。持ってけよ。ほれ」
ザインの表情は既に、微笑みを含んでいた。
僕は書を受け取り、すぐに懐に仕舞った。
――これで、いいのだろうか……。
「ありがと。でも、わざわざ盗んでまで手に入れたのに、いいの?」
「なに、俺は原本に興味なんかねえんだよ。必要だったのは中身だ。もう写本はとったから原本は必要ない」
「……写本?」
「ああ。お前もその書のことはよく知ってんだろ?皇帝を縛る法なんて呼ばれてやがる」
「うん」
「でもな、誰も書の内容を知らないんじゃ、法なんて呼べやしない。内容も分からない法なんて、無意味極まりないだろ?だから俺が写本をとって、帝国中にばら撒いてやろうって訳さ」
ザインは両手を広げながら、大げさな身振りを加えて説明した。
「それが目的?」
「ああ。もう既に協力者のネットワークに写本を流してある。数年もすれば、帝国中の人間誰もが『統治者の書』の内容を知ることになる。皇帝戴冠の誓いも含めて、秘密じゃなくなるんだ。帝国の統治へ向けられる視線も変わらざるを得ないだろ?それでようやく、皇帝を縛る法も、ちっとは仕事するだろうって訳だ!」
なるほどね。皇帝やら、一部の人間のみが知る秘密を暴いてやろうっていう、そういうことだったのか。てっきり、宮廷に混乱をもたらすのが目的かな、なんて思っていたけれど……。
「……相変わらず、凄いこと考えるねザインは」
んっ、とザインは片目を瞑る。
「俺は平凡で凡庸だぜ?卓越者は英雄と呼ばれる。そして英雄の行きつく先が皇帝だ。俺たちは皇帝のいない未来を望んでるんだぜ?」
「でも、どうして今さらそんなことを?」
「今さら?お前、もしかして革命は死んだなんて思ってんじゃねえか?」
図星だった。
僕は何も言い返せなかった。
「革命は死んじゃいない。確かに、かつての貧民街は焼け落ちたが、住民が変わった訳じゃあない。お前もよく解ってんだろ?」
「でも、彼らが再武装するなんて思えないけど――」
チッチッチと、ザインが人差し指を左右に揺らす。
「甘い、甘いぜ俺の弟。単純な正義感に駆られて、武力で世界を変えようなんて時代はもう終わったんだ。ここからは俺たちの世代、俺たちのやり方で革命が始まるんだ……」
そう言ってザインは、自らのこめかみの辺りを指さす。
「革命家がずる賢くっちゃ、いけねえってことは、ねえだろ――?」
……革命の再開。
「正直言って、ここからの戦いは私怨だ。俺と、皇帝のな。メムは『じいさま父さまの意志を継ぐ!』って言ってるけど、俺には以前のような正義感は無いんだ。一年前のあの日から、私情で動くようになったっていうか……。言ってること、解るだろ?」
「うん。解る。青二才だったね、あの頃は」
「はっはー。違いねえ。」
なあ、俺の弟、とザインは改まって僕に語り掛ける。
「お前も一緒に来ないか?俺たちの革命軍に――」
今までで一番真剣な目つきで。
「――俺が『統治者の書』を盗んだ時、俺の動きがお前の耳に入るんじゃねえかと、期待してたのも事実なんだ。そしたら本当にお前が現れたもんだから、びっくりしたぜ。メムとラメドさんもきっと喜ぶ。一緒に来いよ?」
誘い。かつての仲間の、実の兄妹の、合流の誘い。
でも、ぼくは。
今の僕には、レミがいて、ミコチがいて、シュアナがいて。
彼女たちを、ザインの革命に巻き込むなんてことは出来ないし、何より僕が。
僕自身が。
「僕は自分探しの旅を続けるよ。だから探さないでくれるかな?」
「はっはー。自分から現れたくせに!」
「冗談だよ。僕は革命以外の生き方を探していたんだ、ずっと。ようやく今、見つけられそうなんだ。だから今戻る訳にはいかない」
「革命以外の生き方か――。はっはー」
決して僕を責めることもなく、ザインは笑った。
「まあ、せめてメムに顔出してってやってくれよ。あいつ、『カイン兄さまなぜ帰ってこない!』っていつも言ってるからよ」
「そのことだけど……。僕はこれから宮殿に向かう。僕の顔は割れていないけど、何が起こるかわからない。ザインを売るのは皇帝を買うよりも難しいけれど、他の人たちはそうはいかない。メムも僕と接触しない方がいい」
「……そうか。そうだな」
僕はもう、かつての仲間とは会わない方がいい。
僕がこれから皇帝権力と接点を持とうとしている以上、僕たちの関係はこれまで通りにはいかない。複雑な関係になる。
「じゃ……、そろそろ行くか。あんまり遅いとメムに怒られちまう。『ザイン兄さままたエロい店で遊んでた!ぶっ飛ばす!』ってな!」
よっこらっしょ、と言いながら、ザインはおもむろに立ち上がる。
敵、味方ではないけれど、疑いを向けられることは免れない。
信じられないし、信じてもらえない関係。
でも。
ザインはなぜ僕を自由にする?
「最後に……、な。お前が俺を殺せる唯一の人間である以上、皇帝側は、俺の一挙手一投足にお前の幻影を見てる。連中は俺を追っているようで、お前を追っているんだ。だったら、お前がどっちつかずの状況は俺にとっても都合がいい。連中がお前を追っている間に俺の仕事は完了って訳だ。今回みたいにな」
「そう。そういうこと……」
「それにな、言ったろ。今の俺を動かすのは私情だ。あんまり難しいことなんて、考えなくていい。いつでも好きな時に帰ってくればいいんだ。革命軍である前に、俺たちは兄弟なんだからな」
「…………」
じゃあな、と言ってザインは黒い霧になって消えた。
まったく、未練がましさが微塵もない。さっぱりとした別れだった。
いつでも好きな時に帰ってくればいい。実際に黙ってしまったけれど。僕には、サインが最後に残してくれた優しい言葉に対して、なんて返したらいいのか分からない。




