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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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ラディム








 最近のラディムは、職場で常識人なのは自分だけではないだろうかと疑っている。



 女王の護衛に選ばれた当初、ラディムは女王エリシュカをとても尊敬していた。いつでも優しく微笑み、なんでも受け入れてくれる女王。護衛であるエルヴィーンの子とも尊敬していた。ラディムは、訓練で試合を行っても、エルヴィーンに勝つことはついにできなかった。



 しかし、最近は思うのだ。



「エルヴィーンって、フィアラ大公に感化されてきてねぇ?」


「そうだね」


「女王陛下、エルヴィーンとフィアラ大公を見てニヤニヤしてるよな」


「今更過ぎるよ、それは」



 同僚のカレルに苦笑気味に肯定され、ラディムはうなった。



「あいつら、最近空気が甘いんだよ!」


「まあ、新婚さんだしね。あとラディム。あんまり暴れると、本が崩れるからやめて」



 カレルにツッコミを入れられ、とりあえずラディムは本を抱え直した。今、お使いで王宮書庫に行ってきたところなのだ。ラディムもカレルも大量の本や資料を抱えている。


「陛下、チェハーク監獄に行くつもりらしいねぇ」


 そう言ったカレルが持つ資料の中には、チェハーク監獄に関する資料が含まれているのだ。ラディムが持っているものはほぼ法律書である。


「女王の慣例なんだろ。チェハーク監獄に視察に行くの」

「そうだね。治世の初めと、最後に行く女王が多いかな。僕も聞いた話だからよくわからないけど」


 そう言ってカレルは笑った。ラディムもそこそこ顔立ちが整っている自覚はあるが、カレルは「天使の美貌」と呼ばれるほどの美貌を持つ。美形と言えば、最近空気の甘いエルヴィーンも美形だが、彼はきれいとしか言いようのない美形であり、カレルとはちょっと種類が違う。


「……フィアラ大公も一緒だよな」

「チェハーク監獄に関しては、あの人の管轄だから仕方ないよ」

「まあ、な……」


 宰相と副宰相は、2人で管轄内容を分けている。チェハーク監獄、つまり軍事的なものは副宰相であるフィアラ大公の管轄だ。


 ラディムはフィアラ大公に複雑な念を抱いている。14歳の時、実質的に降られているのだ。いや、これに関しては逆恨みだが、彼女はあまり性格がよろしくないのも事実だ。ラディムの14歳の時の恨みと、フィアラ大公の性格の悪さが出て、面と向かうとどうしても喧嘩腰になってしまう。


 何が言いたいかと言うと、ラディムはフィアラ大公が苦手なのだ。まず、何を考えているかわからないし、最近は空気が甘いので、胸やけがしてくる。


 そんなラディムが胸やけを覚える様子をニヤニヤしながら見ているのが、女王エリシュカだ。即位したときはこんな人ではなかった気がするんだが。気のせいなのだろうか……。


「まあ大丈夫だよ。まさか、護衛が君だけってことはないだろうし。たぶん、私も連れて行かれるし」


 カレルがからりと笑って言った。最近、エルヴィーンが結婚してしまったためか、女王の護衛ローテンションが、エルヴィーンからカレルへと徐々に移りつつある。そのため、最近のラディムはカレルとともにいることが多かった。






 女王の執務室では、ラディムとカレルがお使いに行っている間、ツィリルが護衛についていた。2人が執務室に戻ると、ちょうど宰相のバシュタ公爵が来ていた。


「それでは、こちらに御璽をお願いします……それと、すでに、官僚試験の申し込みが殺到しておりますが」

「わかりました。応募者をリストアップして届けてください。官僚試験は、内務省の管轄でしたね?」

「現在、教育省と協力して鋭意制作中だそうです」

「そうですか。最後に、ウルシュラに提出してください。彼女が確認します」

「ああ。それで、一時的に私の所にインフラ関連の仕事が回ってきているのですね」


 バシュタ公爵が納得したようにうなずいた。エリシュカが「それもあります」と微笑む。


「それに、彼女をチェハーク監獄に連れて行こうと思っていますので。しばらく経済関連の仕事はお任せします」

「わかりました」


 バシュタ公爵がうなずいた。この人は有能なのだが、何を考えているのかいまいちわからないところがある。


「ああ、2人とも、お帰りなさい」


 エリシュカがラディムとカレルを見てふわり、と微笑んだ。扉を開けてくれたツィリルが、大量に資料が積み重なっているエリシュカの執務机を少し整理して空けた。そこに、ラディムとカレルは王宮書庫から持ってきた本と資料を置いた。


「何の資料ですか?」

「チェハーク監獄に行くので、少し予習です。それと、議会で議決した法案について頭に叩き込んでおこうと思いまして、法律書も」


 エリシュカはにっこり笑ってバシュタ公爵に答えた。春期議会は今日閉会したばかりだ。そこで成立した法案を理解しておきたいらしい。ちなみに、現在も議会でのウルシュラとエリシュカの討論は続いている。


 バシュタ公爵が女王の御前を辞した後、カレルが小首を傾げてエリシュカに尋ねた。


「法学と言えば、フィアラ大公ですが」

「彼女の説明はある程度知識がないと難しいのよ。やはり、頭のいい人は違うわね」


 エリシュカはおっとり微笑んで言った。ラディムに言わせれば、エリシュカも十分頭がいいのだが。


「チェハーク監獄は政治犯が収容されているんですよね」


 ラディムが確認するように尋ねると、「おおむねそうね」と言う返事が返ってきた。


「政治犯と言うか、女王に対する犯罪者が収容されるのよ。軽度だと懲役刑もあるけど、重度だと終身刑ね。まあ、これはウルシュラの受け売りなのだけど」


 ニコッと笑ったエリシュカに、何となく悪意を感じるラディムである。そこに、ツィリルのつぶやきが聞こえた。



「女王に対する犯罪者かぁ……下手したら、僕らも今頃そこにいたかもしれないってことですねー」

「……そうかもしれないわね」



 少々返答に困る言葉に、エリシュカは何とかそれだけを言った。ツィリルは、「赤の夜事件」を起こした先代フィアラ大公の甥にあたる。あの事件で、ウルシュラがうまく立ち回っていなければ、フィアラ大公家の血をひく者のとして、チェハーク監獄に収容されていた可能性はある。実際に、法学の知識のあるウルシュラがそう言っていたので、おそらく間違いない。


 このツィリルと言う少年だが、外見はウルシュラのようなきつさはなく、むしろ優しげなのだが、何となく性格はウルシュラに通じるものを感じた。


「なぁ、ツィリル。お前の従姉夫婦、何とかならねぇ? 見てると胸焼けしてくるんだけど」


 女王が執務を行い始めたので、脇によったラディムはツィリルに愚痴る。ツィリルは「ははは」と笑う。


「僕らにウルシュラ姉上が止められるなら、とっくの昔に止めてるよ。それに、幸せそうだから、いいじゃん」

「ほら、ツィリルもそう言ってる。幸せのおすそ分けをしてもらったと思えばいいんだよ」


 カレルもツィリルに同意するように言った。こいつら、実はメンタルが強いのかもしれない。


 だが、たびたび2人の逢引きを目撃するラディムの身にもなってほしい。手をつないでいるくらいならいいが、一度キスシーンを目撃したことがある。すぐに逃げたけど。何となく、結婚してエルヴィーンもウルシュラも性格が変わっている気がした。


「まあ、それはラディムの運が悪いだけじゃない?」

「ある意味いいのかもしれないけど」


 カレルとツィリルはラディムの訴えを聞いてそう受け流す。確かにタイミングは悪い気がしていたので、言い返せなかった。


「まあでも」


 報告書を読んでいると思われたエリシュカが口を挟んできた。彼女はこちらを見て微笑む。


「喧嘩されるよりはましだわ。ウルシュラは喧嘩を始めると、徹底的にやるわよ」


 そう言われて、護衛は3人とも、フィアラ大公夫妻の喧嘩を想像した。……が、どうやらラディムは想像力に乏しかったらしく、想像できなかった。


「……陛下。俺は喧嘩してるところが想像できません。フィアラ大公は一方的に怒るところなら想像できますけど」

「……言ったのはわたくしだけど、確かにわたくしもちょっと想像が難しいわね」


 どうやら、想像できなかったのはラディムだけではなかったようだ。どう考えても、エルヴィーンがウルシュラに怒るところを想像できなかった。そもそも、あの男は怒るのだろうか……。












 一方、怒るところが想像できないと同僚に思われているエルヴィーンは、今日は女王の護衛ではなく宮廷警護を担っていた。宮廷警護と言ってもいろいろあるが、エルヴィーンは巡回係だった。


「それで、何だ? あと、ネクタイを引っ張るな」


 機嫌は悪そうだが、怒るには至っていない。彼のネクタイをつかんでいたウルシュラは「あら、ごめんなさい」と悪びれない様子で言い、彼のネクタイから手を放した。それから彼女はため息をついた。


「今日、帰宅が遅くなるかもしれないわ」

「そうか。終わるまで待ってる」

「……ごめんなさい」


 先ほどネクタイを引っ張ってきた人物とは思えない声音で、ウルシュラは謝罪を口にした。エルヴィーンは手を伸ばしてウルシュラの頬に触れる。


「こういう時は謝るのではなく、礼を言うものだ」


 ウルシュラが数度瞬きする。エルヴィーンがじっと見つめていると、ウルシュラは小さな声で言った。


「……ありがとう」

「ああ」


 エルヴィーンが笑みを浮かべたところに、一緒に巡回中だった同僚が様子を見に戻ってきた。そして、自分たちの世界が出来上がっている夫婦を見て、回れ右をした。




 きっと、ラディムもこういう風景を目撃している。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たぶん、これは、ラディムのタイミングが悪いだけです。でも、きっと、ウルシュラとエルヴィーンは、結婚して性格が丸くなっているとは思う。

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