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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
53/67

ミヒャエラ






 ミヒャエラはレドヴィナに5つしかいない公爵家の一つ、ニェメチェク公爵の孫娘だ。


 今年21歳になるミヒャエラだが、実家にお世話になっている。自分の長男の末っ子であるミヒャエラにニェメチェク公爵は甘い。


 だがしかし、一つ年上である友人が結婚したからか、最近よくお見合いが設置される。そして、たいてい相手の方から断られるのだ。


 ミヒャエラは現女王エリシュカと同期の女王候補だった。しかし、彼女が政治向きではないことは誰にでもわかっただろう。彼女の思考回路は独特で、周囲にもちょっと避けられている。


 そんな彼女は芸術のセンスがあった。彼女はコンサートを開けるほどのうでを持つピアニストだった。そのため、いくらでも縁談が来るが、それでもミヒャエラ本人を見て断られるのである。


 ミヒャエラは3人兄弟の末っ子だ。下の兄は女王陛下の護衛で、現在はニェメチェク公爵邸ではなく宮殿に暮らしている。長男である上の兄はすでに結婚していて、彼の妻は現在妊娠中だ。つまり、ミヒャエラは実家にいても、あまり居心地がよくないのである。空気が読めないといわれるミヒャエラであるが、さすがにそれくらいの雰囲気は読める。





「でも、ミーシャならピアニストとして生計を立てることもできるだろう?」

「……うん……」


 ミヒャエラは広場のベンチで足をぶらぶらさせながら言った。大貴族のご令嬢にあるまじきふるまいであるが、今はお忍びなので気にしない。


 ミヒャエラの外出に付き合ってくれたのは、同じく元女王候補のバシュタ公爵令嬢ユディタである。外交官としてずっと外国にいたのだが、春の配置換えで呼び戻され、レドヴィナに帰ってきたのだ。


 外務省所属なのは変わらないようだが、どうやら国内にとどまるようだ。ミヒャエラは少しほっとする。


「ユディが帰ってきてよかったわ……エリシュカは女王だし、ベラもウルシュラも結婚しちゃったし」

「ああ、ベラも少し前まで王都にいたんでしょう? 会えなかったなぁ」


 ユディタが笑って言った。彼女も大貴族のご令嬢にあるまじき大きな口を開けて笑った。そもそも、彼女は男装をしているので、そこからして貴族のご令嬢には見えないのだが。


 春になってすぐ、フィアラ大公にして副宰相にしてミヒャエラたちと同期の元女王候補であるウルシュラの結婚式が行われた。ミヒャエラも、女王エリシュカも、現在は嫁いでいてその家の領地にいる元女王候補イザベラも参列したのだが、ユディタだけはいなかった。何でも、招待状が手元に届かず、結婚したことも帰国してから知ったらしい。何だそれ。


 女王であるエリシュカも、結婚したイザベラとウルシュラも、そう簡単に話ができる相手ではない。イザベラは王都にいないから当然、なかなか会えないし、女王エリシュカもフィアラ大公ウルシュラも仕事が忙しい。


 そう言う意味ならユディタも官僚であるが、彼女は爵位があるわけではないため、比較的誘いやすいのである。


「まあ、気が強いベラとウルシュラも結婚できたし、ミーシャもその気があるのなら結婚できると思うよ。まだ若いし、急がなくてもいいし」

「……うん」


 よしよし、とユディタに頭を撫でられ、ミヒャエラはこくんとうなずいた。32歳独身の女に言われると何とも言えない気持ちになる。相談する人選を間違えたかもしれない。


 ふと、広場の中央にある噴水が眼に入った。子供たちがその周りで遊び、水に太陽の光が反射している。



「柔らかな光がはじける水滴に映り、光を返す。ああ、どうしてこんなに美しいのかしら……」



「……うん。今日も絶好調だね、ミーシャ」


 ユディタは苦笑で済ませたが、ミヒャエラがお見合い相手から断られる理由はこれである。きれいだ、と思うとこんなふうに詩的な言葉がこぼれるのである。ミヒャエラに悪気はないし、むしろ息をするように自然な現象なのだが、相手はこれを嫌がる。


 だから、ミヒャエラは友達も少ない。付き合ってくれる人もいるが、大体の人はミヒャエラを嫌がる。一歩引いて接するのである。


 ユディタが立ち上がり、ミヒャエラに向かって手を差し出した。


「じゃあミーシャ。ちょっと歩こうか」

「うん」


 ミヒャエラはユディタと手をつないで歩き出した。


 ミヒャエラはかなり小柄で、ユディタはかなり背が高い。そのため、2人が並ぶと大人と子供のようだ。顔一つ分ほど背丈が違う。ミヒャエラはユディタを見上げて言った。


「もう少し、私も身長が欲しかったな」

「背が高くてもあまりいいことはないよ。ドレスもオーダーメイドじゃないと入らないし」

「それもオーダーメイド?」

「これは既製品」

「……そう」


 男性の平均身長ほどの背丈があるユディタは、ドレスを買うよりも男性の服を買った方が楽らしい。ドレスだとすべてオーダーメイドだが、男性の服なら既製品でも入るというわけだ。


 まあ、確かにレドヴィナにいるときはともかく、他国にいる間にオーダーメイドのドレスを作るのは面倒かもしれない。そのせいで、男装が板についてきているのだろうか。


 フメラ川に沿って下流に向かって歩いていると、唐突にユディタが「おや」と声をあげた。ミヒャエラが彼女を見上げる。


「どうしたの?」

「いや、ほら、あそこ」


 ユディタが示す方を見ると、なるほど。川の下流の橋の上に一組の男女がいた。女性の方はふんわりした黒髪をしているが、間違いなく先日結婚したフィアラ大公ウルシュラだ。ちなみに、彼女はもともとストレートヘアである。ウェーブがかった今の彼女の髪はウィッグだと思われる。


 と言うことは、隣の背の高い男性は彼女の夫だろう。やたらときれいな顔立ちをしていたので、たぶん見間違うことはないと思う。ユディタほどではないが長身であるウルシュラと並んでも、彼はかなり背が高く見えた。


 2人は仲よさげに手をつないで歩いていた。いや、ミヒャエラとユディタも手をつないでいるが、それとはやはり雰囲気が違う。


「……やっぱり、丸くなったよね、ウルシュラ」

「……うん」


 ユディタの言葉にうなずく。遠目にもウルシュラは幸せそうで、相手も優しい目でウルシュラを見ている。



「……その笑みを私に向けられたなら、私はあなたのために何でもするでしょう……」



 今度は詩ではなく劇中のセリフのような言葉が飛び出してきたが、手をつないでいるユディタは軽く笑っただけで何も言わなかった。ミヒャエラはさらにつぶやく。


「いいなぁ……」


 うらやましい、とつぶやくと、ユディタが意外そうな目でこちらを見てきた。


「え、うらやましいって、ウルシュラが?」

「ううん……ウルシュラの旦那さんが」

「……そう。ぶれないね、ミーシャ」


 ミヒャエラは結婚するのならウルシュラやユディタのような人がいいなぁ、と思っていた。中性的な顔立ちの人が好き、と言うわけではない。そもそも、ウルシュラもユディタも背は高いが女性的な顔立ちをしている。かといって、ミヒャエラが同性愛者である、と言うわけでもなかった。


 ミヒャエラのウルシュラやユディタに対する思いはあこがれに近い。かっこいい、と思うのだ。意志がはっきりしていて、力もあって。彼女らはミヒャエラにない力がある。そして、彼女らはミヒャエラを疎まない。


 あまりにも見つめすぎたからだろうか。橋を渡りきってこちら側に来たウルシュラが、夫に小突かれてこちらを見た。彼女は笑顔でこちらに手を振った。どうやら、彼女には結婚して精神的余裕ができたらしい。彼女の夫もこちらに向かって軽く会釈をした。2人は手をつないだまま人ごみの中に消えた。


 ミヒャエラとユディタも歩き出す。春とはいえ、まだまだ冷える。近くのカフェに入ると、2人は温かい飲み物を注文した。


「明日、またお見合いなの……」

「そう……君のお父様も頑張るね」

「父っていうか、祖父が持ってくるんだけどね」


 ニェメチェク公爵家の最高権力者は、いまだ公爵である祖父である。祖父の長男であるミヒャエラの父も、祖父には強く出られない。


「相手は?」

「知らない」


 ミヒャエラは首を左右に振る。祖父は、お見合いがあることは教えてくれるが相手を教えてくれることはなかった。


「ユディはお見合いしたりしないの?」

「うちはもうあきらめられてるから。姉は結婚してるし」

「そうね……」


 おそらく、ニェメチェク公爵がミヒャエラを結婚させようとするのは、ミヒャエラが唯一の直系の孫娘であるからだろう。

 ミヒャエラはため息をついた。今から、明日が憂鬱すぎる。







 翌日。お見合いは午後からだった。お茶の時間に指定された部屋に行くと、すでに相手は待っていた。そのお見合い相手を見て、ミヒャエラは驚く。


「……こんにちは、ミヒャエラ嬢」

「こ、こんにちは」


 現在地位急上昇中の内務省長官フォジュト子爵だった。


 初めは驚いたものの、意外と話はあったとだけ言っておく。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


非常にいまさらですが、ベラはイザベラ、ユディはユディタ、ミーシャはミヒャエラの愛称です。エリシュカを「エリー」と呼ばせるか迷ったんですが、ウルシュラの愛称が思いつかなかったので、エリシュカもそのままです。





ユディタとミヒャエラに見つかったウルシュラとエルヴィーンは、きっとこんな会話をしてる。


エルヴィーン「ところで、認識変化魔法はどうしたんだ? 見つかったが」

ウルシュラ「今日は使ってないわよ。あなたと一緒にいるときに使っても無駄だと悟ったわ」

エルヴィーン「2人だからか?」

ウルシュラ「それもあるけど、あなたと2人だと、魔法を使っていようがいまいがすごく目立つもの」

エルヴィーン「あー、否定できないな」

ウルシュラ「でしょ。だから、貴族のお忍びデートくらいの雰囲気を醸し出しておいた方が怪しまれないかと」

エルヴィーン「なるほど」


そんな2人は、きっと恋人つなぎをしているに違いない。


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