ねた子はおこすな 夜
そのまま横顔を見ていた。
いいにおいがする。あったかい。
まだおきたくない。まだ気づきたくなかった。
陣と目があった。
「いつからおきてた」
「んー」
「さすが鼻がきくな。のむだろ」
「んー」
立ち上がろうとするけど。のばした手でこめかみにふれた。くすぐったげに目じりがふるえた。
ほら見ろ。おまえによく似合ってる。
だれに言われたかしらねぇけど。なんならそいつに見せびらかしに行こうぜ。どうだって。
「ねぼけてるだろ」
「んー」
手をとられ唇がふれた。
キザめ。
こざっぱりした困り顔が近づいてくる。
ねぼ……。
ね?
「おいっ、いまなんじ!」
「あぐっ」
マジか。
壁の時計もスマホの表示もおなじ。あー。
朝昼兼用メシが陣のへたくそなチャーハンで、たらふくくったからねむたくなって、ソファーでちょっとうたたねのつもりだった、のに。
「おい、陣っ。あ? おまえなにやってんの、美顔マッサージか」
「……まぁな」
照明ついてるし。カーテンのむこうとっぷりしてんだろうなぁ。
ブランケットをかけられたのはおぼえてる。俺どんだけねてんのよ。
「いいよ。気にすんな」
ノンキな声しやがって。
買い物の見たてたのんできたのおまえだろ。忙しい時期。やっと合った休みだったのに。
「おこせよー」
すじ違いな責めを言う俺のまえにコーヒーが置かれた。湯気に鼻がくすぐられる。
「疲れてんだろ。地獄のクリスマスで」
あー、あれなぁ、そうねー、死んだねー、途中でバーのヘルプもあったから二回は逝ったねー。
「出かけるのはまたでいい。コートは逃げん」
そりゃそうだけどさ。
「貴重な休日がムダになった」
「睡眠確保も社会人のつとめだぞ」
「俺じゃない、おまえの」
「……そうでもない」
つい。でも見なきゃよかった。
なんでもないように。でもかみしめるみたいに口にして。
おまえ。
おまえさ、いま自分がどんな顔してるか知ってるか。
「まけたわ。完敗」
「ん?」
「ちょいちょい」
「……」
「ちょいちょい」
「……」
「なにビクついてんだよ、こいって」
「なんとなく」
「いいから、ほらっ」
「あぶっ、」
手をのばせば、こたえてくれる手がある。
抱きしめれば、もっとつよくと抱きしめられる。
求めれば欲しいだけ。
それ以上を。
こんなぜいたくほかにはねぇよ。
ニガテだってのに汗かきながら料理して。
ブランケットをかけて。
カーテンをしめて。
照明をつけて。
部屋を適温に保って。
コーヒーをのみながら。
約束すっぽかした俺の。
寝顔を見てる。
そんなの。
そんなこと言われたらもう降参するしかねぇじゃん。
こんな自分が。
だれかによって変えられるなんてもうないとおもうじゃん。
「あしたは雪か」
ずいぶんだなオイ。
「かもなー」
そっとひたいに口づけてやった。
いつか。
わすれる。あきる。
この体温を。このにおいを。
それは。
陣。おまえは。俺にいつあきる?
かっ。クソだっせぇの。ヤキがまわったか。歳とりたくないわぁ。
いつか。
わすれてしまうなら。あきるとしても。
でも。
もうすこしこのまま。
目をつむって抱きあった。
覚める寸前のまま。
「……あ」
「……」
「……」
「……」
「ぷっ」
「!」
「あーはっははは」
「うう」
「元気でなによりなぁ」
「千里っ」
「ひーっ、ひっひ」
「泣くほど笑うな!」
「ははっ、は。 ──ああ」
「千里?」
「ほら、めぼしつけてんだぜコート」
「こんなに?」
「あたぼー。ぜんぶ試着したなかでいちばん似合うのえらんでやる」
「……俺、自分でさがす」
「なんだよ、遠慮すんなって」
「……」
「おまえムダにタッパあっからなぁ。これもいいし、こっちもなぁ」
「……」
「……あ。なんか焦らしプレイみたいになってる?」
「ぶっ」
了




