ねた子はおこすな 里
労働後に。長身のヤローにガンつけられている。
なんだオイ。このカンジなつかしいぞコラ。あれ、コイツ。
「ちぃの知りあい?」
電柱のそばに電柱がいやがる。
「まさか」
「っ!?」
「おーおー、むこうは知りあいのつもりらしいぞ」
「チッ」
「!」
「舌打ちやめなさい。あーあー、かわいそうに」
「どこが」
おもしろがってるおっさんの手からカギをうばい、扉を閉める。
ホント。あーあーだよ。
「──ごめん。凪さんに伝えて」
カギと謝罪をうけとった庄司さんはいつものくえない笑顔で。
「電話はしろよ」
「ん」
「キミもこんど食べにおいで」
「えー。イテっ」
「ね?」
「……はい」
うしろの店の看板を指さしながら庄司さんはヤツへ声をかけると。俺にはゲンコツとニヤついた顔をおみまいし、ネオンの雑踏へ去っていった。
「オトナの男のあたま、はたくな!」
遠くでひき笑い。地獄耳か。
はー。ったく。
電柱男は店の看板を見つめていた。
「オステ、」
「オステリア・カルマ」
「ここ、有名なんだな」
「あー、そうでもないけど。まぁ出たがりだからね」
「さっきのひと?」
「腕はイイ顔もイイでも性格に難ありの料理長がさ。さっきのはオーナー。なぁ、違ってたら恥ずいからいちおう訊いとくけど。俺、目的だよね」
店の近くで出会ったからこういうこともあるかもと覚悟はしていた。
つかコイツ、一回ねたくらいで執着してくる典型的なやつ? あれからけっこうたってたから油断してたわ。
「ここで働くあんたを見かけて。声かけるか迷ってた」
「ふーん」
それはそれは。
ひと前でペラペラしゃべられなかっただけマシか。
「いまならひと違いにして帰ることもできるけど?」
やっぱり前髪なげぇな。サイド刈って前あげたらいまよりパリッとしそうなのに。
酔っぱらいの大熱唱。表通りから一本はいったここじゃ響いてしかたない。意外とうまいな。
視線をもどすとヤツと目があった。
あれ、なんて唄だっけ。むかし流行った安いラブソング。
「ちー」
「……」
「よばれてたろ。ちー」
「やめろ。よぶな。泣かすぞ」
「……」
「……」
「ち」
「せんり。千と里」
「千里。 ──間違ってない」
「……あっそ」
まぁいっか。
「俺もそろそろがっつりねたかったし。ただ」
ガードレールを蹴りつけてやる。
「ローストビーフ。凪さんのローストビーフ食いそこなったじゃねえかっ。ムチャうめえんだからな。このおとしまえどうつけてくれんだコラ」
驚きでひいている男のあごを、指でなぞりあげながら。
「そ、れは。すまん」
「そうそう。だからそのぶんしっかりご奉仕よろしくね」
生つばをのむのがわかった。かわいいじゃん。
さぁ、いつものように。どちらかがあきるまで。
それは明日かもしれない。一ヶ月後かもしれない。
それまでせいぜいたのしませてもらいましょうかね。
「まえとおなじとこ行くか」
「なんで、ちー?」
「あんたは名のんないの」
「書いといた」
「あー? おぼえてねぇよ。あ、おもい出した。ふりがなふっとけよなぁ」
「……」
「……」