天下一暗黒ブラック企業社長決定戦
残業&休日出勤続きで、かっとなってやった。
後悔はしてない。
後、別に田中に恨みがあるわけでもない。
「死ねやぁぁぁ、!!」
振り抜いた拳が田中の顔面を直撃した!
と、その瞬間!
「甘いな、それは残像だ。」
「!?
ただの事務員のお前が何故そんな技を!」
正面の田中はふっと嘲笑すると、
「そう、俺はただの事務員に過ぎない。
だが、仕事の中でもっと早く、もっと多く仕事を終わらせるためにと
死に物狂いで仕事をこなしていたら、
ある日、分身して仕事をしていることに気づいたのだよ。
最大四人、でなければこの会社のすべての事務仕事をこなすことなどできなかったのさ。」
「なん・・・・・・だと。」
俺は・・・・・・こいつに勝てるのか。
今まで流れていた熱いものとは違う、冷たい汗が流れるのを感じていた。
「さあ、四人分のこの力、喰らうがいい!!」
「がふっ」
田中の無数の拳が俺の体を打つ。
それはまるで豪雨のようだ。
相手は一人なのに、まるで複数人にリンチされているかのような錯覚に陥る。
が、しかし・・・・・・。
「効かないな。」
「何ぃっ!?」
不敵な笑みを浮かべる俺に、田中の拳がやんだ。
もはやどれが本物か分からないが、正面の田中に向かって
「きかねぇって言ってんだよ。
てめぇの軽い拳なんざな。」
そう、奴の武器が圧倒的な仕事量で身につけた分身だとすれば、
俺には鍛え抜かれた体がある。
「てめぇの拳なんか、部長の正拳突きの百分の1もきかねぇんだよ。」
「くっ、ならばその100倍、お前を殴るまでよ!」
再び雨のような拳打が俺を打つ。だが、
「ふんっ、だがお前の分身は体力をひどく消耗するようだ。
ほら、もう息が上がってるぞ?」
「はぁ、はぁ、甘いのは、お前の方だ。」
そう言うと田中は間合いを取り、あるものを懐から取り出した。
「それは・・・・・・」
「そう、これを一本飲めば1日24時間戦えるという、あの健康ドリンクだっ!」
「やめろ!!
それを飲んだらお前は・・・・・・。」
「くだらん脅しには乗らんぞ。
毎日これを5本は飲んでいるが、副作用なぞ感じたこともないわ。」
言い放ち、田中は一気にそれを飲み干した。
「くふっ、満ちる。
体に力が満ちるのがわかるぞ!
くふっ、ふははははっ。」
まるで満ちた力が溢れんばかりに、さっきまでスカスカだったスーツがパツパツになっている。
「さあ、行くぞっ!」
「くっ!?」
流石の俺もあれを耐え切れる自信はない。
一か八か反撃に出ようと身構えると、
「・・・・・・くひゅっ。」
変な声をあげて田中は倒れた。
「だから言っただろう。
健康ドリンクは寿命を前借りするだけなんだ。
お前にはもう、前借りするだけの寿命が残ってなかったんだよ・・・・・・。」
狂った笑顔のまま倒れて動かない田中を背に、俺はリングを降りて行った。
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ここはブラックシステムズ株式会社、いわゆるブラック企業だ。
十人ほどしかいないこの会社で、俺は営業として働いていた。
いつも通り部長に殴られながら数字を報告していると、
いつもはあまり見ない、会社の顧問弁護士が沈痛な面持ちで会社にやってきた。
「社長が・・・・・・お亡くなりになりました。」
社内が凍りつく。
「社長は以前、自分に何かあったらと遺言を残されていました。
もし自分に何かあれば・・・・・・」
専務が満面の笑みを浮かべている。
まあ、順当に考えれば次期社長だから当然といえば当然か。
「その時は、社内で最も強いものを次期社長とする。」
この言葉で、凍り付いていた社内が一気に騒がしくなる。
「まあ、私でしょうね。」
専務が、すでに社長になったつもりか社長の席に腰掛けようとしていた。
が、
「いやいや、最も強いということであれば、私でしょう。」
部長が異議を唱える。
「いや、事務の私が一番会社のことを知ってますからね。
私が一番適任です。」
「んだとコラァ!?」
事務の田中に部長が掴みかかる。
「みなさん、恐縮に!」
バァンと書類で机を叩き、顧問弁護士が騒がしくなっていた社内を鎮める。
「社長はこうなることを予期して、次期社長にある条件を付けました。」
静かな社内が、さらに静かになる。
誰かの唾を飲む音さえ聞こえそうだ。
「社内で一番強い社員を決める。
そのために今から、
社内武闘トーナメントを開催いたします!」
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初戦はなんとか勝てたが、果たして俺は勝ち残ることができるんだろうか・・・・・・。
ただの事務員である田中が分身という人間離れした技を持っていたことで、
俺はすっかり怖気づいていた。
いや、俺には鍛え抜かれたこの体と、どんな罵声にも耐えられる鋼鉄の心がある!
きっと勝ち抜いて社長になれる。
いや、死んでいった田中のためにも、俺は勝たなければならない!
「えー、次は、部長vs新人君です。」
不機嫌な顔をした部長と、何を考えているか分からない表情をした新人君がリングへ上がる。
「ファイッ!!」
顧問弁護士の掛け声とともに、新たなバトルの火蓋が切って落とされた。
「あのー、僕、どんくらいで部長になれるんですかね。
半年も働けば、今の部長の仕事なんて楽勝かなーって思ってるんすけど。」
へらへらと笑いながら口火を切る新人。
それに対し部長は一気に間合いを詰め、新人君の胸ぐらを掴むと
「おうコラ、てめぇ誰に向かって口聞いてんだ、あ?」
ドスの利いた声で言い放つ。
「俺の仕事が楽勝だぁ?
上等だ、やってもらおうじゃねぇか。なぁ!!」
言うと同時に新人の顔に向かって唾を吐きかけ、足を思い切り踏み抜く。
「痛いっ!!
酷い、酷いじゃないですか!!」
唾を吐きかけられたのがショックだったのか、足が痛いのか、
あるいはその両方かもしれないが、新人君は泣きながら部長に殴りかかる。
が、ポカポカという効果音が聞こえそうな時くらい、それは弱々しかった。
「オラァッ!!」
部長の正拳突きに、吹っ飛ばされる新人君。
まだ意識があるのか、殴られた腹を抑えながら
「う、訴えてやる・・・・・・。
僕のお父様は厚生省と繋がりがあるんだ。
こんな吹けば飛ぶようなクズ会社なんかっぐほぁ!?」
そのセリフは、部長の容赦のないヤクザ蹴りによって中断された。
「お父様が、どうしたって?あ?」
二発、三発と蹴りはとまらない。
「おらっ、電話してみろよ、お父様とやらによっ!!
おい、聞いてんのかてめーはよっ」
もはやうごかなくなったそれを、だが執拗に蹴り続ける部長。
やっと飽きたのか、部長は蹴りをやめると新人君を拾い上げ、
「次舐めたこと抜かしやがったら、殺すぞ。
まあ、そのざまじゃ何も喋れねーだろうがな。」
言い放ち、まるでゴミでも捨てるように放り投げ、リングを降りて行った。
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「次は営業vs係長です!」
再び舞台に上がる俺。
相手は係長・・・・・・。
数年前の取引の失敗の全責任を被せられ、干されながらも会社に居座り続けている、
いわゆる窓際係長だ。
普段は地下の用具室で社史の編集をしているらしいが、社史は一度も発行されたことがない。
一体、どんな能力を隠し持っているのか。
リングに上がる俺。
「えー、係長?係長はどこですか?
早くリングに上がってください。」
ざわめく外野。
(どういうことだ・・・・・・。
まさか目に見えないだけで、すでにリングに上がっているのか!)
体を緊張にこわばらせる俺。
武者震いなのか、体がかすかに震えているのを感じる。
どれほどそうしていただろうか。
実際には数分も経っていないだろうが、何時間にも感じられる時がたった。
「えー、衝撃の事実です。
係長は二年前に、交通事故で亡くなっておりました。」
まさかの展開に、外野からも抗議の声が上がる。
自分も入社して5年間、係長を見たのは一度だけしかなかったが、
まさか死んでいたとは・・・・・・。
「よって、今回は営業の不戦勝となります!!」
勝ったのに全然嬉しくないのは、なぜだろうか。
釈然としない思いを抱えたまま、俺はリングを降りたのだった。
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「えー、気を取り直して。
次は専務vs部長です!」
無表情な専務と、相変わらず不機嫌な顔をした部長がリングに上がる。
「それでは、ファイッ!!」
「いやぁ、さすが専務、お強いですな。」
手をもみながら近づく部長。
その表情は気持ちの悪いほどの笑顔になっている。
「いやだなぁ、私ごときが専務に勝てるわけないじゃないですか。
私はこの辺で降りさせていただきますよ。
疲れているでしょうし、必勝を祈って肩でもお揉みしましょう。」
相変わらずゴマをすりながら、専務の後ろに回り、肩に手をかける。
「君ね、やる気ないなら帰りなさいよ。」
言って、専務が肩の手を払おうとした瞬間!
部長は何を思ったかその腕で専務を抱えるようにホールドした!
「甘い、甘いぞ専務ぅ!!」
「貴様・・・・・・っ」
「このままへし折ってくれるわっ」
そう言うと、締め付ける腕にさらに力を込める。
両腕を封じられ、なす術もなく
「ぐふっ」
ついに肋骨が折れたのか、吐血する専務。
「ふっ、こんなものか。」
笑みを浮かべる部長。
しかし、そこにできた一瞬の隙を専務は見逃さなかった。
「ごめん、なさいっ!」
専務は叫ぶと同時に跳躍し、そのまま土下座をした!
頭から地面に叩きつけられ、だがふらふらと何とか立ち上がる部長。
しかし・・・・・・。
「申し訳ございませんでした!!」
そこに専務のお辞儀ヘッドバットが突き刺さる。
頭が割れたのか、血を流しながら吹っ飛ばされる部長。
彼が起き上がることは、もうなかった・・・・・・。
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「さあ、いよいよ決勝戦です!!
一体どちらが社長の座を勝ち取るのか!?」
リングの上でにらみ合う俺と専務。
運に救われたとはいえ、ここまで来たからには勝ちたい。
社長の座など既にどうでもよく、どうやって目の前の男を倒すか。
ただそれだけを考えていた。
「ファイッ!!」
にらみ合ったまま動かない俺と専務。
部長戦のダメージがまだ残っているとはいえ、その頭突きはまさに一撃必殺。
迂闊に動けばやられる・・・・・・。
ここまで勝ち抜いてきた俺の本能が、そう囁いていた。
どれほど膠着状態が続いただろうか。
「こほっ」
緊張に耐え切れなかったのだろうか、誰かが咳をした。
その音を合図とするように二人が動こうとした、その瞬間!
ドグォンッ!!
上から降ってきた何かが、リングを壊しながら落下してきた。
「そんなものか、貴様らぁ!!」
あれは・・・・・・!?
「社長!!」
そう、そこに立っていたのは、死んだはずの社長だった。
「社長、亡くなられたのでは?」
「ふん、最近国税だの労基だのはうるさくてな。
この辺で社長を誰かに継がせて、少し雲隠れしようと思ってたんじゃ。」
と、辺りを睥睨し、
「だがなんだこの体たらくは。
専務、貴様もこんなもんのか。
期待外れだったな。」
呆然としていた専務を殴り飛ばす。
専務は声をあげることも許されずに、リングの外へ弾き飛ばされて行った。
「さて、これで社長の座は変わらずわしのものだということだな。」
まるで俺のことなど眼中にないかのように言い放つ。
「・・・・・・待てよ、まだここにいるだろ。」
「ん?
なんだ、まだ居たのか。
さっさと業務に戻らんか貴様ぁ!!」
恫喝が、部屋を、俺をビリビリと揺らす。
一体今まで何度、この恫喝に負けて退職届を破り捨てたことか。
しかし、今度は今までとは違う。
今は背負っているものがある!
「ええ、そうしますよ・・・・・・。
社長の座を奪って、社長の業務をね!!」
先手必勝!
部長仕込みの正拳突きを放つ!
「くぅっ」
ガードはされたが、これならいけるかっ!?
「それは残像だ。」
社長の反撃を軽くいなし、分身したまま一気に畳み掛ける。
田中、お前のおかげで俺はまた強くなった!
「調子にのるなよ小僧がぁ!!」
叫び声と同時に、拳が紙のようなもので防がれる。
これは・・・・・・。
「万札だとっ!?」
そう、社長は万札の束をまるで盾のようにし、拳を防いでいた、
「冥土の土産だ、持っていけ。」
そのまま社長は万札の束に火をつけると、その拳をこちらに打ち付けてくる。
「ごふぁっ」
とっさに腕でガードしたものの、その腕は力が入らずだらんとしてしまっている。
トドメとばかりに、社長が拳を大きく振りかぶる。
(ここまでか・・・・・・)
思わず目を瞑る俺。
だが、いつまで経ってもその拳が振り下ろされることはなかった。
「遅くなり申し訳ありません。」
「あ、あなたは・・・・・・斎藤さん!!」
「何者だ、貴様ぁ!?」
あっさりと拳を止められたことで警戒しているのか、間合いを開けて問う社長。
「申し遅れました。
私は労働基準監督官の斎藤と申します。」
「なんだと、労働基準監督官!?
誰だ、タレコミやがったのは!!」
あたりの社員を睨みつける社長。
チクったのは俺だが、まさか本当に来てくれるとは。
「まあいい、どういう用件できたかは知らんが、生きて返さなければいいだけのこと。
貴様、生きて帰れると思うなよ。」
いうと再び拳の万札に火をつけて斎藤さんに殴りかかる。
「そんなもの。」
斎藤さんは軽くそれを受け流し、懐から一枚の紙を取り出す。
「喰らえっ!!
業務停止命令だ!!」
「だべしっ!?」
拳とともにめり込んだその一撃は、
今度こそ社長の息の根を止めていたのだった。
「えー、ここに新たなチャンピオン、新たな社長が誕生しました!!
皆様盛大な拍手をお願い致します。」
拍手と祝いの言葉を受けながら、俺はリングを後にした。
このクソみたいな会社だが、社長である以上、よりよくするために行動していくしかない。
(明日から忙しくなるな・・・・・・。)
朦朧とした意識の中で、だがしかし社長の座を勝ち取ったということだけは理解していた。
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次の日・・・・・・。
「えー、それでは、新社長の挨拶です。」
緊張する。
用意した原稿を握りしめ、深呼吸をする。
(よし、心の準備はととのった。)
壇上に上るために階段に足をかける。
と、壇上にいた人物が話し始めた。
「えー、新社長の斎藤です。
労基での経験を生かして、より良い会社を目指していこうと思っています。
どうぞ宜しくお願いします。」
「って、お前かよっ!?」
俺の絶叫が虚しくこだました・・・・・・。