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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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社交シーズン

ちょっとフィアラ大公邸の使用人事情を書きたかっただけです。すみません……。







 思えば、その計画は1か月ほど前から遂行されていたのだと思う。フィアラ大公に婿入りしたエルヴィーンは、いい感じにフィアラ大公邸になじんでいた。たぶん、大公邸の主であるフィアラ大公ウルシュラがエルヴィーンと仲が良いせいだと思うが、エルヴィーンは使用人たちにもちゃんと慕われるようになっていた。その使用人の中の1人、ウルシュラ付の侍女ダーシャが笑顔で尋ねてきたのだ。



「……ドレスの好み?」

「はい! エルヴィーン様の好みを参考にしようと思いまして!」



 元気よくダーシャが言った。エルヴィーンの好みなど、聞いてどうするのだろうか。まあ、ウルシュラに着せるのだろう。というか、ウルシュラのイメージは襟のあるかっちりしたデザインや、色の濃いドレスで固まってしまっている。たぶん、彼女がその手のドレスばかり着るからだ。


 若くはあるが、すでに結婚しており、しかも高位の貴族であるウルシュラはあまりはっちゃけた格好をできない。と考えると、エルヴィーンは答えに窮することになった。


 しかし、今まで彼女が着たことのあるドレスをいくつか思いだし、ああ、と思った。


「……去年の年末に彼女が着ていたドレスは似合っていたと思う」

「あ、ロザーリア様が選んだやつですね! わかりました!」


 ダーシャが元気よくそう言って、元気よく頭を下げて出ていった。入れ替わるようにやってきたウルシュラが、駆け出たダーシャに「走るな危険!」と叫んでいる。


「というか、あの子、何しに来たの?」

「……嫉妬か?」

「ひっぱたくわよ」


 ウルシュラの素早い切り返しに、エルヴィーンは肩をすくめた。


「……ドレスの好みを聞かれたな」

「……そのドレス、私が着るのよね?」

「あなた以外にだれが着るんだ」

「……」


 ウルシュラは目を細めてエルヴィーンの隣に座った。ウルシュラは、感情が操作できなくなると目を細める癖がある。と言うことは、今は自分の感情をコントロールできないのだろう。混乱している、ともいう。


「もう社交シーズンなのねぇ。夏期議会もそろそろ閉会だものね」


 夏期議会の終盤と、社交シーズンの初めは少し時期がかぶるのである。貴族議会に席を置く貴族たちは、この時期が最も忙しいかもしれない。


 それでも、社交シーズンの始まりを告げる記念すべき最初の夜会は、女王主催の夜会だ。そのため、みんな参加する。社交界に出現しないことで有名なウルシュラも、この初めの夜会だけは必ず出席していた。


「先ほど聞かれたドレスは、おそらく、女王主催の夜会で着せられるんだろうな」

「まあそうでしょうね。さすがの私も最初の夜会は外したことないもの」

「着せられるのが嫌なら、今から止めてくればどうだ?」

「……この件に関しては、私の立場は弱いもの」

「この件と言うか、この屋敷にいる限り、だな」


 エルヴィーンが指摘すると、ウルシュラは彼の足を思いっきり踏んだ。ヒールで踏まれたため、痛かった……。


 大公邸の使用人はあまり多くない。ウルシュラによると、『赤の夜事件』後に仕えるのを嫌がったものをすべて解雇したせいであるらしく、そこからあまり使用人を増やしていないらしい。


 まあ、『フィアラ大公』の噂を真に受けていれば、彼女に仕えたいと思う人間はいないだろう。


 しかし、残っている使用人は優秀だ。なんと言うか、統率がとれている。そして、普段のウルシュラを見ているせいか、全体的に彼女に対して無礼である。


 いや、無礼、と言うのは語弊があるかもしれない。この屋敷の使用人たちは、ウルシュラがひねくれていることをよくわかっているのだ。そのため、彼女が何か言っても、よっぽどのことではない限り、「はいはい」と受け流してしまうのである。そのため、相対的にウルシュラの屋敷内での地位は下がっている。


 そんな使用人たちも、ウルシュラのことを考えているのは確かだ。だから、ウルシュラに似合わないようなドレスを着せたりはしないだろう……たぶん。














 と言うわけで夜会当日。先に準備を終えたエルヴィーンは本を読みつつのんびりとウルシュラを待っていた。女性の身支度と言うのは長いものである、と男性には刷り込まれているもので、むしろ、ウルシュラは身支度の時間が短い方だと思っていた。


 ちょうど1冊本を読み終わったころ、支度を終えたウルシュラが「お待たせ」と言いつつエルヴィーンが待っていた部屋に入ってきた。その姿を見て、エルヴィーンは沈黙する。


「……」

「……」

「………………」

「……な、何か言ったらどうなの?」


 沈黙に耐え切れなくなったウルシュラが言った。


「……」

「感想がないなら着替えてくるわ」

「いや、よく似合っている」


 今から着替え直しされると、夜会に間に合わなくなる。フィアラ大公はレドヴィナ国内の地位としてはかなり高位なので、多少遅れても構わないだろうが、少なくとも女王より早くに会場に入らなければならない。


 しかし、間に合わない、と言う理由だけではなく、本当に似合っていた。やはり、いつもの襟のあるタイプのドレス姿を見慣れているからか、彼女が肩を出していると何となく違和感があるが、イブニングドレスとしてはこれが正しい。夏場であるし、特に問題ない。


 コバルトブルーの裾広がりのドレス。背が高い彼女が着ると、スカートの腰から裾にかけてのラインがきれいに見える。肩が露出しているため、上にショールを羽織っており、二の腕までの手袋。何となく既視感がある姿である。


「じゃあ、とりあえず行くか」

「ええ。今夜はよろしく」


 エルヴィーンがウルシュラの手を取って馬車に乗り込むと、使用人たちが「いってらっしゃーい」と見送ってくれた。


「フィアラ大公邸は無駄にアットホームだな」

「まあ、家族みたいなものなんじゃないの? よくわからないけど」


 そう言ってウルシュラは肩をすくめた。使用人の人数が少ない分、人と助け合う率が高いのかもしれない。それくらい、統率は取れている。


 宮殿の前は、魔法光で明るく照らされていた。夜会に招待された貴族たちがエントランスで談笑していたが、ウルシュラが姿を見せると、一瞬、シーン、となった。エルヴィーンは思わず口元をひきつらせたが、ウルシュラが平然としていたので、そのまま彼女をエスコートしてホールに入った。


 すでに会場であるホールには音楽がかかり、人々がダンスや会話を楽しんでいた。ゲームをしているものもいる。彼らは、さすがに新しい招待客の出現に気付かない。


「そう言えば、エルヴィーンは前から会場に入るのは初めてだっけ?」


 相変わらず壁際を陣取りながら、ウルシュラが尋ねた。壁の華であることにエルヴィーンも特に文句はないので、彼女に習って壁に背を預ける。


「社交シーズンにあなたと入るのは初めてだな。年末の舞踏会には来たが……」


 しかし、考えてみれば、結婚後にこうした社交の場に来るのは初めてだ。年末は、まだ婚約者の状態で、宮殿に入ってから彼女に合流した気がする。


「私が姿を見せると、たいていあんな感じ。よっぽど珍しいのね。まあ、今回はあなたが珍しかった可能性もあるけど」


 ウルシュラはニコッと彼に笑いかけた。彼女がこうした場で、含みのない笑みを見せるのは珍しかった。だが、見とれていては話が進まない。


「めったに社交界に姿を見せないフィアラ大公の夫と言うことか……」

「注目を浴びる覚悟をしておくのね」


 訂正。やっぱり、少し含みのある笑みだった。




 女王が入場してきた。今日の護衛はラディムとカレルであるらしい。まあ、あの2人なら大丈夫だろう。ラディムは慣れているし、カレルはしっかりしている。


 例年通りの女王のあいさつの後、本格的に夜会が始まり、オーケストラの音楽が響く。相変わらず壁の華であるフィアラ大公を女王エリシュカがじっと見つめていた。ウルシュラに教えてやると、彼女はエリシュカに向かって手を振った。


「そう言うことじゃないと思うぞ」

「わかってるわ」


 たぶん、お前らも楽しめ、的な視線だと思うのだが、ウルシュラは通りかかった給仕係からグラスを一つ受け取った。エルヴィーンもワインを受け取る。どうやら、ウルシュラはここに居座るつもりのようだ。


「ウルシュラ」

「あら、ミーシャ。来てたのね」


 ウルシュラは微笑みながら、近くにいた給仕係に持っていたグラスを押し付けた。さっきもらったばかりなので、ほとんど飲んでいないが。


 やってきたのはラディムの妹のミヒャエラだ。どうやら、ウルシュラはミーシャと呼んでいるらしい。ミヒャエラも元女王候補の一人で、ウルシュラの一つ年下だと聞いている。最近、婚約したらしいが。


「相手は?」

「うん。気まずいから会いたくないみたい」

「……そう」


 ウルシュラも気まずそうにうなずいた。ミヒャエラは結構はっきり言うタイプのようだ。


 ミヒャエラの婚約者であるフォジュト子爵は、長年、少なくとも五年はウルシュラに片思いをしていたらしい。その片思い相手が、ぽっと出のエルヴィーンにかっさらわれたとなれば泣きたくもなるだろう。彼は、結婚式にも来なかった。気持ちはわかるので、仕事以外では接しないようにしている。




「絵を見ているように、私の心は躍るの。何でもないようなふりをしているのに、互いが互いを気にしてる。ああ、なんて美しいの……」




 突然、詩的なことを言いだしたミヒャエラに、エルヴィーンはびくっとした。そんな夫の様子を見て、ウルシュラが笑う。


「この子の病気みたいなものよ。気にしないで。悪気はないのよ」


 病気って。ラディムも妹は変な子だと言っていたが、まさかこのことか?


「お互いの眼の色なのね」


 ミヒャエラがおっとりと微笑みながら言った。彼女は最後に「またね」と手を振ると、少し離れたところにいる婚約者の元に戻った。


 エルヴィーンはウルシュラの方を見る。ウルシュラも、エルヴィーンを見ていた。


「あら。見つめ合ってどうしたの?」


 面白そうだ、と言う感情を声色に乗せて声をかけてきたのは、エルヴィーンの母にしてカラフィアート公爵夫人ロザーリアだ。ウルシュラには義理の母にあたるが、娘が欲しかったロザーリアはウルシュラをかわいがっている。きっと、孫に女児が生まれたら、思いっきりかわいがるのだろう。


 父が母を野放しにするはずがないので、どこかにいるだろうと思って視線をさまよわせると、ゆっくりと父が歩いてくるのが見えた。何故かニヤッと笑っている……。


「こんばんは、ロザーリア様」

「こんばんは、ウルシュラさん。そのドレス、お似合いね。でも、あなたにしては珍しいデザインですわね……」


 そう言ってロザーリアが首をかしげる。実の親子であるエルヴィーンとよりも、ロザーリアはウルシュラと仲がいいかもしれない。


「私の趣味ではありませんわ」

「では、うちの息子の趣味なのね。さすがはわたくしの息子。趣味が似ているわ」


 そう言われて、エルヴィーンはその場でうずくまりたくなった。確かに、ロザーリアとエルヴィーンの趣味は似ていた。もともと、ウルシュラが今来ているドレスも、ロザーリアが彼女に着せるのに選んだものを参考にしている。



「それに、なるほど。お互いの眼の色か」



 カラフィアート公爵がミヒャエラと同じことを言う。ウルシュラとエルヴィーンが再び顔を見合わせ、唐突にウルシュラの顔が赤くなった。


「!? どうした?」

「何でもないわ!」


 にやにや笑う両親に顔を赤くする嫁。何事かと周囲の視線も集まっている。


「フィアラ大公。一曲いかがかな?」


 にやにやしたまま、父が義理の娘に手を差し出した。ウルシュラは少しためらったが、その手を取って人ごみの中に消えて行った。何なんだ……。


「にっぶい子ね。ウルシュラさんのドレス、あなたの瞳の色なのよ」

「ああ……」


 納得した。確かに、ウルシュラのドレスに使われている青は、エルヴィーンの瞳の色と同じだ。確か、互いに、と言われたから、自分もウルシュラの瞳の色、つまり翡翠色をどこかに使用しているはずである。……ネクタイか。


「気づいたようね。なんでこんなに鈍いのかしら……」


 いや、初見で気づいた両親やミヒャエラがすごいのだと思う。それにしても、ウルシュラが赤面する理由はよくわからなかった。気づかないうちに互いの色を使っていたのが恥ずかしかったのだろうか。






 ちなみに、のちになってから理由を尋ねてみると、


「いや……だって、お互いに意識してるみたいじゃない!?」


 という斜め上の回答が返ってきた。夫婦がお互いを意識して何が悪いのか。そう切り返すと、ウルシュラはクッションに顔をうずめて、顔を上げてくれなくなった。


 よくわからないが、ウルシュラがかわいらしいことはよくわかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ウルシュラが赤面した理由ですが、皆さんは、唐突に恥ずかしくなったりする経験はありませんか? ちなみに、私はあります。それまでなんでもなかったはずのことなのに、一度意識してしまうと恥ずかしくなるんです。ウルシュラの赤面の理由は、これに近いです。


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