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三人寄ればかしましい

とある女のとある日常。それは非日常とまではいかないが、一般的でもない日常。

ある病気を克服しようとせず、いっそずーっとそばにいると開き直った女の闘病記ならぬ交流録。

 ある日のこと。

 とうとう30歳の大台にのってしまった女は、とうとうか…と、とっ散らかった自室で目覚めた。

 「おめでとう、私」とたった一人でぽつりとつぶやいてみる。駄目だ、よけいに空しいと彼氏いない歴年齢の干物女(喪女)は布団を丸めて抱きつきながら、ひたすら悶えた。そして、すぐに危機感を感じた。あいつらが…来る!


 [おめでとう、じゃねーよ!めでてくねーよ!!この×××!!!]

 【そんなことよりお腹空いた~!早く布団から出てご飯、ご飯~!】


 「ああ、もう、はいはい、起きますよ~!…ご飯、何かあったっけ?」

 美容室で首に巻かれるタオルと、美容師と談話するプレッシャーが苦手で、ここ数か月放っとかれっぱなしの長い髪を適当に手ぐしでといてから無造作に束ね、あくびをしながらキッチンに行き、冷蔵庫を覗く。

 「ふむ、…ノンアルチューハイ3缶と水2L、冷奴しかないな」

 と、これまた空しい気持ちになりながらつぶやくと、またあいつらが叫ぶ。


 [メシなんて食う必要ねーだろ!お前はメシ食うな!!ダイエットなんて生半可なもんじゃなく、干からびろ!!!]

 【お腹空いた、お腹空いた~!食べ物がないなりゃ、今から買いにいけばいいじゃん!!】

 [キョウコ、てめえは黙ってろ!口開きゃ、メシメシってうるせえんだよ!!だからこの干物女が太っちまうんだろうが!!!]

 【うるさいのはレイカも一緒でしょ~。って×××って…うける~!でもさすがに干からびるほどじゃないにしろ、そんなに太ってないよ】

 [昨日から200g太ったんだよ!その前の日は300gで、トータル500g太った!!デブ道一直線じゃねえか!!!]

 【う~ん、レイカは相変わらず細かいねぇ。それくらいなら、今日ちょっと運動して汗流して、トイレ行ってで帳消しじゃない?レイカがうるさいからって、昨日の夕食冷奴だけだったんだからね!カロリーあるもの食べたいよう~!!】

 [じゃあなんで、このデブはまた太ってんだよ、この前だって豆腐だけじゃ元気でない~とかって、菓子パン1個食ったろ!運動なんてあたしは大っ嫌いなんだよ!!高カロリーのもんなんて食わせられるか、動かず、ガリガリに痩せるまで、ひたすら我慢しろ!!!]

【運動嫌いって、それで何も食べずにゴロゴロしてても水分はとってたら、200g位は増えてもおかしくないんじゃない?ってか、だから200gくらい今日のおしっこで排出されるって!それよりご飯~!!】


 「ああもう、うるさいよあんたら。レイカは食べるな、運動するなで、キョウコはご飯食べたいばっか。こっちは間とって、この一週間冷奴と水だけ飲み食いして、運動もほとんどしてないのに。…ああ~もう栄養不足でくらくらする」


 [今日中にせめて300g帳消しにできたら、許してやるよ!絶食しな!!]

 【ダメダメ、死んじゃうよ~!わたしはおにぎり食べたいな~!!梅と鮭とツナマヨは外せない!!!】

 

 「勝手なことばっか言って。はあ…お腹空いた。一日に300g落とすのに絶食はないでしょマジで。おにぎりも3個もいきなり食べたら、この一週間耐えてきた苦労が…絶対食べだしたら、止まらなくなると思うんだよね。となると水分減らして、冷奴半分ずつにするか…はぁ、ほんとお腹空いた」

 ちらりと壁時計をみると朝の5時。

 あまりの空腹に最近睡眠が浅く、寝つきも悪く、すぐ目覚めてしまう。

 「そういや今日は出掛けないと。もうちょっとごろごろしてから準備するから、あんたらもうるさくしてないで寝なよ」

 と、つぶやいたところで、大人しくなるには女が完全に眠ってしまうまでなのだが、一応提案して、布団に再度くるまった。こういう環境にもなれたなぁ、私と諦めモードで。


 「それで、主人格の君とは別の人格たちが騒いで、意見も対立してると。体重も落ちてきてるし、君自身の言い分は聞いてくれないの?」

 「はい、眠ってる間だけですね、静かなのって。あとはいつも身体の内側から見張られてる感じで、レイカを無視して、菓子パンを食べたら、キョウコは喜びましたが、レイカはますますヒートアップして、リストカットさせられました。それからは、私もレイカにどちらかというと従って、でも水分と冷奴は食べたり食べなかったりでキョウコの機嫌もうかがいつつ、といったところでしょうか」

 「君自身は食べたいの?まだ痩せたい?」

 「最初は痩せたかったですけど…まあ、今もですかね。でも空腹に耐えられない時は食べたいです」

 「君は主人格として、彼女らの意見に左右されるのではなく、指示が出せる強い立場に常にいないといけないね。あと、喧嘩する彼女らの間に入ってくれる立場の人格もいるはずだから、その人格を引き出せたらいいんだけど…」

 「以前はいたんです。なぜか最近出てきてくれなくなっちゃって、レイカとキョウコばっかり出張ってますけど」

 「ふむ。じゃあ、取り敢えずはその人格に出てきてもらえるようになるのが課題だね。それまでリストカットや暴力につながるなら、君はレイカ寄りの立場として、無理に食べなくていい。食べて許されるものだけしっかり確認して、それだけにしておくといい」

 「はい…あの。先生、何度も聞くようですけど、私って病気なんでしょうか?」

 ただの妄想癖の強い、ダイエット思考に取りつかれた女じゃなく?という意味合いで、わずかな期待を含ませて聞いてみる。しかし、目の前の白衣を着た60代の男性精神科医は、苦笑しながら、穏やかに優しく告げた。


 「君は摂食障害になりつつある、解離性同一性障害の成りそこないだよ」


 拒食症、多重人格ともいわれていた病名を並べられ、やっぱそうか…と撃沈した。

 摂食障害なら、食べたものを吐いたり、食べないだけでなく運動もするらしい。しかし、女は運動嫌いで吐きもしない。なので、まだ完全な摂食障害ではない。

 そして、解離性同一性障害なら、他の人格が顕現してるときは本来の女の主人格はその人格の言動をいっさい覚えていないものらしい。また、原則として、過去に虐待などの非常に強いストレスを経験していることがほとんどらしい。なのに、女は、あいつら(他人格)が出てきてする言動をすべて覚えている。ぼんやりとだけど。それに、忘れっぽい女とはいえ、さすがに虐待を受けた覚えはないと言い切れる。だから、非常に稀なケースとして、女の場合は成りそこないというわけだ。


 しかし、女は最初こそ驚いて、どうしよう、気が狂いそうと怯え、今後に不安を覚えたが、今は少し彼女らへの見方も変わり、受け入れつつある。

 というのも、完全な解離になったら、かしましい彼女らの声に悩まされることはなくなるかもしれないが、自分が知らないうちに他人様に多大な迷惑をかけるかもしれない、自分の行動に責任が持てなくなって、最悪入院しないと駄目かもしれないからだ。

 その点、不完全解離なら、常にいろんな人格のまとめ役、強者でいなくてはならず、大層頭の痛い状態――ぎゃあぎゃあ喚く人格たちに乗っ取られないよう苦心する状況という意味で――になるが、いつか彼女らより強い立場になれるかもしれない。

 担当医いわく、完全でも不完全でも苦労するといわれたが、双方利点もあるということだ。

  (摂食障害は一時的な被害かもしれないと思っとこう。死んだら他の人格も皆死んじゃうんだから、私が死なない程度に頼みますよ、レイカ様)

 一番希望を持てるという意味で今日も成りそこないを享受しようと、精神科のクリニックを後にした女は、意識をしっかりと持って、帰路につく。

 なぜか、担当医と対面しているときは出てこないあいつらがまた騒ぎ出す前に。

 あいつらの声は常に頭の中でではなく、実際女の口から声に出ている時もあるので、傍目から見たら、ひとりでぶつぶつ会話してるようにしか見えない時もある。

 

 一般的ではないおかしな人ではあるが、そう見られないよう四苦八苦し、担当医いわく、まだまだ隠された人格が複数、女の中にいるはずと言われたのを思い出しておののきながらも、今日もスーパーに立ち寄って、大量の水と絹ごし豆腐を買う女なのであった。

テーマは重いですが、軽やかに後味悪くはならないよう書いていきたいです。まずは序章ということで。

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