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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
その他
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肯定する女(原案)

『背中合わせの女王』の原案を見つけたので、とても久しぶりに投稿してみようと思います。よろしければ、読んでやってください。












 彼女は『肯定する女』と言われていた。相手が何をしていても、どんな人間でも受け入れる、そう言った意味が込められている。


 彼女は女王だった。この国では民間から選挙で女王が選ばれる。2年前に女王になったばかりの彼女。名を、エリシュカと言った。


 緩くウェーブを描く長い金髪に抜けるような空色の瞳。いかにも優しげな彼女は慈愛の聖女にも例えられていた。



「以上が、わたくしが提案する窮民救出案です。何か質問はございませんか?」



 その日の議会で、エリシュカは提出した議案について意見を求めた。この時、必ず上がる手がある。エリシュカは意図的にその手を最後に回した。


「では、最後にウルシュラ殿」

「発言許可、ありがとうございます、陛下」


 にっこり笑って彼女が言うと、たいていの人間は嫌そうな顔をする。しかし、ウルシュラは気にせずにいつも通りの口調で言った。


「この窮民救出案ですが、この案件はいかほど重要なものなのでしょうか? 近年、隣国が勢力を拡大していることを考え、そちらの対応を先にするべきでは? この議案にどれだけの費用と人材、物資が必要と考えます? 我が国はさほど大きな国ではありませんよ」

「クロシュチェン議員。陛下のお考えを否定なさるおつもりか」

「私とて、窮民を救出する案に反対しているわけではありませんよ、ヴィリーメク議員。事実を指摘しているだけです」


 その通りだった。ウルシュラの指摘は、正しい。エリシュカは自分の詰めが甘いことを思い知らされて、そっとため息をついた。






――*+○+*――






「ウルシュラ!」


 議会が解散した後、エリシュカはウルシュラを呼び止めた。彼女は振り返るとそのきれいな顔に笑みを浮かべた。


「これは陛下。私にどのようなご用でしょう?」


 どことなく嫌味っぽい口調で言った彼女に、エリシュカははっとして周囲を見渡した。本当に、自分は詰めが甘い。まだ周囲には人が残っている。


 議員たちは、エリシュカとウルシュラが一対一で話すのをよく思わない。ウルシュラがエリシュカに何かするのでは、と思われているせいだ。声をかけるなら人気が無くなってからにすべきだった。


「……いえ。何でもないわ。言われたこと、考えておきます」

「ええ。次の議会を楽しみにしております」


 そう言うと、ウルシュラは周囲の突き刺さる視線をものともせずに去って行った。すると、遠巻きにしていた議員たちが集まってきた。


「陛下。クロシュチェン議員の言うことなど、気にするほどの事ではありません。どうぞお気になさらず」

「そうですぞ、陛下。あんな小娘の言うこと、真に受けなくても良いのです」

「……でも、ウルシュラが言ったことは事実です」


 エリシュカが思わずそう言うと、お決まりのように議員たちはこう言う。


「クロシュチェン議員がひねくれているだけです。陛下はどうか、そのきれいなお心のまま、これまで通り、この国のことにだけお心を傾けてくださいませ」


 何がきれいなお心か。何がこの国の事だけに、か。


 エリシュカのどこを見て、人々は『優しい』、『きれいだ』というのだろう。彼らは何を見て、『この国の事だけを考えている』と思うのだろう。彼らは、エリシュカの表面しか見ていない。ウルシュラの方がよっぽど本当のエリシュカをわかっていた。


 ウルシュラ・クロシュチェン。21歳。この国の議会で最年少議員になる。それだけの才覚はあるし、彼女自身も立派に議員を務めていると言っていい。


 エリシュカ・ハルヴァート。23歳。2年前に女王に選ばれた『慈愛の聖女』。人々は寛容で優しく、すべての人を優しさで包み込む、理想的な女王だという。しかし、エリシュカ自身にはそうは思えない。


 もともと、エリシュカとウルシュラはともに女王を目指す女王候補だった。ウルシュラの方が2歳年下であったが、彼女はとても優秀だった。


 ウルシュラは、いつでも正しかった。正しかったからこそ、人々に敬遠され、女王になることはできなかった。エリシュカが女王に選ばれた時点で、ウルシュラは女王になることをきっぱりとあきらめ、議員になった。当時19歳。


 藍色がかった黒髪に吊り上り気味の翡翠の瞳。ふわふわとした印象を与えるエリシュカとは対照的に、ウルシュラは怜悧な美貌をしていた。


 『慈愛の聖女』と『冷酷な魔女』。そう呼ばれるのは、エリシュカはすべてを受け入れ、ウルシュラはすべてを否定してきたためだ。






 例えば、今から5年前、まだエリシュカたちが女王候補だったころの話だ。


 女王候補は当時、8人いた。その中でも有力候補だったのがエリシュカとウルシュラである。2人は他の女王候補の少女たちと孤児院に来ていた。要するに視察である。女王候補たる者、この国のことを知っておけという方針らしい。


 つつがなく視察も追えようという時、事件が起こった。10歳前後の少年が、邪魔なので外してあったエリシュカの指輪を盗んだ。後で聞いたところによると、少年は、孤児院に来る前はスリの真似事をしていたらしい。


 エリシュカは、少年を怒らなかった。気づかなかったふりをした。両親もおらず、大変だったのだろう、仕方のないことだと思った。


 だが、ウルシュラはそうは思わなかったようだ。少年を呼び止めると、その手から指輪を奪い取った。


「人のものを盗むな。これから社会に出て生活しようと思ったら当たり前のことよ。そして、悪いことをしたら謝りなさい」


 ウルシュラの口調は少々キツイ。少年が涙目になると、ほかの女王候補たちは「言いすぎじゃない?」とこそこそしゃべり始めた。たぶん、ウルシュラへの対抗意識もあるのだと思う。


 エリシュカも少年がかわいそうになり、ウルシュラを止めに入った。


「ウルシュラ……わたくしは気にしてないから」

「エリシュカ。あなたにも問題があると思うわ。貧しければ何をしてもいいわけではないのよ。悪いことをしたら叱る。謝らせる。当然のことだわ。見て見ぬふりをするなんて最悪よ。せっかくの人として成長できる機会なのに、放っておいたらこの子の為にもならないでしょう」


 恐ろしいまでに正論だった。ウルシュラは正論で論破してくるから怖い。しかし、ささやかれているような冷酷な人ではない。むしろ、優しい部類に入る人だ。


 孤児院の院長が謝りに入り、エリシュカの手元には指輪が戻ってきた。そして、エリシュカは帰り際に指輪を盗った少年に謝られた。どうやらウルシュラの説教が聞いたらしく、少年はウルシュラに向かって叫んだ。


「いつかお前をぎゃふんと言わせてやる!」

「実際にぎゃふんと言う人は見たことがないわね。楽しみにしているわ」


 ちなみに、この時の少年は現在、ウルシュラの屋敷で下働きをしている。







 エリシュカは何故自分が女王に選ばれたのかわからない。エリシュカはウルシュラの方が女王にふさわしいと思っていた。しかし、一度女王に選ばれた以上、王位を譲ることはできない。


 ウルシュラの方がずっと、この国のことを考えている。彼女がエリシュカの意見に反論するのは、より良い政策を生み出すためだ。エリシュカの提出する案件が穴だらけなのもある。



「エリシュカ」



 名を呼ばれてはっとした。女王となった今、エリシュカを名前で呼ぶ人は少ない。先ほど回想していたウルシュラは、その数少ない一人だ。


 目の前に現れたウルシュラを、驚愕の表情で見つめる。


「ウルシュラ……? どうして、いえ、どうやってここに?」


 ここは仮にも宮殿である。エリシュカの疑問は当然と言えた。普通に考えて、ウルシュラがエリシュカに取次ぎを願ったところで、簡単に取り次いでもらえるはずがない。


 それ以前に、ここは女王の私室である。となれば、ウルシュラは侵入してきたのだろう。警備の厳重なこの宮殿に。


「ちょっとね。私と話したそうだったから、来ちゃった。それとも、私の自意識過剰だったかしら?」


 茶目っ気たっぷりにウルシュラはウィンクをして見せた。その姿を見て、エリシュカは何となくほっとする。


「いいえ。そんなことは無いわ。みんなの目があるところで呼び止めてしまってごめんなさい」

「いやいや。それこそ私は気にしていないわよ」


 にっこりと笑ってウルシュラは言った。勝手に椅子に座り込むが、エリシュカも特に気にしなかった。


「えっと。お茶でも?」

「ああ、いいわよ。話が終わったらすぐに帰るから。長い話じゃないんでしょ?」

「え、ええ……まあ」


 エリシュカは深呼吸してからウルシュラに向き直り、尋ねた。


「ウルシュラ、あなたはどうしてすべてを否定して生きているのですか」

「どうしてだと思う?」


 ウルシュラはそう言ってやはり微笑んだ。エリシュカは首を左右に振る。


「わからないわ。だからあなたに尋ねているの」


 本人に解答を求めるのはルール違反のような気もするが、わからないものは仕方がない。開き直って尋ねることにした。


「あなたがそうして反論してくれるおかげで、この国は保たれているのはわかっているわ。全員がわたくしに賛成したら、議会が成り立たないものね」


 エリシュカは優しいが、馬鹿ではない。女王に選ばれたところから見て、むしろ頭のいい方に入ると言っていい。だから、この国の現状にも気がついてはいた。


 ウルシュラが反論してくれるから、この国は成り立っている。エリシュカが案件を提出し、ウルシュラが反論して案件をより良いものにまとめる。そうやってこの国は均衡を保っていると言っていい。


 エリシュカがそう言うと、彼女はうなずいた。


「そうね。だから、私はあなたを否定し続けるよ」

「……何故ですか? あなたでなくてもいいはずです」

「エリシュカ」


 二つ年下の彼女は、エリシュカよりも大人びて見えた。


「私でなければ、ダメなんだよ。私は、この役目を他人に任せることはできない。この役目は、だれに否定されても平然としていられる神経がいる。私は他の人にそんな思い仕事をやらせたくないもの」


 優しい気遣いともとれるウルシュラの言葉に、エリシュカは返す言葉がなかった。ウルシュラは続ける。


「私があなたを否定しなければ、みんながあなたに賛成することになるわ。優しいあなたはすべての責任を負うことになる。あなたの言葉にみんながうなずくんだからね。私が反論すれば、責任は私にも及ぶことになる。どんな形であれ、私は口をはさんだんだもの。当然よね」


 言いたいことは、理解できた。国が一つになるのはよいことだと思う。でも、国が一つになるということは、女王の決定がすべてということ。独裁とどんな違いがあるだろうか。そして、ウルシュラが言うように、女王の言葉がすべて、女王がすべての責任を負うことになる。


 今は、ウルシュラが常に反対し、自分が政策に対する責任をいくらか負ってくれている。そのおかげで、エリシュカの仕事が少し減っているのは事実だ。


「そうなれば、優しいあなたはすべての責任をかぶって倒れてしまうわ。そう思った。だから、私はあなたを否定することをやめない。周りからどう思われようと、あなたを助けたいから」

「ウルシュラ……」


 エリシュカは自分の眼が潤んでいるのを感じていた。瞬きしたら零れ落ちそうな涙を必死でこらえる。


「あなたに初めて会った時から、あなたに勝てないのはわかっていたわ」

「……わたくし、いつも勉強で負けていたわ」

「ああ……そうじゃないの。なんていうのかしら、人の心をつかむ力、魅力、とでもいうの? あなたはどんな人でも味方にしてきたわ」


 責めているわけではないわ、とウルシュラは言った。責めるような口調だったのは自覚があったらしい。


「あなたがいる時点で、私が女王になれないのは明らかだった。かなり早い段階で、議員になる準備をしていたの。議員になれば、あなたを助けられると思ったから。……そうね。私もあなたの魅力にあてられた1人よ」


 くすくすとウルシュラは笑う。エリシュカは驚いたように数回瞬きし、そのせいで頬に涙が滑り落ちた。


「あなたは優しいわ。でも、その優しさに付け込まれてはダメ。今までだって、私に『女王になりたくはないか?』と言ってきた人がいなかったわけではないのよ。謀反の可能性はいつでもあるの。それを忘れないで、エリシュカも警戒してね」

「……わかりました」


 涙声だが、しっかり返事をした。ウルシュラは微笑んで立ち上がる。


「話はそれだけかしら?」

「あ、ええ……」


 エリシュカはうなずく。もう少し話をしていたい気もするが、ウルシュラは忍び込んできた以上、早めに退散したいのだろう。


「じゃあ、いつまでもその優しさを忘れないでね。おやすみなさい」

「ちょっと!?」


 ウルシュラが窓から飛び降りたのを見て、エリシュカの涙も引っ込んだ。あわてて駆け寄るが、外は暗く、ウルシュラの姿を見つけることはできなかった。というか、彼女は入るときも窓から入ったのだろうか。どんな身体能力だ。


 夜の世界を睨みながら、エリシュカは窓枠をつかむ手に力を込めた。


「……誰が」


 優しいものですか。本当にやさしいのはウルシュラの方だ。本当に国を護っているのは彼女の方だ。


 エリシュカには、女王になるだけの覚悟が足りていなかった。


 エリシュカは今度こそこの国の女王であることの覚悟を決めると、窓を閉めた。













 ウルシュラが亡くなったという知らせが入ったのは、その2日後の事だった。












 明らかに他殺だった。屋敷の中で、腹部に傷を負っているところを発見されたのだという。周囲は血の海で、見つかった時にはすでに息はなかったそうだ。


 21歳という、早すぎる死。しかし、彼女の死を悲しむものはあまりいなかった、と言わざるを得ない。


 ウルシュラに家族はいなかった。結婚はしていないし、兄弟もいない。両親はすでに他界しているため、エリシュカが彼女の葬儀をあげた。人はほとんど集まらなかった。



 誰も気づいていなかった。ウルシュラがこの国を護っていたことに。



 誰も気づいていなかった。多くの人が、彼女に助けられていたことに。



 誰も気づいていなかった。



 ウルシュラがいなくなると、面白いくらいに国は傾いて行った。エリシュカが無能だったわけではない。ウルシュラという抑止力がいなくなり、議会が好き勝手し始めたのだ。まとまらない意見は、国を斜陽へと導いた。



 その結果がこれだ。



 この国は、最近勢力を拡大していた隣国に飲み込まれた。見せしめとして、女王であったエリシュカは処刑されることになるだろう。今のところ、丁重に扱われているが。


 ウルシュラの死から、まだ1年しかたっていない。彼女がどれだけ偉大だったか、この時になって気が付いた。


 それでも、だれもウルシュラの功績を認めない。だから、エリシュカはこうして手記を残す。『否定する女』ウルシュラのことを記した手記を。


 こうすれば、ウルシュラがいた証拠が残る。エリシュカがいなくなっても、誰かが『ウルシュラ・クロシュチェン』という女性がいたことに気が付いてくれる。そう思った。


 エリシュカ自身がこの先どうなるか、まだわからない。この国の民も、どうなるかわからない。


 ただ、エリシュカは失ってしまったものの大きさをかみしめる。


「結局、わたくしは役不足だったということね」


 軟禁されている部屋で、エリシュカは小さくつぶやいた。












 ウルシュラ。あなたの方が、女王にふさわしかった。













ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


原案と連載版では結構差異が見られますね。まず、ウルシュラのファミリーネームが『クロシュチェン』になっています。連載版では『ヴァツィーク』でした。しかも、最後に死んでますね……。

原案として載せましたけど、まったく別物のような気もしてきました。


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