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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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エリシュカ

今回は女王エリシュカ視点です。








 レドヴィナ女王エリシュカは、宮殿の自室に飾ってあるブーケを手に取った。すでにこのブーケを作ってから半月以上が経過しているが、魔法で保たれたそのブーケはいまだみずみずしく美しい。


 このブーケはカサブランカと、アクセントにピンクのプリムローズが使われている。そう、これはウルシュラが結婚式で使ったブーケだった。







 レドヴィナに、ブーケトスなどの習慣はない。しかし、スヴェトラーナ帝国にはあるそうだ。半分、スヴェトラーナ帝国の血が入っているウルシュラは、式が終わった後、エリシュカにブーケを手渡してきた。


「あげるわ」


 彼女らしい素っ気なさで、ウルシュラはブーケを差し出した。とりあえず受け取ったエリシュカだが、レドヴィナには花嫁が使ったブーケをどうこうする、と言う風習はないため、戸惑った。


「えっと。どういうこと?」


 白いウエディングドレスをまとったウルシュラは、エリシュカを見て眼を細めた。


「スヴェトラーナ帝国では、花嫁のブーケをもらうと、幸せな結婚ができるんだって」

「……わたくし、たぶん、結婚しないわよ」

「わかってるわ。でも、エリシュカには幸せでいてほしいもの」


 エリシュカが自分より背の高い花嫁を見上げると、彼女は見たことがないくらい優しい表情で微笑んでいた。


「カサブランカは、『ユリの女王』って呼ばれてるのよ。あなたにふさわしいと思わない?」


 レドヴィナの女王であるエリシュカに、『ユリの女王』のブーケを渡す。エリシュカは何となくおかしくて笑った。


「……ありがとう。そう言うことなら、もらっておくわ」


 これはウルシュラの優しさだ。ちょっとひねくれている彼女は、本当にエリシュカの幸せを願っている。どれだけひねくれていても、どれだけ否定しようとも、ウルシュラは優しい人だ。







 彼女らの結婚式を思い出すと、エリシュカは「ふふっ」と笑いたくなる気持ちと、申し訳ないような気持ちが同時に浮かぶ。


 レドヴィナの冬は寒いため、結婚式は春から秋にかけて行われることが多い。ウルシュラとエルヴィーンの結婚式も春先だった。ちょうど、ウルシュラの誕生日が来てすぐのころだ。



 そして、その時期に官僚の異動と新事業が重なった。



 官僚の異動だけならまだよかった。人事の管轄は副宰相のフィアラ大公ではなく、宰相のバシュタ公爵だからだ。しかし、新事業、と言うかインフラ整備はウルシュラの管轄だった。


 あらかじめ、結婚式がその時期にあることがわかっていたので、先にやるべきことはすべて終わらせていたはずだった。しかし、官僚の人数が足りない上に、異動でばたばたしている間に、インフラ整備に関する書類がなくなっていたのである。発覚したのは結婚式の3日前。


 副宰相であるウルシュラは、「書類を探すよりも記録を探して書類を作り直したほうが早いわ!」、と言い、簡易ではあるものの2日で書類を作り直して見せた。1日余裕があったとはいえ、確認のため、ウルシュラは結婚式前日にも関わらず、登城してきた。


 本当に、頭が下がる。結婚式を終えて新婚さんとなった後も、1日休んだだけで登城してきた。いや、現状、ウルシュラに抜けられると政務が回らないのは確かだが、ウルシュラと、それ以上に彼女の夫であるエルヴィーンに悪いことをしている気がするエリシュカだった。


 エリシュカが「休んでいいわよ」と言えないくらいには、ウルシュラは有能だった。彼女1人がいるだけで、何事も効率が良くなるから不思議だ。


 しかし、このままウルシュラに寄りかかったままでは、そのうちウルシュラは倒れてしまうだろう。エリシュカはため息をついた。


「ねえ、どうすればいいかしら……」

「突然何の話ですか」


 今日の護衛はくだんのウルシュラの夫エルヴィーンと、かつてウルシュラと縁がありそうだったと言うラディムだ。エルヴィーンは結婚したため、女王の護衛任務の回数は徐々に、彼よりカレルの方が多くなってきているが、今日はたまたま彼が護衛についていた。


「いえね。今の方法じゃ、ウルシュラの負担が重いな、と思って」

「ああ。なんだかんだ言っていろいろやってくれますもんね、フィアラ大公」


 同意するようにラディムが言った。ラディムとウルシュラは関係がこじれて、面と向かうと喧嘩腰だったのだが、最近は何となく、関係が改善されてきている気がした。


 エルヴィーンの意見も求めようと彼を見ると、少し間を開けてから口を開いた。


「……そうですね。昨日は座ったまま寝ていました」

「……そうよねぇ」


 エリシュカは再度ため息をつく。ウルシュラには横になるとすぐに寝いることができる、という妙な特技があるが、座ったまま寝ているのはもうアウトだろう。彼女は相当疲れている。


 エルヴィーンはウルシュラを大切に思っている。基本的に彼はウルシュラに振り回されているが、近くで彼らを観察できているエリシュカは、ウルシュラに会うと、エルヴィーンの頬が緩むのを何度か目撃していた。


 甘いのである、エルヴィーンは。ウルシュラに。ウルシュラもエルヴィーンのことを信頼しているのがわかる。彼女がエルヴィーンに見せる笑顔は、エリシュカが向けられたことのない笑顔だ。



 エリシュカとウルシュラのやり方は交わらない。まるで背中合わせだ。いる場所は同じなのに、見ている方向が違う。きっと、2人のやり方が交わらないのはそのせい。



 エリシュカはウルシュラを友人だと思っている。ウルシュラも、たぶん、エリシュカのことを嫌ってはいない。その証拠が、あのブーケだ。


 『赤の夜事件』のあと、爵位を継いでから思いつめたような様子を見せていたウルシュラが、今は幸せそうに見える。いくら政務の効率が上がるからと言って、その幸せを邪魔してはいけないと思う。


 それに、ちゃんと政治システムを確立しなければ、いざと言う時に困る。とはいえ、エリシュカにとってそれは専門外だ。これもウルシュラか、宰相のバシュタ公爵に任せるしかない。ちなみに、バシュタ公爵は視察中で王都にいない。



「ごめんねぇ、エルヴィーン。愛妻を借りちゃってて……」

「何寝ぼけたことを言ってるのよ、あなたは」

「!?」



 呆れたような声をあげた主を見上げると、ウルシュラがいつの間にか眼の前に立っていた。どうやら、エリシュカが考え込んでいる間に誰かがウルシュラを通したらしい。誰かがって、エルヴィーンかラディムしかいないが。いや、ウルシュラが勝手に入ってきた可能性もある。


「えっと。エルヴィーンにとってウルシュラは愛妻でしょう?」

「否定はしませんが、本人の前で言うことではないと思います」


 思わずエルヴィーンに同意を求めたら、そんな答えが返ってきた。エルヴィーンの隣でラディムが形容しがたい表情になっている。ウルシュラの方に顔を向けると、彼女はポーカーフェイスを保とうとしているが、顔がゆるんでいる。


 この夫婦は、真顔で甘い空気を醸し出すから恐ろしい。いや、そんな2人をにまにまと見守るのも楽しいのだが。



 しかし、エリシュカではウルシュラにこんな幸せそうな表情をさせることはできない。



 エリシュカは親友(だと思っている)の夫となった自分の護衛を睨んだ。


「わたくし、あなたに嫉妬したわ」

「それはなんかおかしくない?」


 今度こそ、ウルシュラは呆れた表情でツッコミを入れた。それより、とウルシュラは手に持っていた書類を差し出す。


「今日の議会の議案をまとめておいたわ。明日に持ち越しのものはこっち。解決したのはこっち。あと、チェハーク監獄の視察、どうする?」


 相変わらず仕事の速いウルシュラから差し出された書類の束を受け取ったエリシュカは、つづけられた言葉に何度か目をしばたたかせる。


「……わたくし、あなたにその話はしたかしら?」


 チェハーク監獄の視察の話しだ。エリシュカは、主に政治犯が投獄されるかの監獄への視察を計画していた。女王は任期中に一度は行くならわしなのだ。しかし、ウルシュラにその話をした覚えはない。


「何言ってるのよ。軍務関係が私の管轄になったでしょ。必然的に耳に入ってくるのよ」

「そう言えば、そうだったわね……」


 すべてがそうであるわけではないのだが、レドヴィナ国内のほとんどの監獄は、軍務省が管理している。バシュタ公爵とウルシュラは、2人で管轄内容を分けているのだが、軍務関係は現在、ウルシュラの管轄なのだ。


「行くなら、春期議会が閉会して、夏期議会が始まるまでに行ってくるしかないんだけど」


 春期議会はあと2週間ほどで閉会する。夏期議会が始まるのは、7月に入ってからだ。それから、夏期議会の終盤に社交シーズンも始まる。夏場は忙しいので、視察に行くなら、春期議会が終わってすぐのころがベストだ。


「わかりました。副宰相にお任せします」

「了解しました。予定を組んでおくわ」


 明朗な返事をしたウルシュラを、エリシュカはまじまじと見つめる。彼女を見ると、変わったな、と思うのだ。きれいになったと感じるのは、彼女が愛されているからだろうか。


 何より、ウルシュラはトレードマークともいえた眼鏡をしなくなった。彼女は最近よく割れるから、かけないことにした、と言っていたが、エリシュカはそうではないと考えていた。



 ウルシュラが眼鏡をかけなくなったのは、心に余裕ができたからだと思う。彼女が眼鏡をかけていたのは、変装に都合がいいからではなく、心の防波堤だったからだと思う。直接目を見られないことで、心を安定させていたのだと思う。



 ウルシュラの心に余裕ができたのも、エルヴィーンのおかげ。エリシュカは再度言った。



「ウルシュラ。やっぱり、わたくしはあなたの夫に嫉妬するわ……」

「!?」

「だから、それはおかしいって」



 心優しき女王に嫉妬心を向けられ挙動不審になるエルヴィーンと、遠慮なくツッコミを入れるウルシュラ。そんな3人を、ラディムが微妙な表情で見守っていた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回はエリシュカとウルシュラの話でした。

ずっとウルシュラを見てきたからこその、エリシュカの嫉妬です。きっとエリシュカは、ウルシュラがかわいくて仕方がないのです……。


でも、きっとエルヴィーンはウルシュラの最大の理解者。ウルシュラと考えが合わないエリシュカが、エルヴィーンに勝てないのは当然なのです。


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