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砂と紅茶とお姫さま 



 帰ろうか。

 口に出さないままつぶやいて、小さな砂時計をひっくり返した。

 さらさら。さらさら。糸をたらしたように砂は落ちていく。

 きらきら。きらきら。光りをあびて。

 スマホケースをひらくのにあきた。彼を待つことにあきた。ドアベルが鳴るたびにふりかえることも、もうしなくなった。

 見わたせば、わたしが来たころと店内のお客たちの顔が変わってる。どれだけ時間がたってるのかたしかめる気もおきない。

 アンティークの調度品。厳選された紅茶の葉の香り。自家製の焼き菓子たち。

 コーヒーは嫌いだと言ったわたしに、ここならどうだと彼に連れて来られたのがはじまりだった。

 焼きたてのスコーンがおいしくて。紅茶の飲みごろを計るための砂時計がかわいらしくて。いつもとちがう、やさしく笑いかけてくれる彼とのおしゃべりは楽しくて。

 あたたかな甘い香りと。男のひとに甘やかされる心地よさにいつのまにか酔わされた。

 さらさら。さらさら。ガラスのなかで。きれいなままで。

 時を計る道具なのに守られた砂は時を止めたまま。

 待つのはそれほど苦じゃない。

 茶葉のひらきを待てばおいしいお茶が飲めるように。待てばあのひとに会えるから。

 でも。

 もう。いいわけの電話すらしてくれなくなった。

 もう。名前もよばれない。

 からだはあわせても手はつながなくなったなって気づいた。いまのすべてはあのとき感じた予感のとおり。

 終わりがくるのはいつものこと。恋ならなおさら。

 また、ひとりにもどるだけ。なれてる。

 砂時計をひっくりかえす。終わったはずの時がまた動きだした。

 ガラスのなかで。おなじことのくり返し。

 でも。

 ほんとに。またひとりにもどれる?

「煎れなおしましょうか」

 見上げたら、店員のお兄さんがそばにいて心配そうにわたしを見ていた。

 あ。紅茶。

 頼んだときは踊っていた茶葉がいまはポットの下にたまっている。すっかり冷めてもいるようで。なにより色が濃くなりすぎてる。

「だいじょうぶです」

 持ち上げようとする手を制した。ごめんなさい。それと。

「ありがとう」

 うまく笑えてる気がしない。

 店員さんはすこしこっちをうかがうような視線をむけてきたけど、いつもの笑顔を残してカウンターへ戻っていった。

 なにかあったのバレバレ。でも声かけてもらって助かった。さっきちょっとあぶなかったから。

 ポットからカップへそそぐ。やっぱり冷めてる。香りは強いけどいつもとちがう。

 ────しぶい。

 うう。これはなかなか。けっこうほっといちゃったもんな。あたりまえか。ごめんね。ちゃんとぜんぶいただくからね。

 ああ、しっぶい。もう笑えてくるレベル。

 本当はコーヒーは好き。嫌いだと言ったのはあなたのコーヒー好きを知っていたから。

 “お茶でもいかない?” ってあんまり軽く誘うものだから。でも次の日も同じように誘われて、次があるなんて思ってもみなかったからとっさに言葉が出てこなくて。

 軽いひとにみえた。でもちがってた。

 つづいていくと思った。でもちがってた。

 砂は止まったまま。

 しぶさが、こみ上げようとするまぶたやのどの奥を抑えてくれる。

 泣くならひとりでいい。ひとりがいい。

 ゆっくり。飲みほしたら帰ろう。

 わたしの砂時計は。

 われてしまったから。






 

 

 

 

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