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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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チェハーク監獄【1】

続き物です。ホラー系ではありません。









 チェハーク監獄……その始まりは、レドヴィナの初代女王エヴェリーナの時代までさかのぼるという。レドヴィナを平定した初代女王にはむかった反逆者たちが投獄されたのが、この監獄なのだ。そのため、建物自体はかなり古い。


 チェハーク監獄が存在するのは、レドヴィナ王都クラーサから北に馬車を3日ほど走らせたところだ。女王の直轄地であり、女王は任期中にこの監獄を視察するのが習わしである。


 そんなわけで、治世3年目の女王エリシュカも視察に来ていのだ。同行しているのは副宰相のフィアラ大公ウルシュラ、宰相の代わりに連れてこられたというユディタ、そして、女王の護衛4人。おなじみのエルヴィーン、ラディム、カレル、ツィリルだ。計7人と言う、女王の視察にしては小規模の団体だった。


 おそらく、小規模なのはウルシュラとユディタが剣を扱えるからだろう。むしろ、剣を扱える女性であるため、女王に同行したと言ってもいい。


 ストレスがかかると馬車酔いを起こすエリシュカが一緒であるため、行程はゆっくりだった。まっすぐ走らせれば3日で到着するところを、4日かけて進み、1日休んでからチェハーク監獄に行くことになった。


 泊まるのは、代々女王に引き継がれる別邸だ。この別邸はチェハーク監獄が見える位置にある。



「チェハーク監獄は今から400年ほど前、初代女王エヴェリーナの時代に作られた監獄よ。もともと、王都を護る要塞だったものを、監獄に転用したらしいわ」



 ちゃんと予習してきたらしいウルシュラが解説を始めた。夕食後、別邸のリビングに集まった6人は、ウルシュラの解説を聞いていた。


 チェハーク監獄は女王に対する犯罪を働いたものを投獄する監獄として知られる。レドヴィナで最も有名な監獄と言っていい。初代女王エヴェリーナがレドヴィナの女王候補制度を確立させるときに、彼女に対して反乱を起こしたものが投獄されたことからチェハーク監獄の歴史は始まるのだ。



「もともと要塞であったため、建物は堅牢。攻め込むことも、逆に逃げることも難しいとされるわ。まあ、だから監獄に転用されたんでしょうけど」



 ウルシュラは食後のコーヒーに口をつけてから、再び口を開く。



「ま、外からパッと見た感じ、レドヴィナ宮殿よりも攻めにくいわね。要塞だから当たり前だけど、外側には塀と堀。しかも、建設材料は現在ではもうほとんど産出されないと言う消魔石しょうませき。よって、監獄の中に入ってしまえば、魔法は使えないわ」



 そのため、チェハーク監獄は魔法犯罪者を捕らえておくことにも使われる。魔法を打ち消す消魔石しょうませきは、魔術師があまりいなくなった現在では、それほど意味がないように思われるが、消魔石は硬く、この素材で作られた城は通常の城攻めの方法では落城させえないと言われている。



「もちろん、外からの魔法攻撃にも耐えられる。でも、中から外に魔法を放つこともできない。だから、攻めにくいけど、中からも攻撃できないってことね。まあ、今はこんなこと、関係ないわ」



 ウルシュラはぴん、と右手の人差し指を立てる。



「この7人の中で魔術が使えるのは、私、エリシュカ、カレルの3人ね。魔法素養だけなら、ツィリルもあるでしょうけど。それはともかく、私たちは監獄の中に入ってしまえば、魔法は使えないわ」

「……わたくしは、魔法力が治癒術に傾いているからあまり関係ないけど、ウルシュラとカレルは攻撃魔法が使えなくなるのね」


 エリシュカが首を傾けつつ言った。彼女の魔術は治癒術だ。これが専門であるため、エリシュカは魔法が使えても使えなくても、どちらにしろほぼ戦闘力皆無である。


「まあ、攻撃魔法が使えなくなるって言っても、私は魔法を剣術の補助に使う魔法剣士ですから、さほど影響はありません」


 大丈夫です。とカレルは微笑む。もしかしたら、一番の問題はウルシュラなのかもしれない。


「私も魔法剣士のくくりだけど、剣術と魔法は別使用だから問題ないわ。まあ、知覚魔法が使えなくなるのは痛いけど。話を続けるわね」


 一通り魔法について確認したウルシュラは話を戻した。



「それで。現在収容中の囚人は63人。その中で終身刑の在任は12人。これは、全員シルヴィエ様の時の犯罪者ね。エリシュカ治世になってからチェハーク監獄に送られた者は7人しかいないわ」



 ほかはすべて別の牢獄に送られているらしい。チェハーク監獄の歴代最大収容人数は四代前の女王の時の137人なのだそうだ。



「まあ、懲役を行っているのは比較的軽度な犯罪者だし、重度犯罪者は檻の向こう。特に問題ないけど……ちょっと気になる噂が」



 ウルシュラが声を低めたので、全員何となく前のめりになる。ウルシュラは眉をひそめつつも言った。



「何でも、監獄内で巡回の看守が襲われたんですって。死んではいないけど、犯人は不明って話よ。監獄側は否定しているようだけど」

「……誰か住みついてるってことかな?」



 ユディタが不思議そうに首をかしげながら言った。ウルシュラは肩をすくめる。



「そこまではわからないわよ。でも、囚人が『明らかに時代錯誤の服を着た人間を見た』って話もあるらしいわ」

「……ゴーストかしら?」



 若干蒼ざめながら、エリシュカが尋ねた。さあね、とウルシュラ。



「魔法の全盛期の時代ならともかく、この時代にゴーストなんていないと思うわよ。っていうか、チェハーク監獄は消魔石で囲われてるんだから、そんな魔法的なものは出ないと思うわよ」

「それもそうね」



 エリシュカがいくらかほっとした調子でうなずいた。



「とにかく、看守を襲ったやつも、囚人が目撃したやつも、実体のある人間のはずだわ。憶測だけで動くのは危ないけれど、仮にゴーストだったとしても、怖いだけで実害はないから問題ないわ。だからみんな、相手は実体があるものとして行動するのよ」



 護衛たちが力強くうなずく。さすがのラディムも、この時ばかりは真剣な様子だった。


 ウルシュラによる説明会が一段落し、今夜はお開きになった。護衛が4人しかいないので、全員近くの部屋に寝泊まりだ。エリシュカの部屋の両隣に、ウルシュラとユディタの部屋がある。


「エリシュカ。私、やっぱり同じ部屋で寝ようか?」


 1人にするよりはいいだろう、と言う調子でウルシュラがエリシュカに言った。エリシュカはふふふ、と笑っている。


「大丈夫よ。何かあったら悲鳴を上げるわ。あなたもユディも駆けつけてくれるでしょ?」

「……まあね」

「うん。女王様の騎士役は任せて」

「……」


 ノリの良いユディタに、ウルシュラは呆れたような表情で目を細めた。エリシュカも「あら、お願いしようかしら」などと言っている。この3人の関係がいまいちよくわからない。


「……じゃあ、私はもう寝るわ。エリシュカ。本当に大丈夫なのね?」

「ええ、平気。あ、あなたとエルヴィーンが仲良くしてるところを見せてもらえるといいかも」


 これにはそばに控えていたエルヴィーンもさすがに呆れて眼を細めた。ラディムはドン引きしている。ウルシュラは切れ長気味の眼でちらっとエリシュカを見下ろすと、


「おやすみ」


 クールにそれだけ言って自分の部屋に入った。がちゃっ、と鍵をかける音まで聞こえた。ふう、とエリシュカが息を吐く。


「あなたたち、似てきたわね」


 自覚のあったエルヴィーンは答えた。


「放っておいてください」











 翌日。一行はチェハーク監獄の正面入り口にまで来ていた。掘りを越え、塀の中に入り、その堅牢な建物を見上げる。


「……なんていうか」

「雰囲気があるわね」

「……」


 ユディタ、ウルシュラ、エリシュカが並んで建物を見上げているが、エリシュカは完全に言葉がなかった。心なしか体が震えている気がした。ユディタも少し声が震えていた。いつも通りの口調なのは、ウルシュラだけである。


 しかし、彼女の精神力と言うか、取り繕う能力は異様に高い。もしかしたら、怖いのを我慢している可能性があった。



「う、ウルシュラ……」



 半泣きでエリシュカがウルシュラの手を握る。女王にすがりつかれたウルシュラは、肩ごしに後ろにいる護衛たちを振り返った。


「いい? 4人とも。チェハーク監獄の敷地に足を踏み入れた以上、もう魔法は使えないわ。使おうとしても発動しないし」


 って、使ってみようとしたのか。その辺がウルシュラらしい。


「もしも、襲ってくるものがいたとしても、魔法は使えないわ。ためらわず、斬り殺しなさい」

「う、ウルシュラ! それは、さすがに……!」

「こればっかりはエリシュカのお願いでも聞いてやれないわ。あなたは私たちから離れないこと。絶対に1人にならないのよ。ユディ、あなたは大丈夫ね?」

「私は君の精神力に感服しているところだよ……」

「何言ってるの、あなた」


 ウルシュラは眉をひそめているが、ユディタの反応は一般女性として通常の反応である。いや、彼女は何故か男装しているが、背が高いので割と似合っている。


 たとえ内心怖がっているのだとしても、それをうかがわせないウルシュラの精神力は確かに大したものだ。このおどろおどろしい建物を見て顔色を変えなかったのは、彼女とカレルだけだ。エルヴィーンもさすがにビビった。


「大丈夫よ。雰囲気だけよ、雰囲気だけ。と言うか、魔法を使えなくなるという恐怖がある私たちよりビビってどうするのよ」

「大公とは精神構造が違うんだよ!」


 ビビりつつもラディムが叫んだ。ウルシュラは彼を少し睨むと、青い顔で待っていた壮年の男性に言った。


「ノヴォサート所長。行くわよ」

「は……いや、しかし、よろしいので?」

「この人たちが落ち着くのを待っていたら、いつまでたっても中に入れないわ」


 チェハーク監獄の所長は半泣きの女王を見て申し訳ないような顔になりつつも、特に反論がなかったので、中に案内することにしたようだ。


 エルヴィーンですら足を踏み入れるのにためらう建物に、ウルシュラはエリシュカと手をつないでずかずかと入っていく。エリシュカは手をつないでいるので引きずられている状態だ。ユディタもウルシュラから離れるまい、とついて行く。


 ちなみに、今日は護衛たちだけでなく、ユディタとウルシュラも帯剣していた。男装のユディタはともかく、ブラウスに濃い緑のロングスカートのウルシュラは、帯剣している姿にかなりの違和感があった。


 本当に、戦闘力がないのはエリシュカだけ。どこにいてもそうだが、エリシュカの命を最優先しなければならないと改めて肝に銘じた。


 そして、4人の護衛たちも監獄に足を踏み入れた。







ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


人が多くなると、途端にエルヴィーンがしゃべらなくなります。なんかしゃべれ。

でも、よく見たらツィリルがほんとにしゃべってなかった。


チェハーク監獄【2】を製作中ですが、すでに砂糖を吐きそうです。


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