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ふたり



「おわりなんてこなければいいのに」

 瞬きひとつない空に彼女の言葉はすいこまれていった。

「大切なひとはわたしのまえからいなくなる」

 ────。

 声になれなかった僕の言葉は白い息になって消えた。

 手足をほうりなげて横たわる彼女の身体は。あたり一面も。さっきまでの雪が白くしていった。

 番犬よろしく彼女のそばに立つ僕の肩にも粉砂糖のような雪がつもっている。

 耳が痛い。冷えた空気は肺を刺す。ゆびさきもしびれて。

 冬はひとにやさしくない。

「あした晴れるって」

 彼女の目がひらく。きれいな黒。その目に僕が映らなくとも。

 さむいだろう。もうかえろう。

「あした、新作のケーキ食べにいこう」

 大好物なはずなのにどうして眉間にシワがよるのだろう。

「お肉がいい」

 そっちですか。

「うん」

「焼き肉」

「うん」

「ハンバーグ」

「うん」

「ケーキも」

「うん」

 彼女は笑いだした。

 どこにそんなおかしなとこがあるんだろうってくらい、眉間、のびまくってる。

 白すぎる彼女のほほが見るまに色をおびていく。

 よかった。

 ねぇ。かみさま。ほとけさま。

 最初で最後のお願いです。

 一日。一時間、五分でもいい。

 僕を。彼女より長生きさせてください。

 健康につとめます。

 おぼえたばかりの煙草には金輪際、手をだしません。

 酒もやめます。でも彼女の誕生日に乾杯する一杯は許してください。

 まっとうに生きます。

 彼女のとなりに在れるよう努力します。

 だから。

 雪が落ちた。ちいさな音がおおきく響いた。重さにたえられなくなった枝がゆれる。

 笑い声はかわいていた。

「やさしいね」

 彼女の言葉も。

「ううん」

「あんたはやさしい」

「ううん」

「やさしいひとはモテるよ」

「ううん」

「わたしはキライ。泣きたくなるから。ムカつく」

「泣いていいよ」

「やだ」

「胸かすよ」

「やだ」

「泣いてからのほうが、きっとおいしいよ」

 顔をおおう赤くなった手がふるえている。

 僕のひいたひきがねは彼女の静かな悲鳴となって僕の心臓をつらぬいた。

 また雪が落ちて。風に散らされた。

 彼女のマネしてねっころがった。

 ああ。

 キミの目の前にはこんな大きな闇がひろがっているんだね。

 上もなく下もない。つづく灰色。

 こわかったろう。

 さびしかったろう。

 鼻をすするちいさなひとへ、手を。

 彼女の身体から雪をはらう。ちいさな子どもにするように。

 くぐもった、さわるな、の声がしたけどやめなかった。

 こんなふうに。キミの痛みをはらえたらいい。

「雪がふった次の日は晴れるんだよ」

 いまはこんなに寒いけど。陽にあたればあたたかくなる。

 ねえ。だから。


 ずっとそばにいる。キミをひとりにしない。


 そう約束をさせてください。





 

 

 

 

 

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