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ミルクティー



 飲みこむ音が脳内で大きくひびいた。

 舌で口内をさらう。いつもの苦味にいつものようにスッキリできない。むしろよけいに。奥が、かわく。

 ミルクティーが眼前にせまってきた。雪だるまが紅茶をたしなんでいるこの時期らしいいかにもなデザイン。

「なに」

 ほっこり中の雪だるまに問うてみる。

 こたえたのはニマニマ顔の。

「欲しそうに見てくるから」

 笑うにあわせて白い息が彼女のまわりをふわふわとただよう。ひとをからかうときのワルい、でも気のぬけきった顔でもって、ほれほれとボトルを近づけてくる。

 ああ。そっちとおもったのか。

「つつしんでパス」

 手持ちのコーヒーをよく見えるようにかたむけた。

 ふわふわが大きくゆれた。

「ボーッとしちゃって。のーさいぼーまで凍った? あ、なかったか、そもそも」

「ハイハイ。こちとら財布までしっかり冷えとりますよ」

「うむ。のめ、のめ。えんりょせずのむがよい」

「缶コーヒーでそこまでエラぶれるってもはや才能な」

「じゃんけんに強い己れがにくいわぁ。つかアンタ弱すぎ」

「連日さーせん」

 勝ったほうがおごる。

 会社帰り、おなじ路線の同僚とホームの自販機でひと勝負。

 俺は通年ブラックコーヒー。冬の彼女はミルクティー。ひと息のおともはどーでもいいくだらないばかりの話たち。

 たとえば帰宅後のそれぞれの癒しについてとか。俺はビール。彼女はネコ動画。親戚のおばちゃんかっ、てな目線で仔猫たちの毎日の成長を見守っているらしい。

 ちなみに。勝負とはいえ缶コーヒーとはいえ、おごられてばかりは心苦しかろうという彼女のナゾの気づかいによって、すきをみてはプリンだなんだとたかられている。

 おかげで(食わないのに)コンビニスイーツや(観ないのに)かぎしっぽのみかんちゃんの好物ベストスリーを知っていたりする。

 くちびるがホットボトルに近づいていく。

 みだれた髪のすきまごしに、のびた、あご、のど。

「こ、こごえるぅ」

 冷気が皮膚を刺す。貨物の通過がまきおこす嵐に首どころか全身すくむ。彼女の嘆きが大げさではないほど冬の夜のホームはヤバい。

 おなじように帰りをいそぐ待ちびとたちも、足踏みや飲みモノで逃げ場のないこの寒さを耐えている。

 でも。いまの自分はそんなこと気にならない。

「はやく帰ってみかんちゃんにエアもふもふしたいぃ」

「どうやんの?」

「本気でしりたい?」

「いや、いいっス」

「みかんちゃんちにね、最近ミルクティー色の仔猫ちゃんきてさあぁ」

 ふるえるその白い甲、ゆび。関節の朱み。

 全身フル防寒のなかで唯一露出している、手。

 しろ、と、あか。

 ホームの灯りに。星もない夜に。よく映える。

 いまは厚い服で隠されたところもそれとおなじだろか。

 見たい。目がはなせない。

 欲、という意味で。

 そーゆー対象じゃなかったのに。気づいたとたん。そーゆー対象にチェンジした。

 そしてここで問題がひとつ。

 こっちの煩悩を刺激しまくってくる、じゃんけんに強く猫を愛すこの同僚は俺のモノじゃない。

 オトコは、いない、はず。

 最後のひと口をあおった飲み口を噛んで。空いた両手で彼女の手をつつんだ。

 すこしだけつめたい甲。手のひらからつたわる。

 ぽかん。きょとん。ぱちぱち。

 言葉が出てこないかわりに目が彼女の混乱をうったえてくる。でも。見上げてくる視線にはこたえないように。

 このまま。

 口にいれて。しゃぶったら。なめたら。

 このゆびは。肌は。舌のうえでどんな味をさせるだろう。

 アールグレイのように香り高く。ミルクのように甘くなめらか。

 染まるとどんな色になるだろう。

 どんな表情で。どんな声で。

 口のなかで缶が鳴る。

 不埒な妄想がとまらない。公衆の面前だっつうの。

「あんた、熱でもあんじゃないのっ」

 俺からすりぬけた手がひたいに当てられた。フリーズがとけたか。残念。

 納入期日直前の発注ミスの発覚と近所の火事が原因の停電でデータとぶのが同時でおきたときはもちっと固まってたのに。

 でもこれはこれで、気持ちイイ。

「あっためてさしあげようかと」

「ああ?」

 あーあ、真っ赤じゃん、顔。にらんでるんだろうけど。ヤバい。かわいい。

 この反応ならすくなくとも嫌悪感はない? まずまず?

 ため息もふわふわ、なかなか消えない。

 会社で色恋とか。まっぴらごめんだったのに。

「ねぇ。ほんとに。どーした?」

 じゃんけんに勝ったら、なんて言ったら怒られんだろうなぁ。

「おーい」

 みかんちゃんにゃ負けたくねぇなぁ。

「じゃんけんっ、ぽい」

 あ。

「いえいっ!」

 つい。しかもやっぱり負けた。

 大口あけて笑ってんなよ。そんなふうに。

 ほんと。負けるわ。

 パーを出した俺はそれでチョキの彼女を捕まえた。グッと、しっかり。

 電車がまもなく到着とのアナウンスがかかる。

 フリーズしてるうちに。つうか普段にない距離のせいか、冴えすぎてるいまだからか。香りが。あー、もう。

 ホームに電車が入ってくる。

 彼女が降りる駅までおよそ十三分。その気にさせるには、短い? 長い?

 空き缶をゴミ箱へほおる。

 さあ。いざ、勝負。





 了



 ──と、見せかけ。


 結果報告。

 この夜の勝敗は無念の後日もちこし。

 再戦は怒涛の年度末をたがいに満身創痍でさばいたあとで。

 詳細は割愛。ただ言えるのは。


 その味は。


 想像どおりの、想像以上。





 了

 (ほんとの)





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