箱舟の始動
メモリーの昔の話です。更新速度は本編ほど早くないと思いますが、”これ読んだ方が本編が面白い”といった感じの話にしていきたいと思っています。
1978年 水の月翠の週
グランド王城 王の間
息が詰まるような静寂。今この場に自分が相応しいのかと不安になるような、そんな感覚。しかし、逃げるわけにはいかないのだ。これは、俺の言い出したことなのだから。
「これより、新部隊“アーク”の部隊長を任命する。ネロ
ノーレッジの隊長に促され前に出る。そこにいるのは、我が国の国王、フラウ=グランド。その前に膝をつき、言葉を待つ。
「ネロ、君をこの国の新たな部隊、アークに任命する。これは過去にない試みだ。活躍に期待する」
「仰せのままに。必ずや、成果を上げて見せます」
「やったじゃないかネロ。同期として誇らしいぞ」
「といいつつ、ブレイカーに入ったお前には言われたくないよ」
「しょうがねぇだろ。お前の部隊、何するかわからないんだから」
せっかくなので同期のシオに妬みを言う。まあ、彼の意見もわからないでもない。俺は国王に嘆願し、わざわざ自分の部隊を作ったのだ。これから活動するのだから、内容なんてわからないに決まっている。
「俺は、まずは壁を取り戻したい。この数十年、俺たちは壁を奪い返せないままだ。それはきっと、身の内に巣食うヘルの軍勢を排除できていないから」
「そのために、今から国境の国行くんだろ?ご苦労なこった」
「お前もブレイカーなら国境行くんだろ?同じだよ」
「同じ国境でも、お前はヘルの占領下に行くんだろ?それも一人で」
そう、俺はこれからヘルの占領下となっている村、エイジ。その村に向かい、ヘルから取り戻す。それが俺の任務。
「出来るのかよ、ヘルに取られた領土を取り戻すなんて。今までそれが出来なかったから、戦況も不利なままだったんだろ」
「それは、“村一つを取り戻すのに国力を動かす余裕がなかったから”だろ。俺一人が動くんだ。きっと、今までと違う結果を出してやる」
「・・・・・ここがエイジか」
中心に立つ大きな塔が特徴的な普通の村、に見える。占領されている割には村は活気に満ちているし、何よりヘル兵が見当たらない。試しに村人に声をかけてみる。
「なあ、ちょっといいか?」
「お兄さん、グランドの兵士だよな?なんでこんなとこにいるんだ?」
「何故って、自国の占領された土地を取り戻すためさ。ここはヘル軍に・・・・・」
「占領されちゃいねぇよ」
「・・・・・・・・・は?」
「だから、ここは占領なんてされちゃいないのさ。確かに、ヘルは一度ここへ来たぜ。でも、占領なんてせず帰っていったよ」
どういうことだ・・・・・。前線部隊の報告書では、この街はヘルの占領下にあり、奪還に失敗したとあったが。
「そうなのか。話を聞かせてくれてありがとう」
「おう。おめぇさんも若いんだから、仕事頑張れよ」
おかしい。それとも、軍の報告書が間違っていた?
「村人全員、この村は占領されてないという、か」
どういうことだ。やはり軍の報告書の誤りなのか?村のはずれで考え込んでいた、その時だった。
「おーい、兵士さん。ちょっといいか」
「あなたは、村の入り口で話した・・・・・」
「ああ、覚えててくれたか。あんたを探していたんだ」
「俺を?何かあったのですか?」
「いやぁ、兵士さんの仕事じゃないかもしれねぇけどよ。最近、森の中に奇妙な人影を見たって報告があるんだ。実際、森で襲われたって報告も多い。できればでいいんだが、調べてくんねぇか?」
「ああ、そういうことなら任せてください。被害の多い方向を教えていただけますか」
「南だな。村を出てまっすぐの方向」
「わかりました。俺の用も済んだみたいですし、構いませ・・・ん・・・」
その時だった。俺の真横を通った女性。長い白髪をたなびかせ、ふらふらと歩いていた。今にも転びそうなほどふらふらと。
「君、大丈夫か?」
「・・・・・・」
俺と同じくらい、少なくとも20歳は超えているだろう。彼女は、その深い蒼い眼で俺をじっと見た後、言葉を紡いだ。
「・・・・・どいて」
「えっ、ちょっと」
「兵士さん、あいつは普段からあんなだから気にすんな。体が弱いんだよ」
「・・・・・そうなのか」
その後、俺は南の森へ来ていた。しかし、しばらく歩いたが動物の影すら見当たらない。
「いったい、村人は何を見たっていうんだ。それに、村のことは本当に終わりでいいのか?」
それと、さっきの女性。何か違和感があったような気がするんだけど。
「占領されてないならそれが一番なんだが、国王様になんて報告すればいいんだよ・・・・・」
「国王?」
「ああ、初任務で成果なしなんて報告したら、早速部隊解散の危機だ・・・・・ろ・・?」
「お前、グランド兵か」
「っ!?」
そこには顔を包帯で覆い、大きなマントで体を覆った男が立っていた。いったい、いつからいた・・・・・。全然気づかなかった。
「お前なのか?村人を襲ってるっていうのは」
「・・・・・話がある。知りたければついてこい。ここでは話せん」
・・・・・どう考えても怪しい。見た目だけではない。彼の能力、そして包帯の隙間から見えた目の鋭さ。少なくとも、信用に足るとは思えない。
でも、彼は何かを知っている。だったら、リスクがあるとしても付いて行くべきではないか?
・・・・・行こう。この国のためなら、俺はどんな危険にだって身を投じてみせる。
「洞窟?」
「ああ。俺を信用するのならここに入れ」
洞窟なんて、出口がなければ逃げ場がない。彼を信用していなければ、まず入らない。
「・・・・・わかった、入ろう」
「・・・・・・・・・」
中へ向かう俺に、包帯の男は後ろからついてくる。その時だった。
「っ!おい、あんた・・・・・」
「黙って歩け」
つけられている。包帯男もそれに気づいているようだが、どうやらそのまま進むらしい。もし、つけている奴が包帯男の仲間なら、かなりやばいな。
「よし、止まれ」
そこは洞窟の奥にあった広い空間。そこには何体もの獣の死体。そして食用の植物が置かれていた。
「じゃあ、お客さんを始末するか」
その一言とほぼ同時に、包帯男は後方にナイフを投げた。それは見事につけてきた人物に的中し、その人物は肩を抑えて崩れる。
「あ、あんた・・・・・」
その人物は、俺に森へ行くよう依頼した村の男だった。包帯男は、彼に近づいていく。
「お前みたいな男を運ぶのは骨が折れるからな。わざわざ餌に食いついてくれて助かったよ」
餌って俺のことか・・・・・。
「悪いが返すわけにはいかないんだ。ここで死んでもらうぞ」
「お、おい!お前、何を!?」
「何って、殺すんだよ。偵察を捕らえて逃がす馬鹿がどこにいる」
「捕らえるだけなら、殺す必要はないだろう」
「・・・・・・・ちっ、お綺麗な兵士様だ」
そう吐き捨てると、包帯男は倒れている男の足にナイフを刺した。
「ぐぁっ!」
「っ!お前ぇ」
「これでも譲歩した方だ。本来なら殺している」
そういって、包帯男はその包帯を外した。黒髪の、俺より少し若い少年。しかし、その顔つきはとても年齢に比例していない。
「自己紹介が遅れたな。俺はセド=サフラン。ヘルの流れ者だ」
「っ!?ヘルの人間なのか!?」
「そう警戒するな。ヘルから逃れて、わざわざお前みたいなグランド兵待ってたんだ」
「どういうことだ?」
「これから話す」
「なるほど、奴隷狩りにあった妹を助けたいが、運悪くお前が脱走した地が壁を挟んでグランド側だった。でも、奴隷の身分で壁を通るわけにはいかないから、グランド側に協力したいと」
「そういうことだ。手を貸してくれるか?」
「貸してやりたいが、ヘルの人間を簡単に信用しろというのも難しいだろう」
「だろうな。だから、とっておきの情報をやるよ」
「情報?」
「ああ、お前が調べてたエイジの村についてだ。あの村は、正真正銘ヘルに占領されてる。それも、最悪の形でな」
どういうことだ?確かに、依頼しておいてこそこそついてきたそこの男は怪しい。だが、どういうことなんだ?最悪の形?
「あの村は、ヘルに占領されていない。そう、洗脳されているんだ」
「洗脳だと!?いったいどうやって・・・・・」
「そこまではわからん。だが、以前夜中に忍び込んだ時、村人が全員中央の塔に向かっていくのを見た。満月の夜だ」
「満月・・・・・。確か、明日が満月じゃなかったか?」
「ああ、だからあんたに話してる。俺の情報が正しいか、その目で確かめる好機だろう?」
・・・・・あくまで、信用を得たいということか。正直、こいつの話を信じるなら村の違和感にも納得できる。でも、完全に信用できると決まったわけじゃない。
「明日、エイジに乗り込む。それに、セド、お前も同伴しろ」
「・・・・・いいだろう。ただし、もし俺の話が真実だったら、妹の奪還、ひいてはそのための協力をすると約束しろ」
「お前がこの国に害をなす存在でないとわかれば、協力は惜しまない。しかし、どうやって村人の洗脳を解くんだ?」
「おそらくこれは魔法だ。だったら、元凶を潰してやればいい。俺の家業はは暗殺だ。元凶がいるであろう塔まで、最短かつ安全なルートでお前を連れていく。ついでに見張りもやってやるから、その間にお前は元凶を潰せ」
・・・・・どんな家業だよ。まあ、ヘルには暗殺に長けた部族がいるという。こいつもそういう部類なのかもな。
「もし村人と戦いになっても、殺すことを躊躇うなよ。一人を救うために、村一つ滅ぶことになりかねない」
「誰も殺さずに終わらせてみせる。それが、アークの仕事なのだから」