『悲しき乙女のレクイエム』【2】
何故かエラーが発生し、後半部分がなくなっていました。
なので、再度続きを投稿しておきます。
「は? スラニナ子爵が亡くなった? いつの話しですか?」
「昨夜ですね。昨日のオペラの上演を見に行き、屋敷に戻った後に亡くなったそうです」
女王の執務室の扉付近に立っていたエルヴィーンは、宰相の言葉に女王が眉をひそめるのが見えた。
「死因は?」
「毒殺です」
「自殺の可能性は?」
「ないわけではありませんが、遺書などは発見されておりません」
「そうですか……」
スラニナ子爵は爵位こそ低いが、レドヴィナ政府で人事を担当している。たしか、人事局の副局長だったはずだ。それなりに重要な位置にいる人物が亡くなったということで、宰相も報告してきたのだろう。
ちなみに、宰相はバシュタ公爵だ。50をいくらか過ぎた年齢で、女王候補だった娘がいるのだが、この娘がまたはねっかえりで、現在、レドヴィナ王国にはいない。外交に行っているためだ。
バシュタ公爵はあまり娘を女王にする気はなかったようだ。娘の性格もあるだろうし、それに、この公爵はエリシュカを正当に評価している。つまり、自分の娘よりエリシュカの方が女王にふさわしいと考えたのだろう。私情を挟まず、国のために最適だと思う女王を選ぶ。こういう人こそ、真に国のことを思う人だと思うのだが、どうだろう。
で、話しをスラニナ子爵に戻すが、人事局に配属されただけあって、人間的にできた人だったと思う。たしか、2年前にエリシュカが即位し、バシュタ公爵が宰相になった時に、2人が副局長に任命したはずだ。
女王が変わるとき、官吏の配置換えは多くある。ちなみにこの時、ウルシュラは教育省長官に任命されている。つまり、女王発案の平民向けの学校は、ウルシュラが運営していることになる。
また話がそれた。バシュタ公爵によると、スラニナ子爵は妻の子爵夫人とともに昨日のオペラを見に行き、オペラが終わってからすぐに帰ってきた。そこで、一度一人で書斎に入ったという。
さすがに夜遅くなり、子爵夫人が一度声をかけてから眠ろうと書斎に行くと、スラニナ子爵が机に突っ伏していた。肩をゆすって声をかけても起きないため、変だなと思って使用人を呼ぶと、死んでいることがわかった……のだそうだ。
「毒の種類は特定できていますか?」
「現在、解析中です。まあ、すぐに結果が出るでしょうな」
「なら、わかったら教えてください」
「承知しました。それで、地方道路の整備についてですが……」
スラニナ子爵の話が一通り終わると、すぐにいつも通りの政治関連の話が始まった。いつもの風景に戻ったことに、エルヴィーンとラディムは何となくほっとした。
「スラニナ子爵かぁ。いい人だったのにな」
「だからこそ、恨みを買うこともあるんだろうな」
しみじみとした口調で言うラディムに、エルヴィーンも感慨深げに言った。おそらく、エリシュカもそうだ。いい人だからこそ、買う恨みもあるだろう。今はフィアラ大公ウルシュラがそれを一手に引き受けているため、目立たないだけだ。
「遅行性の毒なら、殺人の可能性が高いだろ? もしかしたら、オペラ座で毒が盛られたかもしれないぜ」
ラディムが意見を求めるようにエルヴィーンに言った。エルヴィーンは「そうだな」と答える。
「だが、だれに盛られたかはわからないな。何しろ、昨日、オペラ座には多くの人がいたからな」
「女王がいるときに殺人を犯すなんて、運のないやつ」
「殺人に決まったわけではないけどな」
一応、訂正を入れておいた。
翌日、夕方まで護衛は休みになったエルヴィーンは、王都の街に出ていた。たぶん、彼女がいるだろうと思ったのだ。自分から探すのは、不思議な気分である。
いい感じに街の雰囲気に溶け込んでいる彼女は、今日は王都クラーサのほぼ中央を通るフメラ川の所にいた。人が落ちないように柵があるのだが、そこから川を眺めていた。
不意に、彼女が柵から身を乗り出した。柵があるところは、川までがけになっているから柵があるのだ。エルヴィーンはあわてて彼女のもとに走り寄り、その腰を引き寄せて柵から引きはがした。
「きゃあっ!?」
「何してるんだ、あなたは!」
怒鳴られた彼女、フィアラ大公ウルシュラは、驚いてエルヴィーンの顔を見上げた。数度瞬きして、口を開いた。
「……別に、遊覧船を見ていただけよ」
その時、その遊覧船が汽笛を鳴らした。エルヴィーンは思わず脱力する。
「……自殺しようとしたわけではなかったのか……」
「あら。心配してくれたの?」
ウルシュラがにやっとしか表現できない表情で笑う。
「でも残念。川に飛び込んで自殺するなら、こんな人の多い時間にしないわ。そもそも、自殺したいならとっくの昔に私は死んでるわよ?」
「そう言うことを軽々しく言うな」
相変わらず自虐的な発言が多いウルシュラに呆れながら、エルヴィーンは指摘した。ウルシュラは何故か少しうれしそうに微笑んでいた。
「そろそろ放してくれるとうれしいんだけど」
そう言われて、エルヴィーンは自分がまだウルシュラの腰を抱いていたことに気が付いた。エルヴィーンはできるだけ落ち着いて「すまない」と謝り、ウルシュラを解放した。
ウルシュラは日よけのシンプルな帽子を直すと、エルヴィーンを見上げた。
「それで? 何か用かしら?」
エルヴィーンが用があるからウルシュラに声をかけたと信じて疑っていない様子だ。用がなくても、自殺しようとしていたら止めようとするぞ……まあ、そんな気はなかったらしいが。彼女が人生に絶望しているなら、確かにとっくの昔に死んでいるだろうな。
先ほどのやり取りで、妙に周囲の眼を引いていたことに気が付いた2人は、少し移動してフメラ川に架かる橋の上に向かった。ウルシュラはやはり橋の上からも川の方を眺めた。
何となく並んで川の方を眺めながら、エルヴィーンは口を開いた。
「スラニナ子爵が亡くなったことは知っているか?」
「ええ。聞いたわ」
ウルシュラはあっさりとうなずいた。一応尋ねると、オペラを見に行って帰った後に亡くなったことも知っていた。
「今、宰相が毒の種類を調べているそうだが……大公は、この事件、殺人だと思うか?」
単刀直入に尋ねると、ウルシュラは少し目を細めて笑った。
「まあ、毒が何か分からないと詳しいことはわからないけど、この事件はそんなに複雑じゃないと思うわよ?」
「そう、なのか?」
それなら、悩んでいた自分やラディムが馬鹿みたいじゃないか、と、エルヴィーンは顔をしかめた。
「何故そう思うんだ?」
「さっきも言ったけど、毒が何か分からないと、詳しいことはわからないわ。まあ、たぶんエリシュカたちも気づいていると思うから、彼女から説明してもらえばいいんじゃないかしら」
そう言って、ウルシュラは説明を放棄した。これでは自分が何しに街に出てきたのかわからない。
「……ヒントは?」
思わずすねたように言うと、ウルシュラは「あら」と言わんばかりの表情になって唇の端を吊り上げた。
「そうねぇ。今は社交シーズンよね」
夏場は社交シーズンと言われる。レドヴィナでは冬場は寒すぎて外に出られないからだ。
「社交の場には、いろんな噂が落ちているわけよ」
その言葉にうなずいたエルヴィーンだが、ふと思った。
「……社交の場に出ても、あなたに噂話が入ってくるのか? あなたは主に壁の華だろう? というか、あなたがまじめに夜会などに出席している方が驚きだ」
「大きなお世話よ!」
ウルシュラがエルヴィーンの足を蹴った。さほど痛くはなかったが、余計なことは言ったな、とちょっと反省した。しかし、ウルシュラは怒ることはなかった。
「まあ、あなたの言うことは事実よ。否定はしないわ。でも、そんな壁の華な私にも入ってくる情報はあるわけ。ちなみに、ちゃんと夜会には出てるわよ」
フィアラ大公ってだけで、招待状は多いのよね、とウルシュラ。確かに、大公位は魅力的だろう。21歳の小娘の地位を利用しようという輩は多いに違いない。もしかして、そう言った族がウルシュラに噂を提供しているのだろうか。
「で、その噂の中に……ああ、戻ってきたわね」
と、ウルシュラはフメラ川の方を指した。下流から遊覧船が登ってくる。先ほど、上流から下って行った遊覧船だ。
彼女は、黙ってその遊覧船のデッキを指さした。多くの観光客の中、ひときわ目を引くのがウルシュラが示した女性だった。
基本的に、遊覧船に乗るのは平民が多い。貴族や、もしくは裕福な平民はもっと豪華な客船に乗るからだ。だから、その中で明らかに育ちの良さげな女性は目立って仕方がなかった。
「……スラニナ子爵夫人に見えるんだが……」
「ええ。私にもそう見えたわ。さっき、川を下って行くときも乗っていたわね。身を乗り出した時、あの二人を見ていたのよ」
とウルシュラはさらにスラニナ子爵夫人の隣にいる男もひとくくりに示した。この2人を見ようとして身を乗り出したのを、エルヴィーンが「自殺しようとしている」と早とちりしたらしい。
にしてもなるほど。貴族の浮気、不倫話はよくあるが、その中の一つか。子爵夫人の隣の男は、遠目にも見目が整っていた。
「なるほど。あの顔にほだされたか……」
「あなたも人のこと言えないわよ。それに、あなたの方が美形ね」
ウルシュラの言葉に思わずエルヴィーンはウルシュラの顔を見た。エルヴィーンは確かに美形だ、端正な顔をしている、と言われる。何に驚いたかというと、この女の口からそんな言葉が出てきたことに驚いたのだ。
「とまあ、私はそう推測したわけよ。調査結果が出るまでは、黙ってるつもりだけどね」
犯人扱いされたらたまらないもの、とウルシュラは続けた。確かに、これで遅行性の毒が検出されれば、オペラ鑑賞時に飲まされた可能性が出てくる。スラニナ子爵は夫人とともにオペラ鑑賞に行っていたため、夫人に毒を盛るチャンスはいくらでもあった。
そして、ウルシュラもオペラ鑑賞に行っていた。あの個室は、ウルシュラの名義で予約したらしい。偽名を使うことも、他人の名前を使うこともしなかっただろう。後で、何故別の名前を使った、何か企んでいるだろう、と言われる可能性があるためだ。
普通に考えて別名義で部屋を借りる貴族は多いはずだが、ウルシュラに限ってはその追求が厳しくなるだろうと思われるためだ。
つまり、ウルシュラがオペラの鑑賞中にスラニナ子爵に毒を持ったのではないか、と疑われるかもしれないのだ。フィアラ大公は貴族院の嫌われ者であるため、そのまま投獄、ということになっても不思議ではない。
うん。黙っているべきだな。エルヴィーンはウルシュラの考えに納得した。
一応まとめておくと、ウルシュラの推理はこうだ。
スラニナ子爵夫人には秘密の相手、つまり、愛人がいた。その愛人と結ばれるために、子爵夫人は夫を毒殺した。ウルシュラは、そう考えた。
貴族の浮気話は多いが、女性のそう言った話になると、男性より顔をしかめられることになるのは、女王の国と雖も男性優位の価値観が築かれているためだろう。
エルヴィーンが考えをまとめた時、きゅう、と妙な音が聞こえた。ウルシュラの方を見ると、腹をおさえていた。帽子であまり顔は見えないが、頬が赤らんでいる気がする。懐中時計を見れば、昼の時間をとうに過ぎていた。
エルヴィーンは思わず微笑んだ。
「嫌いなものはあるか?」
「は?」
唐突過ぎる問いに、ウルシュラが顔をあげて首をかしげた。ぽかんとした表所にならないのはさすがだ。
「食べられないものはあるかって聞いているんだ。腹が減ったんだろう?」
そう尋ねると、さしものウルシュラも頬を赤くした。そしてぽつっと答えた。
「……食べられないものは、特にはないわ」
出てきたものは食べるタイプか。何となく、彼女らしい気がした。エルヴィーンは彼女に待っているように言うと、近くの屋台まで行って、目的のものを購入するとウルシュラのもとに戻った。この短い間にウルシュラは男性に絡まれていたが、自分で追い払っていた。
「ほら」
二つ購入したうちの一つを差し出すと、彼女は恐る恐る受け取った。油紙で包んだそれを見つめる。
「……これ、クレープ? 手でつかんで食べるの?」
「ああ。ケートヴルストと発想的には同じだな。片手で食べられるのがいいと、最近、王都ではやっているらしい」
ウルシュラはまじまじと手の中のクレープを見つめた。その様子が思いのほかかわいらしく、エルヴィーンは頬を緩めた。
クレープと言えばデザートになる甘いもの(クレープ・シュクレ)と、軽食にもなる塩味のもの(クレープ・サレ)がある。これは塩味のものだ。薄い塩味のクレープ生地に、野菜やチーズ、ベーコンを挟んだものである。魚のフライを挟んだものもあるが、ベーコンの方がオーソドックスなので、こっちにした。
ウルシュラは意外にも思い切りよくかぶりついた。と言っても、元の上品さが抜けずに、思い切りがよかった割にはかじった量は少なかった。
それを見ながらエルヴィーンもクレープをほおばった。彼はあっさりと食べ終わったが、その時点でウルシュラはまだ半分程度残っていた。眼を白黒させながら、彼女は最後まで食べきった。
「うん。おいしかった。食べ物に関しては、平民の方が革新的ね」
ハンカチで手を拭きながらウルシュラはそんなことを言った。確かにある意味革新的だが、時々彼女の発言は面白い。
「さっきのスラニナ子爵の話しだけど」
別れ際に彼女はエルヴィーンに言った。
「誰が犯人でも、後ろで糸を引いている人がいると思う。だから、気を付けてね」
「……わかった。本当に送って行かなくても大丈夫か?」
「ええ。平気。あなたはエリシュカを護ることだけ考えてなさいよ」
最後に彼女の憎まれ口を聞き、その日は別れた。エルヴィーンは、1人で帰るというウルシュラを特に心配しなかった。まだ昼間で日が高かったし、2人がいた街の目抜き通り付近から、彼女が暮らすフィアラ大公邸は近い。それどころか途中で辻馬車を拾えば安全に屋敷まで帰れる。
しかし、もしかしたら、エルヴィーンはこの時ウルシュラを心配するべきだったのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エラー出現に気づかずに投稿してしまいました……すみません。
明日も続きを投稿しますね。