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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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チェハーク監獄【2】

※殺人描写があります。ご注意ください。







 内装も外観と変わらず、どこのゴーストハウスだ、と言わんばかりのおどろおどろしさだが、掃除が行き届いており、懲役刑の囚人たちは、自由時間はかなり好きなことができるようだ。中には愛想よく挨拶をしてくれる人もいたくらいだ。


「中は意外と普通なのね……」

「そう言うのなら、手を放したらどうかしら」

「それは嫌」


 普通ね、と言いながら、エリシュカはウルシュラの手を放すことはなかった。まあ、その方がはぐれなくていいかもしれない。


 見回っていて初めて気が付いたのだが、外界から遮断されているこの監獄の中では、情報が十分に出回っていないらしい。ウルシュラを見て、彼女が新しい女王だ、と思う囚人が少なくなかった。シルヴィエ女王の時代に収容されたものが多いため、みんな、シルヴィエ女王のような気丈な女性が女王だと思うようだ。



 ほら、また。



「陛下……女王陛下。どうか、お慈悲を……」


 顔にあざ、手足に包帯を巻いた男がウルシュラに向かって手を伸ばしてきた。チェハーク監獄の所長がその囚人を追い払おうとする。しかし、ウルシュラは軽く手をあげて止めた。


「お、おお……女王陛下。わかってくださるのですか……お優しい。私をここから出してください……!」


 囚人の手がウルシュラに触れる前に、エルヴィーンがその囚人に剣を向けた。


「斬ってもいいか?」

「やめなさい」


 ウルシュラに制止され、エルヴィーンは切っ先を向けるだけにとどめる。護衛たちとユディタも剣の柄に手をかけて待機姿勢だ。女王だと思われているのはウルシュラだが、本物の女王エリシュカが彼女の隣に張り付いているので、襲ってくれば斬っても問題ない。


 ウルシュラは囚人の全身をざっと見て言った。


「逃亡未遂、ほかの囚人への暴行、看守への暴言ってとこかしら?」

「は、はあ……確かに、その囚人は素行が悪く、おっしゃられたことを行いましたが……」


 ノヴォサート所長が戸惑いながら肯定した。ウルシュラは口角をあげ、まるで悪役のような笑みを浮かべた。


「先代女王にはむかい、行動を改めもしないで新女王に許しを請うか。恥を知れ」

「しかし……! 看守から囚人への暴行は!」

「許可されていないわね。でも、逃亡する囚人や、ほかの囚人といさかいを起こしている囚人を殴って止めるのは仕方のないことだわ。だって、あなた、暴れるでしょう? 看守は囚人を守る義務はあるけど、それで自分が怪我をしたら笑い話にもならないわ」


 顔の半分が腫れあがった囚人はよろよろと2・3歩後ろに下がった。ウルシュラは畳み掛ける。



「出してほしければ素行を改めることね。それとも、一度監獄から出て、もう一度捕まってみる? 今度は言い逃れできない、終身刑か死刑になる罪で」



 ウルシュラのきつい言葉に、囚人はついに逃げ出した。エルヴィーンは剣を鞘に収めながら言った。


「斬らせてほしかったな」

「あんな奴、斬る価値もないわ」


 ウルシュラはエリシュカにとられていない方の手を腰に当てて言った。ノヴォサート所長が恐る恐る尋ねる。


「あの~。追わなくてもよろしいので?」

「別にいいわよ。ここに生涯いることが、すでにあの男にとっての罰なのだから……」


 ニヤッと笑うウルシュラの笑みに寒気がした。背筋が震える。



「っていうか、女王はエリシュカだって訂正しなくてもよかったの?」



 ユディタが尋ねた。中が割と普通であるためか、ユディタはだんだん調子を取り戻しつつある。


「だって、私が女王だと思われてた方が都合がいいじゃない。あなたほどじゃないけど、私も剣は使えるし」


 さらっとウルシュラが言った。これまで女王だと勘違いされても、訂正してこなかったのはそのためか。


「自分で危険に突っ込んで行くのはダメよ」

「そんな事しないわよ。さすがに。魔法が使えるならまだしも、ここで襲われたらすぐに逃げるわ」

「ならいいわ」


 エリシュカがほっとしたようにそう言った。ぶっちゃけ、彼女よりほっとしたのはエルヴィーンだったろう。


 監獄のかなり奥まで入ってきた。これ以上行くと、終身刑となっている銃犯罪者が収容されている区画に入るらしい。今日はそこまで行かない予定だ。


「だいたい見て回ったかしら」

「……やっと帰れるわ」


 ぽそっとつぶやいたエリシュカに、ウルシュラが苦笑した。視察の間、エリシュカはずっとウルシュラの手を握っていた。


 そのおかげで、ウルシュラはエリシュカをかばうことができた。ウルシュラはエリシュカの手を強く引いて、彼女の肩を抱きかかえた。


 先ほどまでエリシュカがいたところに、大型の斧が突き刺さっていた。


「な……っ!」


 エリシュカが眼を見開いた。エルヴィーンたちが剣を抜く。しかし、エリシュカ・ウルシュラと護衛・ユディタの間には襲撃者が割り込んできたため、彼女らの方に駆けつけることができない。


 その襲撃者は、かなり怪しい恰好だった。いや、この監獄の雰囲気を考えればあっているのだが、怪しかった。


 黒いマント、フードをかぶり、仮面をしている。マントの下には時代遅れの正装。体格から、男であることがわかる。


 襲撃者は斧を床から引き抜いた。カレルがノヴォサート所長に「誰!?」と尋ねている。所長は首を左右に振るばかりだ。



「エリシュカ! ウルシュラ!」


 ユディタの声に、エリシュカを抱えたまま硬直していたウルシュラがびくっと震えた。そして、声を張り上げる。



「……っ! 構わないわ! 斬り殺しなさい!」



 副宰相の許可が下りたところで、ユディタを含め、護衛たちは襲撃者に襲い掛かる。しかし、自分が襲われていることを気にも留めず、襲撃者はエリシュカに向かって斧を振り下ろした。再び、ウルシュラがエリシュカの肩を押して攻撃を避ける。


 エリシュカを背後に押しやったウルシュラが剣の柄に手をかける。しかし、魔法が使えない1人の女性である現在のウルシュラがかなう相手ではない。


「っ! やぁっ!」


 ツィリルが掛け声とともに、斧を持ち上げようとした襲撃者の手を切り落とした。エルヴィーンとラディムの剣が背後から襲撃者を貫く。襲撃者はくぐもったうめき声をあげて、床に血だまりを作りながら倒れた。


「! エリシュカ!」


 突然くずおれたエリシュカに、ウルシュラが驚きの声を上げる。エリシュカは弱弱しく微笑んだ。


「ご、ごめんなさい……腰が抜けちゃって」

「……そう」


 何ともないことに少しほっとした様子でウルシュラはうなずくと、近づいてきたユディタにエリシュカを預け、自分はエルヴィーンたちが囲んでいる倒れた襲撃者に近づいた。


「……死んでる、わよね?」

「たぶんな」


 エルヴィーンがうなずくと、ウルシュラはスカートに血が付かないようにしゃがみ込み、手を伸ばして襲撃者の仮面を取ろうとした。その手をエルヴィーンがつかむ。


「やめておけ」

「人の死に顔を見るのは初めてじゃないわ」

「それでも、やめておけ。頼むから」

「……わかったわ」


 ウルシュラは仮面から手を引いた。襲撃者を調べるのは、後でもいい。今は、早くここから出たほうがいい。


 どうしてもエリシュカの足腰が立たなかったので、エリシュカはラディムが抱えた。エリシュカをかばっていたウルシュラは、気丈にも自分の足で監獄から出たが、堀を越えたところで足を止めた。


「ウルシュラ?」

「どうした?」


 ユディタとエルヴィーンが尋ねた。見るとウルシュラは細かく震えていた。


「ごめん……先に行ってて。すぐ行くから」


 今になって襲われた恐怖が襲ってきたのだろうか。彼女はエリシュカを護る義務があったし、どんなに恐ろしくても、襲撃者の前に立たなければならなかった。その時は怖がっている暇はなくても、後から突然恐怖が襲ってくることがないわけではない。


「すまない。先に行ってくれ。すぐに追いつく」


 ウルシュラと同じことを言いながら、エルヴィーンは彼女に近づいた。背後から「ちょっと見たいわ……」「俺は見たくないので、行きます」という会話が聞こえるが、エルヴィーンは気にせずウルシュラの体を抱きしめた。


 抱きしめると、彼女が震えていることがよくわかった。軽く背中をたたいてやると、ウルシュラから嗚咽おえつが漏れた。


「大丈夫だ。怖かったな」


 あやすように言うと、ウルシュラは声をエルヴィーンにしがみついて泣き始めた。しばらく背中をさすっていると、ウルシュラはだんだん落ち着いて行った。顔をあげて微笑む。


「大丈夫。ありがとう」


 泣いて充血した目で、それでもいじらしく微笑むウルシュラを見て、エルヴィーンは自分の理性が焼き切れるのを感じた。ウルシュラの後頭部に手をやると、衝動のままに口づけた。


「……ん、ぅ」


 ウルシュラが甘い声を漏らした。エルヴィーンは彼女により深いキスをする。長いキスにウルシュラの体から力が抜けた。


「っと」


 倒れかけたウルシュラの腰を支える。先ほどまでとは違う意味で涙目になったウルシュラは、それでもエルヴィーンを睨みあげた。


「いきなり何するのよっ」

「……すまん。ちょっと調子に乗った。歩けるか?」

「大丈夫よ」


 すぐに立ち直ったウルシュラであったが、一歩を踏み出す前に体勢を崩した。結局、エルヴィーンが抱き上げることになった。


「絶対に根掘り葉掘り聞かれるわ……」


 そう言いながらもウルシュラは落ちないようにエルヴィーンの首に腕をまわした。だれに、とは言わなかったが、エリシュカとユディタのことを言っているのだろう。あの2人ならやりかねない。


「あなたの得意な口論で勝てばいいのでは?」

「あのね。あの2人とはもう20年近くの付き合いなのよ。はぐらかされるわけないでしょ、あの2人が」


 エルヴィーンの意見はすげなく却下された。20年近くの付き合い。ウルシュラは今22歳なので、生まれたころからの付き合いと言うことだ。幼馴染と言っていいだろう。エリシュカは『親友』を主張しているが。そのせいか、ウルシュラの夫となったエルヴィーンは、時折女王に嫉妬を向けられている。


「……まあ、俺もいろいろ聞かれそうだから、そこはおあいこと言うことで頼む」

「……おあいこ、ねぇ」


 ウルシュラは首を傾けると、エルヴィーンの首に回していた腕を解き、代わりに両手で彼の頬を包んだ。そのままウルシュラが唇を重ねてくる。驚いたエルヴィーンは足を止めた。


 軽く触れるだけのキスをして、ウルシュラは唇を離した。エルヴィーンが彼女の顔を見ると、彼女は微笑んでいた。


「……あなたは」

「これで本当におあいこね」


 いたずらが成功したような顔で、ウルシュラは言った。エルヴィーンは呆れが半分、感心が半分で微妙な表情になる。しかし、こういうところもかわいらしいと思った。



 ちなみに、この場所は、エリシュカたちの馬車から見える距離のところだった。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


まず、この2人いちゃついておりますが、場所は監獄の前です。

ウルシュラはひねくれています。自分もチェハーク監獄の雰囲気が怖いのですが、隣の二人エリシュカとユディタが明らかに怖がっているので、自分は平気な振りをしているという……。そして、それがエルヴィーンにはばれているという。


次のチェハーク監獄【3】でチェハーク監獄シリーズは終了です。


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