フィアラ大公領【2】
フィアラ大公領完結編。短いので、お昼にもう一本投稿します。こっちも短いです。ちなみに、お昼に投稿するものは最終話になります。
フィアラ大公領を訪れたからと言って、特にすることはない。もともと、休暇で訪れたのだから当たり前だし、ヘルミーナの領地経営がうまいともいう。
スヴェトラーナ帝国に接しているせいか、フィアラ大公領シュメイカルの風土は独特だった。レドヴィナにいるのに、他国にいるような気分になる……いや、エルヴィーンはレドヴィナを出たことがないのだから、実際のところはわからないのだが。
ウルシュラが休日を11日しか確保できなかったので、大公領にいられる期間は4日間。それ以上は、ダメと言われたらしい。もちろん、エリシュカに言われたのだ。ウルシュラ自身も、あまり休暇が長いと、仕事がたまるから怖い、と言っていたので、エリシュカとウルシュラの間での妥協案なのだと思う。
到着した1日目は本邸内を案内してもらったが、2日目、3日目は遠乗りがてら領内を見て回った。その時に発覚したのだが、ウルシュラは領主として認識されていなかった。
考えてみれば当たり前ではある。ウルシュラが爵位を継いでから約4年。ウルシュラは一度しか領地に帰ってきておらず、ここ四半世紀はヘルミーナが領地経営を担っている。ヘルミーナが領主として認識されていても何ら不思議ではない。
4日目の午前中は、午後には王都に向けて出発しなければならないため、近場で小麦の収穫作業を見学していた。
そして、何となく知っていたが、ウルシュラは子供たちに妙にモテた。
「お姉さーん! きれいな花見つけた!」
「ねぇねぇ、お姉さん。もっと王都のお話して!」
「姉ちゃん、こっちの兄ちゃんは恋人?」
「つーか、姉ちゃんたち、何しに来たの?」
乗馬服ではあるものの、どう見ても身分の高い女性に対して、みんな言いたい放題である。さすがにひどい。さりげなく、エルヴィーンも巻き込まれている。
「姉ちゃんじゃないわよ。この地方の領主よ。フィアラ大公よ」
「えっ。領主ってヘルミーナ様じゃないの?」
「……」
すでにこのやり取りも、5回を越えている。年配の人はともかく、若い世代のほとんどは、シュメイカルの領主はヘルミーナだと思っていた。
「ヘルミーナ様は領主代理よ。私が領主のフィアラ大公だって言ってるじゃない」
「でも、お姉ちゃん、始めて見たよ」
「だって、4年ぶりにここに来たんですもの。当たり前でしょ」
ヘルミーナが見ていないところでなら、彼女は絶好調であった。
「こらっ。お嬢様に迷惑をかけないの!」
「だから、領主だって言ってるじゃないの」
子どもたちを叱りに来た母親らしき女性も、ウルシュラを『お嬢様』扱いである。彼女らの中では、ウルシュラは『お嬢様』のままなのだろう。それにしても、フィアラ大公家は領地の者たちと仲が良いようだ。
「ああ、お嬢様。そちらは旦那様ですか」
「そうよ。自慢しに来たのよ。悪い?」
ウルシュラが開き直ったようにエルヴィーンの腕に自分の腕をからませながら言った。腕を取られながら、エルヴィーンは近づいてきた男性に黙礼した。話を聞くに、この辺りの農家の取りまとめ役らしい。
「いえいえ。お似合いですよ。よかったですね、結婚できて」
「どういう意味かしら」
そのままの意味だろう。エルヴィーンも、ウルシュラと結婚することになるとは思わなかった。ウルシュラには言わないが。
そこに、何故か「人さらいが出たぞー!」という叫びが聞こえた。フィアラ大公領はかなり治安がいいはずなのだが、どういうことだろうか。
「……この辺、狂言回しでもいるの?」
「……いませんよ。とりあえず、様子を……」
「いいわよ。あなたたちはこのまま収穫を続けてなさい。私たちが行ってくるわ」
ウルシュラはそう言うと、エルヴィーンの腕をつかんで歩き出した。
「一応剣の用意はしておいてね。まあ、たぶん、何かの間違いだとは思うけど」
「本当に人さらいが出た可能性はないのか?」
もう1年近くが経とうとしているが、王都には本当に人さらいが出たことがある。まあ、正体はとある謀反をたくらんだ大貴族だったわけだが……。
「おばあ様が、人さらいを出すような統治をおこなうはずがないでしょう」
「なるほど」
納得だ。何だろうか、このヘルミーナに対する全幅の信頼は。それなのに、ウルシュラのヘルミーナに対する態度は挙動不審なのである。
そして、人さらいの正体であるが、
「……何してるのよ、リビエナ」
「あなたがどこにいるのか、探していただけよっ」
ウルシュラに指を突きつけたのは彼女の従妹のリビエナであった。まあ、彼女がフィアラ大公領にいるのはそれほど不自然ではない。彼女もフィアラ大公の縁者であるし、ヘルミーナの孫でもあるのだ。
「……どうして私を探すのに人を締め上げる必要があるのよ」
「その男がなれなれしくわたくしに触ってきたからに決まってるでしょ!?」
「……」
さすがのウルシュラも沈黙した。
経過を説明すると、ウルシュラを探しにやってきたリビエナであるが、なかなか探し人が見つからなかったと。そこで、暇そうな青年に声をかけたら、手を出されかけた、らしい。そこで彼を締め上げているところを目撃され、人さらいにつながるらしい。
締め上げられた青年はまだ地面に伸びていたが、ウルシュラがリビエナに近づくのにむぎゅっ、と踏んでいた。これは絶対にわざとだな。
「……まあいいわ。そもそも、どうしてあなたが私を探しているわけ?」
ウルシュラが尋ねると、リビエナは涙目でふるふると震えはじめた。エルヴィーンは何となく察する。
「あなたの家族は素直じゃないな」
「どうして叔父上までいるのよ」
シュメイカル城に戻ったウルシュラは開口一番そう言った。出迎えたのが、叔父のメトジェイだったからだ。何かと世話になっているエルヴィーンは彼に一礼する。
「お久しぶりです、メトジェイ殿」
「うん。久しぶりだね、エルヴィーン」
何となく、メトジェイの声は消え入りそうな感じだ。フィアラ大公家の皆さんは個性が強いな。
「会ってばかりなのに悪いけど、はい、女王陛下から伝言」
ぽん、とメトジェイがウルシュラの手に書類を乗せた。軽く辞書ほどの厚さがあるそれに、ウルシュラは「何これ」とつぶやいた。
「帰ってくるまでに決済しといてほしいらしいよ」
「っ!」
ウルシュラはその場に崩れ落ちた。休暇申請をしたはずなのに、休暇先まで日ごとが追ってきたのだ。泣きたくもなるだろう。仕事を届けに来たメトジェイとエルヴィーンはそろって彼女の肩をたたいた。
というか、全体的に、現在のレドヴィナの政治はウルシュラに頼りすぎだと思う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
長くなりそうだったのでふたつに分けたんですが、ひとまとめにしてしまってもよかったかもしれないですね。
お昼に最終話を投稿するので、よろしければ見てやってください。