特別編・エレオノーラ
特別編・エレオノーラとアルノシュト(ウルシュラの両親)の話。
スヴェトラーナ帝国第3皇女エレオノーラが、レドヴィナ王国のフィアラ大公アルノシュトに出会ったのは、彼女が17歳の時だ。帝国の建国祭に、レドヴィナ王国の代表としてアルノシュトがやってきたことがきっかけだった。
レドヴィナ王国には王族が存在しない。8つある大公・公爵家の娘の中から女王を選ぶのだそうだ。アルノシュトは母親が先代の女王であり、大公だ。皇帝であるエレオノーラの父が、自分の側室の娘である第2皇女と娶せようと思って招待した……らしい。
実際に、彼は舞踏会で、姉の第2皇女をエスコートして入ってきたし、ダンスも最初に彼女と踊った。
エレオノーラもこの時までは、ああ、あの人が義兄になるのね、くらいにしか思っていなかった。
自分で言うのもなんだが、エレオノーラは美人だ。豊かな金髪にサファイアブルーの瞳。全体的にふわっとした印象の美少女だ。しかも、現皇帝の正妻の娘。皇太子の同母の妹でもある。となれば、モテない方がおかしい。
エレオノーラは、こうした舞踏会のような社交界は嫌いではない。腹の探り合いは面白くもないが、踊るのは楽しいし、着飾るのも好きだ。
だが、何人もの貴族の子息に囲まれてはうんざりする。彼らはエレオノーラ自身を見てくれない。彼女の顔とか、身分とかを見ているのだ。そう思うとうんざりしたくもなる。
何とか人ごみから抜け出し、ホールの隅で一息つく。エレオノーラのエスコート役として一緒に入ってきた2番目の兄はどこかに行ってしまった。どこ行った、あの男。
「大丈夫ですか?」
唐突に声をかけられて驚いた。声のした方を振り返ると、そこには義兄となる予定のアルノシュトがいた。思わず、エレオノーラは尋ねてしまった。
「お姉様とご一緒なのでは?」
「ああ。振られてしまいました」
ニコッと笑って、彼はそう言った。衝撃な発言をされた気がするが、エレオノーラはアルノシュトに見とれていた。
かっこいいかも。王子様みたい……。
黒髪に切れ長気味の釣り目。少々きついような印象を与える顔立ちではあるが、翡翠色の瞳は優しい。
「どうかされましたか?」
ぽーっとしていたらしいエレオノーラは、声をかけられてはっとした。すぐに笑みを浮かべる。
「何でもありませんわ。大丈夫です」
「そうですか……よろしければ、エレオノーラ皇女殿下」
アルノシュトは笑顔で手を差し出した。
「私と一曲、いかがですか」
エレオノーラは面食らったものの、すぐに「わたくしでよければ、よろこんで」とその手を取った。
アルノシュトが『振られた』と言っていたのは事実だったらしい。姉の第2皇女はレドヴィナの大貴族に嫁ぐのを嫌がった。プライドの高い第2皇女は、かつての女王の息子だと言っても王族ではない相手に嫁ぎたくないのだろう。
第2皇女とアルノシュトの縁談がなくなったと聞いて、エレオノーラは父に訴えた。
「お父様。わたくしがアルノシュト様に嫁ぎます。嫁がせてください」
「何を言っているんだ、お前は」
皇帝は正妻の娘であるエレオノーラをかわいがっている。おそらく、手元に残しておくために国内の貴族に嫁がせるつもりだったのだろう。実際に、何度か縁談が持ち上がったことがある。
だが、皇帝はレドヴィナに縁も欲しいのだと思う。そうでなければ、フィアラ大公をわざわざ招いたりはしない。
だから、押して押して押しまくれば、皇帝が折れる可能性はあった。
初めはすげなくダメ出しをされたエレオノーラであるが、ことあるごとに皇帝に『嫁ぎたい』『嫁がせろ』と脅迫まがいなことをささやく。最終的に『父の弟である公爵の養女になって嫁ぐ』とささやいた。この最終手段は功をなし、エレオノーラは内心でガッツポーズを決めた。
「はあ。それでこの状況……」
皇帝に呼び出されて再びスヴェトラーナ帝国の地を踏んだアルノシュトは、呆れたような感心したような表情でエレオノーラの向かい側に座っていた。エレオノーラは満面の笑みでうなずく。
「はい! どうせ結婚しなければならないのなら、アルノシュト様がいいと思いまして!」
「……そうですか。光栄ですね。私もそろそろ結婚しろと周囲がうるさいので」
「そうなのですか」
「そうなのですよ」
アルノシュトが微笑んだ。利害の一致と言うやつだろうか。
アルノシュトは少しエレオノーラの方に身を乗り出して彼女に囁いた。
「私もどうせ結婚するのなら、エレオノーラ様の方がいいな、と思ったのですよ。第2皇女殿下は少し気位が高すぎまして」
要するに、エレオノーラの方が親しみやすいと言うことだろうか。平たく言えば、皇女らしくないと言われているような気がするが、まあ、そこは前向きに考えることにする。
エレオノーラは顔がとろけそうな笑みを浮かべた。
「一生、愛し続けますわ、アルノシュト様」
「私も、永遠の愛をお約束しましょう」
2人はぐっと握手をした。
「……それ、どっちかっていうと契約なんじゃないの?」
「結婚は契約の一種でしょう。わたくしはアルノシュトを心から愛しているからいいの」
エレオノーラがにっこり笑ってそう言うと、今年十五歳になる愛娘は「ああ、そう」とクールに言った。愛娘ウルシュラは、やろうと思えばいくらでも社交的になれるが、同時にとても冷静だった。顔立ちは母親であるエレオノーラに似ていると思うが、目元や性格は父親のアルノシュト譲りだろう。
「まあ、仲いいわよね、お父様とお母様は」
「でしょう? 死ぬまで仲がいいわよ」
「仲がいいのは結構だけど、娘の前でいちゃつかないでちょうだい」
いつまでもいちゃついているアルノシュトとエレオノーラの愛情表現は、娘には不評だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
いろいろ書きたいことはあったんですが、私の文章力が足りずにこの体たらく……読みにくいところもあったと思いますが、読んでいただき、ありがとうございます。